奴隷の如く
「は!」
赤いジャケットを纏ったアルテミアの蹴りを片腕で受け止めた…魔神。
「う、裏切り者目が!」
氷の鎧を纏った魔神は顔をしかめながらも、氷の槍をアルテミアに突き出した。
「舐めるな!」
アルテミアは槍を避けると、腰を捻り、さらに蹴りを同じ部分に叩き込んだ。
「くっ!」
魔神の腕を守る鱗が砕け、氷の破片が空中に舞う。
「とどめだ!」
アルテミアの背後から飛んで来た2つの物体が、一つになり、アルテミアの手に掴まれた。
「て、天空の…め、女神!?」
魔神は、目を見開いた。
「A Blow Of Goddess!」
2つの物体は槍になり、雷鳴と疾風を纏う。
「は!」
アルテミアが槍を振り落とした瞬間、辺りは光で包まれた。
戦いは、続く。
「ひぇ〜」
恐怖から思わず声をもらした僕に、アルテミアは舌打ちした。
「チッ。耳元で騒ぐな!」
アルテミアは周囲に気を配りながら、顔をしかめた。
魔王との戦いで肉体を失ったアルテミアは、異世界より僕を呼び出し、僕の体を使い、実体化することができていた。
その間は、肉体を失っている僕は…ピアスの中から声を出すしかできないのだ。
「ポイントが少なくなっているんだ。絶好の場所だ」
アルテミアは口許を緩めると、ゆっくりと構えた。
「か、帰りたい!」
嘆く僕を無視して、アルテミアはブロンドの髪を靡かせて、走り出した。
周囲を囲む数百のゴブリンの群れに向かって…。
そう…ここは、僕が生まれた実世界とは違って、魔法と魔物が存在する世界。
僕の世界と違い、科学が発展せずに、魔法が発展した世界。
この為、この世界は、緑におおわれ、自然が破壊されることがなかった。
だから、この世界はこう呼ばれていた。
ブルーワールドと。
「うりゃああ!」
アルテミアは身を捩り、先頭にいるゴブリンの首筋に蹴りを叩き込んだ。
ふっ飛んだゴブリンの巨体が、後ろにいた二体のゴブリンにぶつかり、将棋倒しのように背中から倒れていく。
「モード・チェンジ!」
着地の瞬間に、アルテミアの姿が変わる。
髪は単髪になり、黒皮のボンテージ姿になった。
「フン!」
倒れたゴブリン達を足場にすると、アルテミアはそのまま群れの中に突入した。
格闘技専門の属性に変わったアルテミアは、素手でゴブリン達を倒していく。
その度に、アルテミアの胸元に挟まれたポイントカードから、音声が流れた。
「ポイントゲット」
魔力を持たない人間が、魔法を使う為には、魔物を倒し奪わなければならない。
得れる魔力…つまりポイントは、魔物のレベルで変わってくるし、倒して得た魔力は、このシステムを作った防衛軍に税金として一部引かれて、当事者に貯まることになる。
ポイントは、魔法として使うだけではなく、武器や乗り物を召喚できるし、日常社会で通貨としても使用され、お湯を沸かすなどにも使われていた。
所謂、万能通貨のようなものであるが…得るには、誰かが魔物と戦わなければならなかった。
「チッ!大したポイントにはならなかったな」
すべての魔物を倒した後、労力の割には得たポイントが少ないことに舌打ちし、アルテミアはゴブリンの死骸の山に背を向け、その場から立ち去ろうとした。
その瞬間、アルテミアの死角から、飛び込んで来る影があった。
「!」
本能からかアルテミアは最小の動きで、影の攻撃を避け、回し蹴りを叩き込もうとしたが、その寸前で…ポイントが尽きた。
どうやら、攻撃に使い過ぎた魔力よりも、回収した魔力が少なかったらしい。
アルテミアの姿を保てなくなり、僕に変わってしまった。
「え」
驚く僕に、
「何!」
驚く見知らぬ女。
「ア、アルテミアは!」
死角からの突きをかわされた女は、僕の横を通り過ぎると、足で踏ん張り、体勢を整えると、再び攻撃の構えを取りながら、絶句していた。
「い、いや〜あ」
殺気が消えた女の様子を見て、僕は罰が悪そうに鼻の頭をかいた。
そう…それが、彼女との出会いだった。
誰よりも、熱く…そして、ある意味純粋だった彼女との。
そして、彼女の攻撃をかわした瞬間…僕は靴の先で嫌なものを踏んだ感触に顔をしかめた。
ゴキブリである。
駆除もまた、立派な労働ではあるが…。
(最悪)
僕は軽く、顔をしかめた。
天空のエトランゼ。
番外編スタート。