↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

『恋愛・結婚』

私を信じないで

作者: ミオ
掲載日:2026/07/22

『あなたのそばにいると、自分が壊れていく気がする』


誰もがそう言って彼女のもとから去っていく。


彼女は、自分が普通でないことを自覚していた。


人が泣いていても、自分は悲しいと思わない。


誰かが苦しんでいても、胸は痛まない。


ただ、

「この人は今、こういう言葉をかければ安心するだろう」

それは、わかる。


だから、その時々、必要な言葉を口にする。


「あなたは悪くないよ」


「そばにいるから」


相手が欲しがる言葉を、正確に。

そこに彼女の感情は入っていない。


本当の自分はうまく隠せていると、そう思っていた。


最初の恋人は、彼女と付き合い始めて半年で仕事を辞めた。


「君がいないと不安になる」


そう言って、彼女の帰宅時間を確認し、連絡が少し遅れただけで取り乱すようになった。


彼女は優しく抱きしめた。


「そんなに私のことが好きなんだね、ありがとう」


本当は、面倒な人だと思い、別れるきっかけを探しはじめていたが、口から出るのは、自分の心にはない、相手の求める言葉だった。


二人目の恋人は、彼女と別れたあと、友人たちにこう言った。


「彼女と付き合ってから、自分が自分じゃなくなっていった気がする」


三人目は、彼女の前では笑っていたが、別れてから精神的に不安定になった。


誰かを殴ったことはない。


怒鳴ったこともない。


脅したこともない。


むしろ、いつも優しかった。


だからこそ、彼女自身も不思議だった。


なぜ、自分に近づく人は、壊れていくのか。


彼女はある日、鏡の中の自分に問いかけた。


「私って、サイコパス?」


診断を受けたわけではない。


自分には、人が持っているはずの何かが欠けている、それは知っていた。


罪悪感。


共感。


愛情。


他人に近い感覚での、喜怒哀楽。


それらの感情を、理解はしている。


理解しているだけで、彼女自身にはその感情はない。


ないから彼女は、愛しているふりをする。


心配しているふりをする。


傷つけてしまったことを、後悔しているようなふりをする。


けれどその、ふりを、最初は素直に信じていても、長くいると、得体のしれないふとした何かを感じ取り、彼女の言葉と行動の、わずかなズレに気づき、相手は違和感を覚えていくのだろうと思った。




「君は、俺を裏切らないよね」


そう言われたときは、笑って答える。


「もちろん」


その瞬間、彼の顔に浮かんだ安堵を見て、彼女は思う。


――ああ。


この人も、もうすぐ壊れる。




最近、彼女には新しい恋人がいた。


彼は優しく、誠実で、少し繊細だった。


彼女のことを本気で好きになってくれていた。


「僕のこと好き?」


ある夜、彼が聞いた。


彼女は黙った。


いつもなら、すぐに答えられた。


「好きだよ」


それで済む。


けれど、その日は言えなかった。


彼の目を見ていると、急に怖くなった。


彼が壊れる未来が、あまりにも簡単に想像できてしまった。


彼女は、彼の弱点をよく知っている。


何を言えば喜ぶか。


何を言えば不安になるか。


どんな態度を取れば、彼が離れられなくなるか。


すべて分かっている。


そして、自分がそれを使わない保証はない。


「ねえ」


彼女は言った。


「私ね、あなたが思っているような人間じゃないかもしれないよ?」


彼は笑った。


「どういう意味?」


「私、人の気持ちがよく分からないんだよね」


「そんなことないよ」


「分からないの。分からないから、分かっているふりをしているだけなの」


彼の笑顔が消えた。


「何の冗談?」


「違うよ」


彼女は、初めて本当のことを言おうとしていた。


「私は、あなたが泣いていたとしても、悲しくない。あなたが苦しんでいても、胸が痛くもならない。あなたを失っても、たぶん、他の人みたいに悲しまないの」


彼は黙っていた。


彼女は続けた。


「私、サイコパスなんじゃないかと思う」


彼はしばらく彼女を見つめた。


そして、震える声で言った。


「……じゃあ、今まで俺に言ってた『好き』は?」


彼女は答えられなかった。


その沈黙で、十分だった。



翌日、彼は彼女の部屋から出ていった。


その後、彼女のスマートフォンには、彼から何度も長いメッセージが届いた。


「君といると、自分が壊れていく」


「もう誰も信じられない」


「君は、僕を本気で愛していた?」


彼女は画面を見つめた。


返事を打とうとして、指を止める。


――大丈夫だから。


――あなたは悪くないよ。


――そばにいるから。


いつもの言葉なら、すぐに打てる。


でも、もうそれを言ってはいけない気がした。


感情が欠落している自分には、誰かを救うことなどできないのだと理解した。


もしかすると…。


自分がそばにいることが、その人を壊していってしまうのかもしれない。


彼女は、返事を打たず、スマートフォンを伏せた。



そして、今日も誰かに彼女は優しく接する。


完璧な笑顔で。


完璧な声で。


完璧な言葉を選んで。


そして、誰にも聞こえない、心の中で呟く。


――お願いだから。


――私を信じないで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すごく好きな雰囲気です!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。