第09話 休暇中なんだが事件勃発 (下)
今までの捜索がなんだったのかと思うくらい、サーラは簡単に見つかった。
食事中の一団の中、サーラは居た。
「サーラ・アシェルだな。ちょっと話せるか?」
「……誰?」
怪訝そうにオレを見る。まぁ普通の反応だわな。
オレがベルント執事の名前を出すと、サーラはわずかに頬を膨らませた。
店の外で話をする、というより話を聞く形になった。
「お父さんは、私の事、何もわかってないのよ! 私がフローリストになりたいって言っても、頭ごなしに否定してさ。だから思い切って行動しただけだもん!」
サディは聞き役に徹している。
オレは興奮するサーラを宥めるように言葉を選んだ。頭ごなしに否定されたら反発したくなるよなぁ。
「好きなことは思う存分やったらいいさ。けど、ここは花街だ。下手すりゃおまえ売り飛ばされてたぞ。勤務地は選んだ方がいい」
「……うん」
ベルント執事が娘の滞在先を知ったら、卒倒もんだな。あの人、心配性だから。
家出を咎める資格はオレにはない。オレも家出同然で花街を飛び出したクチだし。
「まぁ、早めに帰ってやれって。ベルントさん、心配してる」
オレは、ベルント執事から預かったサーラの似顔絵を、本人に渡す。
「え、これって?」
「ベルントさんから預かった私物だ。いつも持ち歩いてんだろうな」
「……気持ち悪――」
言葉とは裏腹に、サーラの表情は穏やかだった。
「一件落着ね」
サディがほっこりした様子で言う。
あぁ、オレも久々に母ちゃんとちゃんと話すかな。
一旦実家に戻ろうと目抜通りに出た時、見知らぬ女がオレを指差してまくし立てた。
「この人よ! さっき、あたしにつきまとってたやつ! 警備隊員さん、この人です!」
――は?
オレは面食らった。つきまとった? さっきって。さっきオレはサーラと話してたけど。ってか、この女、誰?
警備隊と思われる二人組に腕を掴まれる。
「詰所に来い。話は聞いてやる」
「ちょっと待った、なんのことだ?」
「この女性の後をつけて、しつこく付きまとっただろう?」
「オレじゃねぇって」
警備隊員と連行されかかるオレの間に、サディが凛とした様子で割って入ってくれた。
「この人は、ずっと私と行動を共にしてたわ。人違いね」
「じゃぁ誰だって言うんだ?」
「それを調べるのが、あなたたち警備隊の仕事でしょ」
サディがピシャリと言う。意外と頼りになるな、このオカマ。
見知らぬ女は納得がいかないようだったが、オレのアリバイは成立したので、警備隊員は渋々と撤収していった。
オレのドッペルゲンガーがやらかしたのか?
サディが考え込む。
「どうやら、本当にあんたのそっくりさんがいるようね」
実家に戻ると、母ちゃんがいた。中年だが元芸妓なだけあってそれなりに美人の部類だ。
「あ、母ちゃん。オレにそっくりな親戚とかいない?」
「アンタ、いきなりなんだい。他に言うことはないんかバカ息子」
「――――ただいま」
「ほら、食事。そちらさんは?」
オレはサディを紹介して食卓に座った。食卓にはオレの好物ばかりが並んでいる。
家出同然でこの街を出て兵士になってから四年、そういえば一度も帰ってなかったな。別に母ちゃんと喧嘩したわけじゃなかったんだが、ビミョーな年齢の通過儀礼みたいな? だって花街じゃ一生スローライフは送れないしさ。
オレは、ドッペルゲンガーについて話そうか、近況から話そうかと思案する。サディが、先ほどの小事件を母ちゃんに聞かせた。
食後の茶をすすりながら、母ちゃんはキッパリと言った。
「アンタのそっくりさんの噂なら、聞いてるよ。アタシは見てないけど」
「オレとサディは、見たんだ。マジでそっくりでビビった」
「とっ捕まえられなかったのかい?」
「それが……袋小路に追い詰めたと思ったら、消えたんだ」
「噂では、濃紺のマントを着ているそうじゃないか」
夜道では黒に見えたけど、そっか濃紺――ん? 待てよ。見覚えのある濃紺のマントか……。
「オレが昔着てたマント、捨てた? ほら、母ちゃんが仕立ててくれたやつ」
「あるよ」
オレは衣装部屋のあった濃紺のマントを手に取る。オレのそっくりさんが来ていたのと同じ色、同じデザインだ。
「母ちゃん、コレ誰かが持ち出したりしてないか?」
「泥棒には入られてないよ」
お気に入りのマント。すっかり忘れてた。
サディが「あぁ、そういうことね」と一人つぶやくが、オレには意味がわからない。
「なんだよ、サディ。何か知ってんのか?」
「思い入れの深い物には、精霊が宿るって言われてるわよ」
「は?」
「大事にしてたんでしょ?」
「まぁ、お気に入りっちゃお気に入りだが。コレ着て街に出たら、またあのそっくりさんに出くわすか? あいつを捕まえねぇと」
その時、ピハの思念が脳裏に響く。
『鈍い奴だな。お前がそれを着ていれば、問題解決だ』
「は? わけわかんねぇ」
『そいつはお前を呼んでいただけだ。悪気はない』
「そいつって、あのドッペルゲンガーのことか?」
『そうだ。そのマントに宿っている』
オレはマントを眺める。ただの古マントだが、愛着はある。
オレを呼んでいたのか? にわかにわ信じられねぇ。だがピハが言うのなら、なんかしら意味のある物なんだろう。
「母ちゃん、オレ、コレ持ってくわ」
「好きにしな」
母ちゃんは静かに微笑んだ。
母ちゃんが仕立ててくれたマント。今まで忘れていてごめんな。
オレは愛着のあるマントに向かってそう言った。
羽織ると、しっくりと身体に馴染む。
サディとピハが同時にツッコミを入れてくる。
「あんたほんと鈍いわね」
『鈍すぎだろ、お前』
休暇ってなんだ? オレの辞書には載ってねぇ気がする。つーか、オレ、休めたのか?
*****
それから――。
オレがこのマントを着るようになってから、オレのそっくりさんが出るという噂は聞かなくなった。