第07話 休暇中なんだが事件勃発 (上)
シウホの騎士団本部。団長の執務室にて、オレは団長に今回の任務の顛末を報告していた。団長はオレが持ち帰った紙切れの暗号文を見ながら、こう言った。
「ラダンが、周辺国を吸収するのも時間の問題か。追っ手は、ラダン軍――奴らも神経質になっているようだな」
「オレ……じゃなかった自分は、シウホの者だと思われたでしょうか」
「それはわからん。ただ、今あの国の動向を探るために、周辺諸国が密偵をたくさん潜ませているだろう。まぁシウホにも他国の密偵は多いだろうがな」
「自分には、その暗号文の内容が分かりません」
「有用な情報だ、と言っておこう――ご苦労だったな」
オレが敬礼して執務室を出ようとすると、団長が思い出したように言い添える。
「明日から一週間休暇をやる。しっかり休んでおけよ」
「はっ、ありがとうございます」
やった〜っ! 休暇だ〜っ! しかも一週間! 何すっかな〜。渓流釣りに行くか、温泉に行くか。まったり朝寝坊もできるな〜。
オレは全力でスキップしたい気落ちを抑えて、練兵場へ向かった。
練兵場では、騎士たちが思い思いに体力づくりや筋トレ、手合わせなどを行っている。オレは見知った顔を見つけて声をかけた。
「よぉ、フィン。 元気か?」
「お、ウィルキー!」
フィン・ビョルケルも、オレと同じく戦場を駆け抜けて生き残り、今は騎士に昇進している。兵士時代から一緒の、オレの数少ない同期だ。
フィンは練兵場の隅にオレを連れて行くと声をひそめて言う。
「おまえ、何やってんだ? 変な噂聞いたんだけど」
「何って普通に任務――」
「女をたらし込むのが任務か?」
「はぁ? 何だよそれ?」
言っちゃなんだが女関係は御無沙汰だ。オレは訳わからずフィンを問い詰めた。
「どーいう噂立ってんだ? 教えろって」
「おまえが、花街通いをしているってもっぱらの噂だよ」
「オレじゃねぇ、人違いだろ」
「おれもそう思うけど、おまえを見たってやつが何人かいてさ」
この国にも花街はある。
何を隠そう、オレの母ちゃんはその花街で芸妓をしていた。今は現場を引退して、娘たちに、芸を教えている。
「じゃぁさ、ドッペルゲンガーてやつじゃないか?」
「はぁ?」
ドッペルゲンガーってのは、自分にそっくりな姿をしたよくわかんねぇもんで、そいつが現れるとその人間の死期が近いって信じられてる。
「何だよ、オレがもうすぐ死ぬって言いてぇのかよ」
「そうじゃないけどさ。なんか気味悪くないか?」
あぁもうせっかくの休暇前だってのに、テンション下がった。
オレは屋敷に帰宅する。ベルント執事が迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。お怪我などございませんか?」
「あぁ、問題ないっす」
心なしか、ベルント執事の声が沈んでいるように感じた。オレはベルント執事の顔を覗き込む。顔色も少し悪い気がする。
「なんかあったっすか?」
「至って何もございません」
「体調悪いなら、今日は休んでください」
「お気遣い痛み入ります。が、問題ございません」
ベルント執事、何か隠している。これはオレの勘だ。
「何かあったっすね?」
「…………家庭の事情でございます」
そういえばベルント執事の家庭のことを何ひとつ知らなかった。オレはベルント執事に尋ねる。
「奥さんが風邪ひいたとか?」
「妻は十年前に他界しております」
あ、いきなり悪いこと聞いちゃったか。
「えーと、ベルント執事にはお子さんとか?」
「……今年十六になる娘が一人おりますが……」
十六か。ビミョーな年頃だな。オレは冗談まじりに言う。
「家でもしちゃったっすかね〜」
するとベルント執事が涙ぐむ。やばい。ビンゴか?
「家出をするような娘に育てた覚えはございません。ハッ――申し訳ございません。私事ですので聞かなかったことにしていただきとう存じます」
「いや、もう聞いちゃったし」
十六の娘が家出。もしくは駆け落ち。マズイ方向に行くと誘拐。
「行方不明なんすね?」
「…………はい。シウホの警備隊には捜索願を出しているのですが」
ぶっちゃけ、死体が上がらない限り警備隊は動かないだろう。
「オレも捜索に協力するっすよ」
「とんでもございません! ウィルキー様の貴重なお時間を割いていただくわけにはまいりません」
「なぁに、明日からしばらく休暇っすから」
ベルント執事の娘の名前はサーラ・アシェル。
ベルント執事曰く、花屋へバイトに行くと言ってでかけたという。交友関係は不明。性格は至って真面目らしい。そういうところは父親似か? 女の子は父親に似るって一般的にはいうもんな。
似顔絵を見ると、いかにも生真面でしっかりした感じの娘だ。
「この似顔絵、しばらく借りていいっすか? 必ず返しますから」
「はい――ですがウィルキー様、本当にお気になさらず――どうか休暇を……」
「おぅよ。娘さん探しはするし、休暇も楽しむつもりだ」
オレは親指を立てて、ニッと笑った。
と、格好つけたはいいものの、さてどこから手をつけるべきか……。
まずはバイト先の花屋に聞き込みだな。俺は一旦屋上に上がってピハを呼ぶ。
『休暇なんだろう? 俺も休暇をとる』
「まぁ、そう言うなよ。ちょっと人捜しだ。降りてきてくれ、この娘を捜す」
上空からピハが降りてくると、サーラの似顔絵を見せた。
『例の行方不明の娘か』
「そうだ。俺はバイト先の花屋をあたってみる。おまえは上空からサーラに似た娘がいたら知らせてくれ。サーラの匂いのあるものがあればいんだが、あいにく持ち合わせてないんだ」
『俺は犬じゃない!』
「ははっそうだよなぁ。でも頼りにしてるぜ」
『……頼られるのは、まぁ嫌な気分じゃない』
オレはちょっとだけ、ピハの扱い方のコツを掴んだ気がする。
似顔絵を持って、オレはサーラのバイト先の花屋に出向く。店長の女性が対応してくれた。
「え? サーラちゃん帰ってないの? バイトの後、どこに行ったかまではわからないわ」
「サーラの親しい友達とか、知ってますか? もしくは恋人とか?」
「う〜ん……あ、でもよく花の卸売の人と親しげだったわね」
「卸売人?」
「えぇ、うちに花を納品してくれる人よ」
「ピハ 花の卸売市場を――」
『今捜しているが、それらしい娘はいない』
オレは卸売人の男を探し出し、尋ねる。
「この娘を知っているな?」
「あぁ、アシェルさんね、彼女ならこないだ花街に送り届けたよ」
「花街だと?」
オレのしかめっ面に、卸売人が怪訝な顔をする。
「はい、納品とフラワーコーディネートの出張サービスに」
花街までは市街地から馬で一日半かかるが、ピハならひとっ飛びだ。
空を滑るように飛ぶピハに乗り、オレは花街までの道中の、のどかな田園地帯の景色を見下ろした。
爽やかな風が気持ちいいが、少し湿気を含んでいる。
雨が降るかもしれねぇな。
しばらくすると、ポツリポツリと雨が降り出す。
花街の近くに着いたときには、ずぶ濡れになっちまった。
雨が止むまで大木のそばで雨宿りをする。
上衣を脱いで絞る。
その時、ピハが何かを感じたようで上空を見上げる。
オレは、剣の柄に手をやる。前回の教訓を活かして、常に武器を携帯することにしたのだ。
上空を竜が旋回する。
『敵じゃないみたいだな』
「ってことは……リーンさんかライノ?」
『どっちでもない、だが竜騎士だ』
風とともに竜が着地する。竜から背の高い男が降りてくる。
「あらやだ、あんた、こんなところで何してんのよ! 竜騎士はそんな暇じゃないはずなんだけど。――って上半身裸じゃない! なんて格好してんのよ!」
その竜騎士の第一声だ。オレはその早口と口調に唖然とする。
空飛ぶ……オカマ?