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第06話 異国の港町で、追いかけっこかよ! (下)

 街のはずれまで走ってきたが、追っ手がしつこい。逃げるオレにとっても、追う奴らにとっても、持久戦になってきてる。マラソン大会みてぇ。


 そもそも、オレ、なんでこんなにしつこく追い回されてるんだ?

 オレがシウホの軍人だってバレてんのか? それとも、他の国のスパイだと思われてんのか? 単に挙動不審なだけの旅行者をここまで追ってこねぇだろ、普通。


 農場の納屋を見つけたので、オレはそこから武器になりそうなものを探す。

 (くわ)(すき)(かま)を見つけた。三択。迷っている時間はない。オレは槍に近い形状の鋤を持ち上げた。土を掘り起こす農耕具だが、丸腰よりはマシだろ。


 くるっと鋤の柄を回して、構える。追っ手も剣を構える。


「テメェら、オレに何の用だ?」


 オレの問いに答えはない。まぁ当然か。けど腑に落ちない。

 

 マラソン大会で一人脱落したのか、今、目の前で剣を構える追っ手は四人。間合いを図って二人が左右から斬りかかってくる。オレは一人をやり過ごし、もう一人を鋤の金具部分で吹っ飛ばす。

 

 オレは鋤をまた回転させて、後ろから切り掛かる刃を薙ぎ払った。

 鋤で四人とやり合う。殺傷力は低いものの、追っ手に傷を負わせることはできた。追っ手が怯む。


「貴様、どこの者だ?」


 逆に問われるが、オレも答えない。けど、シウホの人間とはバレてないようだ。オレは鋤を振り回して、追っ手にさらに傷を負わせてゆく。

 

 倒しとくかと鋤を構え直した時、街の方から武装した軍人がバラバラとこちらに向かってくるのが見えた。


「げっ! マジかよ」

 

 マラソン大会から脱落したと思ってた一人が、応援を呼んでいやがったのか。

 

 オレは鋤を持ったまま、その場からズラかることにした。

 追っ手の四人は、怪我で動けない。新手とはだいぶ距離があったので、オレは逃げおおせた。


 農場を目指し、南へとさらに茶畑に分けいる。

 もう少し距離を稼いだら、ピハを呼ぼう。そう思った矢先、オレは急斜面に足を取られて一気に谷底まで滑落した。




 気を失っていたらしい。目を開けたら、民家の布団の上に寝かされていた。

 

 オレはぼんやりする頭で現状を把握しようと五感のうち味覚以外をフル活用する。

 

 消毒の匂い。清潔で柔らかな布団。明るい室内。野鳥のさえずり。

 

 オレは気だるげに起き上がる。右足首を捻ったらしく痛みを感じた。

 ここはまだラダンか? ならまだピハを呼ばないほうがいいかもな。でも先を急がねぇと。

 オレは、ふところの紙の存在を意識する。

 不意にピハの声が脳裏に響いた。


『まったく、世話の焼けるやつだ』

「ピハ……オレのピンチを見物してたのかよ……助けにも来ないで……」

『お前は助けを待つヒロインか? 救助は呼んだんだ、ありがたく思え』

「救助って――」


「目覚められました? 湿布を変えましょうね」


 部屋の向こうから、柔和な印象の妙齢の女が顔を覗かせる。傍には意思の強そうな少年が付き添っている。


「あの……あんたは?」

「先生だ!」


 おれの問いかけに、少年がきつい口調で答えた。


「あぁ、はい。先生。……?」

「谷底で人が倒れてるって、茶の木が教えてくれたの」


 教えた? 茶の木? 誰だ? 茶の木って。


「私はフローチェ・セラーラよ。この界隈で薬師をやっています。この子はフォンス君。薬師見習いなの」

「はぁ。えっと、オレは、ウィルキー・レイン」

「ウィルキーさんね。頭痛はしない? 頭部を強く打ったようだけれど」


 言われてみれば、頭にたんこぶができてる。が、痛みはない。


「頭は悪いですが、大丈夫っす。――助けてくだって感謝します」

「いいえぇ。でも今日は安静になさったほうがよさそうね」

「はぁ。あの、茶の木って人にも礼を言いたいのですが」

「茶の木は、上の方の斜面で栽培されてるの」


 栽培? イマイチ話が噛み合わない。オレが首をかしげていると、フォンス君が、得意げに説明する。


「先生は植物と会話ができるんだ」

「……はぃ?」


 オレは不思議の国に迷い込んだのか? それとも頭を打ってまだ夢を見ているのか?


「信じられないかもしれないけど、私には植物たちの声が聞こえるの」


 薬師は困ったように微笑む。


「たとえば、そこに咲いている紫色の花があるでしょ? その子がなんて言っているかわかる?」

「さぁ? オレには何も聞こえないっすけど」

「水をちょうだいって言ってるの」


 なんだその程度だったら――歯が萎んでいるのを見ればオレでも想像がつく。


「でも、この鉢植えの子は、ちょっと病気でね、つらいから水じゃなくて牛乳をちょうだいって言っているの」

「牛乳? ピンポイントで牛乳?」


 鉢植えの植物は葉の一部が枯れていた。フォンス少年が薬師の言われた通りに、鉢植えの植物に牛乳を与えた。


「太陽だ〜嬉しいって喜んでいる子もいるし、歌を聞かせてっていう子もいるの」


 オレより、この薬師、頭やばいんじゃね?


 仮にこの薬師が嘘を言ってないとしよう。

 その想定で情報を整理すると……。

 俺のピンチをピハが察知して、近くにあった茶の木にそれを伝える。茶の木のそばにいた薬師が、茶の木の声を聞く。薬師が現場で気を失ったオレを発見し救助した。

 これ、なんつー伝言ゲーム?


「あの……先生が植物の声を聞こえるなら、薬草を摘み取る時とかは悲鳴が聞こえるんすか? 痛い〜とかヤメテ〜とか?」

「あの子たちは覚悟ができているわね。私を使ってとか僕の命を捧げますっていう子が多いの。自分の使命をわかっているのね」


 にわかには信じられない。が、ピハが『精霊はどこにでもいる』と言っていたのを思い出す。

 この薬師先生が言うように、茶の木や花、薬草といった植物にも意思があるのか?


「精霊ってそもそも何なんすかね」


 オレの疑問に、薬師先生は一瞬目を丸くする。で、また微笑んだ。

 

「多分、この世界を構成する全ての存在……じゃぁないかしら」



 

 しばらくして、病気の鉢植え植物は枯れた葉を自ら落とし、新しい葉を上から伸ばしていた。


 薬師先生、恐るべし。


『で、港町観光は楽しかったか?』

「マラソンで疲れたわ」



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