第03話 この大抜擢は罰ゲーム? (下)
出発日の朝。オレの手が小刻みに震えてる。
戦場に行くのが怖いのか? オレが? 今更それはねぇよな。何度も戦闘には出てる。
それに今回の任務は威嚇だ。ピハさえなんとか――って、あいつの今日のご機嫌伺いをしなきゃか?
気配を感じて上空を見上げると、二頭の竜がこちらに向かってきた。え? 二頭?
草原にピハが着地し、もう一頭も少し離れた場所に着した。そちらからは誰かが、竜から降りてきた。甲冑を着用していてもわかる、しなやかな体躯の女性の竜騎士だ。彼女は兜を脱いで、低めの落ち着いた声で名乗ってくる。
「ウィルキー・レイン、初めましてだな。私はリーン。リーン・ミュクラだ」
「ども、初めましてっす。あの、これはどういう……」
単騎の任務と聞いていたオレは混乱する。作戦に変更があったのか?
「途中まで、随行するよう団長から言われている。途中までな」
握手を交わす。オレの手の震えはまだ止まってなかった。オレは誤魔化そうと言葉を発する。
「こ、これは怖いんじゃないっす」
「緊張――いや高揚感からくるものか。私もこの子との初任務時がそうだった、じゃぁ行こう」
リーンさんが騎乗し、相棒竜を慈しむような目で見た。なんか通じ合ってる。これが理想形だよこれが!
『団長は粋な計らいをするな。俺は今日、気分がいい』
「ピハ、おまえ、なんか嬉しそうだな」
『あの子と話していると、癒されるよ。お前も見習え』
「あの子って、リーンさんの相棒竜か?」
『他に誰がいるんだ』
リーンさんの相棒竜はメスのようで、ピハの機嫌がいい。よし、この隙にと、俺は肩に背負っていたロープをピハの首につないだ。
『何してんだ? お前。なんだこロープは?』
「オレの命綱」
オレは命綱をしっかりと身体に巻きつけた。一昨日は訓練だったから落下が許されたけど、この任務では絶対落下するわけには行かない。
オレは命綱をしっかりと確かめてから、手綱を握った。
「今日はぜってー落ちねぇからな。じゃあ、今日の作戦を――」
『威嚇すりゃいいんだろう? さっきの女竜騎士から聞いている。俺も気分が乗ってきた』
「航路間違えんなよ」
『誰に何を言っている』
天気は上々。飛空日和だ。
リーンさんとその相棒竜が、オレとピハを案内するように先を飛ぶ。
高度が上がると、肌寒い。今日は甲冑をつけているが、それでも肌寒い。風も冷たいし、幾分呼吸もしんどい。オレたち人間が気絶しない程度の高度と速度を保ったまま、飛空してゆく。
正直、目的地までの航路は目視ではムリだ。方位磁針は装備しているが、あとは竜任せと言っていい。
先を飛んでいたリーンさんと相棒竜が、ゆっくりと旋回する。それが合図となって、彼女たちは退却した。
オレとピハは、眼下に無数の敵軍がいるのを確認する。シウホ軍は砦と城壁の中、そしてその外には敵軍が陣形を整えつつあった。
『落ちるなよ』
ピハがオレに珍しく言い置いてから、高度を下げると同時に速度を上げる。
いよいよだな。
オレは風の抵抗を減らすため、体勢を低くした。
敵軍兵士たちの頭上スレスレを猛スピードで飛ぶ。
「りゅ、竜だー、竜が来たぞ〜」
「逃げろ」
「馬鹿者! 迎撃用意ー!」
敵軍が弓を次々と射ってくるが、こちらのスピードのほうがはるかに優っているし、矢など、水晶の鱗には歯が立たない。
ピハが急上昇する。オレは体にかかる重力から歯を食いしばって耐える。
そして反対側から低空飛行で敵軍兵士たちを薙ぎ倒す。衝撃波で兵士たちが気持ちいいくらい吹っ飛ぶ。
オレもこの衝撃波には一度やられてるから、威力は身をもって保証する。
それでも、一部の兵士たちが立ち上がってくる。しぶといやつはいるもんだ。
すると今度はピハが横に螺旋を描くように回転しながら、その兵士たちに向かっていく。ねじ状の攻撃に流石にそのしぶとい兵士たちも震えおののいた。
「うわぁぁぁ!」
「くっ……ここは、撤退だ!」
オレも一時的に、三半規管へのダメージを喰らったが、必死にピハにしがみつく。
ピハ、威嚇の領域を超えてんだろ。
もう、ノリノリなピハの独壇場だったが、直撃したら死ぬレベルの飛行に敵軍兵士たちは蜘蛛の子を散らすように退却して行った。
ピハがゆっくりと上昇する。オレは気絶寸前だったが、なんとか意識を保っていた。
擁壁の中に着地すると、多くの歓声に迎え入れられた。
オレはピハから滑り落ちて脱力した。罰ゲームじみた任務終了ってことで、吐きたい。
今回のことで、オレは、ピハだけは敵に回すなっつー教訓を得た。
担架で運ばれたオレは、砦の一室のベッドで横になった。
まだ目が回るし、頭がズキズキする。そのままオレは気絶するように眠りに入った。
目を覚ましたら、夕方だった。オレは水差しの水を飲んでいると、ドアをノックする音に気づいた。
現れたのはリーンさんだった。
「すごかったな。あんな飛行でよく落ちなかったよ」
「いや、オレ、よく覚えてなくて……ピハにしがみつくので必死だったっす」
「ともあれ、敵軍は退却してくれたよ。お疲れ様」
「いえ、オレは何にもしてないっす」
オレは複雑な心境だった。今回はピハの功績で、オレはただ捕まってただけだし。
オレは素朴な疑問を持った。
「あの、そもそも竜は、なんでオレたちの味方してくれるんですかね」
「多分だが、棲家がたまたま、シウホにあるからじゃないか?」
「他の国に竜はいないんすか?」
「そう思いたい。味方としてはこの上なく頼もしいが、敵だと厄介すぎる」
「シウホが他の国から狙われる理由って、もしかして――」
「……おそらくな。本当は戦闘に、あの子たちを駆り出すべきじゃないのかもしれない」
リーンさんは声を顰めていった。
オレには、リーンさんの瞳が揺らいでいるように見えた。