第02話 この大抜擢は罰ゲーム? (中)
オレは今まで兵舎暮らしだったんだが、竜騎士に昇進してから小さいながらも屋敷を与えられた。
とりあえず、女手一つでオレを育ててくれた母ちゃんを呼んだんだが、母ちゃんは住み慣れた下町がいいと言い張って引っ越して来てない。
ってことで、屋敷には騎士団の紹介で雇った数人の使用人がいるだけだ。留守がちなオレに変わって、屋敷の掃除だの修理だのを引き受けてくれている。
「ウィルキー様、びしょ濡れではありませんか!」
執事のベルント・アシェルが驚いて駆け寄ってくる。オレより二十歳ほど年上の壮年紳士だ。年上紳士に様づけで呼ばれるのは、どうにも慣れない。くすぐったい感覚っつーのかな。
「様づけはやめてくれって、何度も言ってるっすよね?」
「そうは参りません。主人を呼び捨てにするなど、使用人として言語道断でございます。今すぐ湯浴みの準備をさせますので、とりあえずこちらのタオルをお使いください。それと、こちらの書簡が届いております」
ベルント執事からタオルと書簡を渡されたオレは、タオルを首に引っ掛けたまま、書簡に目を通す。
えーっと? 明後日の朝、騎士団本部へ出頭しろ? ってまだ騎乗訓練もしてないのにもう任務かよ。
翌朝早く、オレは騎乗訓練をするために、小高い丘の上でピハを呼んでみた。
「ピハ、来い!」
『嫌だ』
オレは一瞬カクンとなった。姿は見えないのに、脳裏に直接響く声で、ピハが召喚拒否してくる。
「どこにいるんだ? オレが迎えに行ってやる」
『今日は気分が乗らない』
「おいおい、オレは乗る気満々なんだけど。小一時間だけでもいいから来てくれよ」
『嫌だ』
まいったな。ピハのやつ、今日はご機嫌斜めか。こういう時はどうすりゃいいんだ?
オレはしばし思案した後、思いついた。
「おまえの好きなもの何だ? 好きなエサあげるからさ」
『エサ――だと?』
ピハの声に怒気が宿る。
あれ? 竜の逆鱗に触れちゃったってやつ? いや鱗に触ってないけど。
次の瞬間、天空から急降下してきたピハの衝撃波で、オレは丘の上から転げ落ちる。
『俺は、お前のペットではない!』
「わかったわかった、オレの失言だったよ」
激しい再登場だが、まぁ召喚に応じてくれたので良しとすっか。エサじゃなくて食べ物と言おう。
『本当にわかっているのか? ポンコツ頭』
「ウィルキーだ」
『知っている』
「おまえの好きな食べ物ってなんだ?」
「精霊獣の成獣は、食事はしない」
「は? じゃおまえ何食って生きてんだ?」
ピハが、『そんなことも知らないのかと』小馬鹿にした視線を投げてくる。
オレ、なんかアホなこと言ったか?
『この世界の気が、俺たち精霊獣の糧だ。お前は俺たちのことについて勉強してないのか?』
「オレ、教本とか読み始めると、五秒で寝ちまうタチでね」
『……』
「まぁ、おまえから今、直接教えてもらったから覚えたぜ。気って眠気とか殺気とかの気だろ?」
『あながち間違ってもいないが、殺気は不味い』
「気に美味い不味いがあんのか! ――まぁ殺気は気持ちのいいモンじゃないからな」
確かにオレは自分の相棒について無知だな。騎士団本部に行った際には、精霊獣についての基礎知識本の一冊でも借りてくるか。
丸一日の過酷な騎乗訓練で、オレは青あざや擦り傷をたくさん作った。
帰宅したら、ベルント執事がまた驚いて駆け寄ってきた。
「ウィルキー様! ボロボロではありませんか! 喧嘩でもされたのですか? 急いで医者を呼びますのでしばしお待ちを――」
「大丈夫だ、消毒と湿布を頼む。これくらい医者を呼ぶほどじゃねぇって」
痛いっちゃ痛いが、軽傷だ。ピハから落下した時に受け身は取れていたのだろう、骨折しなかっただけマシだ。オレは昔から身体は丈夫だし。
「騎士団本部に行かれるのは、延期された方が良いのでは?」
「いいや、明日出頭する。このくらいの傷、大丈夫だ」
ベルント執事はちっとばかり過保護かもしれないと、オレは内心苦笑した。
翌日、オレは紫紺の軍服を着て、騎士団本部へ出頭した。オレを見て周囲がざわつく。ヒソヒソと、中には聞こえよがしの会話が聞こえてくる。好意的なものもあれば妬みがましいものもある。
「あいつが、五人目の竜騎士に選ばれたやつだよ」
「普通だな」
「そもそも大して武勲を立てたやつでもないのに、なんでなんだか」
「上官へ媚びへつらったんだろ」
は〜……うるせぇ。でもってめんどくせぇ。
なんでオレが竜騎士に大抜擢されたのか、オレが知りたいわ。ピハは、竜のリーダーの指示と言っていたけど、それだってなんでなんだ?
オレは聞こえてくる雑音を無視して、騎士団長の執務室へ向かった。
オレがアベニウス騎士団長に会うのは二回目だ。
入団して四年の間に遠目で何度か見てはいたが、初めて名前を呼ばれたのは竜騎士の契約書にサインする時だった。話すのは今回が初めてかもしれない。
壮年の強面大男だが、騎士団内ではズラ疑惑がささやかれている。団長はズラだと、オレは勝手に思っている。いっそのことスキンヘッドにした方がかっこいいと思うんだが、まぁ髪型に規定はないし個人の自由なんだけどさ。
「――には慣れたか?」
団長の頭髪に注意がいっていたせいか、オレは団長の穏やかで静かな第一声を聞き逃した。やっべぇ、何に慣れたかって言ったんだ? オレは冷や汗をかきながら、 当たり障りない答えを言う。
「はっ。自分は未熟者ですので、まだなんとも言い難いであります」
「そうか。察していると思うが、任務のことで出頭を願った、近々ここで戦闘になる懸念がある」
団長はテーブルの上の地図に人差し指を立てた。
この国シウホは小さな都市国家だ。穏やかな気候と肥沃な大地、ついでに山や海に恵まれている、だから他の国々が併合しようと目論んでいるのは知ってる。
オレが入団して四年の間に大きな戦闘が一度、小規模の戦闘は両手の指では足りないほど起きている。
団長が指差した場所は、隣国との国境付近だった。
「端的に言おう。今回の任務は威嚇だ」
「……威嚇、ですか?」
「そうだ、威嚇して敵軍を下がらせる。お前の単独任務だ」
「オレ……じゃなかった、自分一人で、でありますか?」
「相棒の竜と一緒にだ」
オレとピハで――上手くいくか? いや、できなきゃ戦闘になるってことだよな。いきなり責任重大なんだが、オレとピハでいいのか?
団長は、オレが戸惑っているのを見て言葉を継ぐ。
「お前はまだ、他の竜騎士と連携が取れんだろう。だが先鋒なら務まると私は思っている」
団長がまっすぐにオレを見つめてくる。緊張感にオレの背筋は自然と伸びた。
やるしかねぇ。オレとピハで、やってやろうじゃねぇか。