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森より

『起きてください、マスター 』


 初夏特有の緑の香の森の中、樹齢100年はあろうかという大木を背にして惰眠を貪る少年へ、虹色に輝く羽を持つ少女が声をかける。

「ん…時間か?」

 あくびをしつつ背を伸ばしながら、黒い瞳の少年はゆっくりと少女が声をかけてきた左肩へと首を回した。

そこには少年の頭ほどの背丈しかない少女が、その背の美しい羽根をゆっくりと動かしながらにこりと微笑んでいた。


『森オオカミが20匹程こちらに向かっているそうです 』

「わかった。んじゃいこっか 」

 少年の返答を待っていたかのように、羽の生えた少女は少し長めの黒い髪のかかる少年の左肩に腰かけた。

 そういった事には慣れているのか、少年は自然と少女が肩に座るのを受け入れ、しっかり腰を落ち着かせたのを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。


「ん~、先鋒は…あそこか 」

 あたりを見回し少年が確認したのは、木々の合間から見える前方の人影。そして、その人影の先には、木の枝など意に介さないような速度で迫る真っ黒い影…いや、よく見るとそれは少年の倍はあろうかという巨躯の獣達であった。

 その大型の獣達は、昼なお薄暗い森の中では輪郭がはっきりとは把握出来ない。

 だが、少年はその経験から森オオカミであろうとあたりをつけ、背に担いでいる弓を手に取ると走り出した。


「ヴィー起きたか?」

 少年が人影にたどり着くや否や、1人の青年が前を見据えたまま声を掛けた。

「ああ、ゆっくりさせてもらった」

 青年は微笑みながら頷くと、

「敵は森オオカミが20。我々が前で当たる。ヴィーは後で」

 と言いながら、両手に片手斧を握りしめて、獣達に向かい剣や槍を構えている仲間の元へと走っていった。


 ヴィーと呼ばれた少年が肩に座る羽の生えた少女に「エルは後ろに 」と言うと、エルと呼ばれた少女は素直に少年の背に移動して捕まると、そっと肩越しに前方を見つめる。


 最前線で獣達と向かい合っていた青年達が、いよいよ森オオカミと対峙しようとしていた。

 それを見ていた少年に、『マスター。まだいいですか?』と、どこかのんびりした少女…エルが言葉を掛けた。

「これぐらいならいらないかな。いるときには言うよ 」

 そう返答をしながら、少年は腰の矢筒から矢を引き抜き、素早く先ほどの青年がいよいよ斧を振るおうとしている森オカミの目を射抜いた。


 青年と森オオカミのその後を確認もせず、次々と青年達の目の前にいる森オオカミへと矢を射かけると、その矢はまるで森の木々を縫う様に、まるで生きているかのように飛び、次々と森オオカミの目や首に突き刺さった。


 仲間達が傷ついた森オオカミに止めを入れ、戦いが終わろうかという時、

『マスター。左手の奥から大型の新手が来ます 』

 エルが少年に注意を促した。


 少年がそちらを注視すると、木々の間をゆっくりとした足取りで、今まで対峙していた森オオカミなど比較にならない程に巨大な森オオカミが近づいてきていた。


「ヴィー、頼む! でかい奴が出た!」

 森オオカミと戦っていた青年の1人が、叫びながらじりじりと後退してくるのを確認した少年は、無言のまま頷き駆け出した。


『マスター、あれは森オオカミのボスです 』

 エルの淡々とした分析に、ヴィーは「わかった」と答え、走る速度をあげた。

 森オオカミのボスの爪が牙がもう一足で仲間に届こうかという時、ヴィーはその前へと滑り込んだ。そして、背にした青年達を振り返りもせず、声をかける。

「後は任せろ。退け 」

 ヴィーの言葉に、青年はボスから目を離さず、しかし静かにゆっくりと後退した。


「んじゃ始めようか 」

 ヴィーは不敵な笑みを浮かべながら、ボス森オオカミへとそう声をかけた。

 

 言葉を理解している分けでは無いだろうが、ボス森オオカミは『グルル…』と唸りつつ、自らの肩口よりも随分と低いヴィーの頭を睨み付けた。

 そして、次の瞬間一足で間合いを潰しで、その鋭い右前足の爪でヴィーを引き裂こうとする。

 だが表情一つ変えずに、ヴィーは軽く左足を半歩踏み込み、それを軸として右足を引きつけ、その爪を躱してオオカミの攻撃範囲の外に逃れる。


 その無駄の無い動きに、ボス森オオカミはヴィーの姿を目で追う事ができ無い。

 姿を目で追えなくなるという事は、すなわち敵対者を見失うという事。

 勢いよく振るった前足を避けられてしまったボスオオカミは、その勢いを急に止める事が出来ず、思わず蹈鞴を踏んだ。


 すぐにヴィーは弓幹の下部を握り、その弓を流れる様な動きで振るった。

 狙うはボスオオカミの右後ろ脚。

 その弓に張った弦で、ボスオオカミにの後ろ足の腱を鋭く切り裂いたのだ。

 ギャン! と巨躯に似合わぬ悲鳴をあげるボスオカミへ、まるで舞う様に次々とヴィーは弦でボスオオカミを切り裂き、その毛皮を血で染めていった。


 どれほど切りつけたのだろう。

 やがてボスオオカミの動きが緩慢になったのを冷静に見て取ったヴィーは、軽く後ろにジャンプをして距離を取り、先程までボスオオカミを切りつけていたその強弓をゆったりと構え、矢筈をゆっくりと弦に番え、そして矢を放った。

 その矢は、狙い違わず喉を射抜き、そしてボスオオカミは地に伏した。


 喉を射抜かれたとは言え、ボスオオカミの目は激しい怒りを湛えていた。

 そんなボスオオカミへとゆっくりと近づいたヴィーは、腰の後ろに帯びていた鉈を引き抜き、まっすぐ振り下ろして、その額を割った。

 それきりボス森オオカミは動かなくなった。

 ボスオオカミの頸動脈を鉈で裂くと、まだ暖かい血が溢れ出て地面を濡らした。


「さすがヴィーだな。俺達だけだと死んでたぜ 」

 いつの間にか近づいて来ていた青年達がヴィーを称えると、

「つかれた… 」

 と、一言呟いた。

 それを聞いた青年達は声をあげて笑い、その笑い声は森中へと広まった。


 オーゼン王国の東の峰と呼ばれる連峰の麓にあるアグルの村。

 そこに暮らす15歳の少年ヴィーと妖精エルの物語は、ここから始まる。

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