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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

DONKAN

「あ、朋春(ともはる)くん」

 いつもの学校帰り、改札を出たところで向かいの家の朋春を見つけた。呼びかけるとゆっくりと振り返った彼が表情を和らげる。相変わらず恰好いい。

 ひとつ上の朋春は外見がとても整っている。よく告白されているらしく、学校では女子たちがいつも彼の噂をしている。

 朋春は幹人(みきと)の憧れで、好きな人だ。恰好いい彼に対して――比べることなんておこがましいくらい自分は地味だし男だから、この気持ちは隠している。彼が知ったらきっと迷惑だと思うだろう。

「幹人」

 手招きをしてくれるので小走りで駆け寄って隣に並び、ふたりで駅を出る。

「転ばないようにね」

「子どもじゃないから、大丈夫だよ」

 特に彼と並んでいると、見た目がつり合っていないことがはっきりわかる。落ち込むこともできないくらいに次元が違う。それでも朋春は幹人を可愛がってくれていた――少し前までは。

「幹人、どうした?」

 ぼんやりと考えごとをしていたら背の高い彼が幹人の顔を覗き込んできた。慌てて足を止めると、朋春も不思議そうに立ち止まった。

「どうかした?」

 そう、彼は少し前から、優しいのにどこかおかしいのだ。

「ううん。朋春くんといられるのが嬉しいなと思って」

 気持ちをそのまま伝えたら、やはり朋春は顔を背けた。こうやってちょっとしたことを拒絶される。

「……ごめん。僕なんかにそんなこと言われても嬉しくないよね」

 気を悪くさせたことを反省する。

「そんなことない。幹人がそう言ってくれると、なにより嬉しい」

 口ではそんなふうに言っていても幹人を見てくれない。しかも、はあ、と深いため息まで吐き出している。心臓が嫌な音を立てて、スクールバッグの持ち手をぎゅっと握った。

「ごめん。こういうこと、言わないようにするね」

「うん、そうだね。我慢が大変だから」

「我慢?」

「こっちの話」

 なんだろう、と思うが教えてくれそうにない。もう一度息を吐いた朋春がようやく幹人を見てくれた。

 大好きな朋春からの拒絶は正直つらい。彼は幹人を嫌っている。それならそうと言ってくれたらいいのに言ってくれず、微妙な距離を保つ。それが逆につらいことを、彼はきっと知らない。

「帰ったら朋春くんのところに遊びに行ってもいい?」

 勇気を出して聞いてみると、朋春は渋い顔をした。

「えっと、……今日はちょっと」

 今日は、ではなく、今日も、だ。今年幹人が高校に入ってから、遊びに行っていいか聞くと、毎回こう言われる。嫌なわけではない、とは言っていたから、嫌ではなくてもきっと迷惑なのだ。

「ごめん」

 足もとに視線を落として朋春から目を逸らす。

 不毛な片想いだとわかっている。中途半端な優しさは逆につらい。朋春が幹人を可愛がってくれていたのは、もう過去だ。

「嫌なわけじゃないんだ」

 今日もそう言うけれど、それならどうして遊んでくれないのだろう。最近の朋春はよくわからない。


 帰宅して自分の部屋でスマートフォンをいじる。とは言っても友だちなんていないから、朋春からのメッセージを読み返すだけだ。

『遊びに行っていい?』

『ごめん。今日はちょっとだめかな』

 やはり幹人が高校に入ってから、遊びに行きたいと送っても拒絶されるようになっている。なにか嫌われるようなことをしただろうか。思い当たらないけれど、幹人は自分でもわかるくらい鈍いしコミュニケーションが下手だから、気がつかずになにかしたという可能性はある。このまま完全に嫌われたらどうしよう。顔も見てくれなくなったら――胸が苦しくなって、シャツの胸もとを握りしめる。

「ちゃんと謝ろう」

 不安でいても立ってもいられなくなり、とにかく彼に謝らなくては、と思った。家を出て向かいに行き、インターホンを押すと、ほどなく朋春がドアを開けた。

「どうしたの?」

 モニターで確認して幹人だとわかって開けたのだろう。不思議そうな顔をしている。

「おばさんは?」

 いつもは朋春の母親が出るので聞いてみた。

「出かけてるけど、なにか用だった?」

「ううん。そうじゃなくて」

 用があるのは朋春に、だ。実際に顔を見たら緊張してきた。それでもきちんと謝って、以前のような関係に戻りたい。

「あの、ごめんなさい」

「え?」

「僕、朋春くんが嫌なこと、なにかしちゃったんだよね?」

 視線が徐々に足もとに落ちてしまう。きちんと顔を見て謝らないといけないのに、謝罪さえ拒絶されそうで怖くなった。

「幹人?」

「……嫌いにならないで」

 もう修復できなかったらどうしよう、と考えると不安で涙が滲んできた。唇を噛んで涙をこらえる幹人に、朋春は慌てた声を出す。

「なに言ってるの?」

「だって、最近遊んでくれないから」

「それは……」

「僕、嫌われちゃったんだよね?」

 俯くと、力強く手を取られて引っ張られた。

「そうじゃない。説明するからあがって」

「……うん」

 ずんずんと階段をあがる朋春に、手を引かれるままついて行く。部屋に入ってローテーブルの前に並んで座ると、ぎゅっと手を握られた。彼の手が熱い。

「どうしたの?」

「嫌じゃない?」

「うん。朋春くんにされて嫌なことなんてないよ」

 素直な気持ちを伝えると、朋春は眉を寄せて苦しそうな顔をした。

「そういうこと言うから、遊びに来ないでって言ってたんだ」

「え?」

「幹人は鈍感だから」

「なにが?」

 鈍感なのは知っている。唇を引き結んだ朋春は逡巡するように目を泳がせ、口を開いては閉じている。

「どうしたの?」

「……」

「朋春くん?」

 言葉を出しかけては呑み込んでいる様子に、なんだろうと首をかしげる。しばしして彼は意を決したように強い瞳で幹人を見つめた。

「俺、幹人に触りたくてしょうがないんだ」

 触りたい?

「いいよ?」

「だめなの。止まらなくなるから」

「止まらなくなるって?」

 よくわからなくて聞くと、朋春は苦々しい表情でため息をつく。なにかおかしいことを言っただろうか。彼は困ったように唇を引き結んで頭を小さく振る。

「そういう鈍感なところが可愛いのに憎い……」

 やはり嫌われいているのだとわかり、心臓がぎゅっと掴まれたように痛む。憎まれるなんてよほどのことをしてしまったのだ。

「ごめんなさい」

 声が震えるのを抑えられない。涙をこらえて俯き、唇を噛む。どうして自分はこんなに鈍いのだろう。朋春を不快にさせていることに気がつかなかった。

「そうじゃない。これは俺の都合なんだ」

 朋春が緊張した声を出すので首をかしげる。先ほどから彼の言っていることがよくわからない。はっきり「嫌いだ」と言ってくれたら、もうそばに近寄らないのに。きっと気を遣ってくれているのだろうが、そういう優しさがつらくなる。

「嫌いなら嫌いって言っていいよ?」

 無理やり笑顔を作って見せると、朋春は慌てたように首を横に振った。

「違う。そうじゃなくて。勘違いしないで!」

「勘違い?」

 わずかに視線をずらして唇を引き結んだ朋春が、意を決したような表情でもう一度幹人を見た。

「……幹人とふたりきりでいると、ぎゅってしたりキスしたり、いろんなことしたくなるんだ」

「え?」

「だから遊びに来ないでって言ってたんだ。幹人が可愛すぎて我慢できなくなるから……。幹人が中学生のときまではまだ我慢できたけど、高校に入ったら……そろそろいいかなって勝手に箍がはずれそうで。ごめん。気持ち悪いよな」

 ぎゅってしたりキスしたり――そんなの、幹人だってしてほしい。本当に朋春がそうしたいと思ってくれているなら嫌がるはずがない。

 朋春は暗い表情で視線を床に落とす。しゅんとしているように見えて胸がせつなくなった。

「い、いいよ?」

 ゆっくりと顔をあげた朋春は、聞いた言葉が理解できないと言いたそうにしている。だかから幹人は勇気を出した。気まぐれでも、ぎゅってされたりキスされたりしたい。

「僕、朋春くんが好きだから、ぎゅってしてもらえたら嬉しい」

「幹人……?」

「キ、キスも、恥ずかしいけど、朋春くんなら……いいよ」

 羞恥に頬が熱くなって顔を隠すように俯くと、朋春の長い腕が伸びてきて、気がついたら彼の腕の中だった。心臓が暴れすぎておさまらない。シャツ越しの体温と優しいにおいを感じて、朋春に抱きしめられていることを実感する。

「……触っちゃったよ」

 自己嫌悪しているような声が聞こえるので顔をあげたら、整った顔が目の前にあった。幹人は動きが固まり、朋春はぐんっと背後に頭を引いた。

「触ったらいけないの? 僕、朋春くん好きだよ?」

「いけないに決まってる。幹人は可愛くて純情だから、俺みたいな不純な心代表みたいなやつが触れていいわけがない」

 そう言いながらも腕に力を込めるので、幹人も彼の背中に腕をまわしてみた。朋春の身体が強張ったかと思ったら身体を離された。

「やっぱりだめだ」

「どうして?」

 朋春は深いため息をつき、真剣な瞳で幹人を見つめる。

「俺は幹人が大事だから、汚すわけにはいかない」

「汚す?」

「俺だってそういう欲があるんだよ」

「そういう欲ってなに?」

 本当にわからなくて聞くと、朋春は手で額を押さえて天井を仰いだ。自分はまたなにか失敗しただろうか。

「教えて?」

 朋春の胸もとに手を添えて目を覗き込むと、相手の頬がわずかに赤くなった。

「わかっててやってる?」

「なにを?」

 またため息をつかれて焦る。やはり失敗をしたようだ。

「ごめん。僕、またなにか嫌なことしちゃったんだね」

 自分でよくわからない時点でだめだ。気持ちは伝えられたけれど、これでは振られる未来しかない。

 朋春は幹人の両肩に手を置き、首を横に振る。

「違う。いや違わない」

「えっ。ごめんなさい!」

「謝るくらいなら太腿撫でないで」

「あ……」

 無意識に触れていた。恥ずかしいやら申し訳ないやらで慌てて手を離すと、朋春はほっとしたように表情を和らげた。

「幹人は好きな子になにしたい?」

「好きな子?」

「そう。好きになった相手にしたいこととか、その相手としたいこととか、ある?」

 好きな人――朋春となにをしたいか。答えはすぐに浮かんだ。

「手をつなげたら嬉しいな」

 想像しただけで頬が熱く火照る。小さい頃はよく手をつないでいたけれど、大きくなってからは全然しない。だからまた手をつなげたらいいな、なんて思った。

 朋春は神妙な顔をして、また首を左右に振る。

「俺は好きな子に、もっといろいろしたい」

 先ほどもいろいろと言っていたけれど、なんだろう。

「たとえば?」

「えっちなこと」

 一瞬呼吸が止まったと思う。聞いた言葉が理解できずに一度首をかしげる。

「えっ……ち……」

 ようやく理解して顔から火があがりそうなほどになり、熱すぎる頬を両手で押さえる。朋春がそういうことをしたいなんて知らなかった。相手は誰だろう。

「朋春くん、好きな子いるの?」

 やはり振られるのか、と思うとつらいけれど、せめて誰が好きなのかを教えてもらいたい。もしかしたら幹人も知っている人かもしれない。知ったところでどうするわけでもないけれど、聞いておきたかった。ふたりがつき合ったときにはきちんと祝福できるように。

 朋春は目を見開いて固まっている。聞いてはいけないことだったのだろうか。

「まだ気がつかないの?」

「え?」

「俺の好きな子、今俺の目の前にいるんだけど」

「目の前?」

 朋春の目の前には今幹人がいて――。

「ぼ、僕⁉」

 驚きすぎて声がうわずった幹人に少し呆れたような顔をした朋春が、しっかりと頷いた。朋春の好きな子が自分なんて想像もしたことがない。

「えっと……」

 好きな子とえっちなことをしたいと言っていた。つまりそれは幹人としたいというわけで――刺激が強すぎてくらりと眩暈がした。

「待って、それは……」

「だからふたりきりになりたくなかったんだ。我慢できなくなる」

 朋春は渋い顔をしながら幹人の腰を引き寄せ、また腕の中に閉じ込めた。先ほどまで体温や優しいにおいにどきどきするだけだったのに、今度は心が疼いて止まらない。

 整った顔がゆっくりと近づいてきて、ぎゅっと目を閉じた。

「……?」

 でもなにも起こらないのでそっと目を開けてみると、朋春が至近距離で幹人をじっと見ていた。

「止まってほしい? 止まらなくてもいい?」

「え、……えっと」

 どう答えるのが正解なのかわからない。止まって、と言ったら朋春は止まるだろう。止まらなくてもいい、と言ったらどうなってしまうのか。

「なーんて」

 大きな手がぱっと離れて、朋春が明るく微笑む。たった今の真剣な瞳が嘘のように朗らかな表情を浮かべ、幹人の手に触れた。

「まずは清い交際からだな」

「う、うん」

 幹人の手を包むように握り、朋春が小さく深呼吸をした。

「幹人が好きです。つき合ってください」

「はい。僕でよければ」

「えっ」

「えっ?」

 今度はなんだろう。朋春が驚いた顔のまま固まっている。

「幹人は俺が好きなの?」

「うん。さっき言ったじゃない」

「幼馴染として好きってことじゃなくて?」

「幼馴染としても好きだけど、そうじゃない意味でも好きだよ。手をつないだり、ぎゅってしたり、……キ、キスしたいくらい好き。ただの幼馴染だったら、……キスしていいなんて言わないよ」

 恥ずかしすぎるけれど、朋春とならキスもしてみたい。えっちなことは――刺激が強すぎて想像することができない。それでも朋春がしたいなら幹人が嫌と言うはずがない。

「じゃあさ」

「なに?」

 朋春がまた真剣な表情になり、わずかに緊張する。彼が幹人の手を握る力がさらに強くなった。

「キスしていい?」

「えっ」

「さっき、していいって言ったよね? だから、さ」

「……う、うん。いいよ?」

 でも少し怖い。唇と唇がくっつくだけなのだろうけれど、とても大変な事態だ。

 端整な顔が徐々に近づいて来て、きつく目を閉じる。瞼の向こうには朋春の気配があり、心臓が激しく脈打って破裂しそうになる。頬もひどく熱い。本当にキスされるのだろうか。

「と、朋春くん……あの」

 緊張しすぎてどうしようもなくなり、目をつぶったままで思わず口を開いた。

「大丈夫。わかってるから」

「え?」

 柔らかい声に少しだけ瞼をあげると、やはり彼の顔がすぐ近くにある。心臓が跳ねあがりすぎて口から出そうだ。激しく脈打つ胸もとを手で押さえたら、朋春の顔の位置がずれた。幹人の強張る頬に優しく唇が触れる。小さな温もりがふに、と当たってすぐに離れて行った。

「まずはこのくらいから」

「う、うん」

「ゆっくり、な?」

「……」

 頬へのキスでも心臓が壊れそうなのに、これ以上なんて――幹人の心臓はもつだろうか。


(終)


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