第13話 討伐
今日はエルモンさんとともに異変があった湖畔の森を調査する予定です。
昨日の夜から何故か魔法が使えるようになった。
あれほど努力しても発動しなかったものが不気味な程に扱えるようになった。
エルモンさん曰く、本来であれば徐々に扱う魔法量を増やすしかないらしい。
(あれ?別の方法もあるって言ってなかったっけ…)
森の奥で重なり合う不気味な羽音が私を現実に引き戻す。
(今考えても仕方がないか……集中しよう…)
エルモンさんの背中に隠れるようにして貰った杖を握りしめた。
「闇蠅の群れですね。」
エルモンさんが低く呟く。彼の杖先から漏れる光が、前方の巨木を照らし出す。
幹に無数の蛹がぶら下がり、半透明の殻の中で黒い影が蠢いていた。羽化寸前のように見える。
「……ッ!」
声が出ない。
湖の件以来、私の五感も異常に鋭敏になっていた。蛹の中から漏れる粘液の滴る音、瘴気に汚染された風、それら全てが脳裏に直接響く感覚がする。
「成体になる前に焼却するのが理想ですが――」
エルモンさんの言葉が途切れる。蛹の一つが軋み、割れ目から鈍色の触角が覗いた。
「遅かったか!」
最初の一匹が飛び立つと、連鎖が始まった。甲殻の裂ける音、湿った羽の広がる音、そして腐った果実のような異臭。
反射的に杖を構える。
「光壁よ!我らを護れ!、シリウスさん、攻撃魔法を撃ってください!」
エルモンさんの指示が飛ぶ。
「光矢よ!貫け!」
私が杖を振るうと、手のひらほどの大きさの光の矢が空中に浮かぶ。だが――
(重い……?)
通常なら軽やかに操れるはずの光が、鉛の錘のように腕を引っ張る。闇蠅の群れが黒い濁流となって襲いかかる。
「駄目です! 魔力が共鳴しません!」
展開した魔法が砕け散る。先端から逆流した衝撃で私は後ろに吹き飛ばされ、背中で苔むした岩に激突する。
「ガハッ……! ッ魔力の質が…あの時の湖と…同調している……?」
エルモンさんの杖が弧を描く。
「炎よ!浄化せよ!」
白い炎の壁が闇蠅を飲み込む。だが焼け落ちた翅からは黒い粉塵が舞い上がり、新たな群れが周囲の木々から湧き出してくる。
「無駄だ! 森全体が巣と化している!」
彼の額に初めて汗が光る。
よろめき立ち上がる。足元に転がった蛹の欠片が、不自然な七芒星の模様を浮かべていた。
(あの印……湖の石にあった……)
「シリウスさん! 退却を――」
警告が悲鳴に変わる。エルモンさんの左肩に闇蠅の牙が食い込む。黒い瘴気が神官服を染み渡っていく。蜘蛛の巣状に腐食していく音が、なぜか蟻が骨を這うように耳の奥で響く。
思考が止まった。
「あの日と同じだ」
――虚空とは満たされざる器。
(あれ…?)
記憶の欠片が突如に浮かぶ。
病室のベッドで、誰かの手を握りしめながらただ見守ることしかできなかった自分。監視装置の警告音、看護師たちの慌ただしい足音――
(これは…誰……?)
「動けなかったあの時と…今が重なる」
――渇きが形になった無の胎動。
(違う!…これは…私じゃない!)
指先が痺れる。魔物の羽音が、心臓の鼓動を打ち消す。
――さあ…姉妹よ、扉を開けよ。
「私が……動かなければ…」
視界が突然鋭敏化する。闇蠅の羽ばたきがコマ送りに見え、瘴気の粒子の軌道が数式のように脳裏に展開される。
「扉を――」
本能が先に動いた。杖を投げ捨て、手を前方に突き出す。
「■■■ ■■■■!(虚なるものよ!、喰らい尽くせ!)」
無意識に発した言葉の意味が分からない。
だが手の皮膚が裂け、星型のような傷口ができ、紺碧の光が迸りながら銀色な魔法陣浮かんだ。
その魔法陣が触れた空間が歪み、無数の微小な渦が発生する。
エルモンさんが目を見開く。
「これは……!」
闇蠅の群れが渦に吸い込まれていく。羽も牙も、瘴気さえも光の渦に分解され、やがて私の手に収束する。
最後の一匹が消えた時、私の手の平には真珠大の黒い結晶が転がっていた。
「これは……まさか……」
エルモンさんが肩の傷を押さえながら呻く。
私は膝をつき、嘔吐感に襲われる。
体内を冷たい炎が駆け巡り、脳に未知の記憶が流れ込む。
――星々を喰らう蛇の輪が天蓋を覆い 。
――十二の瞳を持つ女が笑いながら砕け散る 。
「大丈夫ですか?」
エルモンさんの手が背中に触れる。
私は震える指先で結晶に触れる。
「これは……魔物の核?」
「……いや」
彼の声が沈む。
「これは瘴気の結晶ではない。何か別のものが生成されたようです」
森の奥で地鳴りが響く。
結晶を握りしめると、内部で七芒星が微かに脈動した。
(これが私の魔法…?)
エルモンさんが杖で地面に印を刻み始める。
「君の魔法は…。いや、まずは――」
突然、消えかかった魔法陣が結晶と共鳴し。私の手から紺碧の光が再び漏れ、エルモンさんの傷口を包む。
「……っ!」
瘴気が煙のように蒸発し、傷跡が新しい皮膚に置き換わっていく。
エルモンさんが驚愕の表情で腕を見つめる。
「…治癒魔法…ではない……?」
倒れかかる体を杖で支えた。
視界の端で、黒い結晶の中の七芒星が不気味に輝いている。
(私の力は……一体なんなの?)
遠くで狼の遠吠えが響く。
今度の戦いは、ただの前触れに過ぎない予感が、重く胸に沈んだ。
第13話を読んでくださりありがとうございます<(_ _)>
魔法が使えない(泣)→使えるようになった!
の展開が速すぎると思うかもしれませんが、本来主人公の魔法の素質は高いです、ただ「とある」ことがあって使えなかっただけです。
確かに魔法を徐々に勉強していくのも醍醐味がありますが、本作はやはりそこがメインではないですので…。
あと戦闘シーンは中途半端でしたね…
主人公のプチ覚醒部分ですが、書いてるうちに、なにこれってなりました。
次回は、さらに不穏!?
拙文を読んでくださりありがとうございます<(_ _)>
誤字脱字&誤った表現があれば優しく教えていただければ幸いです。
感想&レビューお待ちしております。