幕間 隣国 オルト・オクトラスと言う人
マリア様を見たのはトロイア国で開かれたある夜会でのことだった。輝くような金糸の髪に見目麗しい王妃に相応しい美しい顔。ピンクを基調としたドレスには多くのフリルと何層ものチュールが折り重なっていた。ただ非常に倹約家なのかドレスには真珠などは埋め込まれていなかった。
遠目に見ていた私だったがとうとう私がマリア様と会話をする番になった。どうやらジョージ殿はいないらしい。風の噂では錠前を作っていてこうした夜会にさえ顔を出さない変人らしい。
「マリア・バルタザールでございます。今夜は夜会に訪れて下さったことを非常に感謝いたしますわ」
そういうと私の前で華麗なカーテシーをマリア様は披露した。私も胸に手を置いてカテリーナ風の挨拶をする。
「とんでもないことでございます。私の方こそこのような素晴らしい夜会に招待していただき感謝をいたします」
「とんでもないことでございますわ。夜会は楽しんでいらっしゃいますでしょうか?」
「ビュッフェの料理もトロイア国の国産の素材を使っているのか、我がカテリーナ国ではなかなか食べられる機会のない料理ばかりで楽しんでおります」
それはまぎれもない事実だった。カテリーナ国はトロイア国のように海に面した国ではない。どちらかと言えば内陸側の国になるので、こうした新鮮な魚料理などはなかなか食べられない。
「でもカテリーナ国の山菜料理やマトン料理などはとても美味しく頂いたことがございますわ。山の幸という感じでとても素晴らしいと思います」
「いえいえ、そう言っていただいてとても光栄でございます」
この時、私は思った。このマリア王妃は非常に苦労されているのだなと。本来であればジョージ殿がしなければならない会話を全て自分が行っているのだと。頭の回転も相当速くなければこうしたことは行えない。
宰相はマリア王妃の兄君だと聞いた。恐らく兄妹でこの国を動かしているのだろうということが容易に想像できた。
そう考えるとジョージという男は非常に罪作りな男だと思う。そんなことを考えている間にマリア王妃との会話が終わった。
私は実はあまり夜会というのは得意ではない。辺境国ということもあって貴族のパーティー慣れというより戦闘慣れをしている。魔物もある程度出るので隣国との小競り合いと魔物退治でよく戦っている感じだ。
だから私は壁の華になっていた。ワインを飲んでいると王妃と侯爵夫人が会話しているのが聞こえてくる。
どうやら侯爵夫人が言うには山から下りてきたイノシシや鹿などが田畑を荒らすのだそうだ。それを聞いていたマリア王妃は不思議なことを言った。
壁の近くには疲れた時のためのテーブルと椅子が用意してあり、王妃と侯爵夫人がそこにやってきて座った。そしてマリア王妃は給仕に頼み、書くもの一式を用意させた。
暫く時間が経ち、給仕が王妃の元へ書くもの一式を持ってきた。マリア王妃は流麗な動作で紙になにかの図面を書き始めた。
「この縁の部分2カ所に雷を発生させるライトクリスタルを置いて、この鉄線に伝わるように電気、失礼雷の電荷を発生させます。そしてクリスタルと鉄線に雷の力を循環させるようにして動物よけにします。もしライトニングクリスタルの魔力が切れた場合は魔法を使える方に補給をしてもらえばよいと思いますわ」
「こんな不思議な動物よけは見たことがございません。今度魔法師に頼んでこのような魔物よけを作っていただくことにいたしますわ」
マリア王妃と侯爵夫人はまだ細々とした会話をしていた。しかしながら不思議な女性だ。遠目に見ていたが私もこのような動物よけを見たことがなかった。正直驚いている。まさかトロイアの王族はこうした発明をすることが習慣化されているのかと思い、私は暫く考え込んでまさかなという結論に至った。
そしてつい最近、ジョージ王とマリア王妃の離婚が発表された。私は正直驚いた。あんなに出来た王妃を捨てたジョージに怒りさえ感じた。
それと同時に私はマリア王妃、いやマリア様にはもう他の男はいないのだと思うとなぜだか安心できた。そんな折りに宰相ルークス殿がこの国へ来たいというので、私は快く了承し、マリア様にも会いたいと付け加えておいた。
そろそろマリア様たちが国へやってくるのだろうと思うと、私はペンをテーブルに置くのだった。