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成人式マジック

作者: 尾鷲賢治

ドラマ・アニメで物語づくりに対する憧れから、30代で書き物を始めました。自分の経験や理想、社会に対する想いなどをもとに、素直に書いていきます。今回の作品は、私の経験をモチーフに執筆しました。どうか、みなさまの想像力をお借りして良い作品となりますように。

「うー、寒いなー。こりゃ雪も降るか。やっぱり行くのやめようかな……。」

ドアを開けると、雪がパラパラと散っていた。真冬の寒波が日本列島を覆い、おかげで東京でも大雪の予報がでていた。こういうイベントがあると、なかなか寝付けない岩瀬晴翔も、この寒さのおかげで昨夜はぐっすりだった。


今日は成人式。正直面倒くさいと思っている。友達が少ない岩瀬は出席するか多少悩んだが、それでも伝統行事でもあるし、周りが行くっていうから、そういうものだと思って行くと決めた。それに中学校と高校時代、同じ野球部だった小林大地に誘われたので仕方がない。近くで待ち合わせをして、一緒に行こうということになっていた。



「よ、久しぶり!大地、少し老けたか?」

「ん?そうか?お前こそ何だよ、その髪の毛は。」

岩瀬は中学生からずっと、坊主こそ嫌でしていなかったが、スポーツ刈りで過ごしていて、よく坊主だった大地から皮肉を言われた。大学生になってからは持ち前のゆるい天パを活かした洒落た髪型をしていた。雑誌でみたトレンドを取り入れてみたのだ。



「うーん、ちょっと変だったかな?」

「まあ、そんなこともないさ。あの金髪見てみろよ、

 今日はやったもん勝ちみたいなところもあるよな」

2人が待ち合わせしていた所から、成人式が行われる市民会館は、そう遠くはなかった。歩いて近づいていくうちに、特攻服を着た集団や振袖をきた女性がインタビューを受けているのが見えてきた。



「なんか雰囲気出てきたな。晴翔は中学と高校の同窓会のどっちに行くんだ?」

「ちょっと悩み中かな。もう中学の奴らと関わりないし。行くとしたら高校かな。」

「そしたら一緒に高校の方行こうぜ。ほかの野球部のやつらも来るって言ってたぞ。それに…。」

「それに?」

「俺、高校の時ずっと美穂ちゃんのことが好きでさ。ちょっと会ってみたいんだよね。」

「美穂ちゃんってあの?みんなからモテてた武田美穂?たしか、学校通いながら芸能事務所に入ってた

 んだっけ?」

「うん、最近人気出てきて来月には映画にでるらしい。

 ……もう本当に遠くの人になっちゃたな。最後に一言でいいから話してみたいな。」


岩瀬は、こいつはなんて成人式らしいことを考えているんだと思った。ただ、友達が少ないからって、あまり今日のことをしっかり考えてこなかったが、そんな話をしていると確かに何だか昔のことが懐かしくなってきた。下を向いて歩いていると、ふと、あの子のことを思い出した。



「わー!久しぶりじゃん!!元気だった!?」

岩瀬が昔のことを思い出していたら、同じく中学校と高校で一緒だった宮野朱莉が前から大きく手を振って呼んだ。岩瀬はすこし驚いたが、声ですぐに分かった。

「晴翔も大地も全然変わらないね。でも晴翔はちょっとカッコ良くなった?……うんうん、良いね!」

「おぅ、ありがとう。朱莉もよく着物似合っているよ。」

「着物っていうか、振袖ね! ありがと!ねー、3人で写真撮ろうよ!」



朱莉はそう言うと、シャッターを押してくれる人を探した。会場前にはたくさんの成人が集まっているが、ひと際目立っている集団がいた。目立っていると言っても、成人式特有の悪目立ちではない。岩瀬からみて、なぜかそこだけ惹かれるものがあった。


朱莉はそこへ歩いて行った。岩瀬は下を向きながら待っていると「あいつも、来ているのかな。」とさっきのあの子のことを思い出していた。


「ごめーん、誰か撮ってくれない?あ、結衣お願いできる?」

「うん、いいよ。」

白川結衣と目が合った瞬間、それまでに岩瀬の頭にあったことがすっぽりなくなった。白川は中学が同じだったが、高校は別々のところへ行ったので、中学を卒業してから会っていなかった。



「私真ん中ね!ほら早くー!結衣おねがーい!」

「じゃあ、いくね。はい、ちーず。」カシャ

「あ、ごめんなさい。手振れしちゃった。もう1回いい?」

「結衣全然OK!2人とも次はピースじゃなくて、腕組ポーズでカッコよくね!」

「じゃあ行きます。はい、ちーず」カシャ


正直、岩瀬はスマホをみてなかった。白川の声がかぼそくて、周りの雑音で聞き取れなかったのもあるが、それでもシャッターの音がするたびに昔の情景が一気に湧き上がってきた。





「なあ晴翔、なんで雨の日でも校舎のなかで野球の練習をしなきゃならねーんだよ。」

「大地はすぐ文句を言うなよ。ほら走るぞ」

岩瀬たちの中学校は比較的建てられてから新しく、屋内設備が整っていた。雨の日は決まって、階段を駆け上がるダッシュや腕立て、腹筋などの体幹トレーニングを重点的に行っていた。


「ごめん、なんかお腹痛くなってきた。先にダッシュやっておいて。」

「おいおい、さぼるなよ。すぐに戻って来いよ!」

何となく怪しんだが、岩瀬はサッと階段へ向かった。雨練習は苦ではなく、むしろ普段の練習よりもこの地道なトレーニングの方が好きだったので一人でも難なくこなせた。




「ふぅ。それにしてもあいつ遅いな。」

決められた数をこなすと、水道の水で顔を洗った。

洗い終わって水道の蛇口をきゅっと閉めると何やら音が聞こえてきた。


「ぶぅーーー。ぶぅーーー。」


どうやら吹奏楽部の誰かが練習しているらしい。音楽のことはさっぱり分からないが、それは何か楽器を演奏するための基礎練習なのだろうということは分かった。廊下をちょっと曲がったところの男子トイレがある辺りから聞こえてくるので、大地のこともあるし、ということでちょっと行ってみることにした。





「ぶぅーーー。ぶぅーーー。」


雨がやんだ窓を開け、静かに吹く風を受けながらイスに座った女の子が吹いていた。目の前のメトロノームに集中しながら、時折スーと息を吸って、何よりもそのまっすぐな姿勢の凛とした姿に、また楽器を吹いているときに見せるえくぼの可愛らしさに岩瀬は見惚れていた。





「ふぅ。……ん、あっ、岩瀬君?」

「あっ、ごめん、たまたま、あっ、邪魔してごめん。」

「あ、ううん。……ずっと見ていたの?」

「う、うん。」

「そっか。ちょっと恥ずいなぁ。……野球部は終わったの?」

「ううん、まだ。白川さんも、まだあるの?」

「うーん。今日は自主練の日だからそろそろ帰ろうかな。雨でグラウンド誰もいないし。」



当然会話は続かなかった。白川は楽器を横において、水筒に手をやった。岩瀬はグラウンドが何か関係するのかと不思議に思ったが、特に盛り上がる話題もなかったので、退散しようと思った。


「それじゃあ、」

「ねえ、岩瀬君は彼女とかいるの?」

突然のことで、岩瀬は唾を飲んだ。女の子からストレートにそんなことを聞かれたことがなかったから、なんて言えば少し混乱した。ただ当然答えは決まっていた。


「今は、いないよ。」

なぜか少し強がった。普通にいないとだけ言えば良かったと後悔した。


「ふーん。……私もいないんだ。じゃあ好きな人は?」

「えっ、好きな人?……それぐらいは、いるかな。」

「へー!そうなんだ!だれだれ?」


いつも静かな白川はちょっとびっくりした様子を見せながらも、

笑みを浮かべて興奮気味に聞いてきた。

普段は見せない表情に、岩瀬はすこしドキッとした。いや、すこしどころでない。

心臓は人生で一番ドキドキしていて、服が鼓動にあわせて動いているのが見えないか心配になるほどだった。

しまいには、胸がいっぱいになって少し変なことまで考えていた。(もういっそ、全部を言って楽になりたい…。)


「え、内緒だよ。言えるわけないじゃん。」

「ふーん。そっか。言えるわけないってことは私も知っている人かー。」

「さあ。白川はいるのかよ。好きな人。」

「うーん、いるよ!」

「それは、……誰なの?」

「内緒!言えるわけないじゃん!」

白川は満面の笑みを浮かべて言った。おそらく自分の予想していた通りの展開になったからだろう。

岩瀬はこの言葉のおかげでちょっと冷静になれた。ただ、今度は頭が混乱し始めた。



「言えないってことは、俺も知っている人なの?」

「そうだよ。いや、んー、でも、もしかしたら知らないかも。」

白川はもう満足気な表情で岩瀬のことをみつめていた。岩瀬がその視線をすぐにそらしたのをみると

白川は立ち上がり、窓の方を真剣に見ながら言った。



「私、いつもここからグランドをみて、その人のこと応援しているんだ。一生懸命走って、自分もつらいはずなのに、仲間に声をかけて……。みんなのことを引っ張っている姿みて、私も頑張ろうって思えるんだ。」



雨雲は去り、うっすら遠くの方で虹がかかっているのが見えた。グラウンドの水たまりが太陽の光を反射させて、辺りをキラキラと光らせている。

そんな幻想的な風景を独り占めするかのように凛として立つ姿に、岩瀬は言葉がでなかった。

なんとなく、誰だか分からない、“その人”に俺はかなわないと思った。



「ねえ、知ってる?なんか、私たち付き合っているんだって!」

「……。っな?え?どういうこと!?」

「あははは。笑っちゃうよね。うちのクラスでそうやって噂されてるんだって。まったく仕方ないよね。」

「あ、そういうこと。へー、知らなかったや。どうせ大地とかが勝手に、あり得ないこと言っているだけだろ。気にすんなよ。」

「……。うん、そうだね。」

白川は練習のときの真剣な表情に戻し、楽器を手に取ってイスに座った。



「おーい!晴翔ここにいたのかよ!雨あがったからグラウンドの使えるところで練習だって!ピッチャー陣は走り込みだってよ!」

小林はキツイ屋内練習ではなくなったこともあったのか、どこかニヤつきながら去っていった。



「じゃあ岩瀬君、練習頑張ってね!」

「うん。白川さんは気をつけて帰ってね。」

「うーん、やっぱもう少しやっていく。下手だから頑張らなくちゃね。」

白川の表情は何となくさっきの練習のときよりも、より真剣で、なにか覚悟を決めたような眼差しだった。





「おー、ばっちり!ありがとう、結衣!すぐそっち行くから!」

「なあ晴翔。あれって白川だよな。久しぶりにみたけど、あんなに可愛かったっけ?」

「さあ。」

「さあってなんだよ。あれ、お前らって付き合ってたんだっけ?」

「いや、……付き合ってない。」

岩瀬と白川はあれ以来、2人で、あんな風に恋愛の話をしなかった。というより、別々のクラスだったから直接話したのも1回あったかも覚えていない。何となく気になってすれ違うときに目で追ったりしていた。でも、向こうから話かけられることもなかったので、こちらから話すこともしなかった。今思えばどれだけ思いを寄せていたのか、果たして本当に片思いといえるのか。



「じゃあ私行くから!またね!みんな同窓会くるよね?」

「おう!行くよ!またその時に!」


「そうだ、晴翔!ちょっとまってー」

「なんだよ。急に。」

「なんだよじゃないよ。晴翔は結衣のことどう思ってる?もしくは、さっきどう思った?」

「どうって、……久しぶりだなって。」

「本当にそれだけ?あんた、写真撮った時全然スマホ見てなかったでしょ。

 いろいろ思い出してさ、今日できることあるなら、やっちゃいなよ。じゃないといい大人になれないぞ!」

「なんだよ、それ。」



朱莉は白川のところへ行き、そのまま会場の方へと歩いていった。

岩瀬たちも会場に向かって歩き、途中懐かしい面々と軽く言葉を交わしながら、会場に入った。成人式自体は正味1時間ほど、市長の挨拶やら実行委員の催しやらをみて終わった。成人式ならではのお土産をもらった岩瀬たちは、そのまま高校時代の同窓会へと向かった。



「なあ晴翔、美穂ちゃんみたか?」

「いや、いないなあ。もしかしたら来ないのかもな。」

「そっか。んー残念だな。」


同窓会会場には200人ほどいるだろうか。広いバーを貸切にしているが、正直ぎゅうぎゅうになっている。それでも今日が2年前の卒業式であるかみたいに盛り上がっていた。部屋は薄暗くしていて、壁にプロジェクターで懐かしい写真のスライドショー映している。


店内の奥の扉が急に空いて、なんとも世話しなく朱莉が入ってきた。

「はあー。間に合ったー。まだ、あれ流してないよね。」

「ぎりぎりセーフ!はーい、みなさん注目!ここで私たち同窓会実行委員からサプライズがあります!!何と我らが大女優、武田美穂ちゃんよりビデオメッセージが届いています!」


どうやら同窓会を欠席する代わりにビデオでコメントをくれたみたいだ。岩瀬が横を見ると大地の姿はなく、動画が一番よく見えるプロジェクター前の床に座っていた。岩瀬は手を天井に着くぐらいにあげて、朱莉を呼んだ。朱莉も気づいて、ドリンクを片手にこっちにやってきて大地が座っていたソファに座った。



「……えー、みなさん、いや、みんな!久しぶり!本当は少しでいいから同窓会にでて、みんなに会いたかったんだけど、仕事の関係で欠席することになって、本当にごめんね。

えー、何言えば良いんだろう……。」

美穂が言葉につまっていると、何やらカメラの横から言っている。



「えーと、高校の時の思い出か。なんだろうな。うーん、高校3年間でずっと好きだった人がいました。ただ、ずっと片思いで3年間終わりました!あはは、大丈夫かなこれ。」


それまでシーンとして聞いていた場内は、一気にざわついた。「だれだ、だれだ」と犯人捜しをする人もいれば、「お前はちげーよ」と後ろから頭を叩かれてるやつもいた。



「……え、だれって?言えないよー!」

この会場の反応を予想して、すぐさま質問をした優秀な奴が実行委員にはいるらしい。



「うーん、その彼はとっても優しくて、私が仕事で学校休んだときは、必ずノートを見せてくれて、進級できるか不安なときもずっと励ましてもらっていました。お世話になってばっかりで、なにか恩返ししたいなって思っていました。

……そうだ、彼の応援をしたくて最後の夏に野球応援にいきました!

すごくかっこよかったな。あ、やば、んまいっか。えー、今日は来てるかな?本当にありがとうございました。私もこれからもっと頑張ります。みんなも頑張ってね。また同窓会やるときは教えてください。」



そう美穂が言い終わると、大泣きしている朱莉が美穂に駆け寄って抱きしめる様子が映っていた。どうやら朱莉が優秀な実行委員らしい。

ビデオが終わると部屋はすっかり静かになった。プロジェクターの光はまだ壁を照らしている。小林はじっとその壁を見つめていた。部屋の半数以上の人が状況をすべて理解できた。



朱莉はやっぱり泣いていた。大泣きとはいかないまでも、周りの女子によしよしされながら、涙をふいていた。岩瀬は朱莉のためにお茶をとってきてあげようと、席を立った。部屋のざわつきはすっかり戻って、思い出の話に花を咲かせている人もいれば、就職やら卒業旅行やら将来の話をしている人もいた。



お茶はセルフサービスだ。自分でグラスをとって、注いでいく。岩瀬がグラスに氷を1つ、2つと入れていると、ふと1人の女性が浮かんだ。白川だ。大地と美穂が実は両想いだったということは何とも言えない気分になった。その感情に、中学生の時に白川に寄せていた自分の思いが複雑に絡み合う。

「……思い出してきた。いや、湧いてくる。」

浮かんでくる白川の顔に合わせて胸の鼓動が早くなるのを感じた。

「確かに俺は白川が好きだった。」




席に戻ると、朱莉はすっかり元気になっていた。お茶を渡すと、お礼を言って一口飲んだ。朱莉は、グラスを机に置くと、また目に涙を浮かべているようにみえた。

「ねえ、晴翔はいいの?」

「ん?なんのこと?」

「だから、朝も言ったけど、結衣のことどう思ってんの。」

「うーん、好きだったかな。」

「だった?朝の様子みていたら、そうは思えないけど」

「うーん、正直よく分からない。だけど、さっきの美穂のビデオみていたら、なんか、昔の片想いだけど、しっかり気持ちを伝えたいって思った。」

「えっー?片想い?知らないの?結衣が晴翔のことずっと好きだったって。」

「んー?白川が俺のことを?全然知らない。」

「結衣ずっと晴翔のこと好きで、吹奏楽の練習のとき、ずっとグラウンドで練習している晴翔のこと応援してみていたんだよ。」



あの時のことを思い出した。

でも、その時は走っているのがかっこいいっていうから陸上部の誰かのことだと。―――

岩瀬は半信半疑であったものの、少しずつ状況が理解できた。

そして、自分の思っているより事態は重大だと感じた。



「朱莉、白川が今どこにいるか分かるか?」

「うーん、メッセージ送ってみるけど気づくかな。確か高校の同窓会に顔出しした後、中学の方も行くって言っていたような。私は実行委員で片付けがあるって言って断ったんだけどね。」

「よし、ありがとう。ちょっと行ってくる。白川から連絡あったら、すぐ教えて!」

「分かった!晴翔頑張れよ!」



たしか中学の同窓会は駅の反対側の居酒屋だった。雪は止んでいたが、道路は凍っていて、岩瀬は何度も転びそうになった。

息を切らせて店に入った。思ったより人が少なく、40人ぐらいが長テーブルをはさんで座っていた。一気に見回したが、それらしき人は見当たらない。近くにいるやつに、白川はいるかと聞いてみても沖縄のBGMでよく聞き取れない。



朱莉からの連絡はないかとスマホをみると、ちょうど朱莉から電話が来た。

「ん?ごめん、ちょっとうるさくて聞こえない!外出るからちょっと待って!」

岩瀬は急いで店を出た。

「もしもし、白川は?」

まだちょっと聞き取りにくくて、よく聞こえない。

「もしもし?もしもし?白川は?」

「だから!中学校の方に行っているって!……もしもし?もしもし?」

岩瀬は電話を切った。目の前にはホットココアのペットボトルをもった白川がキョトンと立っていた。



「白川って私のこと?どうしたの?」

「あっ、いや、うん、そう朱莉がね、なんか言い忘れたことがあるとか何とかって……。」

「何それ。直接言えばいいのに」

白川は手に持ったココアを両手で握り占めながら、お店の前にあるベンチに座った。



「ちょっと温かい飲み物飲みたくて出てきたんだ。

……岩瀬君も来たんだね。中学の同窓会に。」

「うん。やっぱり何か懐かしくて。……あのさ、」

「本当に懐かしいよね、一つ一つの話がタイムカプセルみたいでさ。ただの昔話がキラキラ輝く宝物になるんだもん。」

白川はベンチの隅に座りなおした。そして、どうぞと手のひらを出して岩瀬を横に座らせた。


「あのさ、白川さんって付き合ってる人とかいるの?あと好きな人とかさぁ。」

「あー、懐かしいね。そういう話したよね!中3のときだっけ。」

「あぁ、うん。前もしたね、そういえば。……今はどうなの?」

「いるよ、好きな人。」

「それはずっと好きな人なの?」

ピューと一瞬強い風が吹いたが、岩瀬はちっとも動かなかった。いや、頑張って耐えたのだろう。おかげで、白川の方には当たらなかった。



「うん。前からずっと変わってないよ。私の好きな人。」

「そっか。……俺も変わってないんだ。」

「ん?」

何だか二人の会話がかみ合っていない様な間が流れた。白川もキョトンとした表情で隣の岩瀬を見た。



「だから、俺も好きな人ずっと変わってないんだ。ずっと遠くから見ていて、なにか話せる機会はないかって待っていたんだ。

……白川があの教室で、放課後に練習するのは知っていたんだ。だから、あのときも、もしかしたらって思って教室へ行ったんだ。」

「え、岩瀬君の好きな人って……わたし?」

「うん」

「いつから?」

「中学生の時から。正直最近は会ってなかったら分からないけど、白川のことを思うと、胸が苦しくなるほどドキドキして、ずっと頭の中でも考えてる。これは中学の時も一緒だったんだ。」



「そっか、岩瀬君は私のことが好きだったんだ。

 んー。じゃあ特別に、私の好きな人も教えてあげましょう。」

岩瀬は何だかスッキリしていた。そして期待いっぱいに白川の方を見た。



「んーやっぱ内緒!それよりさ、ライン交換しようよ。」



今朝の雪はすっかり止んで、かすかに残った雲の隙間から三日月が輝いていた。


(おわり)


最後までお読みいただきありがとうございました。短編小説のなかで、登場人物の想いや情景を描くことの難しさを感じました。また、機会があればよろしくお願いいたします。

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