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必負!聖女選定〜聖女になりたくないご令嬢

 アニスはごく普通の子爵令嬢だ。


 とびきり美人なわけではないがそれなりに可愛らしく、家族からも可愛がられている。貧乏過ぎず、裕福過ぎず。物語の中ならモブという立ち位置がふさわしいような、そんな令嬢だ。まっすぐに流れ落ちる金色の髪だけは自慢だと思っている。


 だが彼女にはひとつだけ秘密があった。

 それは彼女に前世の記憶があることだ。前世では異世界の日本という国で、ごくごく普通のブラック企業に勤める会社員だったが、交通事故で呆気なく世を去ってしまい、でも気づいたらアニス=エゼルバート子爵令嬢として生まれ変わっていたのだ。前世の記憶を持ったまま。


 それに気がついたのはアニスが7歳の誕生日だった。転んで頭をぶつけた拍子に前世の記憶が湧き出してきて、ショックで熱を出し三日間寝込んでしまった。前世の記憶はかなりはっきりしており、前世の名前も経歴も勤めていた会社のことも思い出せる。が、ごくごく平凡な社畜だったアニスの前世にはとりたてて深い知識チートもなく、また武術の心得があるわけでもない。特に今世に役に立ちそうなことは思い当たらなかったので、アニスは自分の心の中にこっそりしまい込んで誰にも話さないことに決めた。


 前世の自分には家族がいなかった。天涯孤独の身の上で、恋人もいない。ただひたすら馬車馬のように働いて、土日は必ず片方、あるいは両方がつぶれて出勤させられるような毎日を送っていた。


 だから今世は優しい家族のもとでのんびり幸せに過ごしたい。それがアニスの一番の希望だ。貴族の義務として両親が決めた人といずれ結婚するだろうけど、それも大恋愛じゃなくていいから仲良く穏やかに暮らせて行ければ一番だと思っている。


 だがある日、ちょっと気になる話が聞こえてきてしまった。


「来年はアニスは8歳になるのねえ」

「ああ。選定の儀の年齢だな」


 夕食後のリビングで両親が話しているのを聞いてしまったのだ。「選定の儀」などアニスには初耳だ。


「お父様、お母様。選定の儀ってなぁに?」

「おお、アニスは知らなかったんだね。この国では貴族の子供は8歳になるとみんなこの儀式を受けるんだよ。儀式というより試験かな――アニスは聖女様のことは知っているかい?」

「ええ、偉大な聖女様がその祈りで世界を魔物から守ってくださっているんでしょう?」

「そうかそうか。ちゃんと勉強しているようでえらいなあ。それでな、今代の聖女様――今の聖女様でもう37代目だったかな、彼女は今も王宮の奥にある神殿で暮らしていらっしゃるんだよ。そうして毎日神に祈りを捧げてこの国を守ってくださっているのさ。大変なお仕事だと思うよ。我々は聖女様に感謝しなければならない」

「すてき! 王宮の神殿っていうことは、王子様と出会うこともあるのかしら」

「そうだね、中には王子様と結婚した聖女様もいたよ」

「うわあ――」


 アニスは女の子らしくうっとりした。前世があっても今はただの7歳の女の子だ。王子様に夢を見たいお年頃なのだ。


「じゃあその選定の儀っていうのは聖女様を選ぶの? 貴族の子供の中から? じゃあ儀式を受けられるのは女の子だけなの?」


 子供らしい好奇心で矢継ぎ早にいろいろ質問してしまう。父親のエゼルバート子爵はアニスとその妹のミニーナを溺愛しているので「好奇心旺盛だなあ」と微笑ましく娘の様子を見ている。


「いや、男の子も儀式に参加するんだ。男の子が選ばれた時は『聖人様』と呼ばれるよ」

「そうなのですね。じゃあ、来年私が聖女様に選ばれることもあるのかしら」

「はは、可能性はゼロではないよ。ただなあ、聖女様が現れるのは本当に稀なことなんだ。十年続けて現れないこともあるくらいだからね。それに誰でも聖女様になれるわけじゃない。聖女様がお使いになる守りの力を持っているのは、前世の記憶、確か異世界のニホンとかいったかな、その国の記憶を持っている者だけだと言われているんだ」

「前世の――記憶?」


 アニスは不穏なものを感じた。だがエゼルバート子爵は気づかずに話を続ける。


「ああ。アニスは生まれ変わりって信じるかい? ごくたまに貴族の家に生まれ変わる前の記憶を持って生まれてくる子供がいるんだ。そういう子に守りの力が備わっている」


 どストライクで自分のことじゃん。アニスは急に不安になって来た。さっきまで「王子様に会えるかも」とはしゃいでいたが、実際に自分が選ばれる可能性が出て来るなら話は別だ。


「お父様、それで守りの力を持っている子供が見つかったら、その子はすぐ神殿に入るのですか?」

「ああ、そうだね。神殿で聖女様としての教育をみっちり受けて、そこで暮らすことになるだろうな。もっとも私も身近に選ばれた人を知らないから噂程度ではあるが」


 あかん。これは絶対にカミングアウトしたらダメな奴だ。アニスの中で警鐘が鳴る。


 つまり聖女に選定されたら神殿で精進潔斎バッチリな清貧で勤勉な毎日が待っているということだ。それに王族と結婚した聖女もいると言っていた。王族なんて責任重大すぎて彼女の手には余る。はっきりいって面倒くさいの一言に尽きる。アニスの家は子爵位、本来なら王族との結婚には若干身分が釣り合わないからそんな心配をしなくてよかったはずなのだが、万が一聖女になってしまったらその可能性が芽生えてしまうじゃないか。アニスの人生設計は「穏やかな人と結婚して死因は老衰」、そんな責任山盛りのハードな人生はごめんである。


 アニスは考えた。選定の儀では前世の記憶持ちだということを隠し通さねば。そのためにはうっかり前世の知識や常識を漏らさないよう、この世界のことをしっかり勉強しなければ。今から前世にはあったけど今世にはないもの、前世と今世の常識の違い等々をおさえておけばきっとボロは出ないだろう。


 かくしてアニスは勉強を始めた。手始めに自宅にある図書館からだ。アニスは決して少なくない蔵書を読んで読んで読みまくった。期限は1年しかないかと思っていたが、どうやら選定の儀は年1回年末に行われるらしいので、1年以上ある。アニスの誕生日は春の初め頃なので、まだ2年弱はあるわけだ。それでもむさぼるように学んだ。

 突然勉強を始めた娘を両親が心配そうに見守るが、アニスは未来の穏やかな生活のために譲れないポイントだと考えて、必死に勉強した。自宅の図書館の蔵書を読みつくし、父にねだって王立図書館へも通い、必死に勉強した。

 最終的に心配していた両親もアニスの熱意に負けたのか諦めたのか「無理はしないこと」という条件付きで応援してくれるようになった。




 そして時は流れ、選定の儀の日になった。


 アニスは父に連れられ、王城にある広間へとやってきた。広間には既に十人ほどの子供とその保護者がいて、ソワソワと落ち着かなげにあたりを見回している。どの子も選定の儀を受けるからにはアニスと同い年のはずだ、アニスも例にもれずソワソワしてしまい、父親に軽くたしなめられてしまった。


 ほどなくして選定の儀を受ける子供たちだけが別室に集められた。これから聖女選定のための試験が始まるのだ。

 試験は筆記と実技があると聞いている。用意された机に座り、答案用紙が配られるのを緊張しながら待った。


 この時のためにたくさん勉強してきた。それは正解を書くためではなく、正解を書かないためだ。ここに連ねてある問題にはちらちらと前世持ちじゃないとわからない内容や、この国と前世の世界――ニホンとで「よく似ているけれど実は違う」事柄があるという。だからうっかり前世持ちの子供が書いてしまうような内容を書かないように、この世界の常識や教養を必死に勉強してきたのだ。


 今こそその成果を出すべき時だ。


 アニスは真剣な顔で問題に取り組んだ。


 おそらく、いや、絶対大丈夫だと思う。


 何度も答案を見直し、前世持ちらしいことを書いていないかどうか確認した。これならきっと前世持ちだとはばれないだろう。この2年弱頑張ってきたことはすべて出し切った。答案は回収され、採点のために試験官が持っていった。それを見てやっと終わった安心感からかアニスは大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


 だから、ちょっとばかり集中力も緊張感も落ちていた。今日の選定の儀は筆記と実技がある、つまりこの後は実技の試験があるのだ。それがスポッと頭から抜け落ちていた。


 突然部屋の扉が開き、3名の近衛兵が入って来た。うちひとりは隊服にぎっしりと重そうな勲章をつけている。体も大きく筋肉質で、髪はない。天井のシャンデリアの光をつややかに反射しているのがとても印象的だ。


 スキンヘッドの男は儀式を受ける子供達全員の前に立ち、びしっと姿勢を正した。改めて男の頭が光を反射する。

 そして男は大きな声で自己紹介をした。


「これから実技試験を始める! 私は試験官の近衛騎士団団長・ピカット=ハゲーテル将軍である!」


 ピカット=ハゲーテル。


 ぴかっと。はげてる。


 ぐふっ。


 アニスの喉の奥から変な音が響いてしまった。


 あの頭でピカット=ハゲーテルとかひどすぎないか。きつい、不意を突かれた。普段ならそんなオヤジギャグ的ネタで笑うほどではないが、気を抜いていたのが災いしたとしか言えない。沸き上がって来た笑いを必死に喉の奥で押しとどめ、何とか平静を保つように努力する。


 だが思わぬ言葉が聞こえてきた。


「――ふむ。実技試験は以上だ」


 ハゲーテル将軍が満足そうに告げたのだ。驚いて顔を上げると――将軍と目が合った。


「そこのご令嬢。そう、空色のドレスのあなただ。お名前を伺っても」


 この部屋の中で空色のドレスを着ているのはアニスだけだ。そのドレスの背中をなぜだか冷たい汗が流れ落ちる。


「あ、あの、アニス=エゼルバート子爵令嬢と申します」

「おお、エゼルバート子爵のご息女か。おめでとう、貴女こそ聖女だ」

「――はい?」

「貴女は私の名前を聞いて笑っただろう?」

「え、それが試験――」


 意味が分からなくて首をかしげていたが、ふと周りの子供たちがぽかんとしているのが目に入った。


 誰一人笑っていない。というか何が起こったのかわかっていない顔をしている。むくむくと腹の底から湧き上がってくる不安で固まっている間に他の子供たちは部屋から連れ出され親元へ戻されてしまい、アニスと将軍たちだけになってしまった。


「私にもよく意味がわからないのだが、ニホンから来た前世持ちは私の名前を聞いて笑うんだよなあ」


 将軍が首をひねっているが、アニスは理由がわかって愕然としてしまった。

 そう、この国の言葉は「オーディル語」、日本語ではない。だから「ピカっと」とか「ハゲ」という音では将軍の頭頂部と結びつかないのだ。つまり将軍の名前で笑える人は日本語を知っているということになる。

 将軍の名前を聞いて笑うなり反応するかどうかが実技試験だったわけだ。

 不覚。


「えっ、それで判定するならさっきの筆記試験は」

「もちろん判定にも使うぞ。だが聖女が現れるのは本当に稀なのでな、どちらかというと聖女と判定されなかった者の中から将来の側近を見つけるのがメインだな」


 種明かしにガックリとうなだれる。あの勉強の日々は何だったのか。この2年弱を返してほしい。

 かくしてアニスは不本意ながら前世持ちだということがバレてめでたく聖女になってしまったのだった。


 そして選定の儀までに必死に勉強をしたおかげで「次代の聖女は教養があり品のいい素晴らしい令嬢」と王家の目に留まってしまい、結局第2王子と結婚待ったなしになってしまうのだが、アニスはその未来をまだ知らない。

久しぶりの投稿なのにこんなくだらないのを書いてしまってすみません…

【4/8追記】

・将軍の名前変更いたしました。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 綺麗にまとまってて面白かったです [気になる点] ピカにドンはつけない方が良いと思います。そこに笑う人もいるでしょうが反感、嫌悪感を持つ人も必ずいるはずです。
[一言] この後のお話をkwsk!
[良い点] 等身大の主人公(いざ自分が、となったら、「ヤダ」ってなりますよ、日本人なら) [気になる点] 平々凡々な幸せを望んでいた主人公、前世、手に入れられなかった幸せを、手に入れることができまし…
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