02『NTRは読者の想像力にまかせてほしい』
「なんと最近の人間界のエロスのブームは、NTR――『寝取られ』らしいです!」
女神パギナの脈絡もない一言で、今日も天界によるエロス倫理委員会――エロ倫は始まった。
「えーっ、今さら何言ってんのー」
「そんなジャンル、もう三周回ってワンの状態じゃろうが」
女神ラヴィと、同じく女神クリリスが、呆れ顔でツッコミを入れる。
「し、しかし、エロスのランキングを検索するとNTR――すなわち『寝取られ』が、どこでも上位を独占しています!」
神様なのに、どこで手に入れたのか分からないタブレットをかざし、パギナも引き下がらない。
「うわー、ほんとだー。エロマンガからAVまで、DLサイトのランキング上位だねー」
「最近は『催眠』や『分からせ』が流行っとると思ったんじゃが、どういう事なんじゃ?」
明確なデータを突きつけられ、ラヴィは目を丸くし、クリリスは首をひねる。
「そこのところ、どうなんでしょうか⁉︎ 金田さん⁉︎」
そしてパギナが、モニターとして召喚された人間、金田に話を振る。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
雲の上に胡座をかき怪訝な顔をする金田に、パギナが笑顔で応じる。
「僕がモニターとして天界に召喚されたのは、前回の事で分かりました」
「金田さんのご意見は、非常に参考になり助かっています」
「前回は就寝中でよかったんですが、僕、今仕事中だったんですよね」
「あー、それでしたら大丈夫な様にしてあります」
「説明、雑っ! だ、大丈夫って、時間停止でもしてくれてるんですか?」
「な、何を言っているんですか⁉︎ そんなAVみたいな事をしてしまっては、金田さんが時間が止まったのをいい事に、あんな事やこんな事をしてしまうじゃないですか!」
「僕、今ここいますよね⁉︎ あと、あんな事やこんな事ってどんな事なんですか⁉︎」
「そ、それを私に言わせるんですか? もしかして金田さんは淫語プレイがお好きなんですか⁉︎」
「もー、いーわ!」
パギナの天然ぶりに、金田は呆れ果てる。
「あのねー、キンちゃん。アタシたちは神様だから、今キンちゃんが人間界にいなくても、なんとなく大丈夫なシステムにしてあるんだよ! なんてったって神様パワーだよー、フンス!」
「いや、なんとなくって、やっぱりめっちゃ雑なシステムじゃないですか! あと、そんな事に神様パワー使っていいんですか⁉︎」
巨乳の胸を張りながらドヤ顔のラヴィに、金田も全力でツッコむ。
「まあ一種の『認識阻害』かの――。金田よ、今、儂らは人間界にお前――金田雅夫という人間が、認識されない状態にしておるんじゃ」
「えっ、それってそのまま忘れられたりしないんですか⁉︎」
「安心せい。戻れば何事もなかった様に、またお前は認識される。もし今、人間界におったら、あんな事やこんな事し放題じゃったのに、残念じゃの」
「なんで僕が、あんな事やこんな事をする前提なんですか⁉︎」
やっとそれらしい説明をしてくれたクリリスの余計な一言に、金田は全力で抗議する。
「では、金田さん。今回の議題のNTRについてですが――」
「マイペースな司会進行ですね! まあ、もういいですけど……」
悪気なく空気を読まないパギナに、金田ももう諦める。
「NTRですか……。まず前提条件として、このジャンルが支持される理由は、非常に解釈の範囲が広いという事にあります!」
「ほお!」
エロの話になると人が変わる金田に、パギナは尊敬の眼差しを向ける。
「一言でNTRとくくられますが、その中身は『寝取られ』だけでなく、『寝取り』の要素も内在します」
「寝取られだけでなく、寝取り……ですか?」
予想外の分析に、パギナは首をかしげる。
「はい。たとえ制作者が『寝取られ側』と『寝取り側』のどちらに主観を置いているかにかかわらず、観る側はそのどちらに感情移入するかを自由に選べるのです」
「なるほどー。水陸両用モビルスーツみたいだねー!」
ラヴィの当たっている様な、絶対に当たってない例えを、金田は華麗にスルーする。
「まず視点が二通りあるだけでなく、その後のルートも多岐に渡っています」
「ルート? なんかゲームの分岐みたいじゃの」
「ある意味、そう言ってもいいかもしれませんね。寝取った者がヒロインと結ばれるルート。ヒロインと寝取られた主人公が共に破滅するルート。あと寝取られた事により絆が深まり、カップルが元鞘に収まっちゃうルートなどなど、パターンはまだ他にもたくさんあります」
「男と女は複雑じゃからのー……」
だてにロリババアではないクリリスは、そんなカオスにも一定の理解を示す。
「あと、ここに第三の要素として『寝取らせ』が入ります!」
「おお! それは自分のパートナーを意図的に他人に寝取らせて、それを第三者視点で眺める事で興奮するというアレですね!」
どこで勉強したのか、パギナが前のめりにその詳細を熱く語る。
「はい。僕も『寝取らせ』が出てきた事で、なぜNTRがこんなにも支持されるのか、やっとその理由が分かりました――」
「そ、それは?」
「精神的オナ◯ーです!」
「せ、精神的……オ◯ニー?」
おうむ返しに答えるパギナは、今自分が淫語プレイ状態である事に気付いていない。
「考えてもみてください。彼女とエッチをしていても、それを映像以外でリアルに客観的に見る事はできません」
「ま、まさか⁉︎」
「そのまさかです! 自分の大事なパートナーがエッチされているのを、客観的に見たい! その精神的オナニズムが昇華されたのが『寝取らせ』――ひいてはNTR全般におけるエロスの欲望なのです!」
「な、なるほどです! 勉強になります、金田さん!」
「キンちゃん、賢ーい!」
「確かにそう言われると、NTRがここまで広く人気なのも頷けるの」
三人の女神たちも、金田の理路整然とした分析に納得する。
「で、す、が――」
金田のリビドーな主張はまだ終わらない。
「それゆえに、NTRは諸刃の剣でもあるのです!」
「そ、それは――⁉︎」
もう金田を尊敬の対象と認定したパギナは、矢継ぎ早に続きを促す。
「NTRは支持が高いゆえに――これは同人誌に顕著ですが、人気作は続編が制作される事が多いのです」
「ドラ◯エや、F◯みたいなもんだよねー」
「作家も新作よりも、当たった作品の続編を作る方が安牌じゃからの」
ラヴィとクリリスが、それぞれに金田の意見に同意する。
「ですが、先程も言いましたが、精神的オ◯ニーというのは、読者の想像性が鍵なのです。なので作品の内容は、ある程度あやふやであってくれた方が、オナ◯ストたちにとっては助かるのですが――続編によっては『自分の想像と違った!』という、超萎える事態が発生するのです!」
「ま、まさに諸刃の剣!」
パギナのリアクションに満足すると、金田の舌鋒はさらに冴え渡る。
「もちろん成功した続編もあります。ですが読者の全員が納得した訳ではないでしょう」
「性癖は人それぞれですからね」
「そう! だからNTRには、結果を限定しない読者が想像する余地を残しておいてほしい! アヘ顔ダブルピース、種付けプレスおねだり、オナホ肉便器……。想像の中ならエロスの可能性は無限大なんです!」
「アヘ顔ダブルピース、種付けプレスおねだり、オナホ肉便器――。まさにエロスの宝石箱ですね!」
金田渾身の結論に、パギナは眼鏡の奥の目を輝かせる。
その様子を見てクリリスは、
(パギナの奴……淫語プレイの才能あるんじゃなかろうか?)
と思ったが、面白いのでそのまま黙っておく事にした。
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