01『エロマンガのヒロインは、なぜかみんなノーブラ』
【登場人物】
金田雅夫:人間。アラサー。エロの見過ぎで、現在常時賢者モード。
パギナ:女神。中肉中背の眼鏡っ娘。エロの知識が常識的に非常識。
ラヴィ:女神。ツインテール巨乳。能天気なドスケベ。
クリリス:女神。最年長のロリババア。アブノーマルにも理解あり。
「あの……。なんでエロマンガのヒロインって、みんなノーブラなんでしょうか?」
女神パギナの何げない、いやまったく何げなくない一言から物語は始まった――。
「その方が興奮する……からじゃない?」
女神ラヴィが、巨乳を揺らしながら即答する。
「あー、やっぱそういう事なのでしょうか」
「いや、そうとも言い切れんじゃろ」
ロリ顔と対象的なババア口調で、女神クリリスがツッコミを入れてくる。
「と言いますと?」
「エロマンガも商業となると、十五ページ前後じゃからの。ペース配分の問題もあるじゃろうて」
「ああ、なるほど!」
クリリスの分析に、パギナが手を叩く。
「確かにエロマンガって、三ページ目でプルンって出て、五ページ目にはパクッていってるもんね!」
「ラヴィさん……言い方……」
清く正しく不健全なドスケベぶりを発揮するラヴィに、パギナは眼鏡の奥の顔を真っ赤にする。
「エロシーンが売りのエロマンガにとっては、展開を早くするためにはノーブラもやむなしという所じゃな」
「で、でも最近は、妙にストーリー性が高くて、面白いけど実用性のないエロマンガも増えているとか⁉︎」
クリリスの見解に、パギナが異論を述べる。
「えー、抜けないエロマンガに価値なんてあるのー?」
「だからラヴィさん、言い方……」
ド直球のラヴィに、パギナは耳まで真っ赤になる。
「まあツッコミどころは色々あるが、ここは『モニター』の意見も聞こうではないか」
クリリスが一人の人間に目を向ける。
「あの……いったい、ここって何なんですか?」
自宅で寝ていたら突然、雲の上に連れて来られた金田雅夫が、ジト目で三人の女神たちを見る。
「なんじゃパギナ、説明しとらんかったのか?」
「あっ、すみません。なんとなく来ればわかるかなー、と」
「分かる訳ないじゃろ! ちゃんと説明せい!」
「は、はい――。あのですね、金田さん。ここは天界による、人間界の愛と肉欲を管理する『エロス倫理委員会』――通称『エロ倫』です!」
クリリスに促され、パギナが前のめりで状況を説明する。
「は、はあ……」
あからさまに、『うわっ、ヤベーとこに来たぞ』という顔を金田は見せる。
「いつもは私たち三人で審議をしているんだけどー。最近、人間界のエロって複雑で理解に苦しむ事も多いの――」
「はあ……」
巨乳を揺らすラヴィに、金田はさらに顔を引きつらせる。
「で、これは人間界からモニターさんを呼んだ方がいい――って事になって、キンちゃんが選ばれたんでーす!」
「な、なんで僕が? あとキンちゃんって、初対面なのにノリ軽っ!」
ラヴィの巨乳と反比例する軽いノリの説明に、金田は納得がいかない。
そこに、やれやれといった顔でクリリスが口を挟んでくる。
「金田よ。お前――拗らしとるじゃろ?」
「――――!」
金田の体が硬直する。そして自然と言葉が漏れ出していた。
「はい……。実は僕はアラサーになるまで、あらゆるエロスに手を出し続けたせいで――もう今では、何を見ても滾らなくなってしまってるんです……」
「常時賢者モードというやつじゃな」
「最近では性欲よりも、睡眠欲と食欲が勝つんですよね……」
「重症じゃな……」
肩を落とす金田に、クリリスも言葉を失う。
「それならキンちゃん! ここで私たち『エロ倫』と一緒に、もう一度キンちゃんがビンビンになれるエロスを探しましょうよ!」
「――――!」
絶対何も深く考えてない、しかも下品極まりないラヴィの無責任発言に、金田が目を輝かせる。
「拗らせたエロスを理解するには、拗らせた奴がよい――。それで儂らはお前を召喚したんじゃ。金田よ、お前は賢者じゃが――選ばれた勇者じゃぞ!」
「おお!」
クリリスのさらに無責任な『なんかいい事言ってる』的な発言に、変なテンションになった金田は感動してしまう。
(さ、さすがです、クリリスさん!)
いったい何がさすがなのか意味も分からないまま、パギナも一緒に感動してしまう。
「で、では金田さん。最近のエロマンガのヒロインが、みんなノーブラな件ってどう思いますか? やっぱりページ数の問題なのでしょうか?」
パギナはこの機を逃すまいと、眼鏡を直すと今回の議題を金田にぶつける。
「いえ――。ページ数の問題だけではありません!」
「おお!」
人が変わった様な金田の声に、女神たちは目を見張る。
「まあ仮にそれが『商業誌』であれば、そういう事情もあるでしょう。ですがページ数に縛りのない『同人誌』でも、状況は同じなのです!」
「それは……どういう……⁉︎」
パギナが息を呑みながら問いかける。
「考えてみてください――。ヒロインがたとえノーブラでも……ノーパンな事がありますか⁉︎」
「――――!」「――――!」「――――!」
金田の指摘に、三人の女神に衝撃が走る。
「百ページ近い、ほとんど絵が差分ばっかりの拷問みたいな同人誌でも、ヒロインが上着をめくった瞬間、オッパイが飛び出します! でもスカートをめくると、パンツはちゃんとはいているんです!」
「た、確かに仰る通りかと……」
「えー、なんでー、キンちゃーん?」
「ええい金田、早うその理由を言え!」
三人の女神は、緊張しながら金田の次の言葉を待つ。
「これは、とてもデリケートな問題ですが――」
そう前置きしてから、
「ブラジャーって……すごく作画コストが高いと思うんです」
ついに金田は核心に踏み込んでいく。
「つまり――描くのが面倒という事ですか?」
「それもありますが……そもそも描けない作家さんもいると思います」
パギナの指摘に、金田は辛そうに目を伏せる。
「あー確かに、水着みたいなブラジャーのヒロインいるもんね」
「はい、それに反比例してパンツの描き込みが精密だと、ほぼ間違いないかと」
ラヴィに答える金田の顔が苦悶に歪んでいく。
「これはエロマンガ家百人ぐらい召喚して、審問してみるか⁉︎」
「やめてください!」
クリリスの提案に金田が声を荒げる。
「ど、どうしたんですか、金田さん?」
険しい顔付きになる金田に、パギナがその真意を問う。
「みんな……一生懸命なんです……。確かにエロマンガでパンツを描いて、ブラジャーを描かないなんて、戦隊ものでヒーローが必殺技を使わずに、いきなりロボで戦闘を始めるようなものです――」
「…………」
「ですが、専業作家なんて一握りの中で、みんな夢と仕事とゲームやりたい欲との狭間で『明日から頑張る』パワーを炸裂させながら、微妙な作画の脈絡もなく半脱げ状態になったブラジャーを、一コマだけ描いてくれている作家さんもいるんです――」
「…………」
「だから僕は信じたい! いつかみんなエロマンガ家さんが、レース部にも細かいトーンを使った、ちゃんとホックが三列あるブラジャーを、せめて二ページに渡って導入部で描いてくれる日を!」
そう言い終えた金田は――拳を突き上げていた。
「……金田よ――」
そして呆然とする女神たちから、クリリスが代表して今回の審議を総括する。
「お前、やっぱり…………拗らしとるの……」