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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-8『同じみなし子として……』


 十字会幹部オスカルの恋人であるエヴァ・ガブリエラ・ストルキオの調査はその後も進められ、斬治郎と緋彗、昴と和歌のコンビが交代で副メイドの付き添いのもと尾行任務に当たった。念のため穂高と織衣は任務から外されたが、あれ以来白髪の少年とブロンドヘアの少女は現れず、調査も順調に進んでいた。


 エヴァは概ね火木土に大学の授業があり、それ以外の日は友人とどこかへ出かけているか、横浜市内にある小さな画廊で絵を描いて過ごしているらしい。その画廊にはエヴァが描いた絵も展示されているが、訪れる客はあまり多くないという。その画廊や彼女の自宅周辺には常に十字会の護衛が警戒しているが、その数は多くても十人から十五人程度で、おそらくただ銃を携行しているだけの人間だ。能力者は能力を発動するために手袋、チョーカー、インデックスリング、腕輪、剣のジュエリーを身に着けていることが多いが、それが見られなかった。十字会と革新協会は協力関係にあるはずだが、どうも革新協会の能力者は護衛に参加していないようだ。


 尾行任務から外された穂高は日々トレーニングや勉強に励みながら、あの謎の少年少女が持っている能力について考えていた。あの二人が持っているジュエリーからして干渉系(レイド)の系統のはずで、美術と音楽をテーマとした能力だと穂高は推理していた。穂高から報告を受けた副メイドや渡瀬もそのように解釈したが、あの絵筆を操る少年の能力は自分が描いた絵を具現化するという単純な能力に見えるが、穂高や織衣が聞いたクラシック音楽がどんな作用を持っているのかまでは判断が難しかった。


 穂高と織衣がエヴァを尾行した日から数日経ったある朝、穂高は斬治郎達と共にいつものように朝のランニングを終えて食堂で朝食を取っていた。


 『福岡事変から今日で十年が経ち……』


 穂高と、そして彼の目の前に座る昴の手が止まった。トーストにジャムを塗っていたが、そのスプーンを持ったまま動きを止めていた。

 今日は十一月十一日、福岡事変から丁度五年が経った。普段ツクヨミでも学校でも、誰ともあまりその話題を口に出すことはないが、今日は朝からニュース番組はその話題で持ち切りだった。空気を読んでくれたのか、後ろのテーブルで朝食を食べている女子組の誰かがリモコンでテレビを消してくれたらしい。いつもは和やかな雰囲気の食堂での朝食は、重苦しい雰囲気のまま終わっていた。


 朝食を終えると、男子組が先に本部を出て間を空けて女子組が登校を始める。穂高と斬治郎、昴の三人組はいつものように本部から池袋駅方面へ向かっていた。


 「何か考えてることでもあんのかよ、お二人さん」


 一番最初に沈黙を破ったのは斬治郎だった。この空気に耐えきれなくなったらしい。


 「僕は穂高君の出方を伺ってたよ」

 「僕も昴の出方を伺ってた」

 「なんでお前らで探り合いしてんだよ、人狼でもやってんのか」


 穂高も昴もお互いにどういう風に福岡事変について話を切り出そうか悩んでいただけであった。福岡事変を体験していない斬治郎もただ気を遣っていただけだ。


 「四月も大変だったけど、やっぱり僕は福岡での光景が頭に焼き付いてるね。穂高君はどうなの?」

 「あまり記憶にないね、ニュースで見てそんなことがあったんだって感じ」


 福岡事変の記憶はうろ覚えどころか何が起きていたのか、戦場の中心にいたはずの穂高は殆ど覚えていない。ニュース記事などを見て一連の騒動の経過を知っているというぐらいだ。


 「ただ、避難所とか野戦病院をグルグルと回っていたことは覚えてるよ」


 福岡事変の翌日、福岡市内で妹の椛と共に自衛隊に救出された穂高は福岡市郊外の避難所に移されたが、事件翌日はまだ情報が錯綜しており親戚がどこにいるのか穂高達も把握できず、知人を探して避難所や救護所を転々としていた。事件から数日経って、東京から駆けつけた叔父夫婦に穂高と椛は保護されたのだ。


 「僕は母さんが勤めてた病院の側で寝泊まりさせてもらってたよ。その方が父さんも探しやすいって思ったから」

 「病院って大変だったんじゃない?」

 「うん、そりゃ凄かったよ」


 穂高は何か話を振ろうかと考えていたが何も思い浮かばず、同じことを考えていたのか斬治郎と昴と目が合い、結局それからは珍しく黙ったまま三人は出灰まで歩いていた。

 福岡事変での出来事は笑い話に出来るようなネタもないため、どうしても場の空気が悪くなる。そのため穂高は自分からその話を切り出すことはなかった。昴だってそうだっただろう、同じ体験をした渡瀬ともあまり話をしたことはない。

 これを笑い話に出来るのは何年後、何十年後のことだろうと穂高は考えながら小さく溜息を吐いていた。


 歴史の授業で、冒頭に福岡事変について教師がサラッと触れた。福岡事変自体は関係各国が穏便に事を済ませたかったのか表面的なわだかまりは見えなかったが、翌年のイランでのクーデターに始まるイラン内戦、それに伴う原油価格の高騰による世界的な経済不況で特に打撃を受けた欧州各国での大暴動、さらには中国でのクーデター未遂など世界各国で政情不安が目立った。その翌年にはロシアによるウクライナ侵攻、カザフスタンで起きた政変への軍事介入、コーカサス地方での反乱等どこに新たな世界大戦への火種があるかわからない情勢であった。しかし去年にはイラン内戦等複数の戦闘は停戦を迎え、拡大を続けていた戦火は急速に収束し世界情勢は安定するかと思われたが、フランス大統領の暗殺事件等各国に不安要素は残されていた。

 四月デストラクションの発生は日本に壊滅的なダメージを与え、革新協会はまだ日本国内でしか活動していないと思われるが、彼らの一連の行動によって、福岡事変で生まれていた各国のわだかまりが再び表面化しようとしていた。



 放課後、緋彗と共に横浜で尾行任務へ向かう斬治郎を見送り、穂高は昴と一緒に下校しようとしていた。しかし昴には図書委員会の仕事があり、穂高は織衣でも捕まえようかと考えたが彼女に気を遣わせるわけにもいかなかったため一人で帰ることにした。渡瀬やエリー、千代や北斗は任務で本部を空けているし、事務所にいつもいる華は未だに怖いためあまり話したくもない。残るは……リーナだが、寂しいからと呼ぶ相手でもなかった。


 穂高はこの日常にも慣れてきていたつもりだった。椛が生きていた頃は彼女と一緒に帰るのが日課のようなものだったため、どうもこうして一人での下校が落ち着かなかった。誰か他の友人に声をかけてどこかに羽目を外しに行こうかと考えていた時──。


 「鷹取穂高さんですか?」


 信号を待っていると突然後ろから声をかけられた穂高は、すぐに後ろを振り向いた。そこにはこんな池袋の街中にはミスマッチ、いやコスプレの一種なのか、黒白の修道服を着た金髪の若い女性が立っていた。


 「……どちら様ですか?」


 勿論穂高の知り合いに修道女はいない。この場所、出灰の通学路の途中で待ち伏せて声をかけてくるような人物は革新協会や十字会の人間しかいないと穂高は思っていたため、周囲の状況を把握しながら警戒していた。そんな穂高に修道女らしき女は優しく微笑みかけながら口を開いた。


 「今日、鷹取さんに会えることを私は楽しみにしておりました」

 「僕にですか?」

 「はい。私はこれを運命や宿命のように感じております」


 またやべー奴に出会ってしまったかもしれないと穂高は思っていた。


 「貴方は革新協会? それとも十字会の人ですか?」

 「はて、何のことでしょうか。私は一介の修道女に過ぎません」

 「じゃあどうして僕のことをご存知なんですか?」

 「そんな未来が見えたからです」


 まだ革新協会や十字会の能力者である方が、穂高にとって気持ちは楽だった。そのどちらでも無いなら単純に変な人間であるため穂高は手を出すことが出来ないのだ、公権力である警察を頼るしかない。

 ただ穂高は、彼女の首に赤いルビーの宝石がついたチョーカー──能力者が持つジュエリーの一つを身に着けていることに気づいていた。


 「ご安心を。私は貴方のことも、貴方が所属する組織のことも、貴方が過ごしてきた日々も存じております。

  今日という特別な日、少しお話でもいかがですか?」


 もしもこの修道女がジュエリーを着けていなかったら穂高はただの宗教勧誘だと思って無視して逃げ出していたところだったが、今日ぐらいはこんな美人にうつつを抜かしても良いかと悪魔が囁き、穂高は修道女についていくことにしていた。


 穂高は修道女に連れられ、近くの小さな公園のベンチに腰掛けていた。公園の遊具で幼い子ども達が遊んでいたり老夫婦が体操をしていたりと、寒空の下でものどかな風景が広がっていた。修道女はそれを眺めながら、穂高の隣で口を開いた。


 「私はエル、しがない修道女です。ご気軽にエルと呼び捨てで、親しみを持ってお呼びください」

 「日本人ですか?」

 「いえ、生まれはオーストリアのザルツブルクという街です。ご存知ですか?」

 「オーストリア・ブンデスリーガの強豪、FCザルツブルクなら」

 「フフ、まさかそれをご存知だとは思いませんでした。ちなみにかの音楽家、モーツァルトの故郷でもあるんですよ」


 穂高の海外の地理に関する知識は大体サッカーで上塗りされてしまっているため、都市名を言われてもあのクラブの本拠地かとしか思えなくなっていた。日本国内も同様に。


 「鷹取穂高、私は貴方のことをよく存じ上げております」

 「……例えばどんなことを?」

 「貴方はネコ派であり、そして甘いものが好きです」

 「いや、確かにそうですけど……どうしてわざわざ僕を探していたんですか?」


 するとエルは持っていた小さなポーチから複数枚のタロットカードを取り出して、それを穂高に見せて口を開いた。


 「私は占いが趣味でして、このタロットだけではなく占星術や算命学、卜占に風水なども学んでいます。先日、いつものように夜に寝床で横になっていると、十一月十一日に池袋で貴方と出会うという予知夢を見ました」

 「いや、占い関係ないじゃないですか」

 「いえいえ、こういったものに触れているからこそ見えるものなのです。私は貴方のことを占って、貴方の過去や素性を拝見させていただきました。かの災厄から丁度五年が経った日に貴方と出会えるのは運命、いや宿命であると私は勝手ながら考えておりました」


 一体エルがどうやって自分のことを占って福岡事変に巻き込まれたことを知ったのか、占いが当たり過ぎていて穂高は怖いぐらいだったが、もしかしたら華と似た能力を持っているのかもしれないと穂高は思っていた。


 「もしかして、エルさんもあの時福岡に?」

 「いえ、私は東京にいましたよ。ただ……福岡へ赴いていた我が師を失いました」

 「師匠って、神父や牧師ってことですか?」

 「そうですね……あの方は自らを神父と名乗っておりましたが、それはそれはとてもおかしな方でした」


 そう言って過去を懐かしみながら微笑むエルの笑顔は、穂高の目にはあまり悲しんでいるようには見えなかった。


 「鷹取さん。貴方は福岡でご両親を、そして四月に里親だった叔父夫婦を、さらに六月に妹さんを失われましたね。一人になってから、家族という存在を恋しく感じられたことはありませんか?」


 穂高は占いというものを統計学の一つぐらいにしか考えていなかったが、椛のことはとにかく穂高の両親や叔父夫婦の死まで占いで当てられるかと恐怖さえ感じていた。


 「……今は、それが当たり前になりつつあります」


 椛を失ってから四ヶ月以上も経ち、今はツクヨミでワイワイと騒ぎながら過ごす寮生活にも慣れてきていた。しかし、福岡での生活も東京での生活も恋しく感じることがあった。


 「人はいつか親を失いますが、新しい家族と共に生きてゆく方もいれば孤独のまま人生を終える方もいらっしゃいます。勿論幸せは人それぞれ、親を失って不幸になった子どももいれば親がいても不幸になる子どもはいますが、恵まれた環境で育っても落ちぶれる方もいれば苦しい環境で育っても大成される方もいらっしゃいます。

  それはもしかしたら、気まぐれな神の悪戯か我々を成長させるための試練かもしれません」

 「じゃあ神様に祈ればいいと?」

 「いえ、神なんていませんよ」


 貞潔、清貧、従順を誓っているはずの修道女がそんな根も葉もない、いや現実的と言うべきか、とても信徒とは思えない発言に穂高は驚いていた。じゃあその格好は何なんだと。


 「……貴方はシスターじゃないんですか?」


 穂高は一度も教会に訪れたことがなく修道女や神父も見たことはないが、エルの格好は明らかに白と黒の、俗に言う修道服というものだ。エルは穂高に笑顔を向けたまま答える。


 「確かに私はいかにも修道女のような格好をしていて、我が祖国にも多くのカトリック教徒がいますが、私達の教会に神はいませんよ。それが我が師の教えです」

 「無神論ってことですか?」

 「いえ、信ずれば見えるものですよ。鷹取さんがそう願って、奇跡を手に入れたように」


 エルが穂高の右手首にはめられた黒い腕輪に触れてそう言った。穂高が能力を発動すると、穂高の右目と腕輪に青い光が灯った。


 「エルさんも僕達と一緒ですよね?」

 「これですか?」


 エルは自分の首に着けられたルビーのチョーカーに触れた。おそらくエルの能力は干渉系(レイド)だ、穂高もあまり出会ったことのない珍しい類である。もしかしたら占いに関係する能力かもしれないと穂高は考えていた。


 「私も確かに奇跡を与えられた者の一人ですが、今は日々教会に籠もってこの世界の未来を占っているだけです。勿論、私も鷹取さん達を助けるために微力を尽くしていますよ」

 「そういえば確認してなかったですけど、やっぱりエルさんって僕達の組織も知ってますよね?」

 「えぇ、私が住んでいる教会は貴方達の組織の支部として機能しております。とは言っても、様々な方のお悩みを聞いたり幼稚園を運営しているだけの小さな教会です。ですが鷹取さん達が必死でこの世界を乱す存在と戦ってくれているからこそ、私達は平穏な日々を生きていけるのだと感謝しています」

 「いやいや、そんなことは……」


 能力者狩りだった頃は椛が支えてくれていたが、穂高達の戦いは公にされることがないため誰かに感謝されるようなことはない。そのためこうやって面と向かってお礼を言われると穂高も気恥ずかしくなっていた。


 「もしも鷹取さんが寂しいと感じた時、人肌が恋しくなった時でも構いません」

 「人肌が恋しくなった時もですか……?」

 「その時はいつでも相談に乗りますよ、同じみなし子として」


 するとエルはポーチの中からメモ帳とペンを取り出し、それに何かを書くと穂高に渡した。どうやらそれは教会がある住所のようで武蔵野市、吉祥寺駅に近い住所が書かれていた。


 「変な壺とか買わされたりしませんよね?」

 「お売りいたしましょうか?」

 「いや……結構です。何かあったらお伺いします」

 「えぇ、いつでも貴方をお待ちしております」


 ベンチから立ち上がり、エルが穂高に笑顔を向けながら手を振ったため穂高も手を振って別れを告げた。教会がある吉祥寺まで電車で帰るのかと穂高は思っていたが、エルは吉祥寺がある南東の方角へ歩いていった。まさかここから数時間かけて歩いて帰る気なのかと穂高は困惑しながら本部への帰途についていた。

 

 そしてエヴァの調査が始まって二週間が経った十一月下旬の日曜、作戦の実行が決まった。


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