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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第五章『少年よ銀河を渡れ』

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5-7『お姉さん達』


 すっかり日は沈んで暗くなっていたが、ライトアップされた赤レンガ倉庫の周囲には多くの人が行き交っていた。穂高と織衣は少女と少年を追って広場まで来たものの、そこで二人の姿を見失ってしまっていた。


 「ねぇ、これっておびき寄せられただけなんじゃない?」


 海沿いの柵にもたれ掛かりながら織衣は言う。織衣が言うように、穂高と織衣をエヴァから遠ざけるための行動だったとも考えられる。


 「だとしたら私達はバレてるってことね」


 穂高は再び副メイドの携帯に電話をかけていた。


 『あ、どう? 何かあった?』

 「撒かれました」

 『そっかぁ。エヴァ(こっち)はもう家に帰ってる途中っぽいね。じゃあまた山下公園で合流しよう』

 「はい」


 穂高は電話を切ると携帯をポケットにしまい、対岸に見える大桟橋に停泊する豪華客船を眺めていた。海の上を多くの船が行き交う景色が、港町横浜の様相を呈していた。


 「今日は終わりみたいね。ようやく私も解放される……」

 「私は残念」


 穂高はどうも足元のスースーとする感覚が落ち着かなかった。だがもし副メイドがこれに味を占めていたとしたら、また女装させられる可能性もあった。だが……新しい自分を見つけられた気がして楽しかったというのも穂高の本音だった。

 

 山下公園へ戻ろうと踵を返すと、穂高の耳にふとヴァイオリンの音色が聞こえてきた。微かに聞こえた音色は段々と大きくなり、聞き覚えのある速いテンポの協奏曲を奏で始めた。


 「何……?」


 誰かがショーでもやっているのかと穂高は思ったが、辺りを見回してもヴァイオリンを弾いている人物はいないし、スピーカー等から流れているわけでもない。


 「クラシック? 聞いたことあるけど何の曲?」


 織衣もその音色が聞こえているようで周囲を見回していた。しかし周囲を歩いている人々は誰もこのヴァイオリンの音色が聞こえていないのか、気にも留めない様子だった。

 一旦ゆったり落ち着いた曲調になった音色が再び激しくなる。最初はクラシック音楽の何かだろうとあまりピンと来ていなかった穂高は、ようやくその曲が何か気づいた。


 「これ、ヴィヴァルディの『冬』よ」

 「へぇ、意外と詳しいのねそういうの」

 「妹がクラシックかじってたから、少しは覚えてる」


 とはいっても穂高の妹、椛が習っていたのはピアノだった。しかし椛を迎えに行くために穂高もあしげく音楽教室に通っていたため、他の生徒が弾いているヴァイオリンの曲も自然に耳に入っていた。

 『冬』はイタリアの作曲家アントニオ・ヴィヴァルディが作曲した有名なヴァイオリン協奏曲『四季』の一つだ。ヴァイオリンの音色が冬の厳しい寒さと凍える体の震えを表している。大分冷え込んできた十一月の夜にマッチしているが、どうしてこの曲が穂高と織衣の二人にだけ聞こえているのか。


 「こんばんは、お姉さん」


 すると、穂高と織衣の前に一人の少年が現れた。先程出会った、グレーのコートを着た白髪の少年だ。彼は挨拶すると帽子を取り、青い瞳が顕となった。その右目には、青い光が灯されていた。


 「僕達を追いかけるのはどうしてですか?」


 少年がお姉さんと言ったため織衣に聞いているのかと穂高は思ったが、どうやら少年には穂高のことが女子高生に見えているらしい。


 「……貴方は只者じゃないと思ったから」


 穂高達の耳に入るヴァイオリンの音色は彼の能力によるものか。いや、彼と一緒にいた少女は楽器ケースを持っていた。もしかしたら彼女がこの協奏曲を弾いているのかもしれない、だとしたらどんな類の能力なのか……考えようにも、この音色がどんな作用を持っているのか、今のところ穂高達の身に異変はない。


 「お姉さん達の目的はわかります。でも、僕達の目標はお姉さん達ではありません」


 穂高も織衣も、まだ能力を発動せずにいた。穂高はチラッと織衣の方を見たが、彼女も少年の出方を伺っているようだった。ここは人目が多く、派手な能力を持つ穂高が暴れるわけにはいかない。それでもいざという時はこの場所で戦う覚悟をしていたものの、この少年の物腰の柔らかさからは戦意を感じ取れない。


 「僕達は無用な殺しはしたくありません。なので、今日は見逃してあげますよ」


 すると少年の右手に、絵筆のようなものが生み出された。少年が絵筆を宙に走らせると、絵の具もつけていないのに空中に白い色で何かが描かれていく。


 「十字架……?」


 少年が宙に描いたのは白い十字架だった。それは手のひら程の小さなサイズだったが──穂高はそれが祈りを捧げるための道具ではなく、人間を磔にするためのものだと気づいた。


 「さぁ、殉教者となれ!」


 少年がさらに絵筆を振るうと、穂高の右手首に杭のようなものが生み出され、そしてそのまま突き刺さった。


 「い”……!」


 穂高は杭を打たれて磔にされることに勘づいていた。能力を発動すれば十分に避ける暇もあったが、彼はあえて能力を発動しなかったのだ。何とか右手首につけていたジュエリーの腕輪は無事で、穂高はすぐに杭を抜き、えぐられた右の手首は織衣が生み出した蜘蛛の糸によって修復されつつあった。



 「貴方が……そうか、アリアドネですか」


 少年は十字架に絵筆を当てると、その十字架を水で洗い流すように消してしまっていた。そして穂高と織衣に背を向けて言う。


 「今日の楽劇は終わりです。では、また会いましょう、綺麗なお姉さん」


 少年が絵筆を振るうと、少年の姿が段々と透明になっていき消えてしまった。穂高達の耳に未だに聞こえていたヴァイオリンの音色も、それと同時に聞こえなくなっていた。その音色に代わり、横浜の沖合に停泊する船の汽笛が響いていた。


 織衣の能力によって穂高の手首の傷は既に止血されていたが、まだ治療は続いていた。穂高のそばに近寄り、彼の右手に触れながら織衣は言う。


 「どうして能力を発動しなかったの?」


 あの白髪の少年が能力者だと気づいた時点で、穂高は能力を発動してすぐに戦うことも出来た。いくら人目につくような場所と言っても、周囲の人々の目を眩ませて場所を変えることだって可能だったはずだ。能力の相性を考えるとそこまで悪くない相手のようにも思えたが、穂高は戦おうとしなかったのだ。

 不思議そうな表情の織衣に、穂高はニコッと微笑んで答えた。


 「あの子、私のことをずっとお姉さんって呼んでたでしょ? それに、あの子達の目的は多分花子さんを守ることじゃない」

 「じゃあ何?」

 「私よ。あの能力者狩りを狙ってる。能力を発動すると正体がバレちゃうから我慢したの」


 白髪の少年は、終始穂高のことをお姉さんと呼んでいた。それがブラフでは無い限り、彼は穂高の変装に騙されていたはずだ。

 あの少年がもしエヴァの護衛だとしたら、いかにも怪しい穂高と織衣を前にして向こうから退くのはおかしいと穂高は考えた。オスカルがわざわざ穂高を狙って襲撃してきたことを考えると、十字会の殺し屋が穂高一人を狙っていてもおかしくない。


 「……本当に有名人なのね、あの人は」


 織衣は嫌味のように溜息を吐きながら言う。あの二人が穂高を狙っていると仮定すると、十字会は穂高がエヴァを襲撃する可能性があると警戒しているのかもしれない。


 「痛くないの? あんなでっかい杭を刺されて」

 「いや、痛いに決まってるでしょ。これは神経と骨まで貫いてる痛さだよ」

 「その割には平気そうにしてるからおかしいて言ってるの」

 「んー、まぁ麻酔なしで手術されるような感覚だよ」

 「麻酔なしで手術したことないからわからない」


 穂高が頻繁に負傷するためか、織衣の能力による治療技術も向上してきていた。以前まではあくまで応急処置で傷口を縫合するだけで痛みは激しいままで、治療自体はリーナを頼ることが多かった。だが今は治療後もあまり痛みはないどころか傷口も綺麗に縫合されるようになっている。皮膚だけではなく血管や神経、骨まで元通りにできるのだから彼女の能力は便利なものだ。


 「でも、白雪ちゃんも気をつけた方がいいよ」

 「……はい?」

 「いや、貴方のことを呼んだんだけど」

 「あぁ、そうだった。何に気をつけろって?」

 「多分、結構有名になってると思う。能力を見ただけで、誰なのか気づかれたみたいだから」


 白髪の少年は織衣の能力を見て気づいたようで、彼女のことを「アリアドネ」と呼んだ。アリアドネはギリシア神話に登場する人物で、ミノタウロスを倒すため迷宮へ入った英雄テセウスに糸玉を伝って移動するよう助言し、彼の脱出を手助けしたことで知られている。

 織衣とアリアドネに共通するのは『糸』だ。正確に言うと織衣が能力で操っているのは蜘蛛糸だが、十字会は織衣の能力を大まかに『糸』操るものだと考えているのだろう。


 「じゃあ、私も狙われるってこと?」

 「さぁ、警戒はされてるかもね。だってオスカルを撃退したんだから」


 それは穂高だけではなく副メイド達も危惧していたことだった。今のところ革新協会や十字会から名指しで狙われているのは能力者狩りだった穂高だけだが、ジャンとオスカルとの戦いに織衣は同行していたし、オスカルをほぼ一人で撃退したのだ。狙われているというわけではなさそうだが、要警戒とマークはされているだろう。


 「ま、私と一緒にいる時点で良い思いはしないだろうけどね」


 穂高は冗談っぽく織衣にそう言ったが、明らかに彼女の表情が暗くなっていた。あんな組織に狙われるのが怖いのか、確かに怖くない人間はいないだろうが、今の織衣は十分に戦えるはずだ。


 「大丈夫よ、白雪……いや、姫野さん」


 穂高は無事治療された右手で織衣の肩をポンと叩いた。


 「私がいなくても、貴方は戦えるから」


 穂高は織衣を気にかけたつもりだったが、織衣は穂高の右手を掴むと肩から離した。


 「……触らないで」

 「あ、ごめんなさい」


 穂高はすっかり織衣の女友達という気分になっていた。そういえば自分は男だったなと我に返る。

 もしかして自分は意外と変装に向いているのではと穂高は思いながら、織衣と共に副メイドが待つ山下公園へと戻っていた。

 


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