5-4『千代の無茶振り』
ツクヨミの面々が過ごす休日は多種多様だ。千代や北斗は東京に滞在している間は奥多摩や房総半島へツーリングへ行くし、和歌は変わらずゲームをしているかアニメを見ていて、織衣は部屋で一人ひっそりと映画鑑賞に熱中し、緋彗はそんなインドア派な二人を買い物へ引き連れていく。斬治郎は寮の中庭で竹刀の素振りをしたりバッティングセンターでバットを振っていたりと何かと体を動かしていて、昴は真面目に勉強しているかお菓子を作っていて、穂高は見逃したサッカーの試合を動画配信サービスで見まくっている。
だが、穂高達高校生組は高校生であると同時にツクヨミに所属する能力者でもある。そのため戦闘に必要な鍛錬を日々続けなければならなかった。長時間の任務に耐えるためのスタミナをつけるためひたすら走り込み、中庭では能力を使った実践的なトレーニングもする。
今日は暇していたところを副メイドに捕まった千代の指導のもと、中庭でトレーニングが執り行われていた。女子組は走り込みに向かったが、男子組は食堂に集まっていた。最近加入したばかりの昴がツクヨミ用の装備の試着するからだ。
「何だか悪の組織みたい」
ツクヨミの戦闘服と黒いコート、そして月が描かれた仮面を被り、鏡で己の姿を見た昴の感想がそれだ。
「悪の、は余計だろ」
食堂で同じく装備を着ている斬治郎がそう言った。穂高も同様に黒いコートを羽織っていたが仮面は外していた。昴の側では華が満足そうに微笑みながら彼を見ていた。
「うんうん、サイズはバッチリね。首は苦しくない?」
「はい、大丈夫です。しまう時ってもう一回箱を開ければ良いんですよね?」
「うん、そうよ。結構威力あるから気をつけてね」
「おわぁっ」
手の平に収まるような小さなサイズの箱を開け閉めするだけで、戦闘用の装備を簡単に着脱できる。これも能力が成せる技だ。
「胸ポケットに入ってるのが通信機。首元にマイクが着いてるから、緑のボタンで通信できるよ。赤のボタンは電源を切る用、矢印はチャンネル切り替え用だね。オペレーターに繋がるのとグループ用と個人用がある。通信だけを聞きたい時なら下のボタンでマイクを切ることが出来るから。後相手からコールが来た時はイヤホンでコール音が鳴るよ」
穂高が通信機のボタンをポチポチと押しながら昴に教えていた。穂高は最初は慣れなかった、というか今もあまり使わないが使い方だけは覚えている。
「あ、もしもし聞こえる?」
「うん、イヤホンから聞こえるね」
「こちらスネ──」
「やらなくていいんだよそんなこと」
他にも基本装備にあるライトやナイフが収納されるホルダーや、応急処置のために携行している鎮痛剤の使い方も昴は教わっていた。そういえば鎮痛剤ってのもあったんだなと穂高は思い出していた。
「あと、昴君が着ているのはデフォルトの戦闘服だけど、服のタイプはカスタマイズ出来るわ。半袖半ズボンとかにね。一応一年間通して使える素材だけど、やっぱり夏は暑いし冬は寒いものよ」
「例えばどんな風に?」
「男の子なら、斬治郎君や穂高君みたいなスラックスみたいなパンツだったり、渡瀬君達みたいなスーツパンツスタイルかしら。一応ネクタイを着けてスーツみたいに出来るけどどう?」
「それって何か戦いに影響出たりしないんですか?」
「見た目が変わるだけで防弾とかじゃないから大丈夫だよ」
「そうなの!?」
ツクヨミの戦闘服は動きやすさと隠密性を重視しているだけで、防弾チョッキ等は別途用意する必要がある。勿論装備箱の中に防弾チョッキも組み込むことは出来るが、能力者はそもそも銃弾に当たるというケースが少ないため誰も着ない。銃弾に当たる前に当たらないようにする訓練をさせられる。
ちなみにデフォルトの戦闘服はジャケットとワークパンツだが、高校生組は各々が自分なりにカスタマイズしている。
「どうして穂高君と斬治郎君はスラックスにしたの?」
「先輩がそうしてた」
「能力者狩りの頃から学生服で動いてたから」
「じゃあ僕もスラックスにしようかな……ジャケットはそのままの方が使いやすいの?」
「色んな物が入るから便利だな」
「かさばるからちょっと薄めにしてるけどね」
穂高と斬治郎は、携行している武器が違うぐらいで服のカスタマイズはほぼ一緒だ。女子組は偶然全員がショートパンツにカスタマイズしたが、織衣はわざわざ首にマフラーを巻くし、緋彗は炎の能力が使いづらいからとデフォルトに比べて露出を多くしているし、特に隠密性を重視する和歌はギリースーツまで用意できるらしい。渡瀬や詠一郎達が着ているあのスーツも一応装備箱で着脱できる特注のスーツではあるが、彼らにとってはそれが最早普段着のようになっている。
「じゃあ一旦それで発注しておくわね。一週間ぐらいしたら届くと思うわ。またその時着て考えてみてね。
一旦今日はその装備で訓練ね。頑張って」
今日は昴が初めて能力を使用した訓練を行う日だ。ツクヨミに入るまでは運動音痴だった昴は、まず基礎体力をつけるためのトレーニングに始まり、まだ能力の訓練はオンオフの切り替えの練習ぐらいだった。
穂高達は食堂から中庭へと移動した。ツクヨミの本部や寮が立地する区画の中心には建物に囲まれたテニスコートほどの大きさの中庭があり、そこで軽い能力の訓練が出来る。一応地下にもトレーニングルームがあるが、能力を使用すると壊れかねないためジムのようなトレーニング器具が置かれているだけだった。
「お、来たわね」
中庭ではツクヨミの装備に着替えた千代がキャンプ椅子に座って待っていた。彼女の装備はセーラー服のような格好で、元を考えると原型が無いほどカスタマイズされている。千代は能力を発動していて、中庭には大きな針や岩のような物体がゴロゴロと転がっていた。
「何してるんですか千代の姉貴」
「ヒナの能力を試してたのよ」
千代の能力、“本当の偽物”は『模倣』の能力で、自分が触れた能力者の能力をコピーして三つまでストック出来る。千代は昴が持つ能力をコピーして、実際に自分で使ってどうやって昴を鍛えるのか考えているのだ。
「さて。覚悟はできてるか、ヒナ」
「はい、東京湾に沈められる覚悟は出来てます」
「そんなんされるの穂高ぐらいだから大丈夫だぞ」
「僕相手だったらしても良いってはずはないと思うんだけどね」
そもそも千代が千葉の沖合で穂高を海底に沈めたのは彼の暴走を押さえるためだった。まさかほぼ窒息という状態まで追い込むという手荒な真似をされるとは穂高も思っていなかったが、軽い暴走状態ならそれでどうにかなるらしい、運が良ければ。
千代は椅子から立ち上がり、右手からパッと針を生み出して、それを掴んでから言った。
「ヒナの能力は創造系ね。この石っぽい素材の物体を変形させて、それをぶん投げたり出来るっぽい。系統は操作系っぽいけど、まぁその剣がジュエリーなら創造系の証ではあるのよね」
能力が持つジュエリーの種類で能力の種類も大まかに分かる。創造系の能力は操作系に似ている部分が多いが、決定的な違いは自分で生み出した物体に能力の力を付与出来るという点にある。昴の能力で生み出した物体に穂高や斬治郎の能力を付与することも将来的には可能かもしれない。
「作ろうと思えば剣とか盾も作れるけど、まだ能力の扱いに慣れてない内は簡単に作れるものにしといた方が良いわね。確か針が出てくるのよね?」
「はい。作った瞬間に真正面に飛んでいきます」
「まだ制御が出来てないわね。まずは自分の意図でその針を作って、意図した方向に飛ばせるようにならないといけないわ。今日はその練習よ」
すると千代は中庭の中央に置かれていた木のテーブルに、ベニヤ板を立てかけた。
「まずは、この板に針を当てられるようにコントロールを定めること。今日はひたすら、自分で能力を制御して針を生み出して、この板に当たるようにコントロールして飛ばしなさい」
能力者は自分の能力がどんなものかわかっていたとしても、それを自分で制御して上手く扱えるようになるには慣れが必要だ。穂高は能力者狩りとして経験を積んできたし、斬治郎もこのツクヨミで長い間修行を積んできたのだ。昴はまず能力を発動しているという状態に慣れなければならない。
「で、でも針が板に当たらなかったら、寮の壁と窓かに当たっちゃいますよ?」
「大丈夫よ、こいつらが止めるから」
「え?」
「はい?」
昴の隣でなんとなく千代の話を聞いていた穂高と斬治郎は驚きのあまり腑抜けた声を出してしまっていた。しかし千代はまるでそれが予定調和かのように、当然のことのように話を続ける。
「アンタらの今日の訓練は、ヒナが生み出した針をひたすら弾くこと。建物に当たりそうな奴と、あと空に飛んでいきそうな奴を全部叩き落としなさい」
「「……はい?」」
「落としそこねた針一本ごとに……そうね、皇居まで往復一本ね」
それは昴にとっても相当な体力と集中力が必要になる内容だったが、穂高と斬治郎にとっても同様の体力と集中力、そしてプレッシャーがかかるものだった。
ーーー
ーー
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──このトレーニングの結果はいかがだったでしょうか。
「そうっすね、自分にしては頑張った方だと思います」
──見事全ての針を落としました。やはり先輩能力者としてのプライドが背中を押しましたか?
「いや、だって一本落とすごとに往復十キロ以上のランニングっすよ? しかもこのトレーニング終わった後に。そりゃ必死になるわ」
──では鷹取さん。
「あれ? もう俺のインタビュー終わり?」
──鷹取さんが落とされた針の数はトップでした。やはり今までの経験が役に立ったのでしょうか?
「そうですね、日頃から似たような場面になることが多かったんですけど、今日は一段と神経を使いましたね」
──今、何が食べたいですか?
「こってこての油っこいラーメンですね」
「今そんなもん食ったら吐き出すだろ」
──この素晴らしい結果をどなたに伝えたいですか?
「今まで僕を支えてくれた皆に……って、もう殆どいないや」
「ブラックジョークやめろ」
「ていうか誰に伝えたってしょうがないよこんなの! 誰が感動するんだよ!」
──ありがとうございました。本日見事に全ての針を叩き落とした立花さんと鷹取さんでしたー!
「いや、ていうかこのインタビュアー誰だよ!?」
「あれ? もしかしてこれって夢なの?────」
ーーー
ーー
ー
「俺、疲れすぎて変な幻覚見てた気がするわ……」
「偶然だね、僕もだよ……」
穂高と斬治郎は中庭の芝生の上に仰向けに寝転がっていた。二人の周りには、叩き落とした数百本もの針が地面に転がっていた。トレーニングの序盤は昴が能力を制御できずに一気に数十本も針を生み出し、さらにはコントロールも定まらないため四方八方へ飛んでいく針を二人は落とさなければならなかったが、次第に昴は能力の出力とコントロールに慣れてきたようだった。
「お疲れさん、二人共。皇居まで走らずに済んでよかったわね」
千代は昴の側で逐一能力の扱いについて指導していた。昴が生み出す針のコントロールが利くようになってくると、千代はわざと自分の能力で針を生み出して飛ばしていたが。
「どうよ、ヒナ。大分コントロールできるようになったでしょ」
「はい。結構疲れましたけどね……」
最初は一度に生み出す針の数すら定まっていない昴だったが、今は一本単位で制御して生み出せるようになっていた。コントロールも命中率はまだまだではあるが、的のベニヤ板をかすめることが出来るぐらいには改善されていた。
「でも、これってやろうと思えば針以外も作れるんですよね? 例えば剣とか盾とかも。それってどうやって作るんですか?」
「そういうのは慣れてからにしといた方が良いわ。下手に幅を広げすぎると体への負担が大きくなるから」
昴の能力は、現段階では針を生み出して飛ばせるというだけだ。まだ昴自身が能力の制御に慣れない内は似たような訓練が繰り返されるだろう。その度穂高と斬治郎は過酷なトレーニングを受けさせられる羽目になる。
「ま、今日は及第点ってところね。まだまだ実戦には遠いわね」
すると、丁度女子組が走り込みから戻ってきたようで、中庭に顔を見せていた。
「おわぁ何これぇ」
最初に感想を述べたのは緋彗だ。彼女らは中庭に大量に散らばった針を見ておったまげている様子だ。
「これ食べられるのかなー」
「コラ、拾ったものを食べちゃダメって言ったでしょ」
「オカンか」
昴が能力で生み出している針の素材は金属ではないものの、ベニヤ板は貫くしコンクリートの壁にぶつかっても砕けないため、それなりに丈夫で上手く使えるようになれば十分に戦闘に向いているはずだ。
「緋彗、これ全部燃やしといて」
「はーい」
千代に命じられ緋彗が能力を発動すると、中庭に散らばっていた大量の針が業火に包まれ一瞬で溶かされていく。
「あぁ、僕達の努力の結晶が……」
穂高と斬治郎は起き上がり、地面に座って自分達の周囲を囲う炎を見ながら、その光景を悲観的に見ていた。
「そういや俺、今日飯の当番だった……だっる」
「僕も手伝うよ、斬治郎。まずはシャワーでも浴びよう……」
「この二人なんでこんな疲れてるの?」
本日のトレーニングを終えた高校生組は各々入浴などを済ませ夕食を共にした。夕食後、高校生組は副メイドに呼ばれてそのまま食堂で待機し、新たな任務のためのミーティングを受けることとなった。
あけましておめでとうございます。
今現在かなり不定期投稿になってしまっていますが、思案中の複数の新作も含め、曲がりなりにも色んな小説を書いていきたいです。




