4-29『サンタはいる』
ツクヨミでの食事は基本的に本部に常駐している華が担当しているが、高校生組が交代で支度を手伝っている。朝食は和食と洋食の一日交代で、昼食は平日ならほぼ学食(女子組は自分達で弁当を作ることもある)、休日なら外食か暇な奴が作り、夕食は華が独断でメニューを決めて高校生組の当番が買い出しに行って支度を手伝うというシステムである。本部の食堂で食事を取るのは高校生組と華ぐらいで、ほぼホテル住まいだという牡丹や詠一郎達は基本外食、たまに帰ってくる渡瀬や千代達の分はそもそも用意していないため彼らも自分で支度するか外食だ。副メイドに至っては食事しているところを見たことがない。
今日の当番は織衣で、夕食のメニューは餃子と中華スープに春雨サラダという中華三昧だ。華が考えるメニューはメインが和食なら和食で統一するという構成で、たまにモロッコ料理なんてものを出されると驚くこともある。高校生組が夕食を食べる七時頃に合わせて調理の手順を調整し、餃子の具を皮で包んでいる織衣の横で華がその餃子を焼いていた。
「餃子って何個焼くの?」
「うーん百と五十個ぐらいかしら」
そりゃフライパンを三つも使うわけだと織衣はIHコンロを見ながら思っていた。おおよそ一人十個と計算してまず七十個。そして穂高と斬治郎、緋彗がその倍以上は食べるためその分を含めて百五十個と華は考えたらしい。昴が新しく加入したことで華達が作らなければならない食事の分量は増えたものの、彼が結構少食であるため助かっている。織衣達は育ち盛りというのもあるが、能力を使うにはそれなりの体力が必要であるため織衣も気づかない内に箸が進んでいることが多かった。いつの間にか驚くほど体重に変化が出ていることもあるが、任務に出さえすれば割とどうにかなる。
「そういえば織姫ちゃんは、クリスマスに何か食べたい?」
無心で餃子の皮を包み続けていた織衣は、その質問に思わず肩をビクッとさせてしまう。クリスマスという単語を聞いただけで動揺してしまうほど、織衣にはトラウマのようなものになってしまっていた。
「七面鳥とか焼くの?」
「気が向けばね」
気分次第で変わってしまうなら要望を言ったところで本当に出てくるのか不安である。
「今のところローストチキンとクリスマスハム、ポテトフライにポテトサラダ、オムレツにピザパイ、マリネにピンチョスってところかしら。もっと増やしたいのよね」
「……そんな量、誰が作るの?」
「勿論私達よ。仕込みは前日から始まるわ、お正月が終わるまで大忙しよ」
高校生組総出で取り掛かることになるだろう。緋彗は普通に料理が上手いし斬治郎もああ見えて料理が出来る。和歌は一人で作らせるととんでもないものを生み出すが誰かと一緒なら問題ない。昴はお菓子作りが趣味で自炊もするようだし華の手伝いもテキパキとこなしている。穂高は……ツクヨミに入ってきたばかりの頃は壊滅的な領域だったが、今は一人で目玉焼きを焼けるようになった。織衣はツクヨミで生活している間に勝手に料理スキルが上がっていた。
織衣は何かクリスマスっぽい料理を考えようとしたが、華が用意しようとしているもので大体出揃っているように思えた。今までどんなものを食べてきたのか考えようにも、去年はそもそもクリスマスなんてなかったようなものだったし、姫野家ではクリスマスより織衣の誕生日の方がメインイベントだった。
「それとも、やっぱりクリスマスは嫌?」
織衣が中々クリスマス料理を言い出せずにいると、華が焼けた餃子を皿に移しながら言った。
「別に、嫌ってわけじゃ……」
「本当に?」
「……皆に悪いし」
体調が悪いからと織衣がパーティに出ないとなると、緋彗や和歌に何か勘ぐられてしまう可能性がある。穂高も何か気づくかもしれない。織衣だってお祝いごとや催し物は好きだが、やはり去年の出来事のせいで気乗りしない。
「それに、皆に気を遣わせたくないのね」
織衣の心の内を見透かすように華が喋りだす。
「どうしても気持ちが上向かずに浮かない顔をしてしまって、その場の雰囲気を壊したくない……そうでしょ?」
織衣はあえて答えないまま餃子の皮をモクモクと包み続けていた。
「大丈夫。ここの皆は優しい子ばかりだから。あのタカ君もきっと、織姫ちゃんを元気づけようと一発ギャグでもしてくれると思うわ」
「……面白いかなぁ?」
「フフ、タカ君はそういうセンスがなさそうね。頑張りばかりが空回りして全部スベっちゃうお笑い芸人みたいになっちゃいそう」
確かに穂高がする一発ギャグは面白くなさそうだが、彼がスベっている姿を想像するだけで面白いものだ。穂高に対してそんな評価をする華も酷なものだが、華は『瞳』の能力で穂高にギャグセンスがないことを見抜いているのかもしれない。
気づけばもう十一月、今年もあと二ヶ月を切り来月にはクリスマスだ。そのイベントが近づいていくにつれ、織衣は段々と憂鬱になってしまう。少しは乗り越えられたと織衣は思っていたが、一ヶ月以上も前からこれでは体と心が持つか不安だった。
「織姫ちゃんは、サンタさんを信じる?」
織衣は餃子を七十個ほど包んだところで華が聞いてきた。
「ううん、昔は信じてたけど」
「何歳まで?」
「……十二歳ぐらい」
「フフ、ご両親は隠すのが上手かったのかしら」
織衣は小学六年生の頃までサンタの存在を信じ続けている純粋な心を持っていた。織衣は誕生日がクリスマスであるため、誕生日プレゼントもサンタが運んできて、サンタの存在を信じる子どもの元にだけ来てくれると教えられていたのだ。しかし十二歳の誕生日を迎える直前、サンタがくれるはずのプレゼントである新しいイーゼルを父親が買っている姿を目撃してしまい、織衣はようやく現実を知った。
あの能天気そうな緋彗でさえサンタは「いや、いないよ」と真顔で言うのだから、その現実は普通早く知るものなのだろう。
「じゃあ、私は何歳まで信じてたと思う?」
なんて風変わりな質問なんだと思いながら織衣は餃子の皮を包んでいた。
大体は小学生の内に知るものだ。親が直接教えるか学校で知ることだってある、だが織衣には華が子どもだった頃が想像できない。華が醸し出す雰囲気は大人っぽくてミステリアスだが、今年でようやく二十歳になったと言うのだから驚きだ。渡瀬や千代達と一個しか年が変わらないというのが信じられない。
「五歳とか?」
華がいつ能力を手に入れたか知らないが、聡明そうな彼女なら子どもの頃から物事の本質を見抜いていそうだ、能力なんて無くとも。しかし華はフフフと愉快そうに笑っていた。
「私はね、今もサンタさんのことを信じてるの」
華の答えが織衣には意外過ぎて、思わず手先が狂って餃子の皮を破りそうになってしまう。
「ほら、私達は能力を持ってるでしょう? こんな不可思議な力の存在自体がとてもファンタジックなものじゃない。だからサンタさんがいてもおかしくないわ」
「さ、サンタさんも能力者ってこと?」
「フフ、そういう考え方も出来るわね。皆にプレゼントを届ける能力……とてもメルヘンチックだわ」
能力者という特殊な力を操る人間達の存在を知ってしまった以上、もしかしてサンタも能力者なのかと織衣は考えた。この世界に生きていると数々の伝承に伝えられる人間とは思えない英雄達や人々に恐れられてきた怪物や妖怪達、都市伝説に出てくる口裂け女なんかも能力者なのではないかと考えてしまう、それだけ能力の種類には限りがない。
「どう、織姫ちゃん。サンタって本当にいるんじゃないかって思えてこない?」
「私にはわかんない」
「うーん難しいわね……」
実際にその目で見てみなければ織衣も真実だと受け止められない。流石にサンタが能力者という説はメルヘンやファンタジーにも程がある。
「でもね、織姫ちゃん。現実にばかり囚われちゃダメよ」
「どういう話の繋げ方?」
「時には夢を見るのも大切ってこと」
華はフライパンの餃子が焼けるのを待ちながら、春雨サラダの具材をボウルに混ぜていた。
「現実を自分の目でしっかりと理解して、色々な情報を元にバイアスも無く捉えることが出来るなら、どんな困難も乗り越えられるはず。
でも、時には気分転換に夢を見るのも大事なこと。現実だけを見てひたむきに生きるのはつまらないものよ、自分がしがみついていたものがふとした拍子になくなると、何も出来なくなっちゃうもの」
織衣達に見える現実は残酷なものだ。この世界に生きる人々全ても同様に。革新協会の数々の破壊活動は人々に多大な不安を与えるのに十分だった。そのストレスからか能力者と関係ない事件も多発するようになった。
織衣はツクヨミに入ることで、少しは現実から逃れられるはずだと以前は考えていた。しかし能力を使う度にどうしても去年の出来事が頭をよぎってしまうのだ。華もそういった事情を理解していたため、織衣にわざわざこんな話をしているのだろう。
「夢は良いものよ。織姫ちゃんはまだ若いんだから、色んな夢を持つと良いわ。何かしてみたいことはないの?」
「……さぁ」
「絵を描いたりとかは?」
「昔はしてたけど……」
幼い頃から織衣は絵を描くのが好きだった。母親には絵の才があり、家に母親が高校生の頃に描いた素晴らしい風景画が飾られてもいた。母親に先生になってもらって絵を描いていた織衣は、中学時代は美術部にも入って暇があれば絵ばかり描く生活を送っていた。しかし東京に来てからは一回も絵を描いていない。絵筆や絵の具は持ってきたものの手つかずのままだ。出灰にも美術部はあるが入る気もなかった。華はきっと織衣のその過去を知って話題に出したのだろう。
「自分が表現したいものを創造して、それが誰かに認められると嬉しいと思わない?」
織衣も自分が描いた絵を母親や兄に褒められたり、コンクールで良い賞を取るとさらに絵を描こうと意気込んだものだ。父親は滅多に褒めてくれなかったが、絵筆やイーゼルをプレゼントしてくれるぐらいには気に入ってくれていたのだろう。
「そういった一個一個の積み重ねが、誰かの夢を作り、後押ししてくれるのよ。その逆も然りね。私も織姫ちゃんの絵を褒めたいから描いてほしいわ」
「華さんだけに見せるなら……」
「うーん凄すぎたら皆に見せたくなっちゃうかもしれないわね」
「だったら描いてあげないもん」
あまり褒められすぎるとそれはそれで気恥ずかしいものだ。織衣の母親は娘の絵をパート先の同僚やママ友に自慢して回るのだから恥ずかしくてしょうがなかった。しかし案外気分が悪くないのも事実だった。学校でも同じく美術を選択している緋彗から驚かれることもある。
華は本当に織衣が描いた絵を皆に見せびらかしそうだったが、織衣は少しだけ、クローゼットの奥底に眠っている画材セットを取り出してみようかなと思っていた。学校の芸術科目でわざわざ美術を選択したのは、自分にまだ未練が残っているからだと織衣も薄々気づいていた。
織衣はオスカルとの戦いをきっかけに、汀に見せられたあの記憶をもう一度見たことにより、この世界の捉え方が変わった。織衣はまだ少しだけだったが、過去の悲劇を乗り越えるだけの勇気を抱くことが出来たのだった。
少しずつ、少しずつだけでも、織衣は前に進もうとしていた。




