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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-27『運命の糸』



 ──古傷の激痛で織衣は我に返った。首を触って確かめると斬られたというわけではなさそうだ。頭に違和感を感じて手をやると、自分の額に二本の角が生えていることに気がついた。さらに自分の手を見ると、自分の体に花の紋章が浮かび上がっていることに気がついた。


 「Diavolo(悪魔)みてぇだな」


 織衣の姿を見たオスカルがそんな感想を述べていた。オスカルは横倒しになった電車の上に立って笑っていた。それが嘘か真実か、騙された感覚なのかはわからない。

 だが織衣にはこの戦場の光景が、どの場所にどんな建物がありどの場所にどんな生物がいてどの場所に道路や線路が通っているのか手に取るように理解することが出来た。まるでこの戦場全体を蜘蛛の巣で覆ってしまったかのように。

 織衣はそんな巨大な巣をすぐには構築できない。だが、織衣が生み出した蜘蛛達が展開している範囲、そしてそこら中に張り巡らされた蜘蛛糸にまるで神経が通っているように感じ取れた。

 織衣は左手から糸を出し、それを右手で掴んで引っ張った。糸は金色に煌めいており、先を針のように鋭く変形させてオスカルに向けて放った。オスカルは当然糸をナイフで簡単に切ったが──針はそのままオスカルの胸に突き刺さった。オスカルが切った糸の長さは三メートル程だった。


 「Wow!?」


 オスカルは針を抜こうとしたが、針はオスカルの体内に侵入していき、まるで彼の皮膚を縫うように針が独りでに動き出す。


 「それは、貴方が決めた寿命の長さ」


 ギリシア神話には、運命の三女神と呼ばれる神がいる。


 「その糸を縫い終わると、貴方の命は途絶える」


 彼女らは糸を紡ぎ、長さを決めて切ることで人間の寿命を決定づけるという。


 「それが貴方の、“運命の糸”」


 織衣は神話に聡いわけではない。勿論運命の三女神モイラのことなんて聞いたこともないし誰かに教わったこともなかった。

 戦場が一気に動き出す。脱線した車両が糸に吊られてフワッと宙に浮き、オスカル目掛けて糸で引っ張られてた。一両、二両、三両と休むことなく次々に衝突し車両は跡形もなく変形していくが、オスカルに大したダメージを与えることが出来なかった。その間にもオスカルの胸に運命の糸が縫われていく。

 しかし気を逸らすだけで十分だった。車両をオスカルに飛ばしている間に、織衣は太刀と共に一気に接近した。織衣は太刀を握ってはいない。太刀の刃や柄に蜘蛛糸を絡めて、太刀は宙に浮きながら糸で制御されオスカルに斬りかかる。


 「近づくと危ないぜお嬢ちゃん!」


 オスカルはナイフを握っている。先程までは彼が持つ武器の大きさも長さも正確に捉えることが出来なかった。しかし今の織衣には見えていた。ナイフは織衣の首元をかすめ、織衣はナイフを握っていたオスカルの右腕を掴み、口を大きく開いた。

 織衣の口には、二本の鋭い牙が光っていた。


 「Ahia(いっでぇ)!?」


 織衣の牙はオスカルの腕に深く突き刺さった。織衣はすぐに牙を抜いてオスカルから離れ──。


 「少し豪快すぎないか!?」


 織衣の戦い方に驚くオスカルの背後から、今度は太刀が襲いかかろうとしていた。しかしオスカルに向けられていたのは刃ではなく峰、織衣はまるで鈍器のようにオスカルの背中を太刀で叩き斬った。

 背後から強い衝撃を受けたオスカルは、そのまま線路の上に倒された。彼の頭上には、再び一両の車両が浮かんでいる。織衣はオスカルが死なない程度に威力を調整しながらも、思いっきり地面に向かって車両を引っ張って衝突させた。


 衝撃により周囲に粉塵が舞い、織衣は目を手で覆った。これで八両編成の車両は使い切ってしまった。もう修理なんて到底不可能なぐらい押し潰された鉄屑となってしまっている。


 「いやぁ、ragno(蜘蛛)が平気で良かったぜ。田舎生まれで助かった」


 オスカルはスーツジャケットのポケットに両手を突っ込んで、笑いながら線路の上に立っていた。


 「にしてもお嬢ちゃん、意外に怖いのな。人が変わったみたいだ」

 「うるさい。どうして死なないの?」

 「そんな簡単には死なないぜ」


 穂高が言っていたように、オスカルは織衣達のあらゆる感覚を操っている。織衣の目に見えていたオスカルは本物ではなかったかもしれない、だが蜘蛛の糸に引っかかった彼の実像は嘘ではないはずだ。


 「でもveleno(毒)は勘弁してほしいな。このままだと俺死にそうだ」


 先程織衣が噛みついたオスカルの右腕には、傷口から青い痣が彼の体に広がっていた。織衣は牙からオスカルの体に毒を注入したのだ。それが神経毒なのか組織毒なのかは織衣でさえわからないが、それはオスカルの体を確実に蝕んでいった。


 「俺はアイツから死なねぇようにキツく言われてるんだ、というわけでArrivederici(あばよ)!」


 オスカルの姿が消える。実際に消えたわけではなく、織衣の視覚が彼の姿を捉えられなくなってしまっただけだ。織衣はオスカルを拘束して話を聞くだけ聞いてとどめを刺そうと考えていたが深追いはやめた。被害地域が広すぎたからだ。

 織衣の手元に、オスカルの胸を縫っていた金色の糸が風に乗ってフワリと戻ってきた。オスカルの体に縫われていた部分が赤く染まっているのを見るに、織衣はオスカルを攻撃できていたらしい。


 「あと十五センチだったか、惜しかったなぁ」


 戦場だった現場に残されたのは、ぺしゃんこになってしまった鉄屑に曲がったレールに荒らされた敷石、半壊した一軒家やマンション、それらを覆い尽くすようにびっしりと張られた蜘蛛の巣、そして……線路の上に倒れる穂高の胴体と、転がった彼の頭だった。

 織衣は太刀を地面に置き、穂高の元に近づいた。


 「ねぇ、穂高君」


 返事が出来ない穂高に織衣は語りかけた。


 「私は、どうすれば穂高君の理想に近づける?」


 織衣はしゃがんで穂高の頭に触れた。不思議と、こんなショッキングな姿を見ても織衣は何も動揺しなくなった。それはきっと穂高がまた生き返ると信じることが出来るからだろう。またリーナに蘇生されて、今度はJリーグの試合を見忘れたと言って飛び起きる、そんな姿が織衣には想像できた。

 穂高は簡単に自分の命を捨てる。織衣を死ぬための理由にしている。穂高にとっては織衣の側が死に場所なのだ。リーナや汀の話を聞いて、穂高が能力者と戦う理由を織衣は少しだけわかったような気がしていた。

 穂高が死に急ぐのは、彼なりの償いなのだろう。彼が守れなかった者達のために。こうして穂高が何度も死ぬ度に、彼の命が贄をとして捧げられる。

 穂高一人の命の重さと、彼が守れなかった、そして殺してきた幾つもの命の重さは天秤にかけなくとも明白だ。だとしても、織衣はそれを比べようとしなかった。

 

 織衣は穂高の体と頭に糸を絡めて繋いだ。織衣は一度死んだ人間を蘇生させることは出来ないが、見てくれだけはどうにかなる。織衣は糸で穂高の体を起き上がらせて、操り人形のように動かした。普段穂高がしないような滑稽なポーズを取らせてみる。穂高はあまり一発ギャグをしたりしないが、最近流行りのお笑い芸人の一発ギャグを真似させたりして織衣は楽しんでいた。


 「フフッ、面白いよ穂高君」


 満足した織衣は穂高のポケットから携帯を糸で引っ張り出して手に持った。連絡先の一覧を開くと『ゾンビ女』と登録されていた相手に織衣は電話をかけた。


 「はーいもしも~し貴方の愛するリーナですよ~」


 すると、織衣のすぐ隣から彼女の声が聞こえた。


 「呼ばれて飛び出てリーナちゃんでございます~」


 織衣の隣には、白いセーラー服姿のリーナが携帯と大鎌を片手に佇んでいた。今の戦場を見物していたのだろうか、ならもっと早く穂高を助ければ良かったのに、と織衣は思ったがオスカルとの戦いで織衣が死ぬのを傍観しようと企んでいたのだろう。


 「はてさて何の用でございましょうかー?」

 「見ればわかるでしょ? 生き返らせてよ、穂高君を」


 リーナはようやく織衣の姿を確認すると、織衣の額に生えた二本の黒い角、そして体中に咲き乱れる花の紋章を間近で見てギョッとしたような表情をしていた。


 「えー私が貴方の願いを叶える道理はないんじゃないですかー?」

 「穂高君が死んだままでいいの?」

 「うーんそう言われると何も言い返せないんですがねー何を言っても私には説得力がありませんし~でも貴方の願いを叶えるってのも癪に障るんですよねー」


 目の前で苦悩しているリーナの姿を見て、織衣はフフッと笑っていた。リーナが本当に穂高を愛しているのなら、自分の能力で穂高を生き返らせるしかない。織衣の願いと天秤にかければ答えは一つだろう。


 「あ、じゃあそうですねぇ……多分今の穂高君の動きを操れるんですよね? じゃあ私を抱きしめるようなシチュエーションって出来るんじゃないですか~」


 どうやらリーナは穂高に抱きしめられながら蘇生の接吻をご所望らしい。穂高を生き返らせてくれてるんだから少しぐらいは願いを叶えてやるか、とリーナの願いを叶えるべく──織衣がそんなことをするわけがなく、穂高の体をリーナに近づけて油断させ、そして穂高の腕を操ってリーナを思いっきりビンタした。


 「いったーい!」


 とても良い音がしたので織衣は思わず笑っていた。


 「酷いですねぇ穂高君はか弱い女の子に暴力を振るうような人じゃないんですよー解釈違いですー!」


 確かに誰にでも暴力を振るう穂高は織衣にとっても解釈違いだが、リーナは絶対にか弱い女の子ではない上に穂高は女が相手だろうと平気で殺しにかかるような男だ、何も問題はない。


 「そんなことをするんだったらここで戦っても良いんですよー?」


 リーナは大鎌を織衣に向けた。織衣は左手から金色の糸を生み出し、その先の尖った針をリーナに向けて放った。リーナは大鎌で糸を切ろうとしたが針を防げずに、針はリーナの胸に突き刺さった。


 「じゃあ、一メートルで終わらせてあげるから」


 そう言いながら笑う織衣を見て、リーナは溜息を吐いていた。


 「貴方ってそんなキャラでしたかねぇ……人の本性は怖いですねぇ私も人のことは言えませんけどー」


 結局織衣はリーナの願いを聞かなかったが、リーナは喜んで穂高とキスを交わして生き返らせて満足そうに帰っていった。穂高は首と体が綺麗に繋がって息も吹き返したものの、まだ目覚める様子はなかった。そんな穂高を織衣は糸で引っ張って、本部へと帰っていった。



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