4-26『クリスマスの悲劇』
渡瀬達は通信機で連絡を取り合った。幸いにも渡瀬達は先程のカラスが飛んでいったルート付近に散らばっており、すぐに現場に駆けつけられる状態だった。
『今日はナンパ勝負出来そうにないねぇ』
『んな呑気なこと言ってる場合かよ。渡瀬、あの釘はどうやって回収する? 俺達じゃあの釘に触れないと思うぞ』
問題は、供物である五寸釘を回収できるのは渡瀬だけしかいないということだった。釘に触れようとした貴行の手元に火花が散ったように、厄介なことに供物は能力者の器によって触ることが出来るか変わってくる。一応貴行達も釘に触れることは不可能ではないものの、供物に封印されている多量の能力の源を吸収することになってしまい能力が暴走しかねない。中から源が溢れ出かねないため破壊も不可能だ。
「何かの人形に突き刺したり、塩をまぶすだけでも多少は抑えられるはずだよ」
『塩? そんな下ごしらえ感覚でやってどーにかなんの?』
「回収は僕が回るから、皆は釘を見つけたらその地点のマーキングをして、もしも能力者を見かけたら制圧して捕縛か、最悪の場合処分して」
『りょ』
『任された』
「オペ、本部へ連絡して誰か来れないか一応確認して。あと牡丹さんにも知らせる必要がある」
『はい。本部へは既に伝達済みですが、今日中に救援は来れないとのことです。出来るだけ現場で対処せよと』
「……わかった」
渡瀬が通信を切ると、側で同じく通信を聞いていた貴行は頭に巻いていた赤いバンダナを締め直した。エリーはこの状況に何も動じていないようで、敵がいないかアンテナを張り巡らせている様子だった。
「タカはすすきの周辺と、カラスが飛んできた東の方を回って。川を渡った向こうまで。何もないようだったら戻って僕達と合流して欲しい」
「おけおけ、塩ってどんぐらいまぶせばいいんだ?」
「釘が埋もれるぐらいかな」
「それ盛り塩じゃねぇか。どっかスーパーに寄って袋で買わねぇとな……」
供物である五寸釘の扱いについて渡瀬は翔介や正輝に説明し忘れていたが、まぁ彼らなら上手くやってくれるだろうと信頼して、自分は円山公園方面へ向かおうとした。
「おい渡瀬」
が、貴行に呼び止められて渡瀬は貴行の方を向いた。
「どうかした?」
「あー……お前に何か良くないものが見えんだよ。多分変な奴と戦うことになんぞ」
貴行の『衝撃』の能力は、相手がどんな衝撃を受けるのか、少しだけ先の未来が見えることもあるらしい。術者の貴行曰く波のようなものが見える、と。貴行が言いづらそうにしているのは、貴行の見えるその波は死相を表しているようなものだからだ。
「フフ、大丈夫だよ。僕は好きな女の子に刺されて死ぬのが夢だから」
「んなこと言ってると千代の助にぶん殴られんぞ」
貴行は冗談を言う渡瀬に呆れた様子だったが、すぐにすすきの周辺の捜索へと向かっていた。渡瀬もエリーと共にカラス達が飛んでいった円山公園の方向へと急いだ。
渡瀬は能力者の誕生を気配で感じ取ることが出来た。それは牡丹や詠一郎達も同様に持っている能力で、能力者を保護するために備わっている。
渡瀬が知覚出来る限り、札幌市内に数十人もの能力者が一斉に生まれた。こうして同時に、同じ市内とはいえ広い範囲で多くの人間が能力を発現することなんてあり得ないことなのだ。こんな簡単に能力を手に入れることが出来るなら、能力を奇跡と呼ぶこともないはずだ。
何か大きな事件か災害が発生して能力者が生まれることは往々にしてある。しかしこれは人為的に起こされたものだ。供物をばらまいていったカラス達は能力者によって操られている可能性が高い。ツクヨミではトップシークレットの扱いである供物の存在を知っていて、さらにはそれに触れることが出来るのなら高位の能力者でもある。
きっと、この事態は札幌近郊でキロクという書籍が流通していたことと関係がある。キロクを流通させていた組織がこれを仕組んだとすれば、彼らは本当に恐怖の鉄槌から札幌を守るために活動していたのか。いや、むしろ恐怖の鉄槌を札幌に下そうとしているように思えた。
能力を発現した者は、突然自分に備わった未知の能力を制御できずに自我を失い、暴走して死亡する者が圧倒的に多い。器のない者に強大な力を与えても体が先に崩壊してしまうだけだ。封印を解いてしまった供物を普通の人間に暴露させると、確かに能力者を生み出すことは出来るかもしれないが殆どはその膨大なエネルギーに体が耐えられないはずだ。運良く体が耐えられて能力を発現したとしても、そこから生き残るのも難しい。能力が奇跡の力と呼ばれるのは、その力を安定して使えるようになるには様々な条件が必要になるからだった。
市街地各地で騒ぎが起きていた。能力者が暴れているのではなく、供物に曝露してしまった市民がそのエネルギーに耐えられずに倒れてしまっていた。渡瀬とエリーが釘を回収して回っていると、運良く能力を手に入れたものの能力を制御できずに暴走してしまった青年を見かけた。渡瀬は彼を助けようとしたが、彼はすぐに力尽きて息絶えてしまっていた。その後も同様に、能力を発現したものの暴走した末に死亡した能力者を何人も見かけては、渡瀬はオペレーターに連絡して回収を急がせた。
異変から三十分程の間で、渡瀬は八人の能力者の死亡を確認した。貴行達が見つけた分も合わせると五十人以上もの能力者が、能力を制御できずに死亡してしまっていた。
円山公園に辿り着く頃には、空は暗く空気もかなり冷え込んで雪も降り始めていた。混乱は大分収まってきていたものの、まだ能力者が残っていた。
「わたせわたせー」
隣に立つエリーが、渡瀬の袖をクイクイと引っ張る。
「この家、入りたくない」
渡瀬とエリーは、見覚えのある一軒家の前にいた。午前中に一度訪ねた、姫野絃成が住んでいるはずの家だ。その時は彼の妹とその友人らしき少女を見かけたが、今は人気を感じない。家の中は電気も点いておらず真っ暗だった。
「いや、入らなくちゃいけないんだよ」
エリーがこうして拒絶することは珍しいことではない。だがエリーが表立って嫌いというものは、大概ろくなものではない。
渡瀬はインターホンを鳴らさずに、半開きになっていた門を開け、玄関のドアに手をかけた。鍵はかかっておらず、そのままゆっくりとドアを開いた。
「……これは」
まず渡瀬が感じ取ったのは血の臭いだった。人間が死んだ臭いを、渡瀬は何度も味わったことがある。
側にあった照明を点けると、この家に起きた異変が映し出された。玄関から奥の部屋へ続く廊下にはそこら中に蜘蛛がわんさかたむろしていて、どれだけ廃墟でもこうはならないだろうというぐらい蜘蛛の巣が張られていた。どうやら蜘蛛か糸を操る類の能力者らしい。
ツクヨミで生きていると、凄惨な現場を何度も見ることになる。だがそんな現場に慣れていた渡瀬達が驚くことになるのは、リビングからゆっくりと人形が出てきたからだ。
それは確かに人の形をしていたが、もう生きてはいなかった。元々は千切れていたであろう人間の胴体と腕を乱暴に糸で繋いだようで、既に絶命している初老の男の体は、操り人形のように糸で四肢を操られて渡瀬達の前まで歩いてきた。
「こんばんは」
操られた男がだらんと上半身を下げてお辞儀のような動作をすると同時に少女の声が聞こえた。するとさらにリビングの方から男の妻らしき女性と、そして──渡瀬達が追っていた少年、姫野絃成が、皆同じように糸で操られて玄関達で渡瀬達を出迎えた。
「わたせわたせー」
渡瀬のコートの袖を、再びエリーがクイクイと引っ張った。
「うしろ」
渡瀬も知っていた。自分の後ろに何かがいることを。
だが渡瀬は振り返ることを恐れてしまっていた。
姫野絃成は能力者だったはずだ、それがキロクを解読するための条件だ。しかし渡瀬の目の前にいる姫野絃成は既に亡骸だ。仮に彼が能力を暴走させて自滅したというなら、今ここで渡瀬達を出迎えさせたのは誰だ?
そう、この家にはもう一人住人がいる。
「貴方は、だぁれ?」
少女はフフフと笑った。グレーのカーディガンに大量の蜘蛛糸が巻き付いている彼女は、両手に糸を張ってあやとりをしながら、退路を塞ぐように渡瀬とエリーの背後に現れた。右目は青い光を灯しており、その色白な肌には花の紋章がびっしりと浮かび上がり、さらに額には二本の黒い角が生えてしまっていた。確かに彼女は、今日渡瀬が出会った姫野絃成の妹だった。
少女の首は黒ずんでいた。刃物で斬られたような傷があったが糸で縫合されており出血は押さえられているようだった。しかし、その傷跡が呪いのように彼女の肌にこびりついている。
彼女は暴走しているのか。単純に暴れ回られていられる方が扱いは楽だ。殺すなり気絶させるなりすれば良い。運が良ければ暴走状態から生還させることも出来る。
花の紋章が体中に咲き乱れている、つまり満開の状態でさらには角まで生えているとなるといつ体が崩壊して死んでもおかしくないはずだが、この少女は能力者としてはかなり恵まれた器を持っているようだった。だからこそ、この少女は一筋縄でいきそうになかった。
「……僕は、鶴咲渡瀬。君を助けに来た」
渡瀬は少女にニコッと微笑んで、柔らかい声で名乗った。
「どうして?」
「君が能力者だからだ」
ツクヨミは能力を世界から隠すために存在する。しかし同時に、能力者のために存在する組織でもある。多少経歴が汚れたものであっても、性根が腐っていなければツクヨミは保護に努める。
「この人達を殺したのは君かい?」
すると少女は首を横に振った。この現場を見る限り、彼らを殺したのは彼女のように思える。しかし姫野絃成が元々能力者だったことを考えると、彼が故意か能力の暴走で家族を殺そうとし、妹を襲ったところで──彼女は奇跡を願ってしまったのかもしれない。
「何を言ってるの、お兄さん」
その奇跡が、きっと彼女を狂わせてしまったのだろう。
「皆、まだ生きてるよ?」
「……は?」
「ほら」
渡瀬が後ろを振り向くと、玄関で渡瀬達を歓迎していた三体の人形が、操り人形のように糸で引っ張られてカクカクと動き始めた。
これが、彼女には生きているように見えているらしい。
「ね? 皆生きてるよ。お兄さんおかしいよ?」
彼女はまだ家族の死を受け入れられていないようだ。こうやって操り人形のように動かすことで擬似的に生きているように見せているらしい。しかし彼女を説得しようとどんな言葉を渡瀬が述べたところで、彼女が納得するとは思えなかった。
「いや、おかしいのは君だよ」
渡瀬は姫野絃成の体を軽く押した。すると彼の体を操っていた糸が切れてしまったのか、彼の四肢は千切れてバラバラとなってしまい、ゴロゴロと床に転がり落ちていた。
「何するの」
その瞬間、渡瀬は身動きがとれなくなっていた。足元を見ると、彼の足は蜘蛛糸で床に縛られていた。だが渡瀬が何よりも驚いたのは、少女が彼に向けた怒りだった。
「どうしてそんなことをしたの!?」
憤怒に狂った少女の声と同時に、渡瀬の首に何本もの蜘蛛糸が巻かれて、一気に強い力で絞められる。首を絞めるのを目的としているのではなく、最早引きちぎろうとしている強さだった。
「“ジャッジメント”」
だが、既にエリーが能力を発動していた。
「“リバース”」
一瞬にして蜘蛛糸は渡瀬の体から解かれて、拘束を解かれた渡瀬はエリーを引っ張って少女と距離をとった。
だが、すぐに蜘蛛の巣に引っかかってしまう。この空間全体が、既に彼女の巨大な罠となってしまっている。
「許さない、お兄さんは人殺し」
少女は蜘蛛糸を器用に操って、包丁やフライパンを手を使うことなく糸で振り回していた。
「絶対に許さないから、お兄さん!」
少女が蜘蛛糸を操作して投げた包丁や靴などの物体が渡瀬達に飛来する。そんな中、渡瀬はジュエリーを取り出さずに能力を発動した。
「“紋章共鳴”」
渡瀬達に向かって飛んできていた凶器は渡瀬達に当たる前に空中でピタッと止まり、床に落ちてしまう。エリーが能力を発動したわけではない。
「──“機械仕掛けの神”」
渡瀬の右目に赤い光が灯された。その右目を中心に、黒い花の紋章が咲き乱れていく。
渡瀬はあまり能力を使用しないよう牡丹達に言われていた。普段の任務も殆どは翔介達に仕事を任せて、渡瀬は彼らの指示に徹するか、もしもの時のためのピンチヒッターという役割を持っていた。渡瀬が能力の使用を制限されていたのは、彼の能力が強大過ぎるために牡丹達が彼の暴走を恐れていたからだった。
「……何をしたの?」
渡瀬の能力は、『支配』。全ての能力の頂点に立つと言われる最上位の奇跡。
「ご都合主義というものだよ。時に、広げすぎた風呂敷は絶対的な力で解決しないといけなくなる」
それは全てを支配する能力。絶対的な力で全てをひれ伏させる圧倒的な力。
「私よりも凄いの?」
この世界を思い通りに動かすことも可能な力。
「いいや、そうとも限らないよ」
それを渡瀬は時に“絶対王政”と解釈し──。
「僕は、この世界の皆のために生きているつもりだから」
かつて古代ギリシアの演劇において、収拾がつかなくなった物語に突然現れ、絶対的な存在として都合よく物語を収束させる神──。
「だから僕は、皆に忠実な下僕なんだよ」
“機械仕掛けの神”と呼んだ。




