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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-25『消えた学生達』



 クリスマス、渡瀬達は支部の情報網から得た手がかりを元にキロクを回収し回っていた。回収任務は順調に進んでいるように思えたが、ツクヨミが当初想定していた冊数よりも膨大な量が出回っている可能性があった。

 街中はクリスマスの雰囲気に包まれる中、渡瀬達は予定を変更して各々別行動でキロクを回収することにした。渡瀬はエリーと共にすすきのから円山公園方面を担当したが、キロクを購入したと思われる人物の家を訪ねても不在であることが多かった。対象の人物が社会人や学生なら昼間にいないことはおかしくないことだが、奇妙なことに一部の人間は家族から捜索願が出されていた。しかも昨日何の前触れもなく突然いなくなってしまったという。すすきの周辺だけで十人以上もの学生が行方不明になっていた。

 それが偶然ではないことは渡瀬も理解していたし、他の三人もきっと勘づいていることだろう。しかし渡瀬達には手がかりがなかった。彼らが持っているはずのキロクが重要な鍵になっているはずなのだが、それを読むことが出来るはずの渡瀬達でさえ彼らが何を企てているのか推測できなかった。

 円山公園に近い住宅街を歩いていると、次の対象が住んでいる一軒家の前まで辿り着いた。小さな庭があるガレージ付きで二階建ての家だ。渡瀬が事前に確認を取るとその対象も既に警察が行方不明者として捜索していると支部から連絡があった。家を観察していると、二階の窓から人影が見えたため誰か家族がいるのだろう。対象は両親と妹と住んでおり、父親は高校教師、母親はパート従業員、妹は中学生で今日が終業式のはずだ。まだ午前中であるため、いるとしたら母親ぐらいだろう。

 渡瀬が家のインターホンを鳴らそうとすると、玄関から二人の少女が飛び出してきた。一方は長い黒髪で色白の少女で、赤いコートを着ていた。もう一方は茶色がかったショートヘアーで、こちらはベージュのダッフルコートを着ている。おそらくどちらか一方が対象の妹のはずだ。二人は渡瀬達の前で立ち止まると、渡瀬とエリーを不審そうに見ていた。


 「どちらが、姫野絃成さんの妹ですか?」


 すると黒髪の少女が小さく手を挙げた。渡瀬は背負っていたリュックの中からキロクを取り出し、二人に見せた。


 「この本はご存知ですか?」


 二人の少女は動揺しているような様子でお互いの顔を見合っていた。すると茶髪の少女が鞄の中から、渡瀬が持っているものと全く同じキロクを取り出していた。


 「僕達は小泉悠遠さんに頼まれて、その本を回収して回ってるんです」


 そういう体で渡瀬達はまず対象と接触する。キロクという本は小泉悠遠を好むマニアの間でかなり高額で取引されているため回収費用はかなりのものになるが、金を積み上げるだけで回収させてくれるならマシだ。もし金をちらつかせても対象が拒むようなら、強引な方法で奪わなければならない。


 「その本にはあまりよろしくない内容が書かれているらしくて。あ、勿論タダというわけじゃないですよ──」

 「貴方は、私の兄のことを知ってるんですか」


 渡瀬の話を遮って、黒髪の少女が言った。きっと彼女らは、姫野絃成がいなくなったタイミングで現れた渡瀬達のことを警戒しているのだろう。ある程度事情を知っていればそのキロクという本が姫野絃成という少年がいなくなったことと関係していると理解できるはずだ。


 「私の兄がどこに行ったか知ってるんですか? この本に何が書いてあるかも読めるんですか? これは兄の行方を知る手がかりなんです、そんなことを言われても」


 彼女の兄である姫野絃成の行方は渡瀬も知らない。知っていたら直接本人に事情を聞けばいいだけだ。彼女らは健気にもいなくなった姫野絃成の行方を読めもしないはずのキロクを頼りに探し出そうとしている。その姿を見て渡瀬は心苦しく思っていた。

 だが無駄なのだ。普通の人間はキロクの意味を知ることが出来ないからだ。


 「残念ながら、僕は君のお兄さんがどこにいるかは存じ上げません。ただ、その本は僕達にとっても手がかりの一つなんです。一ページだけ……最初の前書きを見せてもらえれば、僕達は帰りますよ」


 この本が普通の人間の手元にある内は害はない。今は彼女らが納得できる答えを得ることが出来るまで──姫野絃成という少年が無事に帰ってくる可能性は低いが、キロクの在り処が掴めたなら回収を急ぐ必要はないと渡瀬は判断した。


 「どうする、織姫」


 織姫と呼ばれた黒髪の少女が答える。


 「……見せるだけなら良いんじゃない?」


 きっと彼女らには、このキロクの前書きは意味のない文言に見えることだろう。決して無意味というわけではないが、能力という力の概念を知らなければ、奇跡を願うようなことがなければその意味はわからない。

 渡瀬は彼女らが持っていたキロクの前書きを見せてもらった。


 『この世界の奇跡となる君へ』


 前書きの書き出しはそんな一文だった。そしてサッと読み進めていくと、興味深い一文を見つけた。


 『……一九九七年にこの世界に顕現した予言者は、四十六回目の甲辰の年。北海道は札幌に怒れる神が降誕し恐怖の鉄槌を下すと言い残し……』


 甲辰は干支の数え方で四十一番目。四十六回目の甲辰は紀年法に戻すと今年、二〇二四年だ。そして神の降誕、神をイエス・キリストと解釈するのならクリスマス(降誕祭)と捉えるのが妥当か。

 今日、札幌に神が降誕し恐怖の鉄槌が下される。もし姫野絃成がそれを読み取り行動したならば、一体何をするだろうか。まだ昼頃だが、そんな災厄の前兆は見られない。だがもし、本当に神の鉄槌が下されると言うのなら──。


 「……奇跡は起こる、君が望めば」


 そう呟いて、渡瀬は二人の方を見た。


 「貴方達には、ここにそう書いてあるように見えるんですね?」


 普通の人間であるはずの彼女らにはこの本の内容を知ることはほぼ不可能だが、渡瀬達能力者は逆にその一文を読むことが出来なかった。


 「うん、これで十分です」

 「何かわかったんですか?」

 「はい。きっと貴方のお兄さんは、この本を読むことが出来てしまったんだと思います」

 「じゃあ、兄は見つかるんですか?」


 生きて見つかる可能性は低いと渡瀬は考えていた。姫野絃成はおそらく何らかの能力を持っている能力者だ。何の知識も無しに能力を下手に使用してしまうと死亡することもある。姫野絃成がただの正義感で一人で動いているだけなら問題ないだろうが、彼がこのキロクを売り捌いている組織と何かしら関係を持っていて、その組織全体で何かを企んでいるのならそれこそ悲劇が起こりかねない。


 「そこにも書いてあるでしょう」


 この二人にそんな現実を伝えるわけにはいかなかった。だから渡瀬は、こう伝えるしかない。


 「奇跡は起こる、君が望めば」


 昼からも円山公園付近でキロクを回収していた渡瀬とエリーは、夕暮れ時にすすきのの繁華街の裏通りで貴行と合流した。貴行が探していた対象も殆どが行方知れずとなってしまっていた。しかも皆、渡瀬が探している目標と同様に昨日忽然と消えてしまったという。渡瀬は先程姫野絃成が持っていたキロクに書かれていた内容を貴行に説明した。


 「恐怖の大王でも降ってくんのかな。しかし鉄槌ってなんよ?」


 貴行は自販機で買ってきたホットココアを飲みながら言った。東京と比べればやはり北海道は寒い上に雪ばっかりだった。今夜も雪が降るらしい。夕暮れ時となると一層冷え込み、エリーも温かいお茶を両手で包んで暖を取っていた。


 「どうするよ渡瀬ー。恐怖の大王が降ってきたら止められるか?」

 「降り注ぐ隕石を止めろって?」

 「お前なら出来るんじゃねー?」


 それを能力で再現しようと思えばそこまで難しいことではない。術者自身に相応の技量が求められるが、やはりあのキロクで言われていた神という存在は能力者の比喩のように思えた。


 「でもよ、これは予言書じゃねーんだろ? 中身はただの能力の取扱説明書とか伝記みたいなもんだし。前書きは意味深なこと書いてあっけど、他のキロクを見ても当たってる奴一個もないだろ」


 そう、渡瀬が確信を持てないのはそのせいだった。小泉悠遠は表向きは作家として活動している能力者だが、決して予言者というわけではなく、彼が書いたキロクも勿論予言書ではない。回収した他のキロクの前書きには何年の何月何日にどこかの銀河が衝突するだとか、予言と称して遠回しに人工知能を批判していたりだとか、やっぱりシチューに白米は合うだとか、どれも支離滅裂で思いついたことをとにかく書き綴ったようにしか思えない。

 だが今回ばかりは良い予感がしない。この偶然を必然と捉えてしまうのなら、そう思いこんでしまえばその予言を真実のように錯覚してしまう。最悪の場合、この予言を知り対処法を探すのではなく──その予言を真とするために行動を起こそうとする輩が現れる可能性がある。

 予言が書かれていたあのキロクはあくまで姫野絃成の所有物だ。他のキロクには別のことが書かれていているが、似通った予言のようなものが書かれている可能性もある。それらを都合よく解釈して、組織的にその予言を対処しようという動きがあってもおかしくなかった。


 「わたせわたせー」


 渡瀬の隣に立っていたエリーが、渡瀬のコートの袖をクイクイと引っ張った。


 「来る」


 エリーの能力、“黒白(こくはく)”は『反転』の能力だ。自分に向かって作用する力を反転させることが出来る。同時に、エリーは自分へ干渉しようとするあらゆる力を感じ取る優れたセンサーでもあった。


 黄昏時の札幌の空をカラスの群れが飛んでいた。よく見ると鳥達は足に何かを掴んでいるようで、その物体が渡瀬達の近くに積もっていた雪の中に落下して埋もれていた。渡瀬が落下してきた物体を確認しようと近づくと、雪の中に刺さっていたのは黒く錆びた五寸釘だった。


 「釘……?」


 貴行も不思議そうに落ちてきた五寸釘を見て、それを雪の中から取り出すために触れようとした。その瞬間、五寸釘から火花が散って貴行は思わず手を離す。


 「あっつ!? なんだよこれ!」


 貴行が地面に落とした五寸釘は歩道の上を転がると、今度はひとりでにカタカタと震え始める。


 「まさか、これは────」


 すると、五寸釘は突然赤い光を纏い、同時に悲鳴のような、怒号のような、罵声のような、何十人何百人、いやそれ以上の数の人々の叫び声が入り混じったような声が五寸釘から放たれた。

 渡瀬達は思わず耳を塞いだ。五寸釘の喚き声は甲高く耳をつんざくような痛みをも伴っていた。


 「渡瀬、これぶっ壊すか!?」


 貴行は五寸釘を能力で破壊しようとしたが、その前に渡瀬が地面に転がっていた五寸釘を拾った。釘を持つ渡瀬の手には一瞬にして花の紋章が浮かび上がったが、不快な叫び声は収まり赤い光を消えていた。


 「渡瀬、それ持ってて大丈夫か?」

 「何とか。結構きつい」


 渡瀬は手に握る五寸釘をよく観察した。黒く錆びていたように見えるが、釘に何か文字が刻み込まれているのが見えた。文字までは読めなかったが、渡瀬達はそれに似たものを見たことがある。


 「これは……供物? あのカラスがどうしてこれを?」


 供物は能力の源を封じ込めたものだ。能力者が能力を使用するため、そして能力を発現するために絶対に必要になる動力源がこの供物に込められている。先程この五寸釘が赤い光を纏って叫び声を上げたのは、その源が放出されたからだ。

 その力が放出されてしまうと周囲にいる人間が吸収してしまい、能力を発現してしまう可能性がある。もしも能力を発現した能力者が自分の能力を制御できずに暴走してしまえば大きな被害が出る可能性もある。そのためこの供物の存在はツクヨミの関係者しか知らないはずだった。


 「渡瀬、これスイッチさん案件なんじゃね?」


 空を仰ぎながら貴行が言う。先程空を飛んでいったカラスの群れはこの五寸釘をそこら中にばらまいている。一本だけでもかなり強力なのに、それが数十本もばら撒かれると災害級の混乱が起きる可能性がある。

 これが、小泉悠遠が予言した怒れる神による恐怖の鉄槌なのか。渡瀬達は一刻も早くばら撒かれた五寸釘を回収し、被害を最小限に食い止めなければならなかった。


 ---


 「アハハハハハハ! アーハッハッハッハ!」


 ツバキは人気のなくなった真っ白な住宅街の真ん中で、一人両手を広げて甲高い笑い声を上げていた。


 「なんて素晴らしい計画なのかしら! こんなにも、こんなにも! こんなにも人間が惨めに死んでいくだなんて!」


 赤いコートを風になびかせながら、ツバキはクルクルと踊っていた。この予想以上の実験結果が嬉しくて、喜ばしくてしょうがないのだ。


 「やっぱり能力は素晴らしい! さぁもっと生まれなさい、もっと生みなさい!

  私のために、この素晴らしい奇跡の世界のために!」


 サラサラとした雪が降り積もる中、ツバキは笑い続けていた。

 


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