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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-18『リーナ史観』



 あれは……そう、もう半年前になるんですねぇ。四月十三日、あの日はとても運命的な──。


 「そういうのいいから」


 ……私は統帥様の命令で銀座とか秋葉原とかで暴れ回ってたんですよ~何も抵抗できない人達を一方的に虐殺するのは爽快ですよ~無双状態ってやつでしたからねぇ。途中から警察や自衛隊の方々もおいでになりましたけど~私には銃弾だろうが砲弾だろうがミサイルだろうが核弾頭だろうが関係ありませんからねぇ。

 そして私は池袋にでも行こうかな~と思ってたんですけど~どこからか何やらただならぬ気配を感じ取ったので~統帥様の許可を貰ってその気配を辿ってみたんですよ~。

 そして……私はそこで穂高君と奇跡のような出会いを果たし──。


 「そういうのいいから」


 ……それがですねぇ、そこにいたのは穂高君だけじゃなかったんですよねぇ。長ーい黒髪の女の方でしたけど~いやぁ怖かったですねぇ能力を制御できずに暴走してましたから~。


 「リーナがその子の父親を目の前で殺したんだよ」

 「……そう」


 能力者は暴走すると目に見えるもの全てが敵になりますからねぇ穂高君もその時は初々しく慌てふためいてましたねぇ。


 「そうだったの?」

 「いや、急に友達が暴れだしたらそんなもんでしょ」


 能力者の暴走っていうのは殆どが死に至るものなので~その方も力尽きて倒れられたので私が殺そうとしたんですけど~勇敢にもその方を助けようとした穂高君が私に突撃してきたんですよ~まぁ私はその方を盾にしましたがー。見事に胸を刺されちゃってましたねぇ。

 意味があったかって?

 親しい人間を誤ってその手で殺してしまった人の顔を見たかっただけですから~それはそれは穂高君は良い顔を……しなかったんですよねぇそれが。どういうわけか怒っているのか笑っているのか喜んでいるのかわからなかったですけど~いやぁ穂高君の暴走は死ぬかと思いましたよねぇ私も本当に死にかけたんですけど~統帥様が助けに来てくださったから何とかなりましたね~。


 「本当に?」

 「よく覚えてないからわからない」


 私は最初はそこまで穂高君のことは気になってなかったんですけど~あんなに心揺さぶられる戦いをしたのは初めてだったので……穂高君の戦いに惚れてしまったわけなんですよねぇ。能力者狩りを始めた穂高君に私はラブコールを送り続けて時たま相手をしてもらいましたね~。


 「そうなの?」

 「寝てる時とかトイレしてる時とか、いつでもリーナは来たよ」

 「トイレ……してる時?」


 それは好意というかただの好奇心みたいなものだったんですけど~その意思の強さというか~自分の妹を必死に守ろうとしている穂高君に私は惚れてしまいまして~。


 「椛って子のこと?」

 「昔はいたんだよ」


 私は穂高君の家に上がり込んで告白したわけですよー。


 「え?」


 勿論穂高君はおーk──。


 「断った」


 わけでして~まぁ片思いなんてそう簡単に成就しないことはわかってましたので~私は毎日のように穂高君の家に上がり込んではご飯を作ってあげたり洗濯してあげたり掃除してあげたり~。


 「本当に?」

 「うん」

 「本当に!?」

 「美味しかったよ、リーナの料理」


 とにかく私は穂高君の色んなお相手をしてあげたわけですよ~私なりに色々と頑張ったつもりなんですけど穂高君は中々振り向いてくれなくて~。


 「色々って、他にもあるの?」

 「まぁ、色々ね」


 しかし突然その事件は起きてしまったわけですよ。穂高君が必死に守ってきた大切な妹ちゃんが殺されてしまったんですよねぇ……奇しくも犯人は私も嫌いな方々でしたが~流石に私も穂高君に気を遣いましたねぇ三日三晩泣きはらしましたし~。


 「本当に?」

 「二人は仲が良かったからね」

 「……どういうことなの?」


 あの時の穂高君はどう手を付けたらいいかわからないぐらい暗黒面に堕ちてましたから~私もどうにか慰めようとしましたけど……災いが災いを呼んでしまったのか和光事件が起きてしまったんですよー。

 私はこれでもあの事件には敵側として関わってないのでどういう計画だったのかは知らないですけど~流石にあれは数が多かったですねぇ四月の時より大変でしたし~私は人を殺すことにこれっぽちも躊躇いなんてないので良かったんですけど~穂高君はそうもいかなかったわけですよー。

 私も能力というものに詳しいわけじゃなかったので~まぁ穂高君が分裂した時はわけわかめって感じでしたねぇそれが能力の作用ってことがわからなかったので~。

 勿論私達も穂高君を元に戻そうとしましたけど~私達は火に油を注ぐだけなので~一方を監禁して現状を維持しようとしたわけだったんですよ~。


 ---


 「……と、こんなもんですかねぇ」


 リーナの話が織衣も知っている範囲まで来ると、彼女も語るのをやめた。


 「それでいかがですかー感想は」

 「貴方のことがますます嫌いになった」

 「そうですかーやっぱりわかりあえませんねぇ私と貴方は~」


 織衣の想像を遥かに超えて、リーナは穂高を苦しめていた。リーナだって彼女なりの愛があったのかもしれない。しかしそれは……やはり穂高にとっては到底受け入れられるものではなかったのだ。それでも穂高がリーナとの関係を断ち切っていないのは、それ以上のメリットがあったからだろう。

 リーナはベンチから立ち上がり、地面に転がっていた大鎌をヒョイッと掴んでいた。戦いの意思はないようで、どうやら帰るつもりらしい。


 「じゃー今日はお暇させてもらいますよー用件は終わったようですし~。

  それじゃーまた会いましょうねー穂高君~」


 穂高は何も答えなかったが、リーナはアハハのハ~と笑いながら帰っていった。



 「送っていこうか?」


 そのままベンチから立ち上がって無言でその場を立ち去ろうとした織衣は、後ろから穂高に声をかけられた。


 「今日は、そんな気分じゃない」


 そう告げて、織衣は穂高を置いて公園からそそくさと立ち去った。


 駅には向かわずに、織衣はブラブラと光が丘の街を彷徨っていた。気づけばもう日も暮れようとしている。華から連絡が来たが、少し遅れるとだけ伝えておいた。

 織衣は穂高と別れた後、まず穂高が通っていた雨京高校の跡地へと向かっていた。夏の終わりぐらいに工事が入ったようで、校舎は既に解体されて更地となっていた。かつてこの場所に学校があったことは、もう使われていない目の前のバス停に『雨京学園前』と書かれていることからしかわからない。

 この学校に入学した頃の穂高は、まだ能力者の世界を知らなかった。一体穂高は、この場所で何を目指していたのだろうかと織衣は考えた。進学校に入ったのだからやはり大学進学か、じゃあその先は? 

 雨京高校はサッカー部も都内ではそれなりに強い方だったらしい。やはり、彼にも未練はあったのかもしれない。


 織衣は再び街を歩き始めた。ブラブラと街路樹が並ぶ通りを歩いていると、織衣は足を止めた。目の前には警察署がある。

 六月末、ここで一騒動あったはずだ。副メイドが以前教えてくれたような、警官達が発狂して次々に死んでいったという都市伝説めいた事件がここで? だとすればこの建物がより曰く付きの物件に見えた。警察署はもう稼働していないようで別の場所に移転したらしい。

 その後も織衣は何かに導かれるように足を進めていた。閉店したスーパーの前を通って薄暗く細い路地に入り、どうして自分はこんなところを歩いているのかと思いながらも、織衣は歩き続けた。

 細い路地を出ると、とある食堂の前に織衣は到着していた。店の看板には『鷹取食堂』と書かれていた。

 既に閉店しているようだがシャッターは閉まっておらず、鍵も何故か開いていた。多少の後ろめたさを感じながら、正面の入口から織衣は食堂の中へ入った。

 まず感じたのは、血の臭いだった。店内にはカウンター席といくつかのテーブル席があり、埃は積もっていたが散らかっているわけではない。壁にはメニュー表やビールのポスター等が貼られており、レジでは数体の招き猫が織衣を迎え入れた。カウンターに置かれている花束は、いつ誰が置いたものだろうか。まだ枯れていないのを見るに、最近誰かがここを訪れたらしい。

 織衣は店の中心に置かれたテーブル席に座った。テーブルに置かれていたメニュー表を開くと、定食料理がいくつも並んでいた。

 この空間で、彼は一体何をしていたのだろうか。手伝いをすることもあったのだろうか。今の彼からは、とても想像がつかない。


 ふと、どうしてこんな場所に来てしまったのだろうと織衣は思った。織衣は穂高の家を知っていたわけではない。偶然この場所に辿り着き、『鷹取』という文字に引き寄せられたのだ。

 雑誌などが並べられた棚の上に目をやると写真立てが置かれていた。飾られている写真には、優しげな笑みを浮かべる初老の夫婦と、満面の笑みでピースを向ける少女、そして彼女の隣に鷹取穂高の姿があった。ここは穂高がかつて帰るべきだった場所であり、思い出の場所だったのだと織衣は確信した。


 「何か御用?」


 突然、少女の声が店内に響いた。織衣は驚いて店内を見回そうとすると、視界は突然闇に包まれた。


 「だーれだ?」


 織衣は両目を手で覆われた。織衣は声を頼りに頭をフル回転させる。おそらく同年代ぐらいの少女らしいが、緋彗でも和歌でもない、そもそもここにいるわけがない。だが織衣が知っている女子の声ではない。そもそも、誰もいないはずのこの場所に、他に誰がいるだろうか?


 「えっと、えっと……」


 織衣が真剣に考えていると、声の主は織衣の目から手を離してゲラゲラと笑っていた。


 「あっはは、何をそんな真剣に考えてるの?」


 織衣の背後にいたのは、身長は織衣と同じぐらいで、腰まで伸びた長い髪が一際目立つ黒いセーラー服姿の少女だった。彼女のはにかんだ笑顔が何とも可愛らしい。

 織衣は気づいた。織衣は以前、この少女と出会ったことがある。


 「……穂高君の、ストーカー二号?」


 織衣の言葉を聞いて少女は笑いながら、織衣の正面の席に座った。


 「私のこと、覚えてくれてたんだ」


 そう、あれは穂高が花咲病の末に暴走し、織衣達と雨京高校で鉢合わせた時のことだった。織衣はそれを幻覚や夢のようなものだと思っていた。ならば今、織衣の目の前にいるのも幻覚か。


 「私がどんな人間かわからない?」

 「お化け?」

 「お化けだったら触れないでしょ?」


 確かに先程彼女は織衣の体に触れたのだ。それはそれで恐ろしくなった。


 「じゃあ……穂高君の妹?」

 「あの人の妹になりたい?」

 「私はちょっと……」

 「そうでしょ? 不正解」


 写真立てに映っていた少女とも確かに違う。やはり織衣達と同年代ぐらいか。だが思い当たる人物がいない。


 「ごめんなさい、私にはわからない」


 すると少女はふぅと一息ついてから口を開く。


 「四月に、リーナは穂高君ともう一人、この街で能力者と出会ったの。

  それが私。そして私は、穂高君に殺された」


 フフ、と彼女ははにかんだ笑みを織衣に見せていた。

 


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