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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-17『LOVEとLIKE』



 彼女が指定した待ち合わせ場所へ向かう足取りは重いものだった。その場所へ向かうのが嫌というわけではない。だが恐怖と緊張で心が押し潰されそうになる、こんな経験は初めてだ。しかも向こうは一人で来るように指定してきたのだ。だがこの機会を提供してくれたのは穂高だし、その話に乗ってくれたのは向こう方だ。文句は言えない。

 池袋から西武線に乗り、練馬で都営大江戸線に乗り換えて光が丘へ。四月デストラクション以前に織衣がこの街を訪れたことはなかったが、以前よりも寂れた街になってしまったことはひしひしと感じ取れた。都内でも特に多くの被害が出たこの街は四月以降に転出が相次ぎ、さらに和光事件がそれに拍車をかけた。この曰く付きの土地には様々な再開発計画があるようだが、誰も乗り気ではない。元住民だった穂高も「あのままの方が雰囲気が出る」という始末だ。

 地下鉄駅から地上へ出て、改めてこの街の雰囲気を実感する。東京近郊とは思えないほど人通りも車通りもなく閑散としており、空気が冷たく感じられた。


 彼女が指定してきた場所は、都立光が丘公園。今は整備が行き届いていないのか公園内の草はボウボウに伸び、何かの動物のフンが転がり、噴水はもう水を出しておらず干からびている。近くの自販機には電気も点いていなかった。

 飲み物を持参してこなかったことを後悔する織衣に、ペットボトルを投げ渡す人物がいた。


 「どーもご無沙汰してます~」


 白いセーラー服を着て両手に白い手袋をはめた金髪碧眼の少女、リーナ・ヴァリアントは織衣に炭酸飲料が入ったペットボトルを渡していた。リーナも同じジュースを持っている。


 「……どうも」


 織衣は自分に渡されたペットボトルと、リーナが持っていたものを交互に見比べた。


 「これとそれ、交換できる?」


 リーナは何を企んでいるかわからない。ペットボトルは未開封らしいが、もしかしたら滅茶苦茶振った後かもしれない。織衣はそれを警戒していたのだ。


 「良いですよ~」


 リーナはすんなりと織衣の提案を受け入れてペットボトルを交換した。そして織衣がペットボトルのふたを開けると──。


 「ひゃっ!?」


 見事に中の炭酸飲料が溢れ出していた。


 「駆け引きがお下手ですねぇ素直に受け入れたら良かったのに~」


 そう言ってリーナは交換したペットボトルを普通に開けてゴクゴクとジュースを飲んでいた。織衣が警戒して交換を申し出ることはリーナにとって想定内、というか予想通りだったらしい。織衣は仕方なくハンカチで手を拭いて、ペットボトルに口をつけていた。

 リーナに案内されて噴水前のベンチに織衣が座ると、リーナはその隣に座ってきた。十月の中旬にもなると、昼間でも肌寒く感じるようになった。


 「いや~にしてもおかしなお話ですよね~」


 アハハ~と陽気に笑いながらリーナは言った。ゴーストタウンの中にいるような、寂れた公園には似合わない陽気さだ。


 「私にとっては、貴方と穂高君の関係の方が余っ程おかしく見える」


 織衣とリーナの関係は複雑なものではなく単純だ。リーナは革新協会側の能力者で、織衣はツクヨミ側の能力者。革新協会とツクヨミはお互いに敵対している、ならば二人はただの敵同士のはずだ。


 「じゃあこの時間は何なんですー? 戦いの前に高々と口上でもしますかー?」

 「うるさい」

 「つれないお方ですねぇ」


 しかし、穂高が絡むとそうではない。穂高がリーナのことを実際どう思っているかわからないが、穂高専門の治療役として優れているリーナの存在はツクヨミにとっても都合が良いため放置されている。しかし織衣は、それを受け入れきれていない。


 「それでそれで~わざわざ私を呼び出して何の御用ですかー?

  もしかして決闘の申し込みですかねぇでしたら一億年と二千年ぐらい早いと思いますよ~」


 決心して今日の用件を伝えようと織衣が口を開こうとするも、リーナは構わず話を続けていた。


 「いや~そういう展開もアリですかねぇナシですかねぇ~状況を鑑みると私もヒロインのはずですから~ここでライバルの一人や二人消しても問題ないですよねぇ~。

  ルート分岐は結構前にあったような気がするんですがねぇ……」


 自分の世界に入り始めているリーナを見て、織衣は少しだけイラッと来た。そして、穂高はこんな人間と何ヶ月もいたからあぁなってしまったのではないかと、改めて考えるのである。


 「……ねぇ」

 「へぇ?」

 「話があるの」


 織衣がそう言うと、リーナは織衣からスススと距離をおいてベンチの端に座り直した。


 「いや~残念ながら私はストレートでノーマルなヘテロセクシャルなので~悪い気はしませんが流石に私はどうかなーって」


 腹が立った。いつもの相手をからかってくるような口調ではなく、少々真面目なトーンに声調が変わったことに余計腹が立つ。穂高の心が荒んだのはリーナのせいだと織衣は確信する。

 しかしいちいち苛立つわけにもいかず、織衣はリーナの話を無視して彼女に聞いた。


 「私に、穂高君のことを教えて欲しいの。貴方が知っている、穂高君のことを」


 織衣がそう言うと、リーナは露骨に嫌そうな顔をしていた。


 「それ、私に何のメリットがありますかねぇ」

 「私が穂高君から離れられるきっかけになるかもしれないでしょ?」

 「そうですかねぇそんなストーリー展開だとは思いませんがねぇ。でもプラスからマイナスに転じる可能性はあるかもしれませんね~」


 穂高の身に起きたことは大雑把に織衣も知っているが、確かにリーナ視点での穂高の姿も気にはなった。彼女は和光事件にも立ち会っているはずだ。


 「じゃあまず、貴方は穂高君のことをかっこいいと思いますかー?」


 説明を求めているのにいきなり質問されるとは織衣も思っていなかったが、それについては前に緋彗達と話したことがあった。


 「わからない。そう感じたことは……ないと思う」

 「そうですかー私はかっこいいと思ってるんですけどねぇ」


 そりゃそうじゃないと穂高を何度も生き返らせるぐらい愛さないだろう。おそらくリーナは嘘をついているわけではなく本当に穂高が好きなのだ。そのきっかけが、穂高のことを知る手がかりにもなる。


 「実は私と出会った時の穂高君はべらぼうに強くてですねー暴走してたってのもあったんでしょうけど~そりゃー凄いもんだったんですよー流石に統帥様にはお呼びませんでしたが~だから目をつけられたんでしょうし~」

 「今より強かったの?」

 「多分穂高君自身は覚えてないんでしょうけどねぇ意味の分からない能力ばかり使われて私も本当に死ぬかと思いましたよねぇ」


 その割にはまるで楽しかった思い出のように語っているリーナだが、どこまでその話が本当なのかわからない。それが本当だとすれば、以前織衣が見た暴走状態の穂高はやはり相当な化物だったのだろう。牡丹と詠一郎、渡瀬が三人がかりで制圧する羽目になるわけである。


 「穂高君だって人間だった頃の倫理観ぐらいはあるわけですから~そりゃもう初期の穂高君は葛藤の連続でしたね~多分穂高君は今も葛藤してるでしょうけど~。

  勿論穂高君は冷酷非道で素敵な能力者狩りでしたけど~穂高君はずっと重荷を背負いながら戦っているわけですよ~自分の命も顧みないぐらいには~死んでも私が喜んであの世から呼び戻しますので~」


 それがリーナが穂高をかっこいいと思う理由らしい。確かに穂高は危険な賭けというのが明らかな状況でも勝負に出ることがある。前にジャンと戦った時がそうだ。それに気づかないほど穂高はバカではない。

 穂高が何かと無茶なことをしがちなのは、渡瀬が言っていたようにリーナが生き返らせてくれるという保証があってのことだ。


 「どうして、穂高君のことがそんなに好きなの?」


 今の穂高は、それ程リーナのことを恨んでいるようには見えない。傍から見ると彼らは不思議な関係に見えるが、それはリーナが穂高を愛しているというだけで成り立っているようには思えなかった。

 織衣の質問に対し、リーナはベンチから立ち上がり織衣の前に立つと、織衣を指さして言った。


 「貴方は『LIKE』、私は『LOVE』。貴方はまだ、穂高君に興味を持っているだけの段階です。

  今、貴方は私の前で穂高君のことが好きだと言えますか?」


 それまで冗談半分に聞こえていたリーナの話に、急に殺意が混じったように感じられた。

 織衣は首を横に振った。それが正しい答えだ。今、何気ない気持ちで穂高のことを好きと言っても嘘になる。


 「私は、穂高君を愛しています」


 リーナは恥ずかしがる様子もなく織衣の前で言う。


 「きっと私の愛は一方通行のままでしょう、いつまでも。でもそれで良いんです。穂高君は、意味もなく他人を突き放すようなことはしないので」


 穂高には革新協会側に回るという選択肢はなかったはずだ。もし穂高がリーナを選んでしまうと、彼自身の全ての行いを彼が自分で全て否定することになってしまう。あくまで仮定の話だが、穂高が少しでもリーナに好意を抱いていた場合、彼はさらなる葛藤に悩まされるはずだ。


 「丁度良い機会なので、教えてあげましょう」


 するとリーナは織衣の隣に座り直し、黒い手袋を取り出した。その手袋についている青い宝石はサファイア。渡瀬と同じ系統、珍しい支配系(ドミネート)のジュエリーだ。織衣は今までリーナのジュエリーを見たことがなかった。


 「私が持つ能力は二つ、まず一つ目は“引き寄せの法則(全ては私のために)”──これは一定の確率で私が持つ引力を相手に作用させる能力です。まー大雑把に言えば『引力』の能力の一種ですね、あまり強くないですけど~」


 それは織衣も穂高から聞いたことがあった。リーナが穂高の元へすぐに駆けつけられるのは、そんな便利な能力があるからか。


 「でもでも~『引力』の能力は物理的な作用だけじゃなくて相手の心を引き寄せるようにも使えたりしちゃうんですよ~ほら、恋は互いに惹かれ合って成り立つものじゃないですか~」

 「……もしかして、それを穂高君に?」

 「いやいやー私はそんなズルいことはしませんよ~これは統帥様がおっしゃってた話なんですけど~もしかしたら穂高君もそういう類の能力を持っているっぽいんですよねぇ」


 穂高が持っている能力は『光』と『闇』だ。引力という作用を持つのは、精々ブラックホールぐらいだろうか。だが穂高の戦い方を見るに、穂高は何かを引き寄せるというか、敵の攻撃や衝撃を吸収するという目的ぐらいでしか闇の能力は使わない。そんな広範囲に作用するような能力じゃないはずだ。


 「じゃあ、穂高君が三つも能力を持っているってこと?」

 「うーんそれは私だってわからないですけど~そうですねぇ……貴方は穂高君に違和感を感じたことは無いですかー?」

 「違和感?」

 「穂高君は何かと騒動の中心にいるように感じませんかー?」


 織衣が確かに、とすんなりリーナの言葉を受け入れられる程、穂高は悪く言えば厄介事をよく持ち込んでくる。穂高が加入してからツクヨミは慌ただしくなったし、彼と幼馴染だった昴も加入した。穂高は能力者狩りとして暴れまわり、和光事件を引き起こす一因にもなったし、五年前には福岡事変に巻き込まれている。だが、確かに穂高は不幸な人間かもしれないが、それが大げさ過ぎるだとか、過剰演出とも織衣は思ったことがなかった。


 「ちょっと前にジャンさん達と戦ったらしいじゃないですか~穂高君は自分のことを巻き込まれ体質だって言ってますけど~それを穂高君自身が引き寄せている可能性もなくはないと思いませんかー?」


 その一連の出来事が決して偶然ではなく、穂高が引き寄せてしまった結果必然的に起きてしまったのだとリーナは言いたいらしい。それを穂高が自覚していないとしたら、それは可哀想な話だ。


 「統帥様はお考えになったんですよ。穂高君がこの世界の軸になっているのではと、もしかしたら穂高君が協会の望む未来を引き寄せてくれるんじゃないかと……私にはよくわからないお話ですけどねー。

  でもでも~穂高君が引き寄せているものに私達が入っているかもしれないじゃないですか~」

 「貴方が穂高君のことが好きなのもそのせいってこと?」

 「いやいや~私はどんな世界でも穂高君のことが好きですよ~これはあくまで仮定の話ですしおすし~」


 織衣が考えていたよりも、リーナはベラベラと喋ってくれる。肝心なことは話してくれないが、一応敵である織衣にこれだけ自分の能力について説明してくれるのも不思議なものだ。能力は相手に看破されるか曝露してしまうと効力が弱まってしまうが、リーナは戦闘自体に能力を使うわけではないためあまり支障がないのだろう。


 「あともう一つの能力は、貴方もご存知でしょう」


 リーナがジュエリーの黒い手袋を右手にはめると、サファイアの宝石が青く点滅していた。


 「私は自分自身を蘇生することも出来ますし、この手で傷ついたものに触れると再生することが出来ます、生き物も物体も関係なくです。でも、私は基本的に私自身と穂高君以外には使いません。体への負担が大きいからです」


 リーナが何の代償もなく誰でも生き返らせることが出来るのなら、リーナさえ付き添っていれば革新協会は被害を出さずに済む。だが一度失われた命を甦らせるという、どれだけ医学が発展しても不可能な離れ業はリーナに少なからず負荷を与えているようだ。


 「ここで一つ、面白い話をしてあげましょうかー。貴方も当事者のはずですけどーおそらく貴方は知らないことでしょうし~」


 リーナはジュエリーの黒い手袋を外し、再び真剣な様子で語り始める。


 「貴方は初めて穂高君と出会った時のことを覚えてますかー? 今から三ヶ月ぐらい前、貴方が腕を切られて死にかけていた時ですよー」


 織衣の記憶には殆ど無いような、うっすらと覚えている程度の出来事だったが、能力者狩りだった穂高は瀕死の織衣を助けたことがあった。確かにあの時、重傷を負っていたはずの織衣はわざわざご丁寧に治療まで施されていた。


 「穂高君は私を呼んで、貴方のことを治療しろとお願いしてきましたが、私は拒否しました。だって、私が貴方をわざわざ治療するのはおかしいじゃないですか。

  だから私はなんとなーく穂高君をからかうつもりで穂高君の全てをくれるなら良いですよーって言ったんです。でも穂高君は驚くことに、自分の全てを私に捧げるからと言いました。貴方を助けるために」


 能力者狩りだった穂高は、織衣に致命傷を負わせた革新協会の連中を倒しただけではなく、リーナに無理なお願いをしてまで織衣を助けようとしたのだ。病院へ運んでも間に合わないか、助かったとしても大きな後遺症が残っていたかもしれない。元通りになるためには、リーナの能力が必須だった。


 「穂高君が大好きな私にとっては、これ以上ない対価です。穂高君は私のことが大嫌いなはずなのに。

  穂高君はあまり表に出していないのかもしれませんが、穂高君にとって貴方は、それだけの存在ということじゃないですか」


 するとリーナはベンチから立ち上がり、右手を天に掲げた。するとどこからか黒い物体が飛来し、リーナはそれを掴んだ。それはリーナが戦いによく使う大鎌だ、それも『引力』の能力か。


 「だから、貴方を殺します」


 織衣もすぐに立ち上がって能力を発動し、リーナの間合いから離れた。


 「……急に何? 話は終わりってこと?」

 「いや~まだまだ語り足りないですけど~やっぱり今ここで貴方を殺しておいた方が良いかなーと思ったんですよねー」


 リーナはいきなり織衣に向かって大鎌を振り抜いた。織衣はそれに応戦しようと蜘蛛糸を放つ──。


 「やめなよ」


 しかし、そこに二人の間に穂高が割って入った。


 「え?」

 「へ?」


 穂高はリーナの大鎌を光剣で受け止め、そして左腕には織衣が放った蜘蛛糸が絡まっていた。


 「リーナ」


 リーナも予想していなかったのか、穂高の登場に驚いた様子だったが、彼女は渋々大鎌をポイッと地面に捨てた。するとリーナは穂高に抱きつこうとするも押しのけられていた。織衣も能力を解除すると、穂高も能力を解除した。


 「……つけてきてたの?」

 「こんなことになると思ってたからね」

 「いやー乙女の話を盗み聞きするだなんて趣味が悪いですよ~」

 「僕は遠くから見てただけだよ。それに、姫野さんの身に何かあったら、怒られるのは僕だからね」


 織衣だって罠かもしれないと考えながらこの場に乗り込んだし、穂高も副メイド達に何か報告をしたわけでもないだろう。不思議とリーナは穂高の言うことを聞くが、やはりその関係性は謎だ。


 「僕は後ろで黙って聞いてるから」


 すると穂高はベンチの後ろにある噴水に腰掛けていた。護衛としていてくれるのはありがたいが気まずくもある。自分の話をどういう風に話されるのか、気にならないこともないだろう。


 「それじゃー仕方がないですねぇ。私と穂高君の馴れ初めでも語ってあげますかー」


 まだまだ穂高について話足りなかったのか、リーナは諦めた様子でベンチに腰掛けると織衣もベンチに座った。そしてリーナは、織衣に穂高の過去を語り始める。

 


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