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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-14『気まずさ』



 「十字会の総帥は『Imperator(インペラートル)』と呼ばれている。これはラテン語で命令権を与えられた人間のことを指す言葉だったが、『Emperor(皇帝)』の語源になったように、連中はそういう意味で使っているんだろう」


 副メイドがホワイトボードにマジックでキュキュッと書きながら説明する。織衣、緋彗、和歌、穂高、斬治郎、昴のツクヨミの高校生組は副メイドから十字会に関するレクチャーを受けるため、夕食後に食堂に集められていた。


 「そしてこの総帥を補佐する役職として『Patricii(パトリキ)』がいる。これもラテン語で、古代ローマにおける貴族を意味する言葉だ。このパトリキは十字会における事実上の最高幹部として扱われている。傘下にある各ファミリーの長より地位は上だ」


 十字会については夏にも副メイドが説明を実施していた。しかし昴が新しく加入したため、復習も兼ねて副メイドがもう一度高校生組に説明している。一度だけ説明しても何も覚えていない奴がいるからだ、特に緋彗と斬治郎は。


 「十字会を構成している各ファミリーは総帥の直属で、イタリアやアメリカ、中南米を中心として世界各地に拠点を置いている。十字会の本拠地はローマにあるとされているが、総帥のジャン本人はヨーロッパ各地を放浪していることが多かったそうだ」


 織衣から見て、昴はメモを取りながら熱心に講義を聞いているように見えたし、和歌も珍しく目を覚まして興味津々に聞いているようだし、穂高はまぁ今更新しく頭に入れる知識も無いだろう。しかし緋彗と斬治郎は、あまり興味がなさそうに聞いている。


 「十字会の構成員はソルジャーだとかソルダードだとか、兵士や戦士のような意味合いで呼ばれることが多い。しかし、構成員の殆どは戦闘のために訓練された兵士じゃない。組織の金を動かすか、ただ威張り散らしたいだけの連中が殆どだ」


 副メイドはこういった裏世界の事情についても詳しい人間だ。詠一郎も犯罪に関する造詣が深いが、単純な素養に限ると副メイドがツクヨミの中で一番優れているかもしれない。


 「厄介なのが『Rosso(ロッソ) centuria(ケントゥリア)』という連中だ。ロッソはイタリア語で赤色、ケントゥリアは百人隊という意味だ。この部隊は十字会の私兵部隊という風に捉えられているが、実際は十字会と敵対する人間を殺害するための暗殺者集団だ。この部隊に所属する構成員は『Sicario(シカリオ)』と呼ばれている、イタリア語で殺し屋という意味だ」


 最近まで能力者の存在すら知らず、勿論裏社会とも関わったことのなかった昴にとっては新鮮で、そして恐ろしい世界に見えるだろう。しかし能力者として生きていくには必須の知識だ。ツクヨミは能力を公にさせないために活動するが、裏に存在するものを表に露出させないために動くこともある。


 「インペラートル、パトリキ、ロッソケントゥリア、それに十字会クローチェ・インペリウムだの、連中は古代ローマだとかイタリア統一に関係するラテン語やイタリア語の言葉を好んで使う。

  十字会の理念は『Risorgimentoリソルジメント』と言う。これは復興という意味で、イタリア統一の過程を指す言葉だ。しかし今のイタリアはほぼ統一されている。じゃあ連中が何を目指しているのかと言うと──」


 副メイドは地図を取り出してホワイトボードに貼り付けた。その地図に描かれていたのはローマ帝国だ。


 「ローマ帝国の復活だ。帝政ローマの最大版図だとイタリアに加えてフランスやスペインにポルトガル、トルコにバルカン半島に中東に北アフリカ、面積で言うならインドの二倍ぐらいの大きさになる。連中は自分達を愛国者だと謳い、ローマ帝国の復活のため活動している。ジャンが総帥になってからはそれが特に顕著になった。実際、十字会の傘下には極右思想の政治団体も属しているからな」


 ローマ帝国ぐらいは織衣も知っている。その崩壊までも。しかしそれをまともに知らないであろう緋彗と斬治郎はチンプンカンプンという様子だった。昴もポカンとしていたが、彼は十字会の野望を聞いて驚いているだけだろう。


 「十字会は革新協会と深い関係にあると見られている。しかし十字会は完全な能力者組織ではない、精々武装した護衛がいるぐらいで能力者の敵ではない。ロッソケントゥリアには厄介な能力者がいるらしいが、俺達の目標はまず十字会の戦力を削ぐことだ。

  奴らの最大の武器は『浸透力』、知らず知らずの内に奴らはその国家の支配層から最下層まで浸透しコントロールしていく。そうなると俺達の活動も難しくなる、多くのスポンサーを失うことになるからな」


 ツクヨミは政府や財界に支援者が存在する。資金面での援助は無いものの、例えばこの本部が置かれている土地や建物の名義を貸してくれたり、ツクヨミが関わった事件への警察の不介入など色々と融通を利かせてくれている。スポンサーは能力者ではないとはいえ、公の世界での発言権は大きいものだ。


 「十字会総帥のジョバンニ・ロマーノ・クローチェ自身も強力な能力者だ。だが最も脅威となるのが私兵部隊であるロッソケントゥリアだ。数十人程度の殺し屋が所属しているらしいが、その内どれだけ能力者がいるのかまでは調べられていない。仮に十字会を壊滅させたとしても、奴らが残っていては意味がない。

  実際にどれを先に狙うかは調査次第だが、今のところは十字会も革新協会も表立った騒動は起こしていない。そこの……お二人さんを除けばな」


 緋彗と和歌が織衣の方を、斬治郎と昴が穂高の方を見た。織衣も穂高も彼らからプイッと顔を背けた。


 「革新協会も十字会もすぐに叩き潰せるような組織ではない。少なくとも半年ないし一年は必要になる。

  そこでお前達の当面の目標は、十字会に関する情報収集任務と、詠一郎達の任務の支援だ。ロッソケントゥリアの殺し屋はかなりの腕利きだ、奴らとの戦いに備えた修行も必要になる。特に昴、お前は近い内に千代との修行が始まる」

 「はい」

 「覚悟は出来ているか?」

 「え? そんなにヤバいんですか?」

 「僕は東京湾に沈められたことがあるよ」

 「何をしたらそうなるの?」


 織衣達の教育役である渡瀬と千代は共に優れた能力者だが、理論派の渡瀬は説明もわかりやすく死の危険性はないが、感覚派の千代は殆ど説明なんてせずにとにかく実戦あるのみという人間だ。流石に能力者としては生まれたて、それこそ雛のような昴に厳しくはしないだろうが、早く織衣達の任務に同行できるようになるぐらいには鍛えておきたいのだろう。


 「現時点ではロッソケントゥリアの殺し屋達が日本に来ているという情報は無いが、パトリキ、もとい幹部が何人か既に日本で潜伏している。

  まず、オスカル・ヴェントゥーラ。まだ二十歳そこそこだがジャンが幹部に昇格させた男だ。他の大物達に比べると実績は無いに等しいが、こいつも能力者の可能性がある。

  次にジュリエット・ルルー。イタリアの銀行家の娘で、表向きは実業家という顔を持つが十字会に資金提供をしていると噂されている。

  今すぐにこの二人を殺害するというわけではないが、出来れば早めに仕留めておきたい。ロッソケントゥリアの連中を確認できたら追々情報を伝える」


 ホワイトボードにオスカルとジュリエットの写真が貼られた。オスカルの方は短い金髪の青年でジャンと同年代ぐらいか。確かに十字会というマフィアの幹部とは思えない。ジュリエットという女も金髪だが至って普通のキャリアウーマンという印象を受ける。


 「今日のミーティングは以上だ。何か質問は?」

 「はーい」

 「何だ、和歌」


 テーブルに膝枕をしたまま手を挙げた和歌が口を開いた。


 「ジャンの相手はやっぱりダッカ君がするのー?」


 それは織衣も密かに疑問に思っていたことだった。穂高は織衣達と比べると強い方かもしれないが、牡丹や詠一郎、渡瀬達の方が遥かに強いはずだ。


 「わからない」


 副メイドはキッパリと答えた。


 「仮に、ジャンの居場所を掴んで作戦を組み立てるのなら殺害のために誰かを指名することはあるだろう。だがそれを決めるのは牡丹達で、穂高が指名されるかはわからない。むしろどこかでばったりジャンと出くわす可能性もある。奴を誰が倒すかは決められたことじゃない」

 「なるへそー」


 そう言う割には、副メイドは穂高にジャンの捜索任務を与えた。あの任務の目的は、ジャンの捜索だとか尾行とかいう単純なものではなかったはずだ。あの時、副メイドと穂高の間で何があったか織衣は知らないが、副メイドが穂高に仇討ちの機会を与えたようにも思えた。

 当の穂高は、特に喋ること無く副メイド達の話を聞いているだけだった。質問者の和歌はさらにはいはーいと手を挙げた。


 「あと新しいライフルが欲しいなー」

 「何だ?」

 「SCARのMk20」

 「わかった。考えておいてやる」

 「わーい」


 和歌が使用する武器の仕入れルートは全て副メイド経由だ。一体副メイドがどういうルートで世界各国で使用されている正規品を入手しているかは、知ってはいけないことかもしれない。また和歌の武器コレクションが充実していく。

 ミーティングが終わると、副メイドは仕事、穂高と昴はゲームをしに部屋へ戻り、斬治郎と緋彗、和歌の補習組三人は華がいる事務所の方へ向かった。織衣は他の面子が出て行った後も一人食堂に残っていた。小腹が空いていたわけでもテレビを見たいわけでも無く、椅子に座ったまま考え事に耽っていた。


 出灰での騒動が落ち着いたこともあり、織衣達は本格的に十字会討伐のための任務に参加することになるだろう。副メイドが説明していたように、いきなりボスであるジャンを狙うのではなくロッソケントゥリアや他の幹部を中心に狙っていくことになる。その規模は未知数だというがかなりの時間が必要になると思えた。

 穂高は一刻も早く十字会も革新協会も叩き潰したいと思っているはずだ。穂高はジャンのことを格上だと認めていたが、倒せない相手ではないと言っていた。もしもどこかで偶然出会ったり、任務の目標としてジャンを狙うことになったら、穂高はなりふり構わず単身で乗り込んでしまうだろう。

 もしそうなってしまった場合、織衣は穂高の支援へ向かうはずだ。だが織衣は自信がなかった。前のようにツバキに負けていては穂高の邪魔をしてしまうだけだ。ツバキの能力への対抗策は千代から聞いている。奴の目を見ないこと、それだけだ。

 無理がある。相手を視界に捉えようと思えば必然的にツバキの目も視界の中に入ってしまう。ならば目を閉じるしかないが、目を閉じた状態で戦えというのも無理な話だ。千代達はそんな芸当が出来るから簡単にそう言うのかもしれないが、織衣にそんな度胸はない。

 織衣はポケットから自分のジュエリーを取り出した。ツバキのジュエリーも織衣と同じ、青色に輝くラピスラズリの装飾が施された黒い手袋だ。ジュエリーが同じなら能力の大まかな系統は一緒ということである。しかしツバキは織衣よりも圧倒的に格上である。

 ツバキと対戦経験のある穂高なら、ツバキの別の攻略法を知っているかもしれない。しかし穂高はツバキの話題になると口をつぐんでしまう。穂高は織衣に能力者狩り時代の経験を色々と話してくれていた。革新協会の能力者を尾行していたら警察に捕まりそうになりパトカーに追いかけられたこと、レインボーブリッジの上で戦っていたら足を滑らせて海に落下してしまい滅茶苦茶怖かったこと、革新協会の拠点であるマッサージ店にカチコミしたら風俗店でびっくりしたこと等、一体どれだけ引き出しがあるのかと驚くほど多くのエピソードを語ってくれるが、四月デストラクションと妹の死、そして和光事件については一切話してくれない。

 穂高の能力者狩りとしての経験は織衣達の戦いの役に立つはずだ。穂高のことをもっと知りたい、しかし穂高のことを傷つけたくないという思いが織衣の中で交錯していた。


 「わっ!」

 「うひゃああああああああっ!?」

 「そんな驚くもんかね」


 食堂で一人椅子に座って考え事をしていた織衣は、後ろから突然両肩を掴まれ、驚きのあまりつい叫んでしまった。


 「へいへ~い。まさに悩める乙女って感じじゃん?」


 織衣の右側から緋彗が顔を覗かせてきた。緋彗は妙にニヤニヤした表情をしていた。多分何か勘違いをしている。


 「ど、どうかした? 勉強は?」

 「今日は良いってさ。んでんで、何悩んでんの?

  あ、もしかして……ほー君のことだね? そうであろうそうであろう?」


 確かに織衣は穂高に関することで悩んでいる。しかし緋彗は別のことを考えてしまっているかもしれない、織衣はそう思っていた。


 「ほー君にどこまで踏み込んでいいか、悩んでるんでしょ?」


 こういう時に緋彗の勘が優れていることを、織衣は初めて知ることとなる。織衣は否定も肯定もしなかったが、構わず緋彗は話し続ける。


 「いやー織姫ちゃんは嘘をつくのが下手だね。華ちゃんじゃなくてもわかっちゃうよ」

 「……顔に出てるってこと?」

 「態度にも」

 「そんな悪い?」

 「まぁ悪いのも確かだけど挙動不審だよ。ここ一週間ぐらい、織姫ちゃんは何だか変だもん」

 「そうなの……?」


 態度が悪いと言われるのは心外だったが、緋彗は織衣の肩をポンポンと叩いた。


 「まー詳しくは部屋で聞こうじゃないか。ここじゃほー君達が来るかもしれないからね」

 「いや、話すとは言ってないから」

 「へー……」


 すると、今度は織衣の頭に後ろからひんやりとした物体が当てられた。振り返ると、和歌が後ろから織衣の頭に拳銃を向けていた。


 「ね?」


 和歌はいつものようににこやかに笑っていた。


 「わ、わかったから……銃は下ろして」

 「大丈夫だよ、まだセーフティーついたままだから」

 「だとしても悪趣味」


 人を脅かすのに拳銃は使うなと親から教わらなかったのだろうか。和歌は何の躊躇いもなく銃を取り出すことがあるから恐ろしい。


 「じゃあ全部吐いてもらうかね、乙女達の花園でね……」


 織衣は緋彗と和歌に連行され、いつも女子会が開催される緋彗の部屋で尋問を受けることとなった。


 ---



 「……華さん」


 斬治郎は一人、事務所で華の監視のもと前回のテストで間違えた範囲を復習させられていた。


 「何で俺だけ残されたの?」

 「美人家庭教師とマンツーマンなのに、何か不服なの?」

 「いや、俺の扱いおかしくないかなって」

 「ザン君が言いたいことはわかるわ。でも我慢しなさい……そうね、早く補習が終わったらご褒美でもあげよっか?」

 「ご褒美ってどんな?」

 「例えばそうね……十八禁漫画的な展開なら色々と思いつくんだけど、この世界はそういうの求められてないのよね……」

 「華さんが相手だとこえーっすね……」


 緋彗と和歌は補習から抜け出すことを許された一方、斬治郎は全体的な構成の尺と出番的な犠牲になってしまったのだった。


 

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