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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-11『射撃訓練、頭を狙うか体を狙うか』



 ジャンとツバキとの戦いから一週間が過ぎた十月中旬の休日、織衣達は副メイドが運転するマイクロバスで池袋から二時間程かけて富士山麓の高原を訪れていた。ここは自衛隊の施設で、織衣達は定期的に射撃場を借りて射撃訓練を行う。本部に所属している能力者なら普段の戦闘で銃器も刃物も必要ないが、能力が使えないという状況になった場合に備えて、護身のために一通りの武器の扱い方は教わっている。今日は織衣、緋彗、和歌、穂高、斬治郎、昴の高校生組と教官である副メイド、そして富士山へツーリングに来たついでに寄ってきた千代と北斗が参加した。最近加入した昴は初参加である。


 「トリガーに指はかけるな、普段はフレームにかけておけ。肘はそこまで曲げなくてもいい」


 人生で初めて銃を握る昴に副メイドが手取り足取り指導していた。


 「ひょえぇ」


 いきなり実銃を持たせると昴が緊張で固まってしまうため、まずはモデルガンからだ。それでもまぁ、この屋内射撃場の雰囲気に気圧されてしまっているようだ。


 「こういうの見ると、ウチも悪の組織っぽいなって思えるよね」


 拳銃や小銃が詰められた木箱を見ながら穂高が言う。一応本部にも武器庫はあるが滅多に使うことはない。副メイドや渡瀬達は常に拳銃は所持しているが、織衣達は任務中でも銃を持つことはない。和歌を除いては。


 「まぁ、去年までは秘密結社ごっこみたいな雰囲気だったからな。あの頃は良かった」


 オートマチック拳銃の弾倉を交換しながら斬治郎は気怠そうに言った。ツクヨミにおいて本格的に独り立ちして実戦に出ることになるのは高校を卒業してから、というのが去年までのカリキュラムのようなものだった。渡瀬達がそうだ、高校三年間で様々な訓練を受けてじっくりと育てられたのだ。勿論在学中も任務に当たるが、今ほど頻繁ではなかったし難易度も低かった。相手に能力者が少なかったからだ。


 「こんな広い演習場を使わせてもらえるなら、贅沢なサバゲーが出来そうだよ」

 「道に迷って死ぬだろ、こんな樹海みたいな場所だと」

 「まぁ、僕達は街中で戦うことが多いしね」


 屋内射撃場自体は本部の地下深くにも存在するし、フィールドは狭いが市街戦を想定した演習場もツクヨミは保有している。が、こうしてわざわざ片道二時間もかけ移動し、さらには副メイドがわざわざ自衛隊とスケジュール交渉までして富士山麓の広大な演習場を使わせてもらうのにはワケがあった。


 すると射撃場に発砲音が鳴り響いた。昴が握るモデルガンのものだ。最近のモデルガンは発砲音を寄せにいっているらしいが実銃には劣る。


 「ほわっ!? ほぉっ!?」

 「仰け反るな、重心は前の方に置いておけ」


 昴は銃弾を一発放つ度に肩がビクッと動いていた。


 「アイツ、穂高よりビビってるな」

 「僕は銃を向けられたことが多かったからね、そんなに怖くなかったよ」


 だから慣れているのもおかしい話だが、そういった環境で能力者狩りとして戦ってきた穂高は割とすぐに銃は撃てるようになった。命中精度はまだまだだが。


 「ねぇ、姫野さん」

 「へ?」


 突然穂高に声をかけられて織衣は抜けた声を出してしまっていた。


 「もっかい勝負しようよ、どっちがポイント稼げるか」

 「また負けたいの?」

 「いや、次は勝てるかもしれないじゃん」


 昴に射撃がどんなものか見せるために、既に織衣達は三マガジン程射撃していた。実弾ではなく模擬弾だが、昴が耳当てを押さえながらアワアワしていた姿を思い出す。


 「んじゃ俺もやるかぁ。ワンリロードでやろうぜ」


 標的はシンプルな人型の板だが、静止していたり前後左右に動いていたりと様々だ。急に動きを止めることもある。三人は耳当てを着けてブースに入り、拳銃を構えた。


 一マガジン十発、一回銃弾を装填して計二十発での勝負だ、標的の人型には頭部や胸部、腕等の箇所によってポイントが分かれており、頭部は百ポイント、胸部は五〇ポイント、それ以外は十ポイントとして判定される。ブースからの距離によってポイントが加算されるが、標的はまあまあなスピードで動く上に近い標的でもブースから十メートル、遠いもので二十メートルは離れているし、二メートル遠ざかるごとに十ポイント加算されるぐらいである。命中率を考えれば近い標的を狙った方が楽だが、そればかりやると副メイドに怒られてしまう。

 勿論射撃訓練では能力を使わない。副メイドに教わった通りに構え、標的を見据え、引き金を引く。その反動と発砲音に織衣も最初は驚いたし中々慣れなかったが、今は割と平気だ。一マガジン撃ち終えると素早く予備のマガジンを装填して再び標的を狙う。

 二十発撃ち終えてブースを出ると、ほぼ同時に穂高と斬治郎も撃ち終えていたようだ。織衣は拳銃を台の上に置き、耳当てを外した。側に置かれている副メイドのタブレットにポイントが表示されていた。

 織衣は二六〇ポイント(胴体三発、その他五発命中+距離加算)、穂高は二二〇ポイント(頭部二発命中+距離加算)、斬治郎は三七〇ポイント(胴体五発、その他七発命中+距離加算)だった。


 「負けた……」


 穂高はポイントこそあるものの標的に命中したのは二発、二十発撃ったため命中率にして十パーセントだ。


 「多分、お前は頭を狙い過ぎなんだろ、もう少し的を広げれば当たると思うぜ。実戦だったら体のどこかに当たりさえすればいいんだから」

 「いや、僕は撃たれても平気だから」

 「普通は頭撃たれなくても死ぬときゃ死ぬんだよ」


 穂高は銃口を突きつけられただけではなく何度も銃弾を喰らったことがあるらしい。南米かどこかのギャングの抗争地帯で生活していたのかと思う程だが、それでよく怖気づかないものだ。


 「す、凄いね三人共……」


 モデルガンの試射を終えた昴は、三人の射撃訓練を見学していたらしい。


 「僕も訓練すれば、こんなに当たるもんなんですか?」


 昴の隣で副メイドは拳銃(実銃)に弾を装填しながら口を開いた。


 「これはあくまで訓練だ、実戦とは違う。本物の人間はあの的みたいに決まった運動をしないし、ボーッと突っ立っている人間を相手にするのと自分に襲いかかってくる人間を相手にするのとでは心理的な緊張感も違ってくる、そこら辺は訓練では中々身につかないものだ。

  だからこうして──」


 すると副メイドはスッと銃口を穂高に向けた。が、穂高はすぐに能力を発動して副メイドが放った銃弾を避けていた。


 「実戦の方が感覚は身につくものだ」


 織衣達よりも余っ程実戦経験のある穂高がこうなのだから説得力がある。実際に織衣達が実戦で拳銃を使ったことはない。これから先実戦で使うことになったとしても、本当に弾が当たるかはわからない。


 「じゅ、銃弾は避けろってことですか」

 「それが能力者同士の戦いの基本だ」

 「ひえぇ……」


 織衣も流石に銃弾は避けられないが、蜘蛛糸を強化すれば拳銃弾ぐらいなら弾くことが出来る、だが流石に大口径弾は貫通してしまう。斬治郎も能力を使えば銃弾ぐらいなら斬ることが出来るため、能力者の世界とは恐ろしいものだ。


 「昴、次は本物を使うぞ」

 「え、もうやるんですか!? まだモデルガンも慣れてないのにですか!?」

 「案外触れば簡単なものだ、すぐに慣れる」

 「いやいやいやいや!?」


 今までモデルガンすら握ったことのない人間にすぐ実銃を握って撃てというのも酷な話だ、だが副メイドはまだ優しい方らしい。副メイドは厳しい訓練を受けてきたらしいが、本当に何者なのかと織衣はときたま疑問に思うことがある。


 織衣達三人は屋内射撃場を出て、屋外射撃場へと向かった。演習場はある程度道が整備されていて、屋外射撃場も切り開かれていて数キロ先まで見渡すことが出来る。今日は晴れていて富士山も綺麗に見える、銃声さえ聞こえなければ観光気分なのだが。

 屋外の演習場には、地面に寝そべって狙撃銃を構える和歌と、その側で双眼鏡を眺めている緋彗がいた。この定期的な屋外射撃訓練は和歌のためにあると言っても過言ではなかった。高校生組、というか今のツクヨミでも唯一銃器をメイン武器として戦う能力者だ。和歌の『誘導』の能力は銃の撃ち方さえ知っていれば訓練の必要は無いらしいが、常に能力を使用し続けるというのも体に負担がかかってしまう。そのため和歌もこうして射撃訓練をするのだ。

 織衣達が側に近寄ると、緋彗が気づいて駆け寄ってきた。


 「やっほー、もう終わったの?」

 「まー、今日は昴の訓練がメインだろ。実弾もここでしか使えないし」


 ちなみに緋彗の射撃の腕前は斬治郎と同じぐらい、織衣や穂高より格上だ。


 「若様の調子はどう?」


 織衣が緋彗に聞くと、彼女は様々な器材が置かれたコンテナから双眼鏡を持ってきて織衣達三人に渡した。


 「あそこに千代ちゃん先輩達が見える?」


 緋彗が双眼鏡で眺めている先を織衣達も見た。


 「見えない」

 「ほら、あの電波塔みたいなのが建ってるとこの少し右ぐらいのとこ」

 「あ、いたいた」


 織衣達がいる地点から一キロ程先の盛土の手前に、キャンプ椅子に腰掛けている千代と北斗の姿があった。側にはバイクがあるのを見ると、あそこまでバイクで移動したらしい。


 「んでね、あの二人がコインを空に投げるの」

 「コイン?」

 「それを若様が狙撃するって訓練」

 「は?」


 織衣達が双眼鏡を覗いていると、千代がコインをポイッと空に投げて放り投げたのが見えた。いや、何かを投げたのが見えたというわけで何を投げたのかは双眼鏡でも見えない。しかしすぐに銃声が聞こえると、何かが銃弾に当たって光ったように見えた。


 「若様ね、三回に一回ぐらいは当ててるんだよ」


 今の和歌は能力を使っていない。和歌が覗いている狙撃銃のスコープは双眼鏡より性能が良いかもしれないが、見えたからといって当てられるものではないはずだ。

 和歌の射撃の腕前は能力を使用していない素の状態でも人並み外れているものだ。こんな離れ業のようなことまでやってのけてしまう。一キロ先を走る車の運転手の頭を撃ち抜くだとか、航行中の船の電気系統を狙ってショートさせたりだとか和歌の狙撃に関する伝説は数多くあるが、全て盛った話ではなく事実だというのだから恐ろしい。もう昼も過ぎたため和歌の集中力も上がってくる頃合いだ。マイクロバスで移動中にグガーと寝ていた人間とは思えない。


 「あれさ、千代さん達にも当たりそうじゃない?」

 「なんで先輩が訓練であんな体張ってんだよ」

 「大丈夫でしょ、あの二人なら避けちゃうだろうし」


 少しでも和歌の射撃がそれるとあの二人も十分に当たる位置にいるが、それでも平気そうに二人は焚き火でソーセージを焼いていた。ただキャンプをしているだけのようだ。


 「何ならさ、ほー君もあそこに行ってきたら?」

 「え、僕を殺したいの?」

 「いやお前なら避けられるんじゃね? お前があそこでリフティングするから、そのボールを若様が狙うみたいな」

 「よく僕に当たらないことを前提に話せるもんだね」

 「お、また当ててる」


 確かに穂高のようにすばしっこく動くタイプの能力者なら和歌にとっても良い訓練になるかもしれない。いや、味方を標的に訓練するのもおかしいだろうと織衣は我に返った。


 「あーあ、帰ったらまた勉強だぜ。テストなんて学期末だけでいいだろうになー」


 アサルトリアフルのマガジンでジャグリングしながら、斬治郎は溜息を吐いていた。


 「穂高は大丈夫かよ、習ってる内容違ったんだろ?」

 「まぁ大体は頭に入ったよ。生物以外は」


 穂高が通っていた雨京高校と織衣達が通う出灰総合はどちらも私立でカリキュラムが違う。出灰では一年で生物基礎を履修するが、穂高はまだ習っていなかったらしい。織衣達もツクヨミでの訓練や任務で忙しい身だが、能力者狩りだった頃の穂高はもっと忙しかっただろう、多少のハンデがある。


 「赤点取ったら地獄が待ってるからな、気をつけろよ」

 「度々聞くけどどんな感じなのそれ」

 「要は缶詰ってことだよ。補習期間中はあらゆる娯楽が禁じられちゃうから。あの若様でさえ規則正しい生活を送るようになるんだよ」


 織衣はまだテストで赤点を取ったことがないため知らない世界だが、やつれた姿の緋彗達を見て勉強も頑張るようにしようと日頃から復習は欠かさない。

 

 織衣達が談笑していると、屋内射撃場の方から昴と副メイドが歩いてきた。先程までは緊張していた様子の昴だったが、大分表情が緩んでいた。


 「和歌はどうだ?」


 再び銃声が響く。


 「三回に一回ぐらいは当ててるよ」

 「相変わらず化物だな」


 副メイドがそう評価するのだから余っ程あり得ないことを和歌はやっているのだろう。昴にも和歌の射撃訓練について説明すると「え……どういうこと?」と理解が追いついていない様子だった。


 「どうだ、穂高も標的になってみるか?」

 「はい?」


 どうやら副メイドも緋彗達と同じ発想をしていたらしい。


 「お前の能力ならワンチャン和歌の狙撃も避けられるだろう」

 「ワンチャンじゃダメじゃないですか?」

 「だが和歌が狙うスコープの中に入らずに動き回ってれば、そもそも和歌の能力が効かないからな。いい勝負になるだろう」


 昴を除いた高校生組で模擬戦を行ったことは何度かあるが、模擬戦を行う演習場が狭いため和歌が穂高と距離を取れずに近づかれてしまうというパターンが多かった。だがこれだけ開けた場所なら和歌にも利があるように思えた。

 再び銃声が聞こえる。双眼鏡を覗くと、千代達は焼けたソーセージを食べている所だった。


 「どうだった昴、本物の銃を撃ってみた感覚は」


 穂高が昴に聞くと、意外にも昴は晴れやかな表情で答えた。


 「銃を撃つの、結構楽しいかも」


 昴の答えに穂高達はギョッとしていた。まだ能力者の世界に慣れていない、武器すらまともに扱ったことのない昴がそんな感想を笑顔で言うとは思わなかったからだろう。


 「あー、こいつはあまり武器を持たせちゃいけないタイプだな」

 「若様と一緒だね」


 すると狙撃銃のスコープを覗いていた和歌が構えるのをやめて耳当てを外し、織衣達の方を向いた。


 「何か言ったー?」

 「いや、何で聞こえてんだよ」


 そんなこんなで射撃訓練は終わり、織衣達は副メイドが運転するマイクロバスに乗り込んだ。訓練に参加していた、というかキャンプをしていただけの千代と北斗はもう少しキャンプを楽しんでから帰るらしい。自衛隊の演習場の中でやらなくてもと織衣は思う。

 高速道路を走る車の中から、織衣は外の景色を眺めていた。男子共は前の方で寝ている、ずっと射撃に集中していた和歌も疲れたのか往路と同じように眠っていた。


 「何か具合悪そうだね」


 隣に座る緋彗が織衣に体を寄せて言う。


 「そう見える?」

 「うん。薬持ってきてるけどいる?」

 「いや、そういうのじゃないから大丈夫」


 最近は顔色が悪いと緋彗によく言われるが、織衣自身はわかっていなかった。別に体のどこにも異常はない、夜もよく眠れている。


 「もしかしてテストが不安とか?」

 「緋彗よりは大丈夫だから」

 「うん、そうだよね。心配しないといけないのは私だったね……」


 一学期の期末テストで緋彗は二教科で赤点を取った。他の教科も赤点ギリギリというぐらいで、進学クラスの中では斬治郎とビリを争っているぐらいである。


 「やっぱりほー君と何かあったの?」


 前の方で寝ている穂高達を起こさないよう、緋彗は小声で言う。穂高の思惑通りなのかどうかわからないが、あの一件から気分の優れない織衣を見て、緋彗達は織衣と穂高の間に何か諍いがあったのかと思ってくれているらしい。


 「まぁ、そんな感じかも」

 「そんな険悪な感じ?」

 「いや、喧嘩してるわけじゃないから……」


 今も穂高と普通に話すことはある。しかし以前よりも穂高との距離が遠くなったように織衣は感じていた。いや、織衣が穂高を避けるようになっていた。

 それは穂高を一度殺してしまった罪悪感によるものか、それともそれでも平気そうにしている穂高への恐怖心か、その両方か。穂高が言う通り、彼がどれだけ気にしていないと言っても織衣の心が晴れることはない、このモヤモヤをどうやって取り除けば良いのかもわからない。

 事情を知っている千代や渡瀬なら何か助言してくれるだろうか。だが織衣は、彼らに相談することでさえ躊躇してしまっていた。能力者として大分この世界に慣れてきたつもりだったが、織衣は再び能力者の世界を恐れるようになっていた。


 

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