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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-9『お代はビンタで』


 ツクヨミにはやたらと攻撃が大好きな能力者ばかり所属しているが、勿論能力者の中にはリーナの『再生』の能力のように怪我や病気を治療できる類もある。しかしツクヨミにはあれ程便利な能力を持つものがいなかった。ましてや死者を蘇らせる能力など滅多に存在しない。

 医療班というものが存在しないツクヨミは、任務で負傷者が出た場合に備えて、各地にある病院と提携して治療させることもあった。今回の場合、渡瀬が穂高をある程度治療してから手術させたものの、失った魂を呼び戻すことまでは出来なかったらしい。渡瀬も治癒系の能力を持っているらしいが、それがどういう仕組みなのか織衣は知らない。

 朝、織衣は携帯の大量の着信を処理しなければならなかった。それらの発信元の大半は緋彗だ。彼女らが一体どんな風に伝えられたかわからないが、何十件も届いたメッセージから察するにさぞかし心配してくれていたのだろう。

 織衣に対してやたらお節介焼きな緋彗に対し、和歌は『早く戻ってきてね』の一言だけだったがそれだけでも十分だった。千代は『無茶すんな』という一言だったが、それは死地に生きたがる織衣に対する忠告なのだろう。

 朝食を食べ終えた頃、織衣の病室に客人が訪れた。いつもの赤い革ジャンを着た千代だ。


 「あれ、もう退院なの?」


 織衣は病院服から着替えて、エリーが持ってきてくれた自分の私服に着替え終わっていた。


 「うん。だって怪我してないんだもん」

 「だったら退院祝いでも持ってくればよかったわね。あー、渡瀬がアタシに行ってこいって言ったのは送ってやれってことね……」


 織衣はジャン達との戦闘で怪我はしていなかった。体の疲労も特にないためこの病室ともおさらばだ。帰りは千代が運転するバイクに乗ることになるだろう。織衣は支度を済ませると、千代と共に隣の病室へと向かった。


 穂高はまだ目を覚まさない。昨夜ジャン達と戦ったばかりで、リーナは明日には目を覚ますと言っていたが、既に日付を越していた時間だったため、もしかしたら起きるのはさらに明日という可能性もある。息はしているようだが、未だに目覚めない穂高の姿を見るとまだ不安だった。


 「随分と死にたがりな奴ね」


 穂高のベッドの側に立ち、千代は腕を組んで言う。


 「話のさわりは聞いたわ、渡瀬から。ま、そんなこともあるわよ。私だって何度も渡瀬を殺しかけたし」


 多分千代の場合は不可抗力とかではなく故意、というか喧嘩によるものだ。今でこそ高校を卒業して丸くなった二人だが(千代はそうでもないが)、中学や高校時代はそれはそれはピリピリしていたらしい。渡瀬も大分やんちゃだったと聞くが、織衣と出会った時点で彼は既に今のような雰囲気だった。


 「緋彗達には大分オブラートに包んで言ってある、タカが無茶して突っ込んで怪我したってね。皆はまたかって納得してたけど」


 実際、あの出来事を限りなく端折って説明するとそういうことだ。確かに穂高は自らジャンの話を聞くために敵地へと赴いた。しかし織衣は、それを止めようとせずについていったのだから同罪だ。


 「どうする? タカとのコンビを解消したっていいのよ。アタシが副メイドさんにかけ合うし」

 「ううん、いい」

 「織姫も大概死にたがりね」


 溜息を吐きながら千代は呆れるように言った。

 穂高はよく無茶をする人間だ。出灰での騒動もそうだった。織衣達はおろか副メイドにすら報告しないまま勝手に突き進むことがある。それでも解決できるという自信があるのかもしれないが、織衣からすれば危なっかしくてしょうがないし、今回のようなことにもなる。

 穂高が一人で勝手に突き進む、いや織衣達をあまり頼らないのは、彼が能力者狩りだったが故だろう。一人で戦ってきた頃の癖が身に染み付いているのだ。織衣はそんな彼とツクヨミの人間として初めて出会った人間だ(ということになっている)。副メイド達が織衣と穂高を組ませたのは、監視役やストッパーという意味合いもあったに違いない。だが織衣も織衣で怖いもの知らずというか、ワクワクしている部分もあったのだった。

 穂高と組んで戦うのが嫌というわけではない。勿論危険な戦いは嫌いだ。しかし織衣が穂高に興味を持っていたのは、彼が能力者らしい生き方をしているように見えたからだ。織衣と違って。


 千代は飲み物を買ってくると行って病室から出て行った。織衣ももう帰ってもいいのだが、中々穂高の病室から離れる気になれなかった。彼が目覚めるまではここにいたいと、彼が目覚めるのをこの目で見なければ、本当に目を覚ますのか不安だった。

 織衣は覗き込むように穂高の顔を見た。見れば見るほど不思議な奴だ、とても人を殺しそうな面をしていない。だが戦う時は雰囲気が変わる、能力者狩りの目に変わってしまう。織衣にそんなメリハリなんてない、織衣はいつだって姫野織衣だ。

 すると、パチッと穂高の目が開いた。


 「……ほああっ!?」


 突然穂高は飛び起きた。


 「ひゃっ!?」


 織衣はいきなり飛び起きた穂高に驚いて思わず椅子から落ちそうになった。穂高は悪夢から目覚めた、いや……まるで寝坊してしまった朝のような、何か用事をすっぽかしてしまったかのような飛び起き方だった。


 「あ、姫野さんおはよう」

 「え、おはよう」


 穂高は側に織衣がいることについて驚きもせず、辺りをキョロキョロと見回して再び口を開く。


 「何日経った? 今日は何曜日の朝?」

 「え? げ、月曜日だけど」


 穂高は今日が月曜日、文化祭の振替休日だと知ると頭を抱えて大きくうなだれてしまう。何が何だか分からない織衣は混乱しながらも穂高に聞く。


 「えっと、何かあったの? どこか悪いの?」

 「いや……ワールドカップのヨーロッパ予選の試合を見損ねただけなんだけどね……」

 「……え?」

 「うーん、勢いに乗るクロアチアとグループリーグ突破がかかるポーランドとの面白いカードだったんだけどなぁ」


 織衣は気づいた、どうやら穂高はサッカーの話をしているらしい。織衣だってニュースで時事やスポーツぐらいは人並みに知っている。アジア最終予選は終わったが、彼はヨーロッパ予選まで目を通しているらしい。その試合を見損ねたことにこれ程ショックを受けているようだ。


 ……今、そんなことを気にしている場合だろうか?

 勿論、穂高がサッカー好きであることを織衣は知っている。たまに斬治郎とサッカーの話をしているのを見かけることもあったが、こんなに落ち込むほど好きだとは織衣も驚いていた。

 だがしかし、穂高はリーナのおかげで助かったとはいえ、織衣に首を斬られて致命傷を、いや一度は死んだはずなのだ。もしかして一度死んでしまったことでジャン達との戦いを全て忘れてしまったのだろうか。


 「あー、録画しておけばよかったなぁ。でも帰る暇なかったししょうがないかぁ」

 「えっと……穂高君?」

 「何?」

 「大丈夫……なの?」


 織衣が恐る恐る聞くと、穂高は腕や肩をグルグル回してから言った。


 「うん、問題ないよ。どうせリーナが来たんでしょ?」

 「そ、そうだけど」

 「そんなことだろうと思ったよ。僕が呼ばなくても来るだろうからね」


 そう言うと穂高はベッドの脇に置かれていた小型冷蔵庫を開けて中からボトルを取り出し、コップに水を注いでゴクゴクと飲んでいた。

 織衣はこの場から逃げ出したくなった。名状し難い違和感と苛立ちで頭がおかしくなりそうだった。どうして穂高は、何事も無かったかのように振る舞っているのか。リーナが病室へ来た時も織衣が異常だと感じたように、彼らはこれをさも日常の一部分であるかのように受け入れきっている。見損ねた、録画し忘れたと飛び起きてサッカーの試合を見損ねたこと、それも確かに彼にとっては重要なことかもしれないが、今はそれどころでは無いはずなのだ、とても一度死んだ人間とは思えない。


 「えっと、ジャン達と戦ったことは覚えてる?」

 「うん。仕留め損ねたけど」

 「あのツバキって人のことも?」

 「うん」

 「私が、穂高君の……」


 首を斬った、と言おうとした所で、織衣は口をつぐんでしまった。それについて問い質したところで、自分がどんな返答を望んでいるのかわからなくなったからだ。

 気にしていない、その言葉を待ち望んでいたのだろう。穂高ならきっとそう答えるはずだと、織衣のことを許すはずだと織衣は期待していたのだ。死の淵から飛び起きて早々にこんな振る舞いだ、織衣が想像していたよりも穂高は遥かに遠い世界を生きている。それを穂高自身から知らされると、穂高と織衣の距離が、さらに遠のいていくような気がしたのだ。

 そう思い悩む織衣をよそに、穂高は平気そうに口を開いた。


 「僕の首を斬ったこと? しょうがないよそんなの」


 彼は怒りもせずに、それがさも当たり前かのように言い放った。

 そして──。


 「それとも、その感触が忘れられないから、もう一度僕の首を斬ってみたい?」


 穂高が笑いながら自分の首を指さした時、織衣は──穂高に手を出した。穂高の左頬を思いっきり平手で打ったのだ。バチィンと良い音が病室に響く。

 織衣は初めて、自分の意志で穂高に手を出したのだ。


 「……信じられない」


 涙はもう流れなかった。昨日出し尽くした、穂高が目を覚ましたことの嬉しさなんて怒りで吹き飛んでしまった。


 「こんなに心配して私が、バカみたいじゃない……!」


 しかし、それ以上の怒りを織衣の理性が踏み留まらせ、織衣はハッと自分の口を手で押さえた。怒りのあまり、我を忘れて穂高にさらに酷い言葉をぶつけようとしていた。しかしまだワナワナと織衣の体は震えていた。

 どうしてこんなに頭に血が上ったのか、穂高のどの部分が許せなかったのか、織衣自身理解できていなかった。ただ、こんなに平気そうにヘラヘラとしている穂高が正しいと思えなかったのだ。

 そんな織衣に対し、穂高は打たれた左の頬を手で擦りながら、口を開いた。


 「それでいいんだよ、姫野さん」


 穂高の左頬は綺麗に赤く染まっていた。相当良い音がした、最高の当たりだっただろう。


 「……何が?」


 穂高はまだ織衣の逆鱗に触れるつもりなのかと思ったが、彼はクスッと笑って言った。


 「思い詰めたような顔をしてるのは良くないよ、そんな顔じゃ緋彗達が変に勘繰っちゃうから」

 「私、そんな顔してた?」

 「うん、僕でもわかるよ。姫野さんが何か思い詰めたような顔で帰ってくるより、僕と仲違いしてカンカンに怒って帰ってくる方が、緋彗達も面白がってくれるでしょ?」


 どうやら穂高は、織衣に対する気遣いのつもりで織衣を怒らせるような態度をとっていたらしい。深い事情を知らない緋彗達は、どうして織衣が思い詰めた様子なのか理解するのが難しいだろう。何せヒントが無いのだ、無駄に心配させてしまうだけだ。それよりかは、織衣の悩みを怒りにすり替えてしまうことで、まるで織衣が無茶をした穂高にブチ切れた風に仕立て上げたかったのだろう。


 「姫野さんが言いたいことはわかるよ、別に言わなくたっていい。でも、僕が本当に気にしていないのに気にしていないって言っても、姫野さんはそれで納得出来る? 僕が姫野さんに気を遣っているか、僕が相当ヤバい人間なのかって考えるぐらいでしょ?」

 「……そうね」


 穂高が言っていることは図星だった。織衣が直接穂高に問い質して答えを聞いても、疑心暗鬼になって穂高との間にわだかまりが生まれるだけだっただろう。それよりかは、綺麗さっぱりこの関係を無くしてしまおうというぐらいの勢いで穂高は思い切ったのだ。彼のその思考回路にも織衣はやはり怒りがこみ上げてくるが、外面的には理にかなっているように思えた。穂高が相当ヤバい人間であることに変わりはないが。


 「大丈夫だよ、僕は能力者狩りをしていた頃に何度もリーナに殺されたし、何度も生き返させられてきたんだから。血反吐を吐いても腕を斬られても内蔵を潰されても戦わされて、リーナが戦いに満足するまで何度もこの世に戻された。

  姫野さんには信じられない世界かもしれないけど、それが僕の生きてきた世界だったんだ。リーナが僕のことを好きでいてくれる内は、ずっと続くと思うよ」

 「じゃあ、サッカーの話は演技?」

 「いや、試合見忘れたと思って飛び起きたのは本当だけどね」


 やはりもう一発右の頬にもくれてやろうかと織衣は思ったが思い留まった。


 「いやー、うん。今年のヨーロッパ予選は色々波乱があって面白かったんだけどね。大体、元はと言えば僕がジャンの誘いに乗ったのが原因だったんだし。

  にしても姫野さん、良いビンタするね」

 「ごめん、痛かった?」

 「うん、とってもね。首を斬られたときよりも痛かったよ」


 首を斬られて死んでもそんな冗談を言うぐらいの余裕があるらしい。RPGの世界で何度も教会で蘇る勇者はこんな感じなのかなと織衣は思った。

 穂高が言うように、織衣は彼の価値観が、世界観が信じられなかった。しかし穂高だって元々普通の人間だったはずだ、能力者になる前は。能力者にならなければそこら辺に普通にいるような男子高校生だったはずだ。そんな狂った価値観を植え付けられたのは、きっと能力者として色々ものを目にしてきたからなのだろうと織衣は考えていた。



 「そういえば……穂高君はツバキのことを知っているの?」


 穂高もツバキもどうやら知人のようだった。ツバキという女は革新協会の幹部らしいが、ツクヨミにはプロファイルされていない人物だった。

 織衣の問いに対し、穂高は小さな声で呟いた。


 「……まぁ、知っている人だよ」


 先程までとは打って変わって、穂高は口籠ってしまった。ツバキはリーナと同じように穂高のストーカーのようなものだと織衣は思っていた、だとすれば穂高も可哀想な奴だと織衣は思っていたが、リーナよりも良い思い出が無いらしい。もしかしたら、穂高は織衣と同じ思いをしているのかもしれない、いや絶対にしているのだ。


 「もしかして、ツバキが──」


 織衣はその身を以てツバキの能力を知った。ツバキは能力で相手の意識を乗っ取り操り人形のように動かすことが出来るのだ。穂高が関わったとされる和光事件では、敵に操られた一般人達が穂高を襲ったらしい。点と点が線で繋がるのだ。


 「……その話はやめにしよう。また今度話すよ」


 しかし、穂高はそれ以上の話を好まなかった。

 そうか、奴が──そう考えた時、織衣は怒りに震えた。織衣は革新協会に対して、初めて明確な怒りの感情を抱いた。織衣は今まで一連の事件の当事者というわけではなかった、しかし自分が経験してからやっと、その凶悪さを実感したのだ。


 「僕はもう大丈夫だから、副メイドさんにでも頼んで今日にも退院──」


 と、穂高はふと病室の外、廊下側を見た。扉は閉められていて壁があるだけだ。


 「どうかしたの?」


 そういえば千代が飲み物を買いに行ったきり帰ってきていない。自販機ならこの階にもあったのに遅い。

 穂高はベッドから出て、スリッパも履かずに裸足のまま立ち上がった。


 「奴が、いるんだ」


 それは穂高の経験則だったのだろう。何度もその現場の中心にいたことで、この世界に、この病院に起きている異変に気づいたのだ。

 穂高が急に走り出して病室から出ようとしたので、織衣も慌てて駆け出して穂高に言う。


 「ちょっと、一体どうしたの!?」


 すると穂高は病室の扉を勢いよく開けてから叫んだ。


 「──ツバキが来ている!」


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