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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第四章『誰もが蜘蛛を愛してる』

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4-4『野望のためのビジネス』



 外は段々と闇に包まれていき、東京タワーを中心とした東京都心の綺羅びやかな夜景が窓の外に広がっていた。都内の高級ホテルの最上階、ジャンによって貸し切りにされたレストランはビュッフェ形式のようで、世界各国の高級そうな料理やスイーツがテーブルの上に用意されている。周囲で待機しているスタッフも格調高い服装で、出灰の制服のままの織衣はどうもこの雰囲気に落ち着けなかった。牡丹や渡瀬に高級そうな店に連れて行かれたことはあるが、今回は相手が違う。

 一方で穂高はスイーツコーナーからたくさんのケーキを運んできて黙々と頬張っていた。テーブルを挟んで彼の向かいには、十字会総帥、ジョバンニ・ロマーノ・クローチェがいるというのに。ちゃんとこのレストランのドレスコードらしいフォーマルな黒スーツに着替えたジャンは、優雅にワインを嗜んでいるところだった。


 「君は何も食べないのかい?」


 ワイングラスを軽く揺らしながらジャンが織衣に言う。ジャンの側にはワインクーラーとビーフステーキが並べられている。一方織衣の目の前にあるのは、オレンジジュースのような飲み物が注がれたグラスだけだ。


 「毒が入っているかもしれないから」


 今、このレストランがあるフロアは、いやもしかしたらこのホテル自体ジャンが貸し切りにしているかもしれない。ジャンが用意させた料理なら、睡眠薬や毒が仕込まれている可能性も十分にある。

 しかしジャンは不思議そうな面持ちで口を開いた。


 「隣の彼は、そんなことを気にせずに食べているようだけど?」


 織衣は隣に座る穂高を見た。すると穂高は不思議そうに織衣の方を見る。不思議なのはこっちの方だ、どうしてこんな状況でそんな喜んでスイーツを食べられるのか神経を疑う。穂高は呑気に親指を立てて「ボーノ」と言っている。

 「僕が呼んだ自慢のシェフだからね」とジャンは答えると、ワイングラスをテーブルに置いてニヤリと笑っていた。


 「確かに──僕らと君達は敵同士かもしれない。どんな形であれ、決定的に衝突する時が来るだろうね。だけど君達は警察でも無ければ軍でもないし、イタリア国家憲兵隊(カラビニエリ)というわけでもない。君達に君達なりの正義があるように、僕らクローチェにも僕らなりの正義がある。

  無駄な犠牲を払わなくていいのなら、それに越したことはないと僕は思っている。それが本題だよ」


 ジャンの話を聞きながら、穂高はまだケーキを頬張っていた。確かに織衣は十字会のことを恐ろしい組織だと思っているが、その感情は世間の人々がテロリストやお化けを怖がるのと似通ったものだ。織衣は十字会によって不利益を被った覚えがないのだ。隣にいる元能力者狩り、穂高程十字会を恨むような事件に巻き込まれたわけではない。

 ツクヨミには正義も悪も関係ない。勿論テロリストや犯罪組織を敵として叩き潰すこともあれば、依頼によっては彼らと協力することもある。そのため利害が一致するのなら、ツクヨミと十字会が協力するという未来もあり得なくはない。彼らが革新協会と手を切ってくれるのなら。

 しかし、それを穂高が率先して進めるのもおかしい話だと織衣は思いながら、目の前にあったオレンジジュースに口をつけた。確かにそこら辺で売っているジュースよりは美味しく感じた。


 「さて、タカトゥーリ……ホーダッカ?」

 「ホダカ」

 「ダッカ?」

 「タカトゥーリで良いです」

 「ふむ、タカトゥーリ。君は僕をとても恨んでいるって聞いたけど?」


 フォークを握る穂高の手がピタッと止まった。穂高はフォークを皿に戻してから口を開いた。


 「貴方の組織の下っ端が、僕の妹を殺した。僕が貴方達を敵にするのは当然のことです」


 いつもは穏やかな表情の穂高が、心なしか強張ったように見えた。フォークを置いた穂高に対しジャンはナイフとフォークでビーフステーキを切り分け、一切れを口に運んだ。


 「じゃあ、どうしてここに来たんだい?」


 ジャンはナイフとフォークをカツンと置いた。


 「貴方が無意味な話をしてくるとは思えなかったからです。貴方がわざわざ僕を探しに来たんだとすれば、何か取引でもあるのかと」

 「よく僕を相手にそんな思考が出来るね。てっきり僕は、今すぐ殺されるのかなってぐらい恨まれているのかと思っていたよ」

 「確かに僕の妹を殺したのは貴方達です。でも、僕はあの事件がそんな単純なものだと、偶然のものだと信じたくなかったんです。

  あの事件は、僕が能力者狩りだったから、僕の妹を狙ったんですか?」


 穂高の質問にジャンは何も答えず、ワインを一口飲んでクスリと微笑んでいただけだ。

 今も穂高は右手に腕輪をつけている。いつでも能力を発動できるはずだ。つまり今すぐ戦いを始めることだって出来る。織衣もそうだ、右手に手袋をはめていつでも能力を発動できる準備は整っていた。向こうもそれがわかっていながら、暗殺者のような二人が目の前にいながらゆっくりとディナーを楽しむぐらい余裕そうに振る舞えるのは、やはり十字会という一大組織のボスという貫禄からか。

 ジャンは空になったワイングラスをテーブルに置いた。側に待機していたボーイがグラスにワインを注いでいた。


 「君達は、僕らが一体何をしているか知っているかい?」


 ツクヨミという組織に所属していて、裏社会で暗躍する彼らのことを知らないわけがない。


 「麻薬や武器の取引に人身売買、暗殺……」


 織衣がスラスラと羅列していくと、途中でジャンが口を挟んだ。


 「じゃあ、僕らはどうしてそんなことをしていると思う?」

 「……自分の権力を確かなものにするため?」


 ジャンの質問に先に答えたのは織衣だった。この世界に存在する反社会的勢力は十字会だけではない。世界各国に様々な組織が存在し、国内にも多くの敵が存在するためその勢力を維持するだけでも難しいことだ。十字会のように本国イタリアだけではなくヨーロッパや中南米にも進出しているのなら尚更だ。そうやって勢力を広げていこうとすればするほど組織は巨大化していき、ボスには組織を統べるための力量が求められる。その優れた手腕を目に見えるものにするため、常に潤沢な資金を回し続け、独裁者のようにひたすら自分の功績をアピールして権勢を振るうのだ。


 「タカトゥーリ、君は?」


 再びケーキを頬張っていた穂高は既に食べ終えていて、イタリアの柑橘系のジュースを飲み干すと口を開いた。


 「世界征服とか」


 何とも幼稚というか、子供向けの漫画やアニメの世界に出てくる悪の組織の、無駄に壮大で計画性のなさそうな目標だ。あの革新協会でさえそんなことは目標に掲げていないだろう。織衣はそれが穂高なりの皮肉だと思っていた。

 だが、しかし。


 「正解だよ」


 穂高の答えを聞いたジャンは満足そうに高笑いしていた。そしてようやく、彼の野望が顕現する。


 「僕らが目指すのは、この世界の統一だよ。人種も、民族も、宗教も、言語も、文化も、国境も、そんな区別が一切存在しない一つの世界だよ」


 流石に十字会という巨大な組織といえど、その夢は目標として壮大過ぎるように織衣は感じていた。世界政府という構想はあるにはあるが、この世界をどれだけ平和的に統一しようとしても、それを十字会が呼びかけても各国が納得するわけがない。もし十字会が武力を持って制しようとしても、圧倒的軍事力を持つ超大国らを相手に戦う運命は避けられない。十字会も多くの構成員を要しており私兵部隊も持っているというが、正規軍に敵うわけがない。

 困惑する織衣に対し、穂高は新たにケーキをよそいに行く素振りは見せずにジャンに問う。


 「世界を統一して何をするんですか? 貴方はこの世界の唯一の支配者になりたいから、父親を殺してボスになったんですか?」


 ジャンは数年前、それまで数十年もの間十字会を率いていた実の父親を謀殺した、と噂されている。あくまで噂に過ぎないが、ジャンが総帥に就任したと思われる時期から十字会は活動を活発化させ、ヨーロッパから飛び出して多くの麻薬組織が跋扈する中南米へ進出。各地で凄惨な麻薬戦争を起こしながらも殆どの麻薬組織を服従させるか壊滅させて、その支配を確かなものとしている。

 副メイドの予測によると、十字会は日本を足がかりに香港や東南アジアに進出するかもしれないという。この調子なら世界中に勢力を広げることも確かに夢ではないかもしれない。裏からコントロールするのが支配というのなら、本当に世界征服も夢ではないのか?

 ジャンは椅子の背もたれにもたれかかり、両手を広げて言った。


 「今の世界の人々は、今の世界構造を何ら不思議に思わない。たった百年二百年前は帝政や植民地支配が当たり前で、普通選挙も民主主義も殆ど存在しなかった。

  歴史がそう物語っているように、今の世界を支配するシステムも完璧というわけではない、今のこの世界が、ただの多数決主義で動くのがとても不自然な状態だとは思わないかい?」

 「僕は政治に興味がありません」

 「昔はやりたい奴だけが国を支配すればよかった。だけど今は賢愚関係なく人間達の多数決で決められるんだ。それでろくな支配者が生まれると思うかい?

  僕らが目指すのは、実力による平和な世界だよ」


 織衣は黙ってオレンジジュースを飲みながらジャンの話を聞いていた。彼の言いたいことは何となくわかるが、要は自分が気に入らないものは消したくてしょうがないらしい。


 「僕らにとって無能な人間はゴミも同然だよ。自然界ではそうだろう? この世界を生きていくのに適さない個体は淘汰されていく。それが生物としてまっとうな選択のはずなのに、どうして僕らは無能のために生きないといけないのだろう?」


 穂高はボーイから新しいジュースを貰って、それを一口飲んでから口を開く。


 「貴方が言いたいのは、能力者のための世界ですか?」


 ジャンの回りくどい夢物語を要約するとそういうことなのだろう。自分達はこれ程の力を持っているのに、影でコソコソと隠れて生きていかないといけない。そこらにいる能力を持たない人間達、無能力者よりよっぽどこの世界の役に立つのに、ということらしい。


 「そういうことだよ。だから、僕らの方につかないかい?」

 「……え?」

 「今の組織を裏切るんだ。問題ない、これはビジネスだよ。僕らは自分達の利益に繋がる最善の選択をする。君達も自分の利益のために選べば良い。勿論君達の好きにしてもらって構わない。

  そうだね……まずは、そこのアモーレはどう思う?」


 ジャンが織衣のことを穂高と比較してアモーレと呼んだのか、自分自身と比較してアモーレと呼んだのかわからないが、どちらにしろイラッと来た。

 織衣自身、自分が能力者であることに誇りもプライドも無いし、能力者になって良かったと思ったことは一度もない。しかし今となっては能力を失うのが怖くもあった。この力がなくなれば、自分よりも強い敵を相手にどうやって勝てば良いのかわからない。かといって無能力者、つまり一般人を淘汰したいと考えたことは一度もない。


 「私は、今のままでいい。今が十分楽しいから」


 多少不便な生活を強いられても、能力者として一般人とは違う世界を生きていくことを強いられても、それが今の織衣の楽しみでもあった。


 「自由になるつもりはない、と?」

 「私は、自由が楽しいとは思わない」


 ツクヨミは能力という力を秘匿するために、能力者の自由を制限し続けていた。そのため織衣もツクヨミに加入させられた。ツクヨミが確認した能力者は管理下に置くため全て本部か地方支部に配属されることになる。しかしツクヨミは決して、その力を利己的な考えで悪用しようだとか、ジャンのように世界征服をしたいだとか、私的な理由では動かない。

 ツクヨミは能力者のために存在している。これから先の未来も、能力者が世界の敵とならないために。織衣達は、制限された自由の中で自由に生きている。


 「じゃあ、タカトゥーリは?」


 織衣が拒否したことをジャンは特に悲しむ様子はなく、そのまま穂高に話を振った。


 「僕だって、不自由なのは嫌ですよ」

 「復讐したいからかい?」

 「何も守れないからです」


 何も守れない。つまり、穂高は何かを守るために戦っていると織衣は考えた。穂高が守りたいもの、それは一体何だろう? それが彼が能力者狩りとして戦ってきた理由のはずだ。守りたいもの、それは彼ら十字会に殺された妹のことか? 四月デストラクションや福岡事変で奪われていった多くの命のことか? 和光事件で殺した一万人もの人々のことか?

 織衣は気づいた。穂高は、何一つ守ることが出来なかったのだ。


 「僕は、自分にみたいな人が生まれてほしくないんです。だから僕達は、陰であるべきだと思うんです。

  この力が色んな人に知れ渡ると、そりゃ便利になることもあるかもしれません。でも、結果的にろくなことが起こるわけないじゃないですか。だから僕は、今のままでいいんです。目立つのは嫌ですから」


 遅かれ早かれ革新協会という組織は生まれていただろう。だが能力という力が隠されていなければ、もっと凶悪な組織がいくつも生まれる可能性がある。それに対抗する警察組織がどれだけ優秀になったとしても、その武器がある限りいつまでもいたちごっこが続くだけだ。

 ジャンは穂高の答えを聞くと、残念そうに溜息を吐きながらワイングラスを持って一口飲んだ。


 「残念だなぁ。能力者狩りには共感してもらえるかと思っていたんだけど。

  じゃあ取引条件を増やそう。タカトゥーリ、君のソレッラ……妹のことだよ」


 穂高の眉がピクッと反応した。その表情は変わらないが、少し動揺したように織衣には見えた。


 「僕らは君が知りたいこと、つまり君の妹の死の謎について知っているよ。ビジネスには相応の対価が必要だ。君が望むのなら、僕はいくらでも条件を増やしてあげよう。

  どう? 取引としては悪くないと思うよ……妹思いの君ならね」


 鷹取椛の死の謎。織衣が知っている限りの情報だと、その謎は容疑者達の曖昧な証言や血痕等が一致しない凶器の問題か。ジャンが握っていると思われる情報は、十字会が施したかもしれない隠蔽工作の裏にあったものだろう。何か、知られたくないことを隠すために。

 ジャンは立ち上がると、穂高の方へ右手を、能力者の証であるジュエリーの腕輪をはめた手を伸ばして穂高に握手を求めた。


 「ほ、穂高君……」


 穂高も立ち上がった。穂高はジャンの右手に手を伸ばして握手をしようとしたが──突然拳を握ると大きく振りかぶって、そのままジャンの顔を思いっきり殴っていた。

 突然の出来事に織衣は口をあんぐりと開けて絶句していた。ジャンは椅子から転がり落ちるほどの勢いで飛ばされて床に尻もちをついていた。側にいたボーイが慌てて駆け寄ったが、ジャンは殴られた頬を擦りながらフッと笑うと、ボーイを離れさせて立ち上がった。そんなジャンに穂高は言う。


 「これが僕の答えです。

  誰がお前らの仲間になるか、このクソ野郎が(Vaffanculo)!」


 これ程穂高が声を荒らげて怒りを顕にするのを、織衣は初めて見た。織衣も慌てて立ち上がって身構える。


 「……残念だよ、能力者狩り。君はこちら側だと思っていたのにねぇ。

  じゃあ君も、腐った無能達の仲間入りということだよ」


 穂高も織衣もジャンも、三人同時に右手を自分の額にかざした。穂高と織衣が装着する腕輪と手袋が青い光に包まれる。織衣は右目、穂高は両目に青い光を灯し、装備箱を開いて黒いコートを羽織り、織衣は太刀も装備した。

 一方でジャンは右目に赤い光を灯していた。


 「僕だって組織の長なのでね、君達をただで帰すわけにはいかないんだよ」


 結果的にこうなることを織衣はわかっていた、はずだった。ジャンが能力者であることを知っているからだ、戦いは避けられない。


 「ねぇ、姫野さん。覚悟は出来てる?」


 穂高は体に光と闇を纏い、両手には光剣と黒剣が握られていた。普段の任務では両方の能力を同時に発動していることは少ないが、彼は最初からギア全開で戦うつもりらしい。でないと、これを相手にするのは難しいということだろう。


 「サンシャイン60に捨ててきたから」


 その選択を織衣は後悔していない。今のところは。


 「フフ、流石だね」


 フロアに待機していたホテルのボーイ達は拳銃やライフルを取り出していた。やはりこうなることを見越してジャンも準備していたのだろう。彼らが一斉に穂高と織衣を狙って引き金を引いたことで、戦いの火蓋が切られた。


 

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