4-3『Hey,Mr.assh○le』
「姫野さん」
穂高は側の売店で買ったらしいカフェオレを織衣に手渡した。穂高は織衣に笑顔を向けているが、彼はもうただの高校生ではなく既にツクヨミの……能力者狩りの顔をしているように織衣は感じた。
「僕達はある人を探さないといけないんだ。サンシャインシティの周りにいるらしいよ」
穂高は一枚の写真を織衣に手渡した。その写真には、黒いサングラスをかけた金髪の、若いヨーロッパ系の男が写っていた。海外の高級ブランドの派手な服を身に纏っているため中々裕福そうだ。背景を見るに日本で撮られた写真のようで、おそらく東京駅周辺だ。
「これは誰なの?」
サンシャイン通りへと向かうため二人は交差点の信号を待つ。今、織衣の視界に映る範囲にそれらしい人物は見当たらない。
「噂の人だよ?」
「……クローチェ?」
「そういうこと」
クローチェ・インペリウム。クローチェはイタリア語で十字架を指す。インペリウムは命令権という意味のラテン語だが、インペリウム・ローマーヌムと言うように帝国という意味を持つようになった。
それは元々彼らの組織を揶揄して呼ばれるようになった蔑称の一つだったが、いつしか彼らも自らを十字会と名乗るようになった。
穂高が織衣に見せた写真は、おそらく十字会のトップである総帥だ。若いということは噂に聞いていたが、思っていたよりも若く見える容姿だ。
「その人が池袋にいるの? どうして?」
「さぁね」
池袋の東口から少し歩けばツクヨミの本部もある。本部には特殊な結界が施されているため見つからない、前を通りがかっても気づかれないだろうが、彼がわざわざ池袋に足を運んだことが恐ろしく思えた。
信号が青に変わり、二人は横断歩道を渡る。
「ほら、この写真よく見てよ。アニメショップのレジ袋持ってるでしょ?」
「もしかして、ただの買い物?」
「ただ観光しに来ただけだと願いたいね」
ターゲットは池袋にいるという情報だが、池袋は決して狭くない地域だ。二人で歩いて回るには広すぎるし、多くの人が行き交う中で見つけ出すのも難しいだろう。そこで織衣は自分の能力で高所から蜘蛛を展開して池袋全体を監視し、地上では穂高が巡回することを提案し、彼もそれを了承した。
「姫野さんはどこにいる? サンシャイン60の上って入れるの?」
「うん、いけるはず。何かあったら呼ぶから通信機はつけといて」
「一人で大丈夫?」
「何かあったら来てくれるでしょ?」
「君が願えばね」
「うるさいわ」
サンシャイン通りの入口で穂高と織衣は別れた。織衣はサンシャインシティへと向かい、池袋で一番高いサンシャイン60へ入ってエレベーターで屋上へ。普段は入れない場所だが、東京の大半の高層ビルは副メイドが用意してくれたパスコードで侵入するか、もしくは必要に応じて副メイドや支部の方から連絡して開けてもらう。
屋上に辿り着くと一段と風が強く感じられた。しかし任務でよく高所へ登っているためそんなものも慣れてしまい、織衣は能力を発動して急いで蜘蛛を展開させる。
『あー、姫野さん聞こえる?』
地上の、とあるラーメン屋の前で待機している穂高から通信機を通じて連絡が入る。
『今屋上にいるでしょ?』
「見えてるの?」
『いや、見えてないけど何となくわかるよ。今のところそれっぽいのは見当たらないね、何だか護衛がいる気配もないし、ガセネタなんじゃないかとも思うんだけどね』
そう、十字会のトップという重要人物なら周囲に護衛を引き連れていてもおかしくない。集団で動いているのなら目立つことだろう。しかし護衛が一般人に紛れて行動しているのなら、例え外国人だったとしてもただの観光客グループとに変装することも出来るはずだ。
「ねぇ、見つけたらどうするつもりなの?」
例え見つけたとしても、そう簡単に捕まえられるような相手ではないはずだ。十字会が革新協会と協力関係にある以上、護衛の中に能力者が、しかもかなり強力な奴がいてもおかしくない。上手く事を運ばなければ、多くの人が行き交う繁華街のど真ん中で真っ昼間から戦闘が始まりかねない。
『出来れば捕縛、捕まえられそうになかったら殺害かな。それは向こうにどれだけ能力者がいるかだよ。
ちなみに副メイドさんがすぐに池袋を封鎖する準備はしてくれているよ。警察とか自衛隊も慌ただしく動いてるから。仮に相手が能力者だとしても暴れまわれるよ』
「……あの人は能力者なの?」
『その可能性が高いって。昨日、横浜で小さな騒ぎがあったの知ってる? そこで能力を使ったんだってさ』
「どんな?」
『知らない。でも、着けていたのは腕輪だったらしいよ』
能力者が能力を発現した際に出現するジュエリーと、それに装飾された宝石の種類で能力の大まかな系統を知ることが出来る。腕輪ということは操作系の能力で、穂高や緋彗のように炎や光だとか、現象の類を操るド派手な能力だ。能力の中では一番シンプルで、戦う際に相手に能力がバレやすいという欠点もあるが、一番扱いやすいという利点もある。
『織姫? 聞こえますか?』
すると、穂高ではなく少女の声が耳につけた通信機から聞こえた。ツクヨミの支部に所属するオペレーターだ。
「はい、こちら織姫。立川のオペ?」
『はいそうです。私達も周辺の監視カメラで対象を捜索していますが、範囲を分けましょうか?』
「うん、その方が助かる」
織衣もオペレーターも一度に集中して監視できる範囲は限られる。任務中に織衣達と通信するオペレーターは基本一人だが、支部の人間は基本的に複数人体制で活動する。しかし彼らも全部の監視カメラをモニターで監視するのは難しいだろう。
『了解です。では私達はグリーン大通りから南側を調べます。織姫はその北側を』
「グリーン大通りってどこ?」
『あー、女子校がある通りです』
「うん、わかった」
グリーン大通りの北側はサンシャインシティやサンシャイン通りがある繁華街だ。対象がアニメショップの紙袋を持っているという情報から考えると、もしかしたら本当に観光のためにブラブラしている可能性もある。そこで織衣はオタク向けのショップ周辺を重点的に蜘蛛を展開した。
日曜ということもあって、今日も池袋の街は多くの人で賑わっていた。まさかこの中に、多くの人々を不幸にし、死に至らしめてきた凶悪な人間がさも一般人を装って紛れているとは思うまい。
彼の目的はなんだろう? 本当に観光に来ただけか? わざわざ日本に来たのも?
そして副メイドがそれを穂高に任せた理由は? 彼の復讐を手助けするため? 渡瀬や千代もいるのに?
織衣は妙な胸騒ぎを感じていた。もしもターゲットが強力な能力者だった場合、穂高はどうするつもりなのだろう? 穂高は相手がどれだけ強力でも逃げようとしないかもしれない。織衣は……逃げずにいられるかどうかわからなかった。
捜索を初めて三時間程経ったが、織衣達はターゲットを見つけられずにいた。織衣はオペレーター達と協力して捜索範囲を大塚や雑司が谷の方まで広げ、JRや私鉄の駅のホームも確認したが見当たらない。以前、昴の身に起きた事件のことを考えると西池袋にある出灰の方に向かった可能性も考えられたが、緋彗達に確認してもそんな目立つ外国人は見ていないと言う。
「穂高君、今どこにいる?」
先程までサンシャイン通りを重点的に捜索していた穂高は念のため西池袋に移動していた。
『近場にある暴力団事務所に来てみたけど異常はないね』
よくそんな場所に近づく、というかよく見つけられるものだと織衣は思う。ホラーにはあんなにビビるのに暴力団やマフィアは怖くないらしい。
『昨日は横浜だけじゃなくて秋葉原とか東京タワーの周りにも出没してたらしいから、東京をブラブラしてるのかもしれないね』
既に池袋から移動している可能性も十分に考えられる。もし他の場所でターゲットが目撃されていたら副メイドから連絡が来るはずだ。織衣は確認のため携帯を取り出して副メイドに連絡を取ろうとした。
が、ふとピクンと織衣の手に痺れたような感触があった。池袋に配置した数十匹の蜘蛛の視界を見回していると、ある大きなアニメショップの入口から、黒いサングラスをかけた金髪の……妙に目立つ青年が大きな紙袋を持って満足そうな笑みを浮かべて出てきたところだった。彼は日本人ではない、ヨーロッパ系で、海外の高級ブランドの高価そうな服を身に纏っている。それがよく似合っているのは、彼自身が持ち合わせている風格によるものか。
「穂高君──」
織衣は通信機で穂高に場所を伝えようとした。しかしその時、金髪の青年が立ち止まって織衣の方を向いた。
織衣の能力で生み出した近くの蜘蛛を見ていたのではない。
その場所から数百メートル離れた、しかも近くのビルで視界が遮られているはずなのに、彼はサンシャイン60の屋上を確かに見ていたのだ。
織衣に、Vサインを向けて。
声にならない恐怖が織衣を襲っていた。気づかれた、なぜ? 蜘蛛の気配に気づくことは出来るかもしれない、能力という力が使われた痕跡自体は多くの能力者が気づけるものだ。しかしその術者自身に、数百メートル離れた場所にいる人間をどうやって察知した?
彼は消えた。誰にも気づかれずに、まるで元からそこにいなかったかのように。透明になったのかと織衣は考えたが、彼女がその考えを捨てたのは、その背後に人の気配を感じたからだった。誰も来ないはずの、この屋上に。
「Ciao」
織衣が恐る恐る後ろを振り返ると、金髪の青年がサンシャイン60の屋上に現れていた。その右手首をよく見ると、水晶が埋め込まれた黒い腕輪をはめていて、右目には赤い光を灯していた。左手には買い物袋を抱えていた。こうやって間近で見ると随分と背が高い男だ。
「……チャオ」
とりあえず織衣は挨拶を返した。おそらく彼はイタリア人だ、織衣は自分が知っているイタリア語を思い出そうとするも、「Buon giorno(こんにちは)」か「Grazie(ありがとう)」か、「La vita è bella(ライフ・イズ・ビューティフル)」しかわからなかった。どれもこれも今の状況に適した語群ではない。
敵の来訪に驚く織衣を見ながら、彼は黒いサングラスを外した。エメラルドグリーンの、宝石のような碧い目が織衣を見つめていた。
「Colpo di fulmine!」
「……はい?」
織衣は上手く聞き取れなかったが、例え聞き取れたとしても何を言っているかわからない気がした。
「フフ……僕は君に一目惚れしたのさ!」
その言葉が伝わらないと知ると、彼はわざわざ日本語で答え合わせをしてくれた。
「……ノーで」
織衣が手短にそう答えると、彼はとても残念そうな表情をしたがすぐに気を取り直したようで再び笑顔で口を開く。
「残念だなぁ、僕達は気が合うと思っていたのに。君も、あのFalcoを追っているんじゃないのかい?」
ファルコと聞いて織衣はファルコンを連想した。ファルコンは英語で普通ハヤブサのことを指すが、『タカ』という意味も含むことを織衣は知っていた。
彼が言うファルコが何を指しているのかを織衣はすぐに理解した。タカ、もとい『鷹』取穂高だ。
「……何が目的? Kidnapping(誘拐)? Intimidation(脅迫)? それとも……Killing(殺害)?」
穂高が十字会に妹を殺されたことで彼らを目の敵にしていることは織衣も勿論知っている。そして、十字会が血眼になって能力者狩りを探していたことも副メイドから聞いていた。今でこそ能力者狩りの活動自体は大分控えめになったが、まだ捜索は続いていたらしい。
「見た目に反して怖い子だなぁ、僕はちょっと君とお話したいだけなんだよ。君とは良い話が出来そうだからね」
ジリ、ジリと青年が織衣の方へ詰め寄る。この場所なら多少能力を使って戦っても問題ない。しかし、彼が右目に灯す赤い光が、彼が只者ではないことを物語っていた。ツクヨミの中で右目に赤い光を灯しているのは渡瀬と詠一郎、そして牡丹だけだ。前に織衣は渡瀬から教わったことがある、普通の能力者と違って右目に赤い光を灯す能力者は、この世界に七人しかいない、あらゆる能力の上位互換である強力な力を有する人間達だと。
それをも覚悟して、織衣は装備箱を開けて太刀を装備しようとした。
「僕に用があるんですよね?」
すると青年の肩を後ろから誰かがガシッと掴んだ。そこには両目に青い光を灯し、体に光と闇を纏った学生服姿の少年、穂高が佇んでいた。しかし穂高が肩から手を離すと、金髪の青年はまだ余裕そうに笑みを浮かべながら後ろを振り返った。
「……君がSalvatore(救世主)?」
「No(いや),diavolo(悪魔ですよ)」
「へぇ、思っていたより随分と可愛らしい悪魔だねぇ。
お目にかかれて嬉しいよ、タカトゥーリ」
「えっと……Piacere(初めまして),Mr.asshole(クソ野郎さん)じゃなくて……Figlio di puttana(このクソ野郎が)!」
穂高が笑顔でそう挨拶すると、金髪の青年は引きつった笑みを浮かべていた。
おそらく穂高はイタリア語で挨拶をしているのだろうが、assholeという単語が聞き取れた時点で、彼はとんでもない挨拶をしているのではないかと織衣は思った。ああいった言い回しは海外の映画ぐらいでしか織衣は聞いたことがない。
「フフ、日本語で問題ないよタカトゥーリ。その素晴らしいイタリア語はどこで学んだんだい?」
「いえ、貴方の仲間が僕のことをよくそう呼んでいたので、きっと良い言葉なんだろうなって」
きっと穂高はその意味を知っている上で皮肉を言っているのだろう。
織衣は先程穂高を呼んだものの、要件は伝えられずにいた。しかし穂高は何か異常を察知して駆けつけてきたのだろう。
「それで、わざわざ僕に何か御用ですか、十字会総帥……ジョバンニ・ロマーノ・クローチェ」
織衣は彼を目の前にして、その堂々たる風格を感じ取る。まだ若く見えるが、巨大な組織を率いるだけの大器を、少なくとも突然現れたガキンチョに侮辱されたぐらいでは頭に血が上らないぐらいの器を持っている人間だと織衣にはわかった。しかし、目の前にいる青年は至って普通、日本では目立つかもしれないが、そんな凶悪な組織を率いている人間には見えなかった。
ジョバンニはサングラスを再びかけてから口を開いた。
「僕のことはジャンと呼んでくれて構わないよ。それより立ち話も何だから、腹を割って話をしてみないかい? こんな場所じゃ危ないからね」
すると、三人がいるサンシャイン60の屋上に一機のヘリが近づいていた。それはプレイベートヘリのようで、ヘリポートがないビルの屋上付近でホバリングしながらドアを開いた。プロペラが生み出す風が強く、織衣の髪やマフラーが風に激しくなびいていた。
「一緒にホテルのビュッフェなんてどうだい? ゆっくり話そうじゃないか」
そんなバカな話があるか、と織衣は思った。どうしてわざわざ敵の提案に乗って、罠が仕掛けられているかもしれない場所に誘われなければならないのか。しかし織衣がチラッと穂高を確認すると、彼は織衣とは違う考えのようだった。
「わかりました」
「穂高君!?」
思わず織衣は穂高の元に駆け寄って彼の肩を掴んだ。いくら穂高が能力者として強くてもそこへ向かうのは危険なはずだ。しかし、穂高の意思は固いようだった。
「大丈夫だよ姫野さん。聞いといて損はしないと思うから。姫野さんは来なくてもいいからさ」
「え、でも……」
織衣は迷った。本音を言うならついていってみたいという好奇心もある。しかしろくなことにならなさそうなのは十分にわかっていた。死の危険がなければ喜んでついていくかもしれないが、相手は十字会のボスだ。
もしここで織衣だけと留まって穂高を見送ってから本部へ帰った場合、副メイド達にどんな顔をしてどんな説明をすれば良いだろう? いや、彼らはむしろ穂高の行いに頭を悩ませるだけで、一人で帰ってきた織衣を咎めることはないはずだ。しかし、もしもこのまま織衣が先に帰って彼の身に何か起きたら、それは確かに穂高の自業自得かもしれないが、織衣は後悔することになるだろう。
「わかった。私も行く」
あの能力者狩りが、自分の妹を殺した十字会のボスに、そして世界中で暗躍する巨大なマフィアのボスが自分達を襲撃してきた元能力者狩りを相手にどんな話をするのか。そもそもその二人が話し合いの場を設けるということ自体が織衣には信じられない。ジャンと穂高が一体何を企んでいるのか、織衣はそれを知ろうとした。
「話が早くて助かるよ。さぁ、後ろの方に乗って」
ビルの屋上からヘリに飛び乗ると、中の座席はクラシックな雰囲気のもので、しかもフカフカした感触で思いの外座り心地がいい。織衣達が乗り込むと外国人の乗務員にドアが閉められ、ジャンはワインボトルを取り出していた。
「さぁ、記念に乾杯でもどう?」
「未成年なので」
「えぇ? 僕は君達ぐらいの年齢で飲んでたけどねぇ。あ、キャンティが良いかい? それともアマレート?」
「いらないです」
「残念だなぁ」
ヘリの中の空気は決して良いものとは言えない。もうジャンと穂高の戦いは始まっているのか。織衣がチラッと穂高の方を見ると、この先の展開に不安を感じる織衣とは違って緊張している様子も無く、ジャンとの会談を楽しみにしているようだった。




