3-22『クソガキと悪戯好きとスナイパー」
「十字会の噂、知ってる?」
高層ビルの屋上で、織衣が隣に佇む穂高に言う。曇り空の夜の品川で、久々にまとも……十字会相手の任務にあたることとなった。今は現場から遠く離れた高所から二人で見張っているところだ。
「んー、怖い組織だなって感じだね」
穂高はとぼけたように答えた。
「それは上っ面の穂高君でしょ。出て来て、ツクヨミの穂高君」
パンパンと織衣は手を叩いて、冗談を言う穂高の方を向く。穂高は学校に通いながら能力者狩りをしていたからか普通の人間を装うのが上手い(面倒事に首を突っ込みさえしなければ)。学校でも隠語を駆使して織衣達とツクヨミ関係の話をすることもある。穂高は演技が妙に上手い、だからたまに嘘を言っているのか本当のことを言っているのかわからないことがある。
「副メイドさんから話は聞いたよ。ボスがお出ましになったって」
穂高は双眼鏡を覗いて、百メートル程先にあるホテルのエントランスを観察していた。ホテル前のロータリーには数台の黒い高級車が停まっており、ボーイが整列して待機している。
「穂高君は、どうして十字会のトップが来たと思う?」
「さぁ。何か会合でもあるんじゃないの」
十字会トップの来日が本当に確かなのかは副メイドを信用するしかない。ニュースを見てもそんなことは報じられていないからだ。しかし穂高は十字会という一大組織のボスなら影武者の一人や二人ぐらいいるだろうと言う。
「会えるものなら会ってみたいね、そんなお偉いさんに」
「殺すために?」
「いやいや、少しぐらい話はするよ」
「え? どんな話をするつもり?」
「今の十字会のトップは、ちょっと前に実の父親を殺してその座についたんだよ。まだ二十代そこそこなのに、今も着々と勢力を伸ばしてるんだから大したものでしょ」
「そう……なの?」
穂高は再びホテルのエントランスの方に視線を戻していた。
織衣なりに十字会という組織についてネットで調べたり副メイドに聞いたりしたが、知れば知るほど関わりたくないと思う組織だ。自分達を潰そうとする警察関係者や政治家を次々に暗殺するのは当たり前、その殺し方も酷いもので、セメントと一緒にドラム缶に突っ込んだり、生きたまま地中に埋めたり、一家全員を火炙りにしたり。その光景を映した映像、俗にスナッフビデオと呼ばれるものがネット上に出回っているのだから恐ろしい。
数年前までは無闇矢鱈にカタギ、もとい民間人を巻き込むようなことはなかったらしいが、今の十字会トップが就任してからは度々民間を巻き込んだ残虐な事件を起こしながら急速に勢力を広げている。そんな組織が今、日本に侵食しつつある。
妹を殺された割には、穂高はそこまで復讐心を燃えたぎらせているわけではなさそうだ。だからこそ織衣は疑問に思うのだ。
かつては能力者狩りとして毎晩のように革新協会や十字会を襲撃していた穂高は、ツクヨミに入ってからすっかり大人しくなった(一部の事件を除けば)。渡瀬達は何か禁断症状でも出てくるんじゃないかと冗談交じりに言っていたが、ツクヨミの任務があるとはいえ穂高の、いや能力者狩りの残虐性は以前と比べると見られなくなった。
そこに一体どんな理由があるのだろうと考えながら織衣が穂高の方を見ていると、穂高が織衣の方をバッと向いた。双眼鏡を覗いたまま。そんな面白い格好で見るんじゃない、と織衣は穂高からプイッと顔を背けた。
「……何かまだ、聞きたそうな顔をしているね。姫野さんってそんなに僕のこと好きなの?」
織衣は手から生み出した蜘蛛を穂高に仕向け、彼の腕と胸部に蜘蛛糸を絡める。そのまま糸で穂高の腕を掴むと、あらぬ方向へグイッと思いっきり引っ張った。
「いだだだだだだだだ、痛いんだけど!?」
あの能力者狩りでも、こんな風に人間のように痛がることもあるんだなと織衣は学んだ。ここ二ヶ月ほどの付き合いで簡単には手を出してこないことは知っている。面白いリアクションだったため、織衣は満足して糸を緩めていた。
「ちょっとからかっただけじゃん」
「センスが悪い」
「僕はあると思ってるよ」
織衣の辛辣な感想にも穂高は屈しない。このクソガキがと織衣は思いながら視線をホテルのエントランスに戻す。織衣は双眼鏡を持っていないが、ホテルの方に密かに配置した蜘蛛達と監視カメラのように視界を共有できる、わざわざ覗き込む必要がない。
「気になることがあるなら、回りくどいことせず本人に直接聞くのも一つの手でしょ。
僕は遠慮なく聞くよ。姫野さんってどうして柄にもなく髪を銀色に染めてるの?」
「教えない」
「ほら、こんな風に他人に教えたくないことは教えないって人は言うんだから」
「……もう少し大人になったら教えてあげる」
「うーん、遠い未来のように感じるなぁ」
穂高の話術に踊らされる織衣は、屋上に腰掛けて足をパタパタとさせる。地上から百メートル程の高さだが、織衣は高い場所には慣れている。穂高が高所恐怖症だったら少しは可愛いところもあるのにな、と織衣は思っていた。
「知りたいことがあれば自分で探せばいいんだよ。僕もそうやってきたし」
「穂高君みたいにはなりたくない」
「姫野さんにはそのままでいてほしいよ、うん。もっとツンケンしてた方が姫野さんに似合うよ」
「バカにしてる?」
「姫野さんも大概僕のことバカにしてるからお互い様だよ」
世の人間が、鷹取穂高という少年が実は能力者狩りの正体でしたと知ったらどう思うだろう。彼がツクヨミに入ってから一ヶ月もするとその噂は自然消滅していき、今はむしろ十字会に関する噂の方が広く流布している。
彼はすっかり変わってしまった。というよりかは他の面を見せるようになったと言うべきか。知れば知るほど、やはり穂高は奇妙な人間だと織衣は思っていた。
『もしもーし。こちら和歌だよ~』
通信機から呑気そうな和歌の声が聞こえる。離れた地点にいるが、この任務には和歌も参加していた。
『ちょっと護衛さん達の動きが激しくなってきたんじゃないかなーって』
「あ、来たんじゃない?」
するとホテルのエントランスからヒスパニック系の黒いスーツ姿の男が出てきた。金髪でサングラスをかけた中年ぐらいの男だ。エントランスの前に停められた漆黒のリムジンへと移動しようとしていた。
彼は十字会の傘下にあるファミリーのボスだ。海外で数人の判事の殺害を命じた、とされている。今回の任務は彼の捕縛だ。
「若様、後は頼んだよ」
『ラジャー』
通信を切ると、リムジンに乗り込もうとしたボスの右足を、和歌が放った銃弾が貫いた。それを確認した穂高は、何の躊躇もなしにビルの屋上から飛び降りていた。なんて危険な、というかそれは自殺行為だ。しかし織衣は任務の際に自分が生み出した蜘蛛を仲間に同行させる。高所へ登る時も降りる時も蜘蛛の糸を利用すれば楽だからだ。
まぁ、それは蜘蛛が仕事をしたらの話だが。
『ちょっと姫野さん!? 蜘蛛が仕事してないんだけど!?』
こんな風に蜘蛛が仕事をしなければ、穂高はただ自由落下していくだけである。しかしこのまま地面と激突すると、能力者狩りと呼ばれた穂高でも流石に洒落にならないので、織衣は蜘蛛を仕事させる。あらかじめ地上で待機させていた蜘蛛が蜘蛛の巣を張ってクッションを作り、バネのように跳ね返って穂高が宙を舞う。
「ぎゃああああああああああああっ!?」
そして無事に地上へ降りてきた穂高の体を蜘蛛の巣が受け止める。織衣も糸を伝ってその場に降りていた。
「たまにはスリリングなのもいいでしょ?」
「は? 久々に死ぬかと思ったんだけど?」
その割には随分と余裕そうな表情をしているなと織衣は思いながら、穂高と現場へ急行した。穂高は光の速さで移動できると言い張っている(実際はそうでもないらしい)が、勿論そんな速さに織衣達が追いつけるわけがないため、緊急事態でない限りは穂高も普通に走っていた。
ホテル付近まで到着すると、次々に放たれる銃弾で半数を無力化されながらも、護衛達はボスを守りながら狙撃手を見つけようとしていた。穂高はそんな彼らに一気に近づくと、素早く手をパァンと叩いた。
その手から放たれた閃光は相手の視界を一時的に奪う。事前に対策していなければ、その目眩ましをもろに喰らうことになる。ホテルのスタッフやボーイには手を出さないようにしながら、穂高は攻撃はせずに護衛達を惑わせるようにちょこまかと動きながら、織衣はその間に蜘蛛糸で彼らを縛って次々に無力化していく。護衛達は遠距離から狙撃してくる和歌、目の前でちょこまかとすばしっこく動く穂高、そして糸で縛ってくる織衣達を同時に相手しなければならない。どうやら十字会側に能力者はいなかったようで、すぐに全ての護衛を無力化した。
「何か言ってる」
織衣はターゲットであるファミリーのボスを糸でグルグル巻きにしようとしていたが、足を撃たれた彼は懐から拳銃を取り出そうとしていた。が、その銃も和歌に狙撃されて弾き飛ばされてしまった。
「この悪魔め、みたいな感じだね。そんなニュアンスだよ」
十字会ともよく戦っていた穂高は、少しだけ英語とイタリア語が上達したらしくリスニングだけなら出来るらしい。護衛の増援が来ないことを確認すると、織衣は彼を糸でミイラのようにグルグル巻きにした。依頼の内容は彼の捕縛であるため生きていられるように加減しながら、織衣達はグルグル巻きのファミリーのボスを引きずって現場を去っていた。
別行動をとっていた和歌とは、少し離れた場所にある立体駐車場の屋上で落ち合った。その駐車場に停められていた一台のワゴン車のトランクにターゲットを放り込めば任務は完了だ。後で引き渡し先のクライアントが回収しに来るらしい。クライアントがターゲットをどうするかは、織衣達が知るところではない。
任務が終わって駐車場から去り、人気のないビルの影で織衣達は一息ついていた。自販機で買ったスポーツドリンクを喉に注ぐ。
「私っている意味あったのかなー」
お気に入りだというDSR-1というスナイパーライフルをケースにしまいながら和歌が織衣と穂高に問う。
「穂高君に制圧を任せると、ホテルにまで被害が出かねないから」
「流れ弾がね」
「穂高君のあれは流れ弾ってレベルじゃない」
周囲への影響を気にしなくていいなら穂高は前へ前へと攻めて暴れ回ることが出来るが、穂高の能力で光剣や黒剣を振り回していると無意識の内に周囲の建物を破壊してしまうことがある。
その危険過ぎる流れ弾は要改善との注意を副メイドや渡瀬から穂高は受けているが、あまり改善されていない。
「それに、穂高君は良い囮になってくれるから」
「でもほー君が囮になってるんだったら、尚更私はいらないんじゃないかなーって」
「狙撃手がいるのといないのとじゃ、難易度は大きく変わるよ」
「そうなのかなーそうかもねー」
どうやら和歌は納得してくれたらしい。任務の報酬に人数なんて関係ない、支払われる額は滅多に変動しない。そのため少人数で一つの任務をこなしたほうが報酬面では効率が良い。今日は幸いにも十字会側に能力者がいなかったため楽だった、織衣が穂高に悪戯できるぐらいの余裕があった。しかし十字会側の護衛に能力者がいる可能性もある限り駒は多い方がいい。
和歌の能力は非常に便利なものだ。視界に入った複数のターゲットに物体を誘導することが出来る。彼女が銃や飛び道具を持ってしまえば、相手が能力者でない限りまず避けられない。もしも今回の任務が殺害を目標としていたなら和歌一人でも十分だったが、捕まえなければならないとなるとどうしても現場に出向く人間が必要だった。
予定では新入りの昴を見学として連れてくるはずだったのだが、今回は不参加となった。
「スバ君はどうなるんだろうねー」
昴もまた、幸か不幸か能力者となってしまった。能力の扱いはまだ半人前、知識はいくらでも蓄えることが出来ても戦闘の勘はすぐに身につくものではない。いや、本来は昴のような能力者が普通なのだ。穂高のように能力者狩りとして経験を積んでいる方がレアなパターンだ。
「見学だけでも思ったけど、流石に刺激が強いんじゃないかな」
「まぁそれも経験だけどねー」
「それに耐えられると思う? 死体見て泡吹いてた人が」
「大丈夫だよ。昴は姫野さんと違って物分りが良いから」
穂高の言葉に織衣は無性にイラッと来ていた。和歌は一人お腹を抱えて大笑いしている。
「次の任務では覚悟しといてよ。僕の方から驚かせてやるんだから」
「ふーん? 高いところに行くには私の能力を頼るしかないのに? また落とされたい?」
「僕は姫野さんの弱点を知ってるんだよ、びっくり系のホラーが苦手でしょ?」
「穂高君が私の悪戯レベルを超えられるとでも?」
真夜中に口論を始めようとする織衣と穂高のこめかみに、横からひんやりとした銃口が突きつけられた。
二人がゆっくりとその方向を見ると、和歌が笑顔で二丁の拳銃を構えていた。
「ね?」
喧嘩を諫めるために銃を使ってはならないと親から習わなかったのだろうか。織衣と穂高はお互いに目を合わせて「今はやめておこう」と頷いた。
「早く帰ろうよー観たいアニメも始まっちゃうしー」
和歌の夜は日付を越してからが本番だ。
「……そうだね。僕らも早く寝ないとね」
「じゃあオリギーヌ、後はよろしくー」
「はいはい」
織衣の蜘蛛を使って人目を避けながら、建物の上を飛ぶように移動していく。。ターゲットの処理はクライアントが、現場の後始末をするのは副メイドや支部の人間の仕事だ。織衣達は無事任務を終えて、予定よりも早く本部へと帰還していた。




