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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-21『独り立ちには遠い』


 幹部の面々が事務所で会合を開いている中、食堂では昴の歓迎会が開かれていた。歓迎会と言っても昴も穂高達もお互いに名前ぐらいは知っているため、自己紹介は短めにご馳走を頂いていた。

 「これでやっと男女比率が等しくなった」と語るのは立花斬治郎だ。穂高が入る前は同世代の男子が彼のみという状態で心細かったという。確かに彼女ら三人組が固まると圧が強い。

 「ご飯当番のローテが楽になるよ」と語るのは京緋彗。ツクヨミの食事は本部に常駐している華と、高校生組が一日交代で作っているらしい。学校での昼食は女子組は自分達で弁当を作ることもあるらしいが、穂高と斬治郎は基本的に学食で雑に済ませているようだ。

 「これで少しは賑やかになるかなー」と語るのは津島和歌。本部にいるのは高校生組と華ぐらいで、他の面子は四月以来でかなり多忙だという。今日のように幹部が集合するのも四月以来久々のことで、顔を見れる良い機会だったなと昴は思った。

 「まともそうな人が入ってきて良かった」と語るのは姫野織衣。どうやら彼女には他の高校生組がまともに見えていないらしい。確かに、ツクヨミのメンバーだと思っていなかった和歌が銃を構えている姿を見て、昴はこの世界のことを少し信じられなくなった。

 「そんなことよりケーキが美味い」と語るのは鷹取穂高。甘いものが好きなのは昔から変わっていないらしい。おそらく姫野織衣が一番まともじゃないと思っているのはコイツだろうと昴は思った。

 あと一人……いや一匹、昴達が座るテーブルの隣で、昴のことを凝視している黒猫がいたが、彼女はエリーと言うらしい。高校生組だと穂高と織衣だけに懐いていて、他の面子が彼女に触ろうとするともれなく威嚇されるか顔を引っかかれると、斬治郎が顔を引っかかれながら言っていた。ちなみに昴は、彼女のお眼鏡には叶わなかったようだ。

 

 幹部の会合が終わると、千代と北斗、副メイドに華も歓迎会に参加してきた。彼女らが参加すると誰も酒が入っていないはずなのにあっという間にどんちゃん騒ぎが始まる。滅多にない祝い事だということで、あまり使われていないというカラオケの機械まで持ち出してカラオケ大会が始まった。


 「千代さんって歌上手いんだね」


 お茶を片手に昴は穂高に言った。穂高は昴の隣で、昴のために用意されたはずのチョコレートケーキをモグモグと幸せそうに食べている。明らかに主役の昴よりもケーキを食べているが、気にしないことにした。


 「演歌からロックまで幅広いよ。ウチでもかなり上手い方なんじゃないかな」


 千代の歌声は力強く、まるで自分の曲かのように歌い上げる。何と言っても、千代の後ろでエレキギターを弾いている北斗が目を引く。目にバンダナを巻いている変な人間がギターを弾いているだけで面白く見えるが、普通に上手いから凄いものだ。とてもこの二人が、あんなヘンテコな集団を率いているようには見えない。


 「穂高君は歌わないの?」

 「僕はあまり上手くないからね。姫野さんが一番上手いよ、僕らの世代だと。

  昴はどう? 今日の主役は」

 「いや、僕は見てるだけで十分だから」


 千代は歌い終わるとマイクを無理矢理織衣に渡した。渋々織衣が選んだのは、有名な洋画の主題歌だ。意外と言えば意外だが、そういえば映画好きだったなと昴は思い出す。英語の歌詞で音域も広く難しそうな曲だが、その歌い出しから引き込まれるような歌声で魅入ってしまうそうだ。北斗もどこからか取り出したバイオリンに持ち替えて後ろで弾いている。副メイド(メイド)はマラカスを持ったまま涙を流している程だ。


 「うわぁすっごい」

 「つまらない」

 「……穂高君って姫野さんのこと好きなの嫌いなの?」

 「嫌いな方かな」


 傍から見ればあんなに仲良く見えるのにお互いを嫌っているとは、何とも奇妙な関係の二人だ。おそらく穂高と織衣が逆の立場だったら、織衣も同じような表情で同じことを言っているのだろう。

 穂高は手元にあったケーキを食べ終わると、さらにケーキを切り分けて皿の上に載せていた。織衣の歌よりケーキの方が良いらしい。


 「今も好きなんだね、甘いもの」

 「ん? そんな好きってわけじゃないけどね」

 「だったら鏡見たほうがいいよ」

 「あまり見ないからわかんない」


 かつての穂高少年はサッカーの試合で勝つ度に親にご褒美として甘味をねだっていた。彼の妹である椛もそのおこぼれを貰うために穂高を応援していたのを昴は思い出した。


 「サッカーは、今でも好きなの?」


 穂高のフォークを持つ手がピタッと止まる。出灰総合にはサッカー部もある、強豪というわけではないが人数だけはいる。

 穂高はフォークを皿に置き、オレンジジュースを飲んでから口を開いた。


 「うん、好きだよ。Jリーグは勿論、プレミアとかブンデスリーガは今でも試合をチェックしてるし。中々アフリカとか中南米の方は情報を仕入れられないけど、高校選手権とか天皇杯とか、有名な大会には目を通してるよ」

 「……そうなんだ」


 福岡に住んでいた頃の穂高の部屋には、様々なサッカーチームのユニフォームが飾られていた。中には選手本人からサインを貰ったものまで。穂高は確かにサッカーのプレイヤーでもあったが、サッカーというスポーツ自体が大好きな少年でもあった。


 「良かった」

 「何が?」

 「今でも、好きなものは好きなんだなって」


 いつか、人は好きだったものを好きだと言えなくなる時が来る。忙しい、疲れたと言って好きなものに手がつかなくなり、いつしか離れてしまうこともあるだろう。未だにサッカーが好きな穂高は、これからもサッカーが好きな少年であり続けるはずだ。


 「昴が好きだったのは何だっけ。『好きなことはお母さんのお手伝いをすることです!』って言ってなかった?」

 「よく覚えてるね。それは思い出さなくても良かったのに……」

 「それは今でも好きなの?」

 「あぁいや、今はいないから……」


 二人の間に気まずい空気が流れる。他愛もなかった話が急にズゥンと重苦しくなってしまう。失言してしまったか、だが嘘をつくわけにもいかなかった。穂高は気まずそうにしながら、昴に頭を下げた。


 「ごめん」

 「いやいや、そんな気にすることじゃないって! 僕は穂高君達が助かっただけで嬉しいし……」


 あの日、昴と穂高はお互いに親を失った。昴は素早く避難できたが、彼らの家周辺は激戦地で、さらには大火により殆どの建物が焼失してしまっていた。あの戦場から助かったというだけでも十分奇跡のようなものだ。


 「じゃあ昴のお父さんってまだお医者さんやってるの? ほら、大きな病院で働いてたでしょ?」

 「ううん、今はNGOに勤めてて海外にいるんだ」

 「え、NGO……? 何だっけ、非政府組織?」

 「うん。何だか福岡で何かに目覚めちゃったみたいで、『俺にはまだ救わないといけない命がある!』って日本から飛び出しちゃったんだよ。今は中東のどこかにいるんじゃないかな」


 昴の父親、木取幸也は福岡事変の際は海外に赴任していたが、事件の直後に日本へ戻ってきて医療現場で活動していた。医者という立場で見るあの事件は、また別物だったことだろう。

 福岡事変後に幸也が東京の病院で勤務することになると、昴も東京の小学校に転校した。昴が中学に上がって東京での生活に慣れてきた頃、幸也は日本から飛び出していった。福岡事変で妻を失い、そしてあの事件で失われた多くの命が、彼の人生観を変えたのだろう。

 今は月に一回程手紙を出し合うぐらいで、赴任地が変わるごとに電話が来る。去年までは東南アジアで活動していたが、今年に入ってからは中東の紛争地帯にいるらしい。


 「幸也おじさんにはいつもお世話になってたなぁ。おじさんもサッカー好きだったし」

 「そうだったね。全国大会の時は父さんも休みをとって応援しに来てたし」

 「ウチの父さんと二人で大きな旗を振ってたでしょ? あの後ウチの父さん、腕の筋肉痛で仕事がてにつかなくなったんだって」

 「僕の父さんもそうだったよ、病院から怒られてたもん。腰もやっちゃってお母さんにも怒られてた」


 ハハハと二人は懐かしい思い出話を楽しんだ。こうしてあの頃のように二人で笑いあえることが幸せに思えた。東京に来てから誰にも話せなかった思い出が次々と蘇ってくる。

 そう、あの少女のことも。



 「……そうだ、あの時は椛ちゃんも一緒だった」


 記憶の中に、忘れてはいけない存在がいる。穂高の側にはいつも椛の姿があった。学校の登下校中も、サッカーの練習中も試合にも、いつも彼女はいた。本当なら今も、この輪の中に入っていてほしかったのに。

 穂高の表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。話題に出すべきではなかったか、いいや彼女の存在を無視してはいけない。昴達の思い出からも消してしまうと、この世から完全に鷹取椛は消えてしまう。


 「昴は、椛のもう一人の兄みたいなものだったからね……椛は昴が作ったクッキーが好きだったよ」

 「穂高君も結構食べてなかった?」

 「うん、悔しいけど食べてたよ。だって美味しかったんだもん」


 母親の手伝いが好きだった昴は、昔からお菓子を作ることが趣味となっていた。東京に来てからも変わらず手作りのお菓子を研究し続けている。


 「椛ちゃんはこっちに来てからもピアノ弾いてたの?」

 「そうだね、ピアノだけじゃなくてキーボードとかシンセサイザーも弾いてたよ。福岡にいた頃はクラシック一本だったけど、何かコピーバンドにハマったみたいでね」

 「へぇー……似合うなぁ、椛ちゃんがバンドやってるの」


 やはり、彼女がいなくなってしまったことを昴は惜しんだ。椛さえいてくれれば、穂高はもっと幸せだっただろう。そんな未来もあったはずなのに。


 四つ目のケーキを食べ終えてやっと満足したのか、穂高はケーキを切り分けるのをやめて皿を置いた。というかもうケーキが残っていない。カラオケ大会の方は緋彗がマイクを握っているところだ。


 「昴は東京に来てどうだった? すぐ友達出来た?」

 「いいや、あまり。天神よりもビルが高くてびっくりしちゃったよ」


 福岡は九州一の大都会だが、東京のように超高層ビルが林立している街ではない。市街地に近い福岡空港の高さ制限が緩和されると大きなビルも目立ち始めたが、その福岡の街を昴は知らない。東京に来たばかりの頃の昴は、高いビルを眺めていたためよく首を痛めていた。


 「正直、全然クラスに馴染めなかったんだ。何か、違う国に来たのかなって感じ。僕もまだまだ田舎者だなって思ったよ」

 「まーたまに言葉が通じないこともあるからね。『からう』とか『なおす』とか」

 「あー……よく言っちゃうね、それ」


 博多弁もメジャーな方ではあるが、イントネーション云々より他の地方では通じない言葉があるという事に気づかないこともある。昴の両親は医師として色んな人に話さなければならないという仕事柄、標準語も九州方言も使い分けなければならない。そのため昴も普段の会話で方言が交じることもある。


 「こっちであまり友達が出来なかったんだけど……僕と仲良くしてくれてたのが光輝君だったんだ。東京に来て初めて出来た友達だよ」

 「どうやって知り合ったの?」

 「小学校の委員会で一緒になっただけだよ。でも色々と話をする内に何だか仲良くなったんだ」


 それだけに彼を失ったショックは大きいものだった。結局光輝は能力者狩り、もとい穂高が彼の姉を殺したと騙されて協会に入ったらしいが、あの事件に穂高が関わっているのは事実なのだ。副メイド達周りの人間は穂高が意図して起こしたものではない、と彼を庇うが穂高は何も言わない。


 「……ごめんよ昴。僕達がもっと早く気づいていれば、あの人も助かったかもしれないのに」

 「いや、それは穂高君達が気負うことじゃないよ。皆、誰かのことを思ってやったことなんだから……」

 「あの人はそんなシスコンだったの?」

 「穂高君程じゃないよ」


 光輝の両親は中々家にいることが少なく、光輝は姉と二人で過ごすことが多かったという。大学での研究で忙しい姉を気遣い、家事の殆どを光輝がこなしていたことを昴は知っている。穂高は異常な方に見えるが、光輝は姉思いの人間だった。


 カラオケ大会は、主役である昴が一切関わらないまま盛り上がりを見せる。副メイド(メイド)と和歌がボカロ曲メドレーを披露しているところだった。


 「……穂高君は、どうしてサッカーやめちゃったの?」


 勝利に導く『流星』、そんな異名を持つサッカー少年が、幼少期とはいえ限られた人間しか持っていないセンスを持っていたのは確か。それを捨ててしまうのは何とも勿体ない気がしていた。


 「こっちに来てから、色んなクラブを見学したよ。だけど、何かやる気が起きなかった……それだけだよ」


 穂高は伏し目がちにそう言った。


 「そうなの? 有名なチームのユースとかもあったでしょ? 多分穂高君のことだって知ってるんじゃない?」

 「そりゃたまに驚かれることはあったけど……僕はもう、あのチームでしかサッカーが出来ないよ。他のクラブの人達とプレーできる気がしなかったんだ。団体でやるスポーツに、そんな協調性のない人間はいらないでしょ?」


 穂高が所属していたチームは、確かに流星と彗星という異名をつけられたツートップが目立っていたが、彼らを活躍させるだけの土台があった。決して目立ちはしないが、彼らに的確にパスを繋いだり、ゴールを死守するチームメイトがいた。


 「ウチのチームで生き残ったのは僕だけだったよ。彗星の方も生き残ってたけど、数日で死んじゃったんだ」

 「え、士郎君も生きてたの?」


 流星と対を成す勝利を掴む『彗星』、彼の名は橘波(きつなみ)士郎(しろう)といった。穂高よりも多くのゴールを奪ったエースストライカーだった。


 「士郎はあの大火に巻き込まれて、体の殆どが黒焦げだったよ。三日ぐらいはまだ意識があったんだけど、容態が急変して助からなかったんだ。同じ病院にいたから会えたけど、見たくなかったといえば見たくなかったかな」

 「士郎君は何か言ってた?」

 「またお前とサッカーがしたい、ってさ」


 まだ十一歳そこそこの子どもでの、瀕死の体の自分がどうなるかを士郎も知っていたはずだ。彼はどんな気持ちで、穂高にそう伝えたのだろう。


 「僕は相当恨まれてるだろうね。こんな五体満足で、まだ続けるチャンスはあったんだから。

  椛にも何度も言われたんだ。またサッカーやらないのって。椛も一時はピアノから離れてたけど、また音楽教室に通うようになったし。

  だけど僕は……椛が元気でいてくれれば、それで良かったんだ」


 福岡事変を共に生き残った兄妹の繋がりは、昴にも想像できない。生き残ったとはいえ、二人共相当な傷を負ったはずだ。穂高はまだ、その傷が癒えているようには見えない。


 「十字会のことは、やっぱり恨んでる?」


 穂高はまたオレンジジュースを一口飲む。表情は明るいものではない。


 「何とも言えないや。どうもあの事件は怪しいからね」

 「どういうこと? まさか真犯人がいるとか?」

 「さぁ、僕の妄想かもしれないけどね。でも、これからさらに忙しくなりそうだよ」


 今のツクヨミは殺到してくる依頼に対して人員が圧倒的に少なく、以前と比べるとかなり多忙になってしまったらしい。穂高達はまだ学校生活があるため融通されるが、秘密組織という都合上深夜に活動しなければならないのも大変だ。


 「昴にも早く働いてもらわないとね」

 「いや、僕なんてまだまだだよ? 僕は運動音痴だし」

 「大丈夫だって、経験あるのみだよ」


 能力者として豊富な経験を積んで強くなった元能力者狩りの言うことは違う。

 昴はポケットからトパーズの宝石が埋め込まれた、小さな黒い剣のアクセサリを取り出した。副メイド達の説明によると、能力者になるとこういったジュエリーと呼ばれるアクセサリが宿主の前に現れるらしい。これが能力者の証であると。

 福岡事変で二人の間に生まれた五年間の空白は、簡単に埋まるようなものではない。お互いに多くのものを失い変化を強いられた。きっとお互いにまだまだ知らない一面があることだろう。特に穂高は。

 早く強くならなければならない。自分が強くなれば穂高達の助けにもなるし、凶悪な能力者達に襲われる人々も救うことだって出来るだろうと昴は考えていた。

 奇しくも、昴が授かった能力は光輝のものと似ていた。いや、同じものだろう。きっと光輝が自分に与えてくれたのだろうと昴は信じて、早く穂高と一緒に戦ってみたいなと昴は自分のジュエリーを胸に当てながら考えるのであった。

 

 

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