3-20『幹部会』
「一応は解決、ということにする?」
アイスティーをすすってから華はニコリと微笑みながらそう言った。木取昴が去った後のツクヨミ本部事務所の雰囲気は大変重苦しいもので、めだたいニュースがあったのにも関わらずその空気は張り詰めていた。
今、この本部にはツクヨミのボスたる剣城牡丹、管理職の春住深山、受付嬢の葛根華、その他榊詠一郎、藤綱千代、海道北斗、鶴咲渡瀬といった、ツクヨミの幹部クラスにある面々が集結していた。招集が急だったというのもあって、海外に赴任していたもう一人の幹部は飛行機のチケットが取れなかったため不参加となった。
「問題は山積みよ、私達の敵は多い」
置いてあるだけの社長机の前で、牡丹は溜息混じりに腕を組みながら言う。そんな牡丹に副メイドが言う。
「出灰はどうする? 支部の人間をよこして警備でもつけるか?」
「確かに学園側に任せるには荷が重いかもね。誰か一人を常につけるのは難しいから、現場の対処はあの子達に任せるしかないわね」
出灰総合校等を運営する学校法人はツクヨミが支援している。ツクヨミを引退した能力者や、戦える程の実力を持たない能力者の受け入れ先としての機能を持っている。彼らは牡丹達ほど強力な能力者ではないが、能力者への対応の仕方はわかっている。
「あの精鋭部隊らしい月の騎士団とやらはどうするんだ?」
「最近の協会は妙に大人しいと思ったけど、変な連中もいるものだわ。どうするべきだと思う?」
そう皆に問うた牡丹に、副メイドが一人手を挙げて口を開いた。
「ツクヨミには他にも倒すべき敵がいる。
数日前、十字会の総帥が成田に降り立ったのが確認された」
副メイドはプロジェクターを起動し、金髪の青年が写った写真を見せた。
「ザル警備だな」
副メイドの方を見ながら詠一郎は嘲笑するように言う。それを無視して副メイドは話を続ける。
「奴らが日本で地盤を固めるには、半年という期間は十分過ぎた。革新協会の支援があるのなら尚更だろう。
問題は、どうして奴がわざわざ日本に足を運んだのか、だ」
「安直に考えるなら協会の会合ですかね」
「それだけのためにわざわざ連中が日本に来るとは思えんな」
「本拠地をこっちに移すとか」
「あんなプライドの高い連中が欧州から移すわけないだろ」
革新協会をも凌ぐ巨大な組織と思われる十字会の総帥が来日した目的は不明だ。彼はヨーロッパ各地に出没したことはあっても、アジアへ足を運んだのを確認されたのは今回が初めてであった。
「日本を十字会の支配下に置こうとしているのならありえなくはない。世界経済が混乱している今、その隙にアジア圏への商品の流通を考えて橋頭堡として手に入れる価値があると俺は考える」
「そこから上海や香港に手を伸ばしてもいいですからね」
「でも、十字会の中に能力者がいるかもしれないんでしょう? 協会と組んで何か事を起こそうとしているんじゃないかしら」
「革新協会はまだしも、十字会が事を荒立てようとしているとは思えない。現に今のイタリア政府や中南米の国々がほぼほぼ十字会に乗っ取られているような状態だ、奴らは表立ってこの日本を支配しようとはしないだろう」
「しかし、全部を一度に敵に回すのは面倒だな。だからある程度的は絞るべきだと思うぜ」
詠一郎はチラッと牡丹の方を見た。すると他の面子も牡丹の方を向いて、彼女の判断を待つ。
「……私としては十字会への対応が最優先事項ね。今になって十字会が本格的に動き出したということは、準備が整っている可能性も高い。トップがわざわざ自分の首を差し出しに来たのなら、早めにその首を取っておきたい」
「だが残党も厄介だ。特に十字会の私兵部隊はな。革新協会の支援があるなら既に多くの能力者が十字会で活動している可能性もある、フラワーという改造人間も含めてな」
「極力残党を減らしてから……少なくともあの私兵部隊だけは潰さないと危険ね。
高校生組には十字会への仕事を優先的に回しましょ。特に、穂高君にはね」
牡丹の狙いはこの場にいる幹部全員が知るところだった。穂高は妹を十字会に殺された、革新協会だけではなく十字会に対しても強い恨みを抱いている。他の高校生組は殆どが十字会を恨んでいるわけではない、穂高なら彼らを強く引っ張ることが出来るだろう。敵討ちにはおあつらえ向きだ。
「少し引っかかるのは、十字会の連中が未だに能力者狩りを追っていることだ」
「すっかり有名人ですね、彼は。少し前に十字会の構成員に話を聞きましたけど、顔が割れていないのを見るに能力者狩りの情報は協会から共有されていないみたいですね」
「それがせめてもの救いだな。確かに協会と十字会は協力関係にあるようだが、お互いに身の内をさらけ出しているわけじゃないようだ。ま、あの連中が一心同体なわけないがな」
十字会には協力関係にある組織が革新協会の他にも多く存在する、破滅的な宗教団体から右翼的な政治団体まで。しかし彼らの関係はあくまでビジネスパートナーであり、取引のメリットが無いと判断すればすぐに見捨てるか叩き潰してしまう。
「あの新入りはどうするんだ?」
木取昴は能力者としてまだまだひよっ子だ。普通の世界を生きてきた人間は、習い事でもしていない限り武術なんて殆どわからないだろうし、銃の扱い方もわからない。現時点で昴は非力だが、強い心を持っていることが十分に評価できる。
「彼は様子を見ながら、ね。この世界に慣れるまで時間もかかるだろうし。渡瀬と千代、北斗は引き続き高校生組のサポートもお願いね」
「了解です」
「りょーかーい」
千代の隣で北斗は黙って頷く。
「特に千代、ちゃんと新入りの子にも優しくしてあげるのよ? 特訓って言っていじめすぎないようにね?」
「いや、わかってるって」
「また東京湾に沈めたりしちゃダメよ?」
「……わかってるって」
気まずそうに千代は牡丹から顔を背けた。二人は長い付き合いだ、牡丹も千代の性格をよく理解している。千代による特訓はそれはそれは過酷なものだとツクヨミ内では有名だ、あの元能力者狩りである穂高も夏休みの間に相当なしごきを受けた。さらに穂高を暴走していたとはいえ東京湾に沈めた過去がある。
「詠一郎、協会のことはよろしくね」
「え、俺一人で? 俺他にも仕事掛け持ちしてんだけど? 何で俺だけそんなブラックなの?」
「貴方がさっさと仕事を終わらせればいいだけでしょ? 大丈夫、詠一郎なら出来る」
「クソ根性論がよ……」
詠一郎の役割は主に革新協会に対する牽制だ。先に十字会を始末してから、ツクヨミは本格的に協会の討伐を開始するだろう。その時先陣を切るのは、やはり穂高の仕事かもしれない。
「で、牡丹ちゃんは何をするの?」
「そうね、協会の本拠地でも探そうかしら」
「場所の目処はついてる?」
「全然」
「勝算は?」
「全くない」
皆、黙って牡丹の方をジッと見つめた。相変わらずテキトーな奴だと思っているはずだ。牡丹はいつもこうだ、ちゃんと仕事をする時はしてくれるが、普段は何をしているのかよくわからない。
「……大丈夫。一応、向こうのトップは話が通じる奴よ。私はそいつを探し出して話をしてみるわ」
「大体、協会の統帥って何者なの? 本当に人間?」
牡丹、詠一郎、渡瀬以外はその正体を知らない(華も知っているがあえて触れない)。勿論、彼と面識がある穂高でさえ、彼の経歴は知らないはずだ。
「彼のことを、知っている人もいるんじゃないかしら」
詠一郎と渡瀬はウン、と頷いた。
「彼の名は鷲花蒼雪。今もツクヨミに残っていたなら、今頃私の座にいたかもしれないわね」
ツクヨミに在籍していた頃の鷲花蒼雪を知っているのは、牡丹と詠一郎、渡瀬だけではない。彼を知っていたのは、牡丹の言葉にいち早く反応した千代だった。壁にもたれかかっていた千代は、ドカドカと素早く牡丹に詰め寄るように近づいて口を開いた。
「……何の冗談? それ、本当なの?」
「間違いない。彼は生きていた」
「福岡で死んでなかったってこと?」
「そうなんじゃない? 知らないけど」
鷲花蒼雪は五年前、福岡で死んだことになっていた。福岡事変という当時戦後最悪の事件の裏で多くの能力者が死んでいった。鷲花蒼雪もその一人だったはずだ、千代もその死を悲しんでいた。
「そんな、まさか」
「私と詠一郎が顔を確認した。間違いなく、あの年上を舐め腐った口調は鷲花君ね。偽物ともクローンとも、お化けとも思えない」
「じゃあ、どうしてあの人が革新協会を?」
「知らないわ。昔からそんな野心があったか、そういう趣味があったんじゃない?」
「そんな……」
千代が珍しく動揺した表情を見せた。物理的な攻撃が効かない相手(お化け)以外は恐れない千代のそんな姿は、他のメンバーの動揺を誘う。
「千代と向こうの統帥は知り合いだったのか?」
副メイドの疑問に詠一郎が答える。
「千代がツクヨミに入ったのが大体十一年前、蒼雪はその次の年だった。千代にとっちゃあいつが兄代わりみたいなもんだったのさ。本物の兄貴がいるのにな。
俺が入ったのが高二の時だから、千代は俺よりも古株だ」
「成程」
現在のツクヨミ本部に所属するメンバーの中で、千代は牡丹に次いで長く在籍しているメンバーだ。千代は幼い少女の頃から能力者達を見て育ち、そして五年前の事件も知っている。実の兄のように慕っていた鷲花蒼雪という男はその事件で死亡したとされていたのに、今も彼が生きているとなっては彼女も素直に喜べないだろう。こういう形では尚更。
「とにかく、各々は自分の仕事に励むように。自分の部下にも伝達は忘れないでね」
重苦しい雰囲気のまま久々の会合はお開きとなり、牡丹と詠一郎、渡瀬の三人を除いた面々はぞろぞろと事務所から出て行った。渡瀬の前を歩いて行く千代の横顔は、見ているだけで心が痛んだ。きっと彼女は、今までに味わったことのない複雑な感情に囚われていることだろう。
「あの件を、千代に伝えて良かったんですかね」
先程の千代の反応を見る限り、やはり彼女はあれだけで憔悴してしまったようだった。それは一応渡瀬達も想定していたことだったが。
「知ってて顔を合わせるのと、知らずに顔を合わせるのとでは違うものでしょ」
「知っていたらどうにかなると?」
「大丈夫よ、千代ちゃんは久々の再会でも殴りかかるぐらいには血が騒ぐだろうから」
牡丹の楽観的な発言に詠一郎もやれやれと溜息を吐く始末だった。
「幸いなことに、鷲花君は自分で動くことが少ない。こんな状況になってもね。彼が何を考えているのかわからないけど、多分彼の計画通りに事は進んでいるのよ。十字会のことも含めてね」
「フラワーはどうします? あれを放っておくとほぼ無限に湧いて出てくる可能性がありますけど」
「元栓を閉めないとキリがないだろうな。そもそも日本に製造工場があるのかもわからん」
フラワーという改造人間の製造法についてはツクヨミは未だに掴めていない。百年ほど前にツクヨミの前身組織が研究していたこともあるが、当時の技術では困難だったため断念されていた。そもそもそんな研究があったことを知る人物も少ない。
「鷲花君がそれに絡んでいるのなら、“黒鷲政府”が黙っているとは思えないけどね」
「じゃあ、どれもこれも全部彼らが仕組んだことだと?」
「だとしたら私達は黒鷲政府も相手にしないといけなくなるわ。私が最後に会ったのは小学生ぐらいの時よ」
「もしかして直近で会ってるのは俺か? あの時はまだ渡瀬と蒼雪の父親がいたな。後の面子は覚えてねぇが」
五年前の事件がなければ、と牡丹は口々に言う。あの事件が起きなければ、三万人もの人々が犠牲になることもなかったし、ツクヨミの勢力が衰えることもなかった。確かにあの一連の騒動には鷲花蒼雪が関わっているが、そもそも彼が仕組んだことではなかった。そのため革新協会による一連の破壊活動が、鷲花蒼雪による復讐だとも考えづらかった。
「今も黒鷲政府が健在なら、鷲花君の行動は許されないはず。既に能力を奪われていてもおかしくない」
「彼らが鷲花さんに操られている可能性は?」
「それは鷲花君でも無理よ。誰も干渉できないもの」
「仮に連中が蒼雪の行動を容認しているとすれば、今の状況は連中にとっても都合が良いってことか」
「だとしたら、彼らはどうして……」
“黒鷲政府”は、全ての能力者を統べる存在である、全ての能力の祖先でもある。
能力者はこの世界の秩序を乱してはならない。人間による世を乱してはならない。それがツクヨミの、能力者達に課せられた鉄則だ。そのため数ある能力者組織は能力者をかき集め、協力的な能力者を保護し、非協力的な能力者を抹殺する。
鷲花蒼雪もツクヨミに所属していた能力者としてそれを理解していたはずだ。能力者はこの世界の陰でなければならない。それを乱したのは彼だ。
鷲花蒼雪の狙いは、その野望は、未だに謎に包まれたままだった。




