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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-18『再会』



 長い夢を見たような気がした。数々の嫌な思い出を、思い出したくない記憶を蘇らせる不快な夢だった。

 誰もいない教室で、秋風がカーテンをなびかせている。この空間で秋という季節を迎えた覚えはないのに、もうこの空間はこの世に存在していないのに、外の木々は秋の訪れを告げていた。

 雨京高校、一年一組の教室。そこに穂高はいた。まだ夢は覚めていないのだと穂高は気づいた。


 「またここに来たのね、穂高君」


 教壇にもたれかかる穂高の正面、教室の奥の席で海風汀が机の上に足を組んで座っていた。黒いセーラー服姿の彼女の容姿は、四月の頃から変わらない。


 「君はすっかり、この世界の住人のようだね」

 「何の話かわからないわね。私は穂高君がすぐに三途の川を渡ろうとするから追い返してるだけ、わかる?」

 「残念だけど六文も持ち合わせてないからね。汀が無理矢理僕を渡らせようとするぐらい僕のことが好きだったら嬉しかったけど」

 「ざーんねーん、そんな展開期待してたの? 私はただの交渉役、勘違いしないでくれる?」


 かれこれ穂高がこの世界に迷い込むのは何度目かも忘れてしまっていたが、この世界がどういう場所なのかを穂高は知らない。おそらくは穂高の記憶のどこかに存在するかもしれなかった幻想なのだろうと穂高は捉えている。

 死んだはずの、自分が殺したはずの海風汀が目の前にいるのだから。


 「そもそも、どうして私の能力使うのそんな下手なの?

  大体ね、あれの出力は光の方とは違って……」


 汀がぶつぶつと自分の能力について穂高に説教するのも恒例であった。汀は能力の扱い方について的確な意見を述べるが、その殆どを穂高は覚えていない。この世界の記憶は残らないのだから。

 


 「はぁ……」


 十分程ベラベラと説教し続けた後、汀は悲しげな表情で深く溜息を吐いた。


 「本当にバカバカしい。死後の世界なんて考えたことはなかったけど、もっと居心地の良い場所が良かったわ」


 彼女は本当に海風汀なのか。穂高は未だにそう疑問に思うこともある。死後の世界だとすれば他の面子が出てきたっていいはずだ。しかし穂高に見えるのは汀だけだった。


 「穂高君は、一体いつまで逃げるつもりなの?」

 「……何の話かな」

 「まだしらを切るつもり? じゃあ一発くれてやろうかしら」


 汀が指をパチンッと鳴らすと、辺りの風景は一瞬で雨京高校の教室から校庭へと変わっていた。

 穂高の周囲には、雨の中自分に襲いかかろうとする数千人もの学生やサラリーマン、警官に自衛隊員……かの和光事件を彷彿とさせる、いや実際の場面を再現した光景を見て、穂高は思わず能力を発動しようとした。その右目から花の紋章を浮かべ、額から二本の黒い角が生えようとする。


 「ダメ」


 そんな穂高の右腕を、汀は真剣な眼差しでガシッと掴んだ。周囲の人々はスローで動いているとはいえ、確実に穂高に襲いかかろうとしていた。


 「よく思い出して、あの時のことも。どれもこれも残酷で、凄惨で、思い出したくないことかもしれないけど、目を背けないで。いつだって、穂高君には味方がいた」


 汀が目をやった方を穂高も見ると、そこではリーナが大鎌を持って、あの日の穂高と背中合わせになって戦っていた。


 「あの人は穂高君の味方。能力者狩りとして戦って何度も死んだ穂高君を性懲りもなく何度も生き返らせてきたのはあの人。そう、あの日は穂高君のために戦っていた……この女たらし、好色漢、色事師」

 「今僕がけなされる必要あった?」


 そんな質問をする穂高をよそに、汀は再び指をパチンッと鳴らした。周囲は雨京高校の校庭から、一瞬で無機質なコンクリートに囲まれた部屋に変わっていた。

 穂高の目の前には、体中に花の紋章が咲き乱れ、額に二本の黒い角が生えた……暴走した穂高がいた。そして穂高と戦おうとする鶴咲渡瀬とエリー、姫野織衣の姿もあった。


 「どうしてあの人達が穂高君を助けたのか、未だに謎ね。殺した方がよっぽど楽だっただろうに。

  あの人に感謝すること。あの人は、穂高君のことをよく知っていたみたいだから」


 再び汀は指をパチンッと鳴らす。すると今度は出灰総合高校の図書室──月夜に照らされた空間で、床に倒れる穂高の側で泣き続ける少年、木取昴の姿があった。


 「五年前の、私も知らない穂高君の虚像を追って、あの人は能力者になった。私だって五年前の穂高君は知らない。だけどあんなに固執するぐらい、あの人は穂高君のことを大切に思っていたはずよ。

  私みたいにね」


 パチンッと汀が指を鳴らすと、再び雨京高校の教室に戻った。汀は机の上に座っていたが、立ち上がると穂高の元に近づいて彼の両頬にそっと優しく触れた。


 「穂高君は、ずっと過去に囚われ続けてる。だから忘れようとする、大切なことまで……ね。

  それは、私がいるから? 椛ちゃんがいるから? ご両親がいるから? それとも、もっとたくさんの人がいるから?

  一体穂高君は、どれだけの人の思いを背負っているつもりなの?」


 穂高は黙ったままだった。汀の目を見据えたまま、彼女の質問に答えられなかった。すると汀はフフッと無邪気に笑った。


 「これからもずっと、穂高君は囚われの身。これからも多くのものに囚われていくんだと思う、色んな鎖に縛られていく。

  だけど、私はずっと穂高君の味方。だからさっさと帰って。ここは穂高君が来ちゃいけない場所なんだから」


 汀は穂高の頬から手を離すと、彼に背を向けてしまう。そのままどこかへ消えてしまいそうな汀を見て、穂高は思わず追いかけようとした。だが思うように足が動かない、その一歩を踏み出すことが出来なかった。


 「少しは休んでなさい、おバカさん。大丈夫、私はここでずっと待ってるから」


 世界の景色が闇に包まれていく。汀の能力か、その闇の奥へ進んでいく汀を穂高は追いかけたが、彼女の姿も段々と消えていってしまう。


 「頑張ってね、穂高君」


 汀が穂高の方を向いてニコッと微笑んだと同時に、穂高の体は突然落下した。床が抜け落ち、底の見えない深く大きな穴へ落ちていく。


 「汀────」


 汀の姿が遠くに消えていく。穂高は落下しながらも必死に藻掻いて汀の姿を掴もうとするが、そんな抵抗も虚しく、この世界から弾き出されていた。


 ───


 「……穂高君、穂高君!」


 体を強く揺すられながら穂高は目を覚ました。全身を酷い倦怠感、そして喉を焼けるような痛みが襲う。能力が暴走でもしたのか、それとも変な薬を飲まされた後遺症か、これだけで済んだのなら十分だ。


 「……君は」


 一部の壁が崩れ大量の本が散らばる図書室の床で穂高は倒れていた。そんな穂高の胸で、木取昴は泣きじゃくりながら穂高の名前を呼んでいた。ナイフで刺された肩は服で縛って止血しているようで、その手には手の平サイズの小さな黒い剣が握りしめられていて、右目には青い光を灯していた。


 「よ、良かった! もう起きないのかと思って、とっても怖くなって、もう、僕どうしたらいいのかわからなくて……」


 ワンワンと泣きながら情けない表情の昴の顔を、穂高は懐かしく思っていた。昔から昴はとても臆病で、とても泣き虫だった。だけど彼は、誰よりも友達のことを大切に思っている。


 「昴……」


 穂高がその名を呼ぶと、昴はパァッと表情を明るくして、尚も泣きながら笑顔を浮かべていた。


 「そうだよ穂高君、僕だよ、昴だよ……!」

 「昴にはピヨちゃんとかピヨの助とかピヨ彦とか、名字をもじった色んなあだ名があったけど、前に昴がそれを嫌だって言ってたから……」

 「さ、最近は慣れたけどね」


 まだまだ泣き止みそうにない昴の頭を穂高は優しく撫でた。彼の顔を見ると不思議と安心できてしまう。心の奥底にしまっていた福岡の頃の記憶が蘇る。忘れかけていた楽しかった思い出が頭の中を駆け巡る。その中にはいつも、昴の姿もあった。


 「あの日はそう……大会明けに遊びに行こうって話してたんだ。椛も連れて水族館に行こうって」

 「うん、うん……!」


 昴は嬉しそうに相槌を打っていた。穂高は起き上がって、昴の体を優しく包んだ。


 「ごめんね昴、待たせちゃって。僕には勇気がなかったんだ。

  改めて久しぶり、昴。また昴と会えて、僕は嬉しいよ」


 穂高がそう言うと、昴はさらに大粒の涙を流し始めていた。


 「僕も、僕もとっても嬉しいよ。穂高君とまた会えて、とっても嬉しいよ!」



 図書室の外から駆け足気味の足音が聞こえて、穂高は能力を発動して昴を隠れさせた。今、穂高の体の内側はボロボロだ、まともに戦うのは難しい。ただ先程まで怯えてばかりだった昴も、身構えて戦う意思を見せている。

 図書室の壁に空いた大穴から、一人の少女が入ってきた。出灰の夏服の上に黒いコートを羽織り、首に白いマフラーを巻いた銀髪の少女。右目に青い光を灯し、背中には大きな太刀を背負っていた。


 「やっと見つけた……」


 織衣は図書室に転がる汐里や光輝の首を見てギョッとした様子だったが、すぐに穂高達の元に駆け寄った。


 「二人共、怪我はない?」

 「喉とかが滅茶苦茶痛い」

 「肩を刺されました」

 「よし、穂高君は大丈夫ね」


 一体何のための安否確認だったのか。織衣は手元から治療用の子蜘蛛を生み出すと昴に向かって放った。


 「うぎゃああああああああああっ!?」

 「落ち着いて昴、害はない」

 「我慢して、治すから」


 誰もが最初は驚く織衣の能力。以前からすると織衣の能力による治療技術は向上しているが、やはり自分の体を蜘蛛に這いずり回られるのは不快だ。

 織衣は穂高の顔を神妙そうな面持ちで見ていた。それに気づいた穂高が不思議に思って織衣と目を合わせると、彼女は視線を逸らした。


 「それで結局、何があったの?」

 「敵は倒した」

 「穂高君が、僕のことを思い出してくれたんだよ!」

 「あぁ、その酷い顔は怖くて泣いたわけじゃなかったのね……」


 穂高は改めて昴の顔を見た。彼が泣いていたのは恐怖もあったからだろう。今は自分の右肩の傷を治療する蜘蛛達に怯えるような表情をしている。


 「どうやって思い出したの? 思いっきり頭でもぶつけた?」

 「さあ?」

 「どうしてわかんないの……」


 穂高は織衣達と共に図書室を出た。夜の学校の廊下は照明が点いていなかったが、月明かりが差し込んでいたため視界は確保出来た。妙に周辺に人気がないのは、既に避難指示でも出ているからか。


 「そういえば、僕を狙っていたのはあの二人だけ? もっと組織的だと思ったんだけど」

 「ご明察。フラワーの失敗作とかまでうじゃうじゃ湧いてきた」

 「それは悲惨だね……」

 「でもあの連中、次から次へと湧いてくるから──」


 まだ敵はいる、と織衣は言おうとしたのだろう。ガラガラッと勢いよく開かれた側の教室から白いコートの連中が穂高達の前に現れる。革新協会の連中だ、皆大剣を装備しているということは彼らもフラワーで、月の騎士団に所属しているのだろう。後ろを振り向くと、退路もやはり彼らで塞がれていた。


 「皆、対穂高君に特化した能力者なんでしょ? 贅沢ね、少し羨ましい」


 能力を発動しようとする穂高の手をパシンッと織衣は叩いて止めた。


 「だけど、私達には敵わない」


 織衣はそう言って微笑んでいた。



 「“ロックオン”!」


 聞き覚えのある少女の声が敵達の背後から聞こえた。同時に銃声が響く。穂高達が頭を伏せていると、彼らを包囲していたフラワー達は瞬く間に正確に頭を撃ち抜かれて次々に倒れていく。

 銃撃が終わって顔を上げると、廊下の向こうには出灰の制服の上に黒いコートを羽織った、ボブヘアーの少女、津島和歌がアサルトライフルを持って佇んでいた。

 和歌が持つのは『誘導』の操作系(オペレート)能力。視界に入った数十ものターゲットへ物体を誘導することが出来る能力だ。その能力の特性を活かすために和歌は銃や弓などの飛び道具を使う。


 「今ので最後か?」


 和歌の後ろから走ってきたのは立花斬治郎。右目に青い光を灯し、両手には刀を持っている。斬治郎は『刃』の操作系(オペレート)能力、鋭い切れ味の刃を無限に(自称)生み出せるというものだ。基本的に刀を装備して、生み出す刃を駆使しながら戦うスタイルだ。


 「おー、ミッションコンプリート?」


 ライフルを持ちながら和歌が首を傾げる。和歌と同じ図書委員だった昴は驚きを隠せないようだが、織衣が口を開く。


 「穂高君の記憶が少し戻ったっぽい」

 「え、そうなのか? 何も変わってなくね?」

 「何を変われって言うの?」

 「いや何かこう……なんだろうな」


 斬治郎は何も考えていなかったらしい。記憶喪失だった人間が記憶を取り戻しても、傍目から見ると大きな変化はないだろう。


 「それに、昴が能力者になった」

 「え、マジ? どんな能力なんだ?」

 「えっと……こんな感じ。フンッ!」


 昴が拳を高く突き上げると、昴の周囲に生み出された無数の針が天井に突き刺さった。


 「おわああああああっ!?」


 近くにいた斬治郎が巻き込まれそうになったが回避した。


 「おー、脳筋ばかりの私達にまた脳筋が加わるねー」

 「主に立花君だけどね」

 「緋彗もね」

 「いや、穂高も攻撃と素早さにステータスガン振りの脳筋だろうが」


 奇しくも昴の能力は、彼の親友だという十川光輝と同じ能力だった。それは偶然か必然か、それを決めるのは昴だろう。


 「そういえば緋彗は?」


 穂高がキョロキョロと辺りを見回しながらそう言うと、丁度廊下の向こうから階段を駆け上がって緋彗と千代、北斗がやって来た。


 「アタシ達は外の連中を片付けてたのよ。ホント、次から次に湧いてくるんだから」

 「疲れだぁ」


 外は周囲の街灯やビルの灯りがあるとはいえ、炎を操る緋彗を側において光源代わりにしていたのだろう。校庭の方を見ると、フラワーの失敗作が大量に倒れていた。

 千代は穂高と昴を見ると、ニッと微笑んだ。


 「あの事件の再来は防いだ、これで万々歳ってとこね。

  あとそこの……この前助けた鶴!」

 「あ、はい」

 「お前鶴だったの?」

 「鶴の雛ね」


 能力者という意味では、卵から孵ったばかりだ。


 「アンタ、能力者になったのね。気分はどう?」

 「もっと……派手な力が欲しかったです」


 昴の答えを聞いて一同は大笑いしていた。能力者になった昴は近いうちに華の面接を受けさせられ、能力の強さ次第で本部か支部のどちらに配属されるか決まることだろう。昴がツクヨミの管理下に入ることは、彼が能力を発現した時点で決定されてしまった。

 一万人もの死者を出した、いや穂高が一万人もの人々を殺さなければならなかった和光事件。革新協会はそれを再現しようとしていたはずだ。しかしそれは最小限の被害に抑えることが出来た。

 穂高は織衣達と帰りながらホッと胸を撫で下ろす。校舎の外では駆けつけた副メイドが早速現場の後始末に取り掛かろうとしていた。

 穂高も和光事件の再来を危惧していた。一体奴が何をしてくるかわからない、和光事件以上の大きな被害が出た可能性もあった──しかし、奴は穂高達の前に現れなかった。

 それだけが、穂高にとって気がかりだった。


 

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