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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-11『幻影魔法少女』



 東京、秋葉原。かつては高度経済成長の中で世界有数の電気街と知られた日本有数の繁華街は、音楽やゲームブームの到来により今や多くのカジュアルなホビーショップやアニメショップが並ぶ文化の中心地だ。

 昴達が乗るセダンが停まったのは、中央通りから外れて中に入った所にある七階建ての雑居ビルの前だった。一階にはガラス張りで随分とオープンなスタイルのメイド喫茶が入居しているようだが、他の階にはテナントが入っていないようだった。メイド喫茶については一切触れることなく、副メイドという男は昴をビルの三階へと案内する。千代や穂高達は車を降りるとどこかへ行ってしまった。

 三階の部屋に入ると中は畳敷きの住居のようで、居間の中央に置かれたちゃぶ台の周りには大量の書類やファイルが山積みになっていた。棚にも無数のファイルがギュウギュウ詰めにされていて、良くも悪くも生活感がある空間だった。

 副メイドは昴にお茶と茶菓子を出した後、タブレットを持ってちゃぶ台の前に座った。昴はその向かいの座布団の上に正座する。


 「まず、お前は何を知りたい?」


 昴はまずお茶を喉に通した。昴にはわかる、この絶妙な甘みは高級な茶葉だ。こんな散らかった空間にはミスマッチな品物だ。

 昴は湯呑みを盆の上に戻すと、声を震わせながら言う。


 「貴方達の素性、でしょうか」


 副メイドは「そうか」と答えると、腕を組んで天井を仰いでいた。少し唸った後、昴の方を向いた。


 「お前は、サイコキネシスだとかテレポートの類は信じるか?」

 「……あまりピンときません」

 「俗に超能力と呼ばれるものだな。最近は昔ほど盛り上がりはしないが、テレビでよく見るぐらいブームになっていた時期もあった。昔は超能力者が行方不明になった人間を探すという番組もあったんだがな」


 副メイドはタブレットの画面を昴に見せた。そこには今までの歴史上に存在した、超能力を持っていたと噂される人物達が載っていた。昔から千里眼や転移能力、時間遡行能力など、不思議な力を操ると思われる人々は多く語られてきた。しかしそれは、今もただの都市伝説だとかオカルトの類の話でしかない。都市伝説は決して事実としてではなく、あくまで娯楽として楽しむものである、と昴は考えていた。能力者というものを目にする前までは。


 「じゃあ魔法はどうだ。炎魔法とか水魔法とか。映画にもあるだろう」


 副メイドがタブレットの画面をスライドさせると、とあるファンタジー映画のジャケットが出てきた。確かにその映画を昴は見たことがあったし、何なら全シリーズ視聴済みだ。


 「これ、僕は本でも読みました」

 「なら、こういう魔法を使ってみたいと思ったことはあるか?」

 「子どもながらに憧れたことはありますけど……」


 昔は少年心から憧れるものだってあった。戦隊ヒーローをかっこいいと思ってその変身ポーズを真似した時代だって昴にもあったのだ。しかし、今はどれもあくまで創作上のものだとわきまえて昴は楽しんでいた。

 副メイドはタブレットの画面をさらにスライドさせる.画面に映し出された写真には、右目に青い光を灯し、首に白いマフラーを巻いた黒いコート姿の銀髪の少女……姫野織衣が月夜を背景に大きな太刀を持って佇んでいた。


 「にわかに信じ難いかもしれないが、この世界には確かに、不可思議で、奇妙で、珍妙で、奇跡のような力を持つ人間が陰ながら存在している。

  それを、俺達は『能力者』と呼ぶ」


 初めて他人から告げられた真実。それは昴が待ち望んでいた情報だ。やはり彼らは能力者を知っている、数々の都市伝説の中核にいる人間達だ。昴は自分が事の真相に近づいていたことを知り、嬉しくなって少しだけ口角を上げていた。


 「木取昴。お前は一体、能力者をどこまで知っている?」


 やっと答えに辿り着ける。その喜びのあまり口角が段々と上がっていってしまうのは彼の性によるものか。その好奇心は間違っていなかったのだと昴は確信した。


 昴は自分の推理を副メイドに全て説明した。栗原勇人と十川光輝のトラブルのこと、穂高や斬治郎達が戦う姿のこと、突然現れた謎の捜査官(副メイド)のこと、その後も度々特殊な力を操る人々を見かけたこと。巷で流行っている能力者に関する都市伝説や様々な事件の記事を全て読み漁り、能力者は確かに存在すること、能力者は何らかの組織によって隠されていること、能力者はいくつかの勢力に分かれて戦っているということまで導き出したことを副メイドに語った。

 昴が推理を語り終えて再び湯呑みに口をつけていると、副メイドはニヤリと笑っていた。


 「俺がお前に言ったことを覚えているか?」

 「……『賢い人間であることを祈っている』、ですか?」

 「あぁ、それだ。俺達はある程度の情報を、脚色も付け加えながら都市伝説としてわざと流布させている。それは勿論欺瞞の意味もあるが、一部の人間が俺達を見つけ出すことを期待してもいるからだ」

 「じゃあ、僕が答えに辿り着くことはわかっていたんですか?」

 「いいや、お前がどれだけ賢いかは学校の成績だけじゃわからないからな。お前は現場を己の目で見たというのも大きいだろうが、それを信じるには時間がかかったことだろう。俺達は事実にわざと嘘を付け加えて情報を流しているが、殆どの人間は変な物好きが語っているだけの風説ぐらいにしか思わない。自分の目で見ても信じられないような話だからな。それに政治的な主張を絡めて語りだす連中もいるからますます嘘くさい話になっていく。そのおかげで俺達は助かっているし、常識知らずの変な人間を探すのにも役立っている。

  お前は賢いというよりかは、行動力だけ備わった無謀な人間だがな」


 どうやら昴は常識知らずな人間だったらしい。まぁいくら気になるからとはいえ、あまり親しくない同級生を尾行しようとは普通思わないだろう。


 「お前の推理はおおよそ正しいものだ。特殊な力を持つ人間、能力者は実在する。その能力という力は炎や水、雷や風を操るような派手なものから、水を泥水に変えるだけだったり、物体を五センチだけ移動できるだけのものまで幅広い」

 「じゃあ穂高君とかって結構派手な方なんですか?」

 「あぁ、アイツは特にな。目立ちすぎて困りものだ、情報工作にも苦労する。

  能力は色んな力を操れるという特性上、それが世に出回ると何が起こるかわからない。だから、この世の秩序を乱しかねない力を秘匿するために、秘密能力者組織『ツクヨミ』は存在する」


 日本神話には月読尊と呼ばれる神が存在する。月を神格化したもので月の神、夜を統べる神とされている。しかし彼が天照大神やスサノオの兄弟だというのに日本書紀や古事記における記述が乏しいのは、それは天照大神ら「天」に対して月読が「陰」として存在するからだという説もある。この社会を天、表の世界に例えるのなら、このツクヨミという組織はまさしく「陰」に生きる存在なのだろう。


 「その力ってどうやって手に入れるものなんですか」

 「理論上は誰でも持てるらしいが、能力の発現に気づくのはごく僅かな人間だ。何かの偶然で見つけたり、火事場のクソ力で発現する奴もいるからな。

  お前が気になっているであろう鷹取穂高も、その力を持っている」


 昴が実際に現場を見て能力者の存在を信じることが出来たように、話を聞くよりかは実際に見た方が実感が湧く。副メイドの説明をすんなりと受け入れることが出来るのは、様々な現場を昴がその目で見てきたからだ。


 「穂高君は能力者で、ツクヨミの一員として戦っている、ということですよね? 姫野さんや立花さんも」

 「そうだ。しかしアイツらはあくまで学生として生きている、ツクヨミの仕事はバイトみたいなものだ」


 確かに見た目はただの高校生で(織衣は変だが)、とても裏の世界で能力者として戦っているようには思えない。実際に鷹取穂高が出灰に転校してくるまでは昴は織衣や斬治郎らをそんな風に考えたことはなかった。よく髪を銀色に染めて怒られないなとか、なんでいつも白いマフラーを巻いているんだろうと織衣に疑問を持つぐらいだった。


 「あの、一つ聞いていいですか?」

 「何だ」

 「その能力って、昔から存在したものなんですか? 世界中に能力者はいるんですか?」


 あの能力者達が所属するテロ組織による目立った事件が起き始めたのは今年の四月デストラクションが初めてだ。能力者に関する都市伝説が囁かれるようになったのもその頃だ。つまりそれまでは、ツクヨミは能力者という存在をずっと隠し続けることに成功していた。


 「そうだな……お前は神頼みをしたことがあるか?」

 「そりゃ、神社で何度か」


 主に試験の合格祈願だ。何度も湯島天神に足を運んだ。


 「ふむ。能力とはそういうものだ」

 「……はい?」


 すると副メイドはタブレット画面を昴に見せながら説明を始めた。


 ときに能力は、『奇跡』として形容される。世界中に存在する数多の民族の信仰心が、そして奇跡を信じた人々による願いや祈りが結集し、その賜物として奇跡が顕現した。

 しかし、ときに能力は『呪い』として形容される。多くの人々が私怨や怨恨、復讐という災いを願い、それらが結集した結果として災厄が顕現する。

 多くの宗教に存在する神々、人間より高位に存在する偶像や虚像への願いによって、奇跡の力は人間に与えられ多くの能力者を産んだ。能力者は授かった奇跡を使って多くの人々を救うこともあれば、それが災厄となって人々を襲うこともあった。それらの出来事が神話や歴史上で表沙汰になったとしても、そこに神の怒りがあっただとか超能力者が起こしただとか、そんなオカルトじみた話は歴史ではなく創作だ。しかし奇跡の力は超能力や陰陽術、魔術や錬金術等といった形で度々研究されることもあった。

 かつてはギリシアや中東地域において盛んだった奇跡の研究は、度重なる戦火や聖地の荒廃により衰退。学者らが西欧へ渡ると、聖書における奇跡と融合して研究が進み、次第に奇跡の力を持つ人間達、能力者による小さな集団が形成されていく。その後ヨーロッパ全体に能力者社会は広がっていき、中世に入ると巨大な統括機関が置かれ世界の陰で奇跡の研究を進めていた。しかし、そんな彼らを襲ったのが魔女裁判だった。俗に魔女狩りと呼ばれた一連の出来事で能力者達は処刑されていき、ヨーロッパにおける奇跡の研究は急速に衰退していった。

 一方、東アジアでも古来から奇跡の研究は進められていた。中国から伝道された奇跡は日本でも密かに研究され、それらはやがて陰陽術などといった形で浸透していった。神道、仏教、儒教や道教など様々な宗教や思想を吸収し、度重なる戦乱や天災の中で、人々は何度も奇跡を求めるようになった。日本での奇跡研究も宗教的な側面が色濃く、彼らの組織は神道や仏教系の宗教団体として存在していたが、明治以降にヨーロッパにおいて研究されていた奇跡が伝わると、日本での奇跡研究は文明開化と共に大きく発展していった。

 戦前に多く存在した能力者組織は、敗戦後にGHQによって組織の解体を通告された。しかし能力者達は米政府や日本政府と密約を結び、相互不干渉という前提のもとで、能力者は国家から完全に独立した秘密組織として新たに集合した。

 彼らはこの世界の陰の存在、『ツクヨミ』と自分達を名乗るようになった。


 「能力とツクヨミの歴史に関しては、ざっくり説明するとこんなものだ」


 何とも壮大な話を聞かされたと昴は思った。だが妙に理解できてしまう自分が不思議だった。昴は聖書というものに触れたことはないが、確かに今までの歴史の中で奇跡めいた出来事は、それらが偶然だったのか必然だったのかはおいといて、多く存在している。それらの陰に能力者がいたのなら、奇跡は実現できるものかもしれない。


 「能力はタイプによって支配系(ドミネート)創造系(クリエイト)干渉系(レイド)操作系(オペレート)に大きく分類される。能力者の器によってその強さは大きく変動するが、能力は一つの括りの大きな能力から系統樹のように無数に枝分かれしていく。例えば『雷』の能力の上位互換には『雷雨』の能力があり、そのさらに上位には『嵐』や『洪水』、そしてそれらの頂点に『気象』があるというようにな」

 「じゃあ、副メイドさんも何か能力を持っているんですか?」

 「あぁ。俺は珍しい干渉系(レイド)、“幻影魔法少女(マジカル・ファントム)”という能力を持っている。実演してみせよう!」


 副メイドはシャツの内側に隠れていたチョーカーを──そのチョーカーには赤いルビーが煌めいていた──手に持ち、額にかざした。


 「変身!」


 すると、副メイドはたちまちボワッと白い煙に包まれて姿が見えなくなってしまう。


 「ふ、副メイドさん!?」


 煙が段々と消えていくと、その姿が顕になっていく。青い髪のツインテールで、頭に猫耳を着けたメイド服姿の華奢な少女がダブルピースを作りながら、昴にはにかんだ笑顔を見せていた。


 「お帰りなさいませご主人さま☆ 本日のスペシャルディナーは『淡水魚de(ドゥ)煮汁』だよ~♪ キャハ☆」

 「あの」

 「さらにさらに! 本日はアカリスペシャルキャッツデー☆

  ネコになったアカリニャンニャンがご主人さまをハッピーにさせちゃうよー☆」

 「あの」

 「何かなー?」


 先程まで副メイドが座っていた場所に、この変なメイドが座っていた。そうだと考えたくなかったが、信じたくなかったが、昴は恐る恐る彼女に聞く。


 「副メイドさん、なんですよね……?」

 「そうだよー? なんと“幻影魔法少女(マジカル・ファントム)”はこの通り見た目がガランと変わっちゃう能力なのだ☆」

 「せ、性格まで?」

 「中身は私のままだよ☆ ちなみに下のメイド喫茶のシフトにたまに入ってるからぜひご来店を!」


 副メイドの“幻影魔法少女(マジカル・ファントム)”という能力はあくまで姿形が変わるだけで、つまりこの強烈なキャラを持つ青髪メイドはあの副メイドというおっさんが演じているだけ、ということになる。気持ち悪いなぁ。

 昴はソソソとちゃぶ台から離れた。


 

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