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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-10『狙われた雛鳥』



 「な、何が起きてるんですか!?」


 車通りの多い大通りを猛スピードでバイクは走り抜けていた。昴は必死に千代にしがみつきながら、恐怖を紛らわそうとしていた。


 「アンタは命を狙われてるのよ、そんだけ」

 「どうして僕が!?」

 「知らないって言ってんでしょ。ただ相手はプロの連中じゃなかったわね。さっきのはちょっとした挨拶みたいなものよ」


 淡々とした口調で千代は言う。先程公園で鉢合わせた三人組は拳銃を、簡単に人の命を奪うことが出来る凶器を持っていた。あれが挨拶代わりだなんて昴には到底理解できない世界だ。

 昴の体感では法定速度を大幅に超えているような速度で、千代は行き交う車の間を縫って走り、巧みな運転技術で赤信号の交差点すら立ち止まらずに走り抜けている。何故か交差点では警察が交通規制を敷いていたため、先程千代は警察に連絡していたのかもしれない。もしかして連合は警察をも動かすことが出来るのか、なんて恐ろしい組織だ。


 「安心しなさい、すぐにアタシの仲間がやってくるわよ。まぁ、間に合うか知らないけど」


 鯖折りの本郷が「親方ー!」とドタドタ駆けつけてくる姿も見てみたいと昴は思ったが、あの連合の変人達でも武装した暗殺者達に勝てるとは思えなかった。いや、案外勝てるかもしれない。

 わざわざ拳銃という物騒な武器を使ってくる相手だ。極道だとかマフィアだとか、何かの秘密結社だとか、そんな組織を昴は思い浮かべる。が、どんな組織が相手だとしても自分が狙われるなんて──いいや、一つだけ思い当たる節がある。

 それは十川光輝と鷹取穂高。昴は彼らの裏の顔を知っている。核心に迫ろうとする昴を邪魔者だと判断してどちらかが始末しに来た可能性もなくはない。だがどうにかして話を組み立てようにも、荒唐無稽で信じ難い話しか思い浮かばなかった。

 

 公園を出発して十数分程、トラック等の多くの大型車が走るバイパス道路をバイクで猛スピードで走り抜けていると、関越道の所沢ICの入口の看板が見えた。しかしICへの入口へと続く車線は警察が交通規制をかけていて通行止めになっていた。だが千代はお構いなしにカラーコーンの間を走り抜けた。


 「ち、千代さん!?」


 正気かと昴は思ったが、ICへ入ろうとするバイクを警官や白バイ隊員が驚愕した表情で見ている中、千代はパトカーのすぐ脇を通り抜けてICへと入った。


 「大丈夫、アポ取ってるはずだから」


 警察の反応を見ると明らかにアポは取れていないようだったが、バイクはETCゲートを通り抜けると練馬方面へと向かった。

 どうやら関越自動車道の一部区間が通行止めになっているようで、電光掲示板がそれを知らせていた。しかしまだ完全に通行止めは出来ていないようで、数台の一般車がまだ高速を走っていて、パトカーがサイレンを鳴らしながら彼らを誘導していた。

 そんな中、後方から猛スピードで白いワゴン車が昴達に向かって走ってきていた。明らかに他の一般車とは様子が違う。ワゴン車はそのままバイクに向かって体当たりを仕掛けてきたが、千代はそれを察知していたのか華麗に躱してみせる。しかしワゴン車はさらにスピードを上げてバイクの右側に並走すると、窓から男がマシンガンをこちらに向けているのが見えた。


 「千代さん!? マシンガンですよ!?」

 「見りゃわかるわよ」


 すると千代は急にバイクをワゴン車に接近させ、中の様子が伺えるほど至近距離に迫る。ワゴン車の中にはライフルなどで武装した数人の男が乗り込んでいる。千代の思わぬ行動に向こうも驚いたようで、彼女が右手でマシンガンの銃身を掴むと、その先から一気に氷漬けにされていく。そのままマシンガンを持っていた男まで凍らせて無力化し、氷は一瞬でワゴン車全体を覆い始めていた。タイヤまで凍りつくと車はツルツルと路面を滑ってしまい、制御できなくなったワゴン車は高速道路の防音壁に勢いよくぶつかり、アイスホッケーのように防音壁と中央分離帯を交互にぶつかりながら道路上を滑っていた。


 「な、何したんですか千代さん!?」

 「あまり強くしがみつくな、動きにくい」

 「はい! すいません!」


 一つ一つの出来事に頭が追いつかないが、なんて力だと昴は感服する。昴はアワアワと慌てながら千代の体にしがみつくことしか出来ない、今はとにかく千代と共に生き延びなければならないのだ。昴達を狙う謎の暗殺者達から。


 「アンタは後ろを見張っといて。アタシだって後ろに目は無いのよ」

 「は、はいぃ!」


 関越道に入ってから数分程で、今度は大泉JCTで外環道へ入った。すぐに料金所があったが、側に待機していた白バイ隊員が赤い誘導棒でゲートへ誘導し、開けられていたゲートをブレーキもかけずに猛スピードで通り抜けていた。

 助けはまだかと昴は思ったが、警察が出動して高速道路を封鎖してくれているのなら彼らが対応してくれれば良いんじゃないかと昴は思ったが、彼らが守ってくれる気配はない。どうも千代達にも警察にも、これを表沙汰に出来ない理由があるらしい。

 既に高速道路は完全に封鎖されているようで車通りはなくなっていたが、和光北ICを通り過ぎた辺りで、二台のSUVが猛スピードでバイクを追いかけてきているのが見えた。


 「う、後ろから何か来てます!」

 「そ」


 千代は淡白に答えると後ろの方をチラッと確認した。千代は右手にナイフのような氷の塊を作ると、それを地面にポイッと放り投げた。その氷のナイフがクルクルと回りながら路面に落ちると、着弾地点を中心に魔法陣のようなものが道路に描かれる。すると後方の路面は一気に凍りついて、後ろから追いかけてきた二台のSUVは凍結した路面にハンドルを取られたのか互いに激しく衝突して道路上を転がっていた。


 「千代さん! 敵をやっつけました!」

 「知ってる」


 未だに極度の恐怖と緊張から心臓の鼓動が激しい昴だったが、千代はやけに落ち着いているように見えた。しかし苛ついたようにチッと舌打ちをする。


 「アイツら一体いつ来るのよ──」


 一般道と並走する幸魂大橋を走っていると、千代はバイクに急ブレーキをかけた。時速百キロはゆうに超えていたバイクの後輪が浮き、千代と昴はバイクから投げ出される。一瞬だけ死を悟った昴だったが、千代に首根っこを掴まれていた。


 「“ジャッジメント”!」


 地面に衝突する寸前、千代は指で鉄砲を作るとそれを道路に向けた。すると千代と昴の体はピタッと空中で止まり、そのまま勢いが殺されてフワッと地上に落ちることが出来た。


 「あ~死ぬかと思った」

 「え……え?」


 まさかの事故死を覚悟していた昴だったが、乗り捨てられたバイクは安定性を失いながらも道路上を走っていた。しかし突然道路を突き破って生えてきた巨大な蔦に捕まり、グニャグニャに押し潰されてしまっていた。


 「ば、バイクが……!?」

 「また買えばいいだけよ」


 こんな状況でも千代は慌てず、平然とした態度で辺りをキョロキョロと見回していた。荒川と彩湖の上にかかる幸魂大橋に車通りも人通りもないが、まだ敵が来るかもしれない。


 「チョイスをミスったわね……今日に限って」

 「チョイス?」

 「いや、気にしないで。さてこっからどうするか──」


 千代がそう答える間に、昴達の正面から無数の包丁が襲いかかろうとしていた。

 

 昴の顔に血飛沫が飛び散る。戸惑う間もなく昴はまた首根っこを掴まれて、襲いかかってきた襲撃者達から距離を取る。


 「ち、千代さん……!?」


 千代を見ると、その右腕には数本の包丁が刺さっていて血だらけだった。明らかに力が入っておらず、ただ右腕が千代の体にぶら下がっているだけだった。


 「だ、大丈夫ですか!?」

 「大丈夫に見えんの?」

 「そ、そうですよね」


 千代は左手でヘルメットを乱暴に取り、無数の包丁が散らばる道路に投げ捨てていた。


 「アタシ、よく右腕無くなってるから大丈夫よ」


 右腕がよく無くなっているという状況が昴には全く理解できなかったが、おそらくは飛来してきた無数の包丁から昴を庇い、そして傷口からドバドバと血が流れているというのに、尚も千代は落ち着いていた。

 彼らは昴達の前に現れた。腰に剣を携え、白いコートを羽織って月の仮面を被った暗殺者達が五人。彼らは蔦を体に絡ませていたり、体中に刃物が突き刺さっていたりと見た目のインパクトが強く、さらに殺気も強く感じられた。

 道路の上で足を震わせながらも何とか立っている昴の前で千代が立ちはだかる。


 「その少年を引き渡してもらいたいのである」


 五人の真ん中に立っている、体中にナイフや包丁等の刃物が突き刺さっている男が千代に問いかける。刃物が刺さっているはずなのに体から血は流れていない。


 「アンタら革新協会の連中? どっかの傭兵?」


 するとである刃物男は鞘から剣を抜いた。その剣には青い光が纏われていた。


 「我々は協会の精鋭部隊、『月の騎士団』である」

 「ダッサ」


 彼らをダサいと言って千代はバカにするように笑うが、苦離紅茶狩惨堕荒騎士も大概だと昴は思った。向こうはダサいという感想に一切触れずに話を続ける。


 「その少年をこちらに引き渡せば、これ以上危害は加えないのである。貴方も目立ちたくはないのではないか?」

 「ぼ、僕を……!?」


 やはり彼らは昴を狙っていた。何が目的かはわからないが、大人しく捕まっても殺される未来が待っているように思えた。


 「残念だったわね、アタシは目立つことが大好きなのよ。で、どうしてコイツを捕まえたいわけ?」

 「餌とするためである」

 「何の餌とするためであるって?」

 「能力者狩り、鷹取穂高を誘き出すためである」


 彼、鷹取穂高の名前が出てきたことに昴は驚いた。この騒動は穂高と、彼が所属する組織が引き起こした可能性もあった。この月の騎士団というダサい連中は昴と穂高の命を狙っているのだ。

 千代も穂高の名前が出ると眉をひそめているようだった。


 「アイツが何をしたっていうのよ。弔い合戦のつもり?」

 「また和光事件のように暴れてもらうだけである」


 ダメだ、彼らは危険過ぎると昴もすぐにわかった。彼らが穂高を使って企んでいること、そこに和光事件という言葉が絡むだけでとんでもない事態を引き起こしかねないことがわかる。


 「ハァ、アイツがあぁなったのもよくわかるわ。ホント、人生色々ね」


 千代の言葉からは怒気が感じ取れた。


 「OK、アンタらぶっ潰してやるわ。かかってきなさい」


 正気かと昴は思う。そんな体の状態では例え千代も能力者といえど戦うには無理があるはずだ、すぐに治療が必要なぐらいだ。である刃物男も驚いているようだった。


 「我々をナメてもらっては困るのである。この戦力差でも尚戦うのであるか?」

 「残念だけど、アタシは勝負事には滅法強いから」


 である刃物男以外の四人も剣を抜いた。彼らも能力者かのように思えたが、千代と違って右目に光を灯しておらず、代わりに剣が青い光を持っていた。


 「ならば仕方ないのである。貴方には死んでもらうのである」


 彼らは一斉に千代に襲いかかろうと踏み込んだ。無数の刃物が宙を舞い、道路を突き破って巨大な蔦が生え、狼や熊に変身している者もいた。だが千代は一歩も動かずにただ笑っていた。

 まるで、自分達が勝つとわかっているかのように。


 突然の赫赫たる閃光。その眩しさに昴は思わず腕で目を覆ったが、その感覚ですぐに彼のことを思い出す。この光は鷹取穂高のものだ。

 昴が目を開くと、千代に襲いかかろうとしていた男達は糸のようなもので身動きがとれないように道路に縛られており、既に無力化されていた。完全に道路に接着されている。

 その向こう、高速道路の上には、黒いコートを羽織って光剣を持った少年、そして首に白いマフラーを巻いて大きな太刀を背中に携えた銀髪の少女が立っていた。


 「遅かったわね」


 嫌味ったらしく千代は彼らに言った。少年は光剣を消すといやいや、と首を横に振っていた。


 「学校から抜け出すのに苦労したんですから、これでも早い方ですよ。それに関越道って言われたのに外環道に来てるじゃないですか」


 鷹取穂高。右目に青い光を灯し、光を体に纏っている。黒いコートの下に着ているのは出灰の制服だ。今頃昼休みの時間帯だ、その間にこっそり学校から抜け出して来たのだろう。


 「穂高君がお昼を食べるのが遅かったのも一因」

 「姫野さんが仕事を手伝えって言ったからでしょ?」

 「そうだったっけ」


 姫野織衣。右目に青い光を灯し、手から生み出した蜘蛛と糸で千代の右腕の傷を治療していた。二人は早速口論を始めようとしていたが、すぐに千代が止めに入る。


 「あんがと、二人共。アンタらの能力って便利ね」

 「もしかしてストックが悪かったんですか?」

 「北斗のとエリーのと、後は敵の外れスキルね。ま、バイク一台とアタシの右腕一本で済んで良かったわ」


 もう敵の増援は無いようで、警察によって規制されていると思われる幸魂大橋には静寂が広がっていた。大量の蔦のような植物にグニャグニャにされたバイクの姿が、何とも奇妙に見える。


 「あ、あの、これは一体どういう……」

 「話は後よ。ま、話すのはアタシらじゃないだろうけどね」


 千代がチラッと美女木JCT方面を見ると、一台の黒いセダンがこちらに向かってきていた。昴達の近くで停まると千代が助手席に乗り込んだため、昴は穂高や織衣と共に後部座席に乗り込んだ。そのセダンを運転席にいた黒スーツ姿の男は、以前昴の家を訪ねてきた謎の警察官、春住深山だった。

 彼は千代達に、副メイドと呼ばれていた。


 

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