3-8『新たな犠牲者』
『さぁここで陸上部エースの秋山君にバトンが渡りました! おぉっと!? 猛追する天文部のアンカーはバトンを望遠鏡に持ち替えている……』
圧倒的に運動部が有利であるはずの各部活動対抗リレーは、最早各々がネタを皆に披露するための見世物と化している。彼らが特異なネタを披露する度に校庭中がドッと盛り上がる。
そんな出灰総合高校の体育祭は、先日の件を忘れ去りたいのか例年より賑やからしい。五月六月に体育祭が開催されるはずの学校では中止となった所もある、ここ最近の暗いムードから逃れたいのだろう。
グラウンドの周りに立てられたテントの下で生徒達が盛り上がる中、織衣は穂高と共に白と紺色の体操服姿で、水飲み場側の木陰に佇んでいた。二人共頭に青い鉢巻きを巻き、織衣は首に白いマフラーを巻いている。
「結構盛り上がるんだね、ここの体育祭は」
「嫌でも盛り上がるものでしょ? 場の雰囲気に呑み込まれちゃうから」
「君はそんなクールぶってるのに?」
織衣とはプイッと穂高から顔を背けた。ぶっているとは失礼な、これでも頑張ってクールキャラを保とうとしているのだと織衣は機嫌を損ねてしまう。
「穂高君だってそうでしょ」
「は? 転校早々、まだクラスに馴染めていないのにいきなり体育祭があって、転校初日に負った怪我が原因で裏方すら出来ない僕にどう盛り上がれと?」
「殆ど自分の行いのせいでしょ、私は知ーらない」
そうは言いつつも織衣はクラス委員長だから、という理由で仕方なく一人寂しくしているであろう穂高の側にいる。こうやってわざわざ話してやってるんだから感謝してほしいものだと織衣は思う。
ツクヨミの面々は普段からトレーニングしているからか、皆ある程度の運動神経を持っている。しかし一部の目立ちたがり屋を除いて、そこまで学校行事には深く関わらない。織衣が出場する種目は綱引きだけだ。
穂高は右腕につけられたギブスを擦りながら溜息を吐いていた。大分包帯は取れてきたが、傍から見れば彼の姿はまだまだ痛々しいものだ。
「もう全部治ってるのにこんな演技をさせられてる身にもなってよ。僕だって好きでサボってるわけじゃないのに」
穂高の怪我自体は初日の時点で完治している。しかし他人に見られてしまった以上、急に治るというのも不自然であるため、今も怪我人の演技をさせられている。その演技は中々なもので、階段の上り下りには未だに親切な同級生が付き添ってくれる程だ。
「少しは何か思い出したりしないの? あんなに自分から首を突っ込んでるのに」
「全然」
穂高の記憶は未だに欠損している部分が多い。特に五年前や和光事件については。葛根華の能力で見る分には支障ないらしいが、本人が記憶を失っているように感じているのは、花咲病による後遺症が原因だという。例え思い出したとしても、それ程他人に話したいことでもないだろう。
「でも、今のままでも良いのかなって僕は思うよ」
かつて親友だったという少年、木取昴と出会っても彼はそう言っている。織衣は穂高の言葉を物悲しく思っていた。
木取昴はツクヨミが想定していた以上に勇敢だ。それだけ穂高の事を今も大切に思っているのなら、何とも可哀想な話である。穂高自身はあまり思い出すことを望んでいないのだから。
栗原勇人という不良グループと木取昴の揉め事は、伝説のおもしろ連合の助けもあって解決したと思われるが、この一連の騒動はまだまだ悪化していく一方であった。
---
--
-
栗原勇人は、もう何もしないから自分達には関わらないでくれと向こうから昴に言ってきた。そんなに怯える程にあの連合は恐ろしい集団らしい。連合がバックについている昴でさえ彼らのことは怖い。
先日、栗原勇人ら不良グループに絡まれた昴は、クリティカル何とかという巨大組織を率いる藤綱千代という伝説のスケバンに助けてもらった。それは果たして偶然だったのか。偶然というには、あのショーはあまりにも出来すぎている。
おそらく、千代達も鷹取穂高と彼らが所属する何らかの組織と関わりがあるはずだ。一体どこまでが彼らの想定通りかはわからないが、穂高が事態を穏便に済ませようとして千代達に頼んだ可能性もある。あんなに色んな変人が集まる組織なら、千代の交友関係の中に穂高がいても不思議ではない。
何か重大なことを穂高は隠している。彼らも昴がある程度まで推理できていることはわかっているはずだ。姫野織衣も感づいている様子だったし、わざわざ現場を見せたのは昴を怯えさせるためだったのかもしれない。しかし彼らの世界はそれよりも恐ろしいものに思えた。
そんな考え事をしていると、いつの間にか一年次の体育祭は閉幕してしまっていた。赤組、青組、白組の中で青組が優勝したわけだが、白組である昴は興味が無かった。
閉会式が終わり、水道場に向かうと鷹取穂高と姫野織衣の姿を見かけた。彼らが学校で二人でいるのは珍しい、あの氷の女王はそもそも男子と一緒にいることが少ないのに。
「ほだ……」
声をかけようとした昴の脇を、スタスタと彼らは歩いて去ってしまった。彼らの後ろ姿を昴は見た。
穂高と織衣は千代達との一件を知っているのだろうか。穂高と千代はどういう関係なのだろう、わざわざ千代を差し向けて栗原達とのゴタゴタを解決させたのは一体どういう意図があってのことか?
「ピーヨちゃん」
体育祭も終わって生徒達が帰宅の準備をする中、昴は同じクラスの吾妻汐里に声をかけられた。
「どうしたの、委員長」
「一組の鷹取君がどこにいるか知らない? あの人にちょっと用事があるんだけど見当たらなくて」
「いや、僕はさっき水道場で見かけたぐらいだよ」
困った様子の汐里を見て昴は辺りをキョロキョロと見回したが、近くに穂高の姿は見当たらない。あまり穂高との親交がなさそうな汐里が一体どんな用事があったのか気になったが、その前に島原新が現れた。
「おい吾妻嬢、打ち上げに遅れるぞ」
高校一年生が同級生の女子を名字+嬢で呼ぶだろうか。度々昴はそれを疑問に思う。
「仕方ないわね……あ、そうだ。よかったら木取君も打ち上げに来る? と言っても、後で駅に集合してカラオケに行くだけなんだけどね」
「いや、僕はいいよ。用事があるから」
「残念。じゃあまた明日ね」
「「委員長(吾妻嬢)、明日は休みだよ(だぞ)」」
「あ、そうだった」
月曜は振替休日、平日の休みというのは不思議な気分がするものだ。汐里はフフフと笑って誤魔化しながら新と共に去っていった。
用事があるなんて嘘だ。昴の予定は空っぽだ、家に帰ったらすぐに寝るぐらいだ。いつもなら予習だの復習だの勉強で忙しいものだったが、最近は妙に疲れが溜まっていて気分が悪かった。
光輝の両親が殺されていた現場、そして不良少年が殺されていた現場がフラッシュバックする。昴は一瞬吐き気を催したが、すぐにブンブンと首を横に振って急いで帰宅しようとしていた。
「おい、ちょっと待ってくれよ木取!」
汐里達が去った後、帰ろうとした昴に立花斬治郎が声をかけてきた。何やら焦っているようだ。
「えっと……立花君? 何か用?」
斬治郎から直接話しかけられるのは初めてのことだ。彼も一応、能力者のはずだ。
「穂高を知らねーか? さっきから探してんだが、アイツ突然いなくなりやがったんだよ」
昴の背中に悪寒が走った。どうして鷹取穂高が消えたのか、この一連の騒動の当事者である昴は悪い方向に考えてしまう。
「携帯とかは繋がらないの?」
「アイツ、あまり携帯が好きじゃないんだよ。さっきまでそこらにいた気がするんだがなぁ」
「僕も探そうか?」
「いやいいよ、こっちで探す。アイツ、勝手にどっかをほっつき歩いていることもあるからなぁ……」
本当にそんな幼子のような放浪癖があるとしたら困ったものだ。だが昴には、突然消えた穂高がただの偶然のようには思えなかった。勿論、ただ汐里や斬治郎と入れ違いになっただけかもしれないし、先に帰った可能性も十分にあった。なのに昴には、穂高が何らかの事件に巻き込まれたようにしか思えなかったのだ。
じゃあまたな、と走り去っていった斬治郎の背中を見ながら、昴はポケットから携帯を取り出した。連絡先の一覧を見て、登録したばかりの連絡先に電話をかける。
『はーいもしもーし』
ありがたいことに彼女はすぐに電話に出てくれた。
「僕です、木取昴です」
『誰?』
「あの、先日神社で助けてもらった鶴です」
『あぁ、あの鶴の雛ね。何かちょっかい出されたの?』
伝説のクリティカル何とか連合のボス、藤綱千代を頼る他なかった。電話の向こうはやけに騒がしい。
「あの、僕のともだ……知り合いが危ないと思って」
『ふぅん。詳しく聞かせな』
栗原勇人ら不良グループが昴を狙ったことは千代も知っている。もしかしたら穂高が自分のように栗原達に呼び出されているのでは、と昴は考えたのである。穂高は能力者かもしれない、だが栗原達相手に使うわけにもいかないだろう、前のように拳一つで戦って大怪我を負うかもしれない。いや、仮に栗原達も能力者だったら、彼らの知り合いに能力者がいたなら穂高が危険かもしれない。
『話はよくわかったわ。で、なんていう奴なの、その消えた男子は』
「鷹取穂高っていう人です」
『……うん? え、アイツが?』
その名前が出てきたことが意外過ぎたのが、千代は気の抜けたような声だった。やはり彼らには接点があるようだ。
「もしかしてお知り合いなんですか?」
『あーいや、気にしないで。で、ソイツを探し出して助けろってことね?』
「はい。お願いしてもいいですか?」
『任せな、アタシの無駄に広い人脈ですぐに見つけてやるから』
「ありがとうございます、千代さん」
電話が切れる。鷹取穂高という男子の容姿について何も情報を伝えていないが良いのだろうかと昴は思いつつ、まずは学校中を走り回って穂高を探すことにした。しかしどれだけ探しても穂高の姿はなかった。
『池袋の西口の方にあるコンビニの監視カメラに映ってたらしいわ。その近くで思い当たる場所ってあんの?』
学校から出て周辺をうろうろしていた昴の携帯に千代から連絡が入る。そもそも監視カメラの情報を得られるだなんてどんな人脈を持っているんだと思ったが、今はそれにツッコまずに昴は千代に返事をする。
「わかりました。ここから近いので探してみます」
昴がそう答えると、電話の向こうで千代は「はぁっ!?」と驚いていた。
『アンタどういうつもりよ、自分が危険な目に遭うかもしれないってことはわかってるでしょ!?』
千代の怒号はもっともだ。もし穂高が面倒事に巻き込まれているのなら昴が一人で向かうのは危険だ。それは昴も重々承知だ。
「でも、僕は逃げたくないんです」
昴は自分が愚かだと知っていた。だがもう一度穂高と離れ離れになって後悔したくなかったのだ。
『……わかったわ。ウチのダチをすぐに寄越すから気をつけなさい』
それはあの連中に気をつけろという意味にも、千代達の仲間に気をつけろという意味にも聞こえた。湧き上がる恐怖心と戦いながら、昴は西池袋の街を走った。
昴には自責の念もあった。昴を標的に出来なくなったことで栗原達が穂高に標的を変えた可能性もある。昨今のことで鬱憤も溜まっているだろう、特に穂高は一度彼らに喧嘩をふっかけているのだ。あの時は引き分けに終わったが、栗原はバックに暴走族もいるため穂高の方が分が悪い。
多くの人が行き交う街中を走り抜け、昴は見知った場所の近くまで辿り着いた。そこは以前、栗原達の不良グループの少年の一人が殺されていた現場の近くだった。まだ現場には規制線が張られている。千代の仲間はまだ駆けつけていないが、昴はキョロキョロと辺りを見回して、人目が無いことを確認し規制線をくぐった。
この場所は気味が悪い。まるでここだけ時間が止まっているような、外の世界とは違うような雰囲気を感じる。それはビルの壁が薄汚れているからでも、醜いゴミが転がっているからでもない。
ビルの間を通り抜け、裏にある少し広いスペースに出る。まず目に入ったのは、壁や地面に突き刺さる無数の針だった。それは数十センチ程の細長い針で、コンクリートの壁に深く突き刺さっている。
昴は思わず自分の鼻を手で押さえた。明らかにゴミの臭いではない、それがすぐに血の臭いだと気づいた。そんな異臭を放っているのは、おびたただしい量の針が突き刺さった物体だった。昴にはそれらが一瞬何なのかわからず、近づいてそれらの並べられた物体を凝視した。
人だ。ようやく人の手が見えたため昴は気づいた。集中的に顔を刺されているため一つ一つの顔は判別できないが、髪色からして栗原達の不良グループの全員がいる。その真ん中には、執拗に惨殺されたと思われる栗原勇人の亡骸があった。
カタン、と突然上の方から物音がしたため、昴は慌てて上の方を見た。ビルの窓から誰かが見ているのかと思ったが、さらにその上だった。
屋上には昴達を見下ろすように、黒いコートを羽織って月の仮面を被った二人組が佇んでいた。顔を見なくてもわかる、一方は鷹取穂高、そしてもう一方、背中に大きな太刀を背負っているのは姫野織衣か。あの白いマフラーが目立つ。
「穂高、君……?」
昴がそう呟くと、穂高らしき少年は昴の視界から消えてしまう。続いて織衣らしき少女もいなくなってしまった。
現場に残された昴は、もう一度その現場を確認した。ようやく目の前の光景が現実だと理解すると、昴は耐えることが出来なくなった。足が動かず、昴は腹部を押さえて、胃の中にあったものを地面に吐き出した。何度も何度も、胃酸が逆流するほど吐き出した。
「お、おい。こりゃあなんてこった……!?」
千代が呼んでいた連合の仲間も到着した。駆けつけたのは図体がやたらでかい着物姿の『鯖折りの本郷』で、この光景を見て驚愕しているようだった。だがすぐに彼は昴の元に駆け寄って、昴の背中を擦っていた。
「おい少年よ、大丈夫か!? こりゃ一体全体どういうこった!?」
頭が重く視界がはっきりとしない。体も頭も心も、この現実を拒絶していた。
「信じ、られない……」
昴は本郷の胸に、気を失って倒れてしまっていた。




