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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-6『昴の調査』


 穂高が保健室から出てきたのは、彼が保健室に入ってから数分後のこと。軽い処置だけ済ませてスタスタと校門の方へ向かう。階段を転げ落ちたはずのダメージなんて忘れたかのように。ただでさえ大怪我を負っていたはずなのに、そんな風には見えなかった。

 その隣にいるのは、一年一組のクラス委員長である姫野織衣。良くも悪くも目立つ白いマフラーと銀色の髪が印象的だ。

 二人はバスやタクシーが多く行き交う大通りの歩道を二人並んで歩いていた。中性的な顔立ちの穂高は通りすがりに出会っても特に違和感はなく目立つことはないが、織衣の方はとにかく目立つ。本人が自覚しているのかはわからないが、その格好は池袋という繁華街の中にあっても異彩を放っている。しかし彼らは、ただの高校生のはずなのである。


 「この前、姫野さんがオススメしてた映画を見たよ」

 「『ファイアシティ・ワシントン』?」

 「うん。シーズン1からシーズン5まで見てきた」


 『ファイアシティ・ワシントン』といえば十数年前にアメリカで制作された映画だ。内容はD.C.ワシントン上空に出現した巨大UFOとアメリカ軍が戦うという、何ともありきたりな内容のもの。『陥落のワシントン』から『復活のワシントン』まで五つのシリーズが制作されている。


 「どうだった?」

 「その映画に自分の人生の貴重な時間を費やしたことを後悔したよ」


 彼が言うように、ファイアシティ・ワシントンは評価の高い作品ではない。迫力ある戦闘シーンは見応えあるものの、全体的なストーリー構成はクソだと評価されている。


 「そんなにダメだった? フィクションでも宇宙人が出てくるのは嫌い?」

 「いや、フィクションはフィクションで良いじゃん。でも突然話が進まなくなったり、終盤はドタバタしながら無理矢理話を畳もうとしたりしてたし……」


 大まかな内容は、崩壊したワシントンで米軍の将官が敵方である宇宙人と恋に落ち、愛の力で世界を平和にするというもの。それの殆どが何の脈絡もなく五作目で語られる。


 「穂高君にはお似合いだと思ったんだけど?」

 「え? 僕のことバカにしてるの?」

 「気のせいでしょ。私は老齢のA-10(サンダーボルト)がUFOと格闘するシーンが好きだったんだけど」

 「こんな映画に付き合わされる人達も大変だなと思ったよ」


 姫野織衣の趣味、映画鑑賞。わざわざつまらない映画を穂高が見たということは、彼女のレビューが上手かったのだろう。五作もシリーズ作品が作られたのだからさぞかし良い作品なのかと思えば、蓋を開けてみれば監督の趣味で作ったとしか思えない駄作なのだ。


 「アメリカって宇宙人と戦うの好きよね。私も戦ってみたい」


 そんな不思議な感想を織衣は残していた。


 池袋駅の東西入口を結ぶ地下通路を抜け、二人は東口に出た。そのままサンシャイン通りへと向かい、二人はビデオショップへ入った。


 「あ、これは最近見たやつ」


 『パワフル・ベイビーデイズ』という映画のDVDを織衣は手に取った。満面の笑みをこちらに向ける赤ちゃんがジャケットにデカデカと映っている。


 「面白くなさそう」

 「何よ、赤ちゃんが戦車をひっくり返すシーンは圧巻よ?」

 「超人的なパワーを持つ赤ちゃんがFBIやCIAと戦うお話か……どこかで見たような設定だし、ワンコインじゃん」


 安いということは、この世に溢れるほど品が出回っているか、そもそも需要が無いかだ。有名なタイトルが安いコーナーに並んでいることもあるが、ジャケットから伺うに格の違いが見える。


 「それは自分の目で見ないとわからないでしょ? ほら、百聞は一見に如かずって」

 「この世には見なくても良いことだってあると思うんだよ」

 「残念……」


 その後も織衣からいくつかの映画をおすすめされるも、それらのジャケットから絶妙に漂うB級映画臭を感じ取ったのか、穂高は全てに首を横に振っていた。結局織衣自身が自分で見るためのDVDやBDを購入し店を後にする。


 次に訪れたのは近場のゲームセンター。エスカレーターを上って音楽ゲームコーナーへ。二人共あまりゲームセンターに興味がなさそうに見えるが、穂高はリズムゲームの機械の前に立ち、織衣はそれを側で眺める。


 「姫野さんって音ゲーしたことある?」

 「やったことはあるけど、上手くはない」

 「じゃあ僕がお手本を見せてあげるよ」


 どうやら穂高はわざわざ自前の音ゲー用の手袋まで持っているようで、それを両手にはめて音楽をスタートさせる。有名なボカロ音楽のタイトルだ。ビートが細かく刻まれテンポも早く、用意されている音楽の中では難易度が高い方の曲だが、穂高は画面上を高速で移動する譜面を冷静に処理して連続コンボを決め続ける。結局フルコンボでその曲をクリアした。


 「……どう?」


 自信満々の表情で穂高は織衣に聞いた。対する織衣は、何とも冷めた表情だった。


 「楽しいの?」


 あるまじき言葉が放たれる。


 「……僕は楽しいと思ってるよ」


 傍から見れば高校生のカップルにしか見えないが、お互いの趣味に理解がなさ過ぎる。これでは穂高がどれだけ得意の音ゲーで腕を見せても、その頑張りは空回りするだけだ。

 穂高は落ち込んだまま織衣と共に下の階に降りてプライズコーナーへ。様々な景品を眺めると、穂高がウサギのぬいぐるみが景品の台の前で立ち止まった。


 「ちょっとこれやってみるよ」


 穂高は台に小銭をチャリンと入れた。


 「これも得意なの?」

 「上手くはないけど、集めるのは趣味なんだ」


 一回目。ぬいぐるみを掴みはするがアームが上に上がった反動で落ちてしまう。二回目も三回目も四回目も五回目も同様に。ウサギのぬいぐるみは取り出し口から遠のいてゆくばかりだ。取れそうで取れない、UFOキャッチャーではよくあることだ。


 「あぁ、取れない!」

 「ホント、上手くはないんだ」

 「だああああっ!」

 「意外とせっかちなのね」


 かれこれ格闘すること数分。せっかちな穂高とぬいぐるみの戦いにようやく終止符が打たれた。


 「やった!」


 スタッフから景品用の袋を貰い、穂高はウキウキした様子で景品のウサギのぬいぐるみを織衣に差し出した。


 「これ、姫野さんにあげるよ」

 「いらない」

 「は? ひどくない?」


 穂高は気を利かせたつもりだっただろうが、そもそも言い出しっぺは穂高自身であり、織衣が何か興味を示したわけでもなかった。


 「欲しいとは言ってないもん」

 「泣いちゃうよ僕?」


 泣きたいなら勝手に泣け、と織衣は言いかねない。ワンワンと泣き出した穂高を面倒臭く思って置き去りにしていくことだろう。


 「私は寂しくても死なないし」

 「それだと僕が構ってちゃんみたいじゃん」

 「穂高君ってそう見えるし、私は……」


 すると織衣も同じ台に小銭を入れた。アームはウサギの足に上手く引っかかり、織衣は一発でウサギのぬいぐるみを難なく手に入れていた。


 「欲しいものは穂高君より簡単に手に入るから」


 織衣は穂高が取った分と一緒に袋に入れた。


 「うま……」

 「これはまだファミリー向けの台だから、挙動見てれば簡単よ。ここだと設定が優しい方だし、景品を見ると在庫処分って感じがする」

 「ここの従業員でもやってるの? 弟子入りさせてよ」

 「やーだ。イライラしてる穂高君を見てるのも面白いから」


 なんだかんだ織衣はぬいぐるみが入った袋を鞄の中に入れ、二人はゲームセンターを出て池袋駅の方へ戻っていった。



 「でも意外ね、穂高君は人が多い所が苦手そうに見えるのに」


 人混みの中、通りを歩きながら織衣が穂高に言う。道行く人がたまに彼らを二度見していくが、大体の人は白いマフラーを首に巻いた銀髪の女子高生のことを見ているだろう。皆不思議そうに織衣のことを見ていくが、彼女自身、それに隣を歩く穂高もそれがさも当たり前のように振る舞っていた。


 「僕、そんな風に見える?」


 タオルで頭の汗を拭きながら穂高は言った。今日は日差しが一段と強く、数秒外にいただけで汗が吹き出る程だった。


 「うん。穂高君って海とか森の中にいそうだから」

 「へぇ。そういう姫野さんは、何というか近寄ってくるなって感じのオーラ出してるよね」

 「そう思ってるから」

 「僕にも?」

 「うん」


 穂高はきまずそうな顔をしながら、隣を歩いていた織衣から少し距離をとって歩いた。


 「冗談」


 そう言って織衣が小さく笑うと、穂高はスッと織衣との距離を縮めた。


 「姫野さんって、どれが冗談なのかわかりにくいね」

 「穂高君と違ってね」

 「僕の冗談は嘘くさいって?」

 「うん、演出過剰って感じ」


 何とも掴めない少女だ。そのクールでツンケンした態度は学校と変わらないが、冗談を交わすということはそれだけ仲が良いのだろう。彼女にとっても、穂高にとっても。


 「穂高君」

 「何?」

 「お腹空いた」


 子どもか、思わずそんな言葉が出そうになる。いや、よくよく考えれば高校一年生はまだ子どもだ。大人の階段を登っている途中だ。何ら不思議なことではない。


 「……何が食べたいの」

 「アイス」

 「一昨日も食ってたでしょ」

 「暑いから良いじゃん」


 二人の姿は、さながらおねだりする子どもとそれを諭す親のようだった。穂高も織衣と口論するのを諦め、ハァと溜息を吐いていた。

 通りから進路を外れて、二人は近くにあったコンビニに入った。中は冷房がガンガンに利いていて、炎天下の外とは打って変わって涼しい空間だった。


 「僕の財布っぷりは相変わらずだね」


 アイスコーナーの前で自分の財布を取り出しながら、穂高はアイスを選ぶ織衣を見ていた。


 「夏の日差しの下で食べるアイスって最高でしょ?」


 そんな織衣のことを、穂高は神妙な面持ちで一時の間ジッと見つめていた。


 「どうかした?」


 キョトンとした表情で織衣は言う。既に彼女はチョコ味のアイスバーを手に持っていた。


 「いいや、何でも」


 そう言って穂高は首を横に振り、織衣と同じアイスを取り出していた。


 ---


 サンシャイン通りから少し外れたところにある公園で、二人は柱にもたれかかってアイスを食べている。何やらまだ何か話しているようだが、ここは見通しが良いため迂闊に近づくことが出来ない。


 「……付き合ってるのかなぁ、あの二人」


 昴はメモ帳を確認しながらそう呟いた。昴が出した結論はそれだけだった。

 昴は穂高と織衣が学校を出てからずっと二人を尾行しており、今に至る。人通りはあるが障害物がないため、今は二人の姿が確認できるギリギリの場所から二人の様子を伺っていた。


 「穂高君って女運悪かったけど、大丈夫かなぁ」


 本当にカップルなのかは不明だが、二人の仲が一定の水準にあるのは確かなようだ。まだ穂高が転校してきてから二、三日だというのに、織衣はずっと前から知り合いだったかのような振る舞いだ。やはり、彼らの関係が気になった。

 彼らには何か隠し事がある。それは決して色恋沙汰とは思えない。だがきっと彼らは能力者に関する情報を知っているはずだ、光輝の謎も解けるはずだった。


 「あっ」


 ふと目を離した隙に、穂高と織衣の姿がなくなっていた。昴は慌てて辺りをキョロキョロと見回して彼らを探した。


 「いた!」


 北の方へ歩いて行く二人の姿を遠くに捉え、昴は慌てて駆け出した。しかし尾行がバレるわけにもいかないため、建物の陰に隠れながら一定の距離を保とうとした。が、彼らの歩く速度は明らかに速くなっていた。

 尾行がバレたか、いいやそんな素振りは見られなかった。昴は慌てて歩道を走るも信号機に捕まってしまう。苛立ちを感じながら信号を待って駆け出すも、二人の姿を見失ってしまい線路沿いの道路まで来ていた。


 「いなくなった……?」


 再び周囲を確認すると、線路の上にかかる陸橋の上に二人の姿があった。昴は全力で池袋大橋へ走る。上には辿り着いたが、二人の姿はなくなっていた。もう降りてしまったかと橋の向こうまで走り、西池袋に辿り着く。


 「どこに行ったんだろ……?」


 通りを見渡しても、人通りはあるが彼らの姿はない。確かにここまで来たはずだが交差点が多く、どちらへ行ったかもわからない。昴は頭をフル回転させて彼らの行動を予測しようとしてみるも、西池袋は飲食店やアダルティな店が立ち並ぶ地区で、二人が何か目的を持ってわざわざ来るとは思えなかった。もっと西へ向かえば出灰高校に戻れるが、今更戻る理由があるとは思えない。

 撒かれた。そう考えるしかなかった。昴の尾行が二人にバレて、尾行されにくい場所で見失わさせる。人混みの中でも昴は二人を尾行することが出来たが、こうも分かれ道が多いと判断に迷ってしまっていた。

 仕方がない、と昴は踵を返して駅の方へと戻ることにした。昴の尾行を撒いたということは彼らにやましい事情があるのだと考えたが、そもそも誰かに尾行されるのはどんな立場であっても気持ちの良いものではないだろう。今は一旦家に帰って情報を整理しようと、昴は足を進めようとした。


 「木取君」


 背後から呼びかけられ、昴は慌てて後ろを振り向いた。そこにいたのは、出灰の夏服を着た、何よりも目を引く白いマフラーを首に巻いた銀髪の少女、姫野織衣だった。


 「……姫野、さん」


 一緒にいたはずの穂高の姿はない。これも彼らの作戦か。


 「私達をつけていたのはどうして?」


 織衣の問いに、昴は何も答えなかった。今は、返答によっては何をされるかわからない。

 通りを通行人が通り過ぎていく中、二人だけはまるで彼らと違う世界にいるようだった。その視線で交わされる戦いは、通行人には感じ取れないものだ。織衣は銀色の髪をフワッと風になびかせると、再び口を開いた。


 「貴方は、どこまで辿り着いているの?」


 太陽の陰が差し掛かり、織衣の姿が闇に消える。その闇の中で銀色の髪が煌めき、一瞬だけ彼女の右目に青い光が灯されたように見えた。

 左の頬に、こそばゆい感覚があった。チラッと目をやると、小さな蜘蛛がやあ、とでも言う風に前の足を上げて昴に振っていた。織衣は昴の側まで歩いてくると、彼の左頬についていた蜘蛛を取り、自分の手の平の上に乗っけていた。


 「木取君。それは危険な好奇心。これには関わらない方が身のためだって聞いたでしょ?」


 やはり織衣も知っている側の人間だ。こう何度も指摘するのだから、彼らは昴のことを歓迎していない。だが、昴はもう止まれない。


 「……嫌だね」

 「どうして?」

 「僕はもう逃げるつもりはないんだ」

 「……どうして?」


 昴は唾をゴクリと飲んだ。織衣の視線は、氷の女王と言われて納得できるほど冷たいものだった。


 「それは、親友という言葉で十分なんだよ。僕にとっては」


 昴にとっては、それだけで十分だった。彼らの言う通りに能力者に関わるのをやめてしまうと、鷹取穂高という存在がとても遠くに行ってしまうような気がしていた。

 昴の答えを聞いて、織衣は少しだけ微笑んだように見えた。


 「そう。なら私は木取君を止めない。まだ穂高君と一緒にいたいと思えるなら……どんな穂高君でも受け入れられるのなら、その選択は後悔しないと思う」


 織衣は一歩足を進め、行き違う形で昴の隣に立つ。彼女からは淡い花の香りの制汗剤の匂いが漂っていた。


 「その好奇心は、私も一緒だった」


 すると突然路地裏から人影が現れた。そこにいたのは、体中痛々しい包帯やガーゼだらけの少年、鷹取穂高だった。


 「あぁ姫野さん、ここにいたんだ」


 穂高は織衣に声をかけた後、昴の方に目をやって言った。


 「気になる?」


 穂高は両目に青い光を灯していた。おそらくそれが、能力者と普通の人間を見分ける方法のはずだ。つまり今、彼は誰かと戦っていた。


 「見たいのなら見てみると良いよ。その上で、僕達と関わるか決別するかを決めたらいい」


 穂高はそう言い残すと、織衣と共に立ち去ってしまった。一人残された昴は、穂高が出てきた狭い路地裏の方へ足を進めた。クシャクシャのチラシや食べかけの弁当、空き缶等が散らばった路地裏に置かれたゴミ箱には、一人の少年がもたれかかって倒れていた。


 「なっ……!?」


 路地裏は薄暗く視界がはっきりとしないが、昴はその血生臭さに気づいた。慌ててスマホのライトで照らすと、地面には血溜まりが出来ていて、それが倒れている茶髪の少年から出てきているのだと判断できた。頭から血を流し、体の各所には『針』で刺されたような無数の小さな穴が空いている。昴は彼の側に駆け寄って脈を確認するが、もう息はしていなかった。

 昴は言葉を失っていた。少年の死を確認すると昴は後退りしたが、すぐに向かい側の壁に背中がついて逃げ場を失った。悲しむべきだろうか、この少年は栗原勇人が率いる不良グループの中の一人だ、間違いない。しかもその制服は、昴が通う出灰のものだ。

 いいや、今は人間一人の命の重さとその悲哀を嘆くことなんて昴には出来なかった。ここで惨殺された彼のことを見ていることしか出来なかった。

 警察へ通報しようとやっと腕が動いた時、路地の向こうからタッタッタと誰かの駆ける足音が聞こえた。そこに姿を現したのは、栗原勇人だった。


 「おい、お前……!」


 路地裏の惨状を見て、彼もまた言葉を失っていた。

 だが今、栗原勇人は昴に疑いの目を向けている。彼らかすれば、現場にいる昴が少年を殺したようにも見えたのだろう。

 そんな中、辺りにパトカーのサイレン音が響いていた。


 

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