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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-5『昴の推理』



 昴は何も集中できなかった。いつもなら突然教師に指名されても難なく正しい答えを答えられていたのに、今日はずっとあやふやなことばかり言っていた。保健室で休んだ方が良いんじゃないかと周囲に心配される程に昴の情緒は安定していなかった。

 怖い、恐ろしい、だが気になる。興味が湧いてしまう。自分が怯懦な性格であることは昴も自覚しているが、これまでの人生の中でこれ程濃密な日々を過ごしたことはない。

 気づけばもう放課後だ。今日一日、授業でどんなことを教わり、友人達とどんな言葉を交わしたのか昴は覚えていない。教室にはもう誰もいなくなっていた。

 一息ついて席から立ち上がろうとすると、机の中に大量のメモが入っていたことに昴は気がついた。それは今日一日、彼が今の状況を精一杯考察し続けた証だった。


 昨日、光輝の家から逃げ帰った昴はすぐに情報収集に取り掛かった。情報を得るためのツールを駆使し、昨今の情勢、四月デストラクション以降東京で広まる都市伝説や様々なニュースを調べ尽くして分析した。寝る間も惜しんで調査した結果、彼は結論を導き出した。


 『能力者』は存在する。

 その力の詳細はわからないが、一般常識では説明不可能な特殊な力を持つ人々は、確かにこの世界に存在する。それは自分の目で確かめた、彼らは人智を超えた力を操り世界を混乱に陥れた。ならば、漫画や映画など空想や創作の世界で散々扱われてきた魔法や超能力のようなメジャーな特殊能力が、どうして現実の世界で知れ渡っていないのか。四月以降、あれだけ世間に露出しているはずの能力者達について誰も知らなかったどころか、未だにその存在が確実視されていないのはどうしてだろうか。

 考えられる理由は二つ。まず、この日本を襲うテロ組織が独自に開発した新兵器という可能性。自衛隊に史上初の防衛出動が発令される程の事態となった大規模テロにおいて、一晩の間彼らは好き放題暴れてみせた。しかし何が目的だったのか、そこにどんな政治的・宗教的理念があるのか、ただの快楽目的なのか復讐なのか、誰も知らないのだ。彼らは一切犯行声明なんか出さないし、一体どういう思想で統一された集団なのかも判明していない。あのテロ組織、白地のコートと仮面で統一された異常な能力者達が、何らかの目的で開発したとも推理できないことはない。


 もしくは、この世界に元々能力者は存在していたが、隠匿されていたという可能性。都市伝説上で広まっていく能力者達の力を見るに、彼らの力はかなり使い勝手が良いように思えた。そんな力が遥か昔から存在していたのなら、今頃全世界に広がっていても良いはずだった。軍事機密だった科学技術が段々と民間に流れていくことだってある。各地の伝承や神話にだって、明らかに人間とは思えないような存在だって多く登場するのだ。

 だがもし、この世界に存在している能力者、能力という力を独占出来たらどうだろう。四月のようなことを引き起こせるのなら、この世界を支配することだって難しくないはずだ。それを目論む連中がいたっておかしくない。それがあのテロ組織かもしれないし、ずっと昔から能力者の組織は存在していたのかもしれない。しかしそれらが仮に存在していたとしても世間に知れ渡っていないのは、その背後に大きな権力が君臨しているからだろう。警察や政府といった公権力が彼らの庇護者だったとも推理できる。

 能力者達を世間から隠すことのメリットは、まずその強大な力を独占できること。少ない人間だけで管理できるなら、その利益を享受できるのは彼らだけだ。その特殊な力はきっと様々な場面で応用が利くはずだ、戦えるなら戦争をも動かすことが出来る。

 それに、国家が彼らを隠さなければならないという事情もあるだろう。能力者という存在をひた隠しにしていれば、それを知る人は限りなく少ないものとなる。もしその強大な力が反社会的思想を持つ人間達に知れ渡ってしまった場合、それは未曾有の混乱を引き起こすことだろう。この能力者が公となって対策された専門の部隊が結成されたとしても、そもそもその力を操る者がいなくなってしまえばいい。銃による事件を減らしたければ銃を規制すればいい、それなら他の凶器にすり替える事ができる。政府や警察が昨今の事件について曖昧な問答を繰り返しているのは、そんな事情が背景にあると考えれば納得がいく。


 『能力者』の噂自体は今や日本中に流布している。SNSを良く見ている人間なら毎日のようにその文句を目にしているはずだ。しかしそれらは、あの日から半年近く経った今でもオカルトにジャンル付けされるような話に過ぎない。そこに様々な恣意的な思想も加わり、警察や行政の責任を厳しく追求するような論説にすり替わっていく。多くの人が能力者という存在を信じきれないのは、やはり現実味がなさ過ぎる話だったからだ。


 しかし昴は、鷹取穂高と立花斬治郎、十川光輝が本当に超能力者なのだと信じていた。それが昴の出した結論だ。だが彼らは一体何者だ? 昴の目には、穂高と斬治郎はこの日本を攻撃するテロ組織と戦っているように見えた。おそらく警察のような公権力の庇護の元で、だ。春住深山という警察らしき男が警告しに来たことも頷ける。しかし昴が知る限り、昔の穂高が超能力めいた力を持っていたとは思えない。きっと昴と離れ離れになった五年の間で、どこかでその力を手に入れるタイミングがあったのだと思われるが、その力の仕組みまでは調べようがなかった。

 ただ昴の頭に引っかかったのは、『能力者狩り』の噂だ。四月以来能力者という存在が噂されるようになってから程なくして、東京周辺では彼らテロリスト達を襲撃している冷酷な殺人鬼の噂も広がっていた。能力者狩りは残忍な手段でテロリスト達を夜な夜な殺害しているというヒーローでもあり恐ろしい存在でもあったが、七月頃からその噂は自然と消えていった。

 だが一昨日、駅前の事件で現れた謎の少女は穂高のことを『元能力者狩り』と呼んだ気がする。まさかとは思うが、穂高も能力者ならそれも可能なのかもしれない。しかし以前噂されていた能力者狩りはただの猟奇的殺人鬼だ。相手がテロリスト達だったから良い扱いをされているだけだった。

 そして十川光輝は、あのテロリスト達のトレードマークである白いコートを着ていた。昨日の一件までは何度も光輝と連絡を取っていた昴だったが、テロリストの一味となってしまった彼を恐ろしく思ってしまい連絡するのを躊躇っていた。今日も光輝は体調不良という理由で学校を休んでいるが、もう二度と来ないかもしれない。

 光輝と敵対した穂高、今の友達とかつての友達は敵同士──それ以上深くは考えないようにした。


 自分に一体何が出来るだろうと昴は考える。その答えは一つ、彼らが言う通り『関わらないこと』だ。彼らは能力者という存在を隠したがっている、それが公になれば彼らは不利益を被るのだろう。これまで多くの事件が起きていながら能力者の存在を声高らかに唱える人がいないのは、昴のように警告を受けたからかもしれない。仮に知ったとしても、多くの人間達は能力者達と戦う術を持っていない。警察に通報しようにも、彼らはそれを隠すかもしれない。

 ならば何故、こんな推理に辿り着く程に情報が散らばっている? 確かに調査して分析するには時間を費やしたが、昴でも一晩かければある程度考えがまとまるぐらいには推理出来たのだ。彼らが本当に能力者という存在を隠したがっているのなら、そういった噂を消すぐらいの情報工作は施すはずだ。

 彼らは一体どこまで想定しているのか?

 昴がこの推理に辿り着くことも知っているのか?

 これらの噂や都市伝説が、全て真っ赤な嘘ということがあるのか?


 『お前が、賢い人間であることを祈っている』


 春住深山という男は昴に警告した。彼はきっと向こう側の人間だ。この数日間の鷹取穂高と十川光輝の行動、そして昴が体験した出来事は、果たして能力者が存在するという事実だけで片付けることが出来たのか。光輝が栗原達に暴行を受けていたことも無関係だとは思えない、だが昴が持っている知識ではそれらの出来事を論理的に繋ぐことが出来ない。

 彼らの行動の全てが罠のようにも思えた。好奇心に身を任せて足を踏み入れると、より死が近づいてくることだろう。


 しかし、昴は逃げようとは思わなかった。

 五年前、昴は戦場から真っ先に逃げた。穂高や椛を探さなかったことを今でも悔やんでいる。昴の母親は、戦火に包まれた福岡で医師として最後まで戦って命を落とした。父親は今も紛争地帯という危険な地域で医師として飛び回っている。昔は仕事ばかりで忙しい両親を昴は嫌っていたが、今は誇りに思っていた。

 関わらないこと。それはきっと正しい判断だろう。穂高が昴のことを忘れているのは福岡での出来事がきっかけの可能性もある。ならば下手に思い出させるより、今のままである方が穂高にとっても幸せだろう。昴は穂高と昔の思い出を語り合いたくてしょうがなかったが、今の彼の過去に触れるのは危険だ。

 

 昴は知ってしまったのだ、穂高の妹である鷹取椛が殺害されたことを。昨夜、ネットで情報を集めていた際に当時の記事を見かけた。その事件を信じられずに、昴はその記事を何度も読み返した。六月に鷹取椛は殺されたのだ。

 あんなにシスコンだった、いや妹思いだった穂高が、妹を殺されてただで済むはずがない。事件の容疑者三人が留置場で死亡したという記事を見て昴はまさかと考えた。しかし彼が本当に能力者なら、そんなことも出来るかもしれない。

 都内に住む女子中学生が誘拐されて殺害されたという事件は十分大きな事件である。しかし昴は昨日調べるまで知らなかったし、事件自体も容疑者死亡のまま書類送検されて終わってしまっている。今となってはネット記事で数件ぐらいしか見つけることが出来ないし、それらは事件を端的に報じているだけだった。

 いや、その事件の報道が世間に流されてしまったのは無理もなかった。鷹取椛の誘拐事件の直後に、和光事件が発生している。和光事件は埼玉県和光市や朝霞市、そして練馬区北部を中心とした謎の大量死事件だ。あのテロリスト達による犯行とされているが、一晩の内に誰にも気づかれずに一万人もの人々が殺されるとは信じがたいが、今は毒殺という説が有力だ。

 何の偶然か、穂高や椛が住んでいたのも練馬区北部の光が丘周辺だ。椛の誘拐事件を光が丘警察署が処理していることから、居住地域もある程度絞り込むことが出来る。

 これは偶然か?

 能力者と思われる鷹取穂高。

 殺された彼の妹、鷹取椛。

 穂高が住む地域で起きた和光事件。

 これらは果たして無関係だろうか?

 もしも能力者という存在を隠したい勢力がいるのなら、穂高に関する情報も極力消去するはずだ。しかし昴は、これらの記事を手がかりに信憑性は高いとは言えないが推理することが出来ている。

 だがやはり、これら全てが昴に対する警告のように思えた。これら一連の事件の背後には、昴一人では到底立ち向かえないような巨大な勢力が存在する。春住深山という男が言った『賢い人間』とは一体何なのか? これら能力者に関する推理を導き出した上で、関わらないことが賢い選択なのか?

 

 昴は席を立ち上がり、鞄を持って教室の出口へと向かう。出口の側にあったゴミ箱に大量のメモをクシャクシャに丸めて捨てていた。

 吹奏楽部が奏でるハーモニーが校舎に響く中、昴は一人廊下を歩いていた。今は体を疲労感が襲っている。おそらく昨夜眠れなかったことによるものだろう。情報集めをしていたのも原因だろうが、単純に最近は寝付きが悪くなっていた。昴の身の回りで、様々な事が起き過ぎている。

 昴はボーッとしながら靴箱とへと向かっていた。はずだったのだが、どうやら靴箱とは逆方向へ来てしまっていたらしい。トイレと中庭に続く玄関しか無い、校舎一階の片隅。普段から通りがかる生徒が少ないその場所に彼はいた。


 「……穂高、君?」


 トイレ近くの階段の下で、包帯だらけの穂高が倒れていた。昴は慌てて穂高の元に駆け寄って彼の意識を確認する。


 「穂高君!? ねぇ穂高君、何があったの!?」


 穂高の側でそう呼びかけると、階段の上から物音がした。そちらに目をやると、階段の踊り場に一人の男子生徒がいた。彼の顔には見覚えがある。光輝を襲撃していた不良グループのリーダー、栗原勇人だ。彼はニヤリと笑って階上へ消えていったが、それを追わずに昴は穂高の元にいた。

 穂高はただでさえ大怪我を負っていたのに、今度は階段から突き落とされたのだろう。昴が呼びかけ続けていると、穂高は頭を擦りながらゆっくりと起き上がった。


 「い、今すぐ保健室に行かないと」


 しかし、手を差し伸べる昴の手を穂高は優しく振り払った。その直後、昴がギョッと表情を強張らせたのは、穂高がこの状況下で笑っていたからだ。


 「わかった……わかったかもしれないんだ。急がないと、多くの死人が出るかもしれない」


 穂高が一体何を言っているのか、昴にはその意味がさっぱり理解できなかった。穂高はゆっくり起き上がり、その一歩を踏み出そうとする。


 「ダメ」


 そんな穂高の左腕を、ギブスが巻かれた腕をがっしりと力強く少女がいた。特徴のある銀色の髪、屋内でも常に首に巻いている白いマフラー。突然現れた少女に昴は視線が釘付けになった。穂高も彼女の姿を確認すると、ハァと溜息を吐いていた。


 「……姫野さん」

 「まったく、手がかかるんだから」


 銀色の髪を揺らす女子生徒の名は姫野織衣。隣の一組のクラス委員長をしている『氷の女王』だ。そんなあだ名をつけられているのはそのクールさが理由だが、その銀色に染めた髪色は校則ギリギリもいいところ、それにどうして入学してからずっと首にマフラーを巻いているのかも謎なのだが、そのクールでミステリアスな雰囲気は男子に人気だ。ただ、そんな彼女が男子と話している姿を昴は初めて見た。


 「何か用?」

 「立花君が探していたから、私も探してあげてたの。で、また怪我したの?」

 「階段を踏み外しちゃってね」


 まさか、そんなはずはない。昴は目撃したのだ、栗原勇人の姿を。しかし穂高は彼について一切触れなかった。


 「面倒事に首を突っ込むのは穂高君の勝手かもしれないけど、私は穂高君のおかげで無駄に仕事を任せられちゃったんだから」


 織衣はそう言い残して職員室の方へ歩いて行こうとする。


 「えっと、姫野さん」


 そんな織衣を昴は思わず呼び止めた。織衣は不思議そうな表情で昴の方を見た。


 「貴方誰?」

 「あ、二組の木取昴って言うんだけど……」

 「私に何か?」

 「えっと……」


 織衣のことを呼び止めたはいいものの、昴は何と問いかけようか考えていなかった。穂高との関係を直接聞き出すわけにはいかない。能力者としての穂高を織衣が知っているのかと勘違いしたが、織衣は穂高と同じクラスの委員長だし彼のことを知っていても不思議ではない。転校初日から大怪我してくるような奴がいたら、そりゃ仕事を増やされたと不機嫌になっていてもしょうがない。


 「ぼ、僕が穂高君を保健室に連れて行くよ」


 どうにか自然に話を繋ごうと出した言葉がそれだった。そもそも織衣は階段から転げ落ちたという穂高を放って去ろうとしていたが。


 「うん、それじゃよろしく」


 織衣は素っ気なくそう答えて立ち去っていく。織衣は重傷の穂高を見て呆れた様子だったが、それを当たり前のように扱っていることに昴は疑問を抱いていた。これが彼女が『氷の女王』と呼ばれる所以か。


 「えっと、大丈夫なの?」

 「保健室に行ってくるよ」

 「ぼ、僕もついてくから」


 残された昴は、負傷した穂高を支えて保健室へ向かおうとしたが、体格差で上手く支えることがない。身長差はそれ程無いように思えたが、彼も身長が伸びたなと昴は思った。

 ただ、思っていたよりも穂高は平気そうに歩いているが。


 「手伝おっか?」


 背後から聞こえた女子の声に反応して、昴は後ろを振り返った。そこには吾妻汐里が笑顔で佇んでいた。


 「え、いや、委員長に手伝ってもらうのは……」

 「あ、私じゃなくて島原君が」


 汐里がそう言うと、突然昴の体が軽くなる。昴が左隣を見ると、そこには穂高の体を支える、長身でメガネをかけたインテリ風の男子、島原(しまばら)(あらた)が無言で立っていた。こっちが本物の二組の委員長だ。


 「あ、えっと……じゃあお願いします」

 「じゃあね、ピヨちゃん」


 ニコッと汐里は昴に微笑んで、穂高達と共に保健室の方へ去ってしまった。汐里に気圧されてしまった昴は、渋々家に帰ることにした。

 ……怪しい。

 どうも彼らは、あの鷹取穂高と、能力者と関係があるように感じた。まだ調査のしがいがある、と昴は考えた。


 

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