3-4『かつての友、今の友』
本当に何なのだろうかと、カフェテリアの隅の席で頭を抱えながら昴は考える。何か面倒事に巻き込まれてしまっているのは昴もわかっている。いや、むしろ彼らが巻き込んできたように思える。また穂高と話しても相変わらず昴のことは思い出していないようだし、昨日の件については一切触れてこなかった。昴も自分からその事件について聞き出せなかった。
『自分の命が惜しいなら』
穂高に問い質そうとしても、自分の命が危ないだけだと昴は諦める。あれは明確な警告だ。噂通り、政府か何らかの組織が超能力者達という存在をひた隠しにしているんだと思うしかなかった。
本当に穂高は記憶を失っているのか、そんな疑念さえ浮かんでしまう。そういう設定というだけで、実はとんでもない悪事に彼らが絡んでいる可能性だってある。
昨日、確かに穂高は昴の目の前でテロリストを倒した。彼は正義か悪か、そんな迷いは無駄なはずだった。昴が知る鷹取穂高という少年は、そんな人間ではなかったからだ。だが今、穂高を信じるには疑いが多すぎる。
「ピーヨちゃん」
「へぇっ!?」
考え事をしている最中に声をかけられ、昴は背中をビクッとさせて驚いてしまう。テーブルを挟んで向かいには、茶髪のポニーテールを赤いリボンで留めた少女、吾妻汐里が心配そうな面持ちで佇んでいた。
「い、委員長?」
汐里は昴と同じクラスの同級生で、皆に委員長と呼ばれている。それはただのあだ名というだけで、実際に彼女は委員長ではない。
「大丈夫? 何だか上の空みたいだったけど」
「ああ、ちょっと考え事をしてただけで……」
「一組の、鷹取君のこと?」
昴の体がビクッと震えた。一瞬、例の事件に無関係であるはずの汐里が知っているなんて、と昴は勘繰ってしまったが、昴と穂高が知り合いだったということは今や周知の事実となりつつある。
「穂高君とは、色々とあったから」
作り笑いを浮かべて昴は汐里にそう返した。複雑な心境なのは確かだ、五年ぶりに再会した親友は記憶を失っていて、その上とんでもない裏を持っている可能性がある。
汐里は昴の前の席に座って、ニコニコと微笑みながら言う。
「そうよね、突然あんな姿で学校に来るんだから心配にもなるわよね」
「あ、うん。そうだね」
今日も見事に穂高は全身包帯やガーゼだらけで痛々しい姿だが、それが一年生の間では名物になりつつある。
「それに彼、記憶喪失なんでしょ? 噂は聞いたけど……五年前のことを考えると仕方がないのかもしれないわね」
単純に穂高の中で昴という人間の存在が希薄だっただけかもしれない。昴が親友だと思っていても、向こうからすればそうじゃなかったかもしれない、そんな事実が背景にあったなら昴はもっとショックを受けてしまう。五年間も音沙汰がなければ忘れるのも無理はない。
「あ」
汐里はハッと何かを思い出したかのように手をポンッと叩いた。
「ピヨちゃんって、十川君と仲良いでしょ?」
「う、うん」
「その十川君が、始業式から学校に来てないのよね。学校で何かあったっていう話は聞いたこともないから、何事だろうと思って……」
三年に栗原勇人という素行の悪い生徒がいるように、この学校は決して風紀が良いわけではないが、あからさまないじめ等の話は聞いたことがない。
「光輝君は、ちょっと体調を崩しただけだよ」
栗原勇人という先輩から暴行を受けていた件については話さないことにした。光輝自身からも口止めされていたし、下手に汐里に明かしてしまうと、責任感が強くて行動力のある彼女は自分一人で解決しようとするかもしれない。汐里が暴行を受ける姿など想像したくもなかった。
光輝は栗原達との関係を明かそうとしないため、昴もほとぼりが冷めるまでは聞かないでおこうと決めていた。来週には学校に行けるかもしれないと光輝は言っていたが、栗原達との件は解決していないように思えた。
汐里は腕を組んで、考え込んでいるようだった。委員長というあだ名を持つ汐里は責任感が強く成績も優秀で、クラスの皆に信頼されている。様々な相談事を受けていることも多く、来年には生徒会長だろうと囁かれている。汐里は光輝と仲が良いようには見えなかったが、クラスメイトである彼のことも気にかけてくれているらしい。汐里は難しそうな顔をしながら口を開いた。
「まぁ、十川君のお姉さんのことを考えるとね……」
四月デストラクション以来、不登校となった生徒はちらほらと見られた。どこかへ転校してしまった生徒も多い。家族や友人を失い、人生の変革を強いられたのだ。
十川光輝もその一人だ。彼は六月末に起きた和光事件で、大学生だった姉を亡くしている。光輝がその死をどれだけ悲しんでいたかを、彼は強がって泣いている姿こそ誰にも見せなかったが、側にいた昴は知っている。夏休み中は気丈に振る舞っていたが、やはりそのショックは大きかったはずだ。
「ピヨちゃんは十川君から何か聞いてる?」
「まぁ元気そうだよ。今週中は難しいみたいだけど、来週には来れるみたいだから。今日、お見舞いにでも行ってみるよ」
昔の友人も大切だが、今の友人のことも勿論大切だ。学校へ来ていない光輝にも数度連絡を入れているが、まだ穂高のことは話していない。
先日、暴行を受け痣だらけとなった光輝の姿は昴の脳裏に焼き付いている。もう二度と、あんな姿は見たくない。光輝は栗原という先輩と何らかのトラブルがあったに違いない。それを解決するのは昴の力量では難しいが、何とか助けてやりたかったのだ。
昴と同じ中学だった光輝の家は、昴の家から自転車で十分程だ。何度か訪ねたことはあるが、少し前までは光輝自身か彼の姉ぐらいしか見かけたことはない。共働きで忙しい両親は滅多に見たことがなかった。
比較的裕福な光輝の家は東京という土地で庭付きの広い一軒家を持っていた。木々が生い茂る歓声な住宅街の一角、小さな公園の隣に豪邸が見えた。その一角は薄暗く、お化けや妖怪が出そうな、不気味な雰囲気を醸し出していた。
人気がなさ過ぎる。五時を過ぎた夕方でも、ここら辺は一定の人通りがあったはずだ。今日はどうしてか、駅からこの場所まで誰ともすれ違わなかった。
学校を出る前に昴は今日家に行っていいかと連絡を取ったが、光輝からの応答はない上に既読すらつかなかった。寝込んでしまっているのか、もしかしたら倒れているのかもしれないと昴は不安に思っていた。
光輝の家に明かりは点いていない。夏の間は日が沈むのは遅いが、もう点けてても良い時間帯だ。車庫に車は停まっていて、光輝が愛用していたはずの赤い自転車はぐにゃぐにゃに折れ曲がっていた。
門の脇に設置されたインターホンを押す前に、昴は玄関のドアが半開きになっていることに気がついた。それを不審に思った昴は、門を開けて敷地に入り、恐る恐るそのドアを開いてしまった。
「ひっ……!」
昴は絶句した。まず、廊下の壁に大量の巨大な針で磔にされている光輝の父親の姿。その側には、リビングから出ようとしたのか廊下に向かって倒れている血だらけの光輝の母親の姿があった。その体に頭はついていなかった。
頭から血の気が引いてよろめき、玄関のドアを掴みながら踏ん張ろうとした。だがふと下の方を見ると、そこには光輝の母親の頭がゴロンと転がっていて、昴は驚いて地面に尻もちをついてしまっていた。
「な、な……どうして、どうして!?」
廊下の奥には、太陽の紋章が刻まれた白いコートを羽織った人物が、昴に背を向けて佇んでいた。その体には無数の針が刺さっていたが、血は流れていなかった。彼はゆっくりと昴の方を振り向く。その顔が、その鬼の形相が昴の目に入る。
「こ、光輝君!?」
光輝らしき少年は、昴がここへやって来たことに驚いた様子だった。
「昴……!? どうしてここに来た!?」
「だ、だって心配だったから」
光輝だ。昴はその少年が光輝だと信じたくなかったが、どれだけ頬を強くつねっても現実は変わらない。
「これは何なの!? それにその白いコートは……!」
太陽の紋章が描かれた白いコートは、この日本を混乱に陥れるテロリスト達のトレードマークだ。どうして、どうして光輝がそんなものを身に着けているのかと、昴は信じられなかった。
「お前には……お前には関係ない。全部、能力者狩りのせいなんだ」
「の、能力者狩り……!?」
すると、光輝の体に刺さっていた無数の針が宙に浮かんで一気に向きを変え、昴に襲いかからんとしていた。昴は思わず頭を抱えたが、その時眩い光が放たれる。
雷が落ちたかのような眩い光に、昴は思わず目が眩んでいた。目を瞑っていてもその輝きをヒシヒシと感じる。
昴が目を開けると、目の前には月の紋章が描かれた黒いコートを羽織った黒髪の少年が体に煌めく光と禍々しい闇を纏い、光剣を持って佇んでいた。昴を庇ったのか、包帯だらけのその体には無数の針が刺さっていた。
「だから関わるなと言ったんだ」
自分の体に刺さった針を抜きながら少年は昴に言った。そこにいたのは、昨日も一昨日も昴を助けた、鷹取穂高だった。
「ど、どうして穂高君がここに? それにその怪我は大丈夫なの!?」
「慣れてるから大丈夫」
「そ、それにも慣れてるの!?」
昴が知らない五年間もの間、ずっと拷問でも受けていたのかと思ってしまう程に穂高は痛みに強くなっていたようだ。目を瞑っていたい程に痛々しい光景だが、それでも穂高は笑っていた。
「ここから逃げるんだ、早く」
「で、でも」
「君に一体何が出来るんだ」
昴には何も出来ない、それが突きつけられた現実だった。彼が言う通り、昴はここからいち早く逃げるのが賢明な判断だ。
昴と穂高が会話している間に、穂高の背後から光輝が宙に浮かべた何百何千もの針を穂高に向けて放とうとしていた。再び放たれた眩い光の隙に、昴は足を躓かせながら光輝の家から逃げ出した。外に停めていた自転車まで辿り着くと、自分の家に向かって無我夢中に漕いでいた。
全て忘れるんだと、昴は自分に言い聞かせる。何も不思議なことなんてなかった。何もなかった、何もなかったんだと、自分の学生鞄に突き刺さっていた針を道端に投げ捨てながら、昴は必死に自転車を漕いでいた。




