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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-3『聴取拒否』



 『本日午後五時半頃、都内で男が無差別に通行人にナイフで切りかかる事件が発生し、警察によるとこれまでに二十人あまりの負傷者が確認されているとのことです。男は駆けつけた機動隊によって射殺され……』


 風呂上がりに昴はテレビを点け、七時のニュースを確認する。最早事件毎にわざわざ特集を組むほどの真新しさも無くなったため、現場の映像や目撃者へのインタビューだけを報じて次のニュースへと切り替わる。あの現場にいたはずのセーラー服の少女と二人の少年については全く触れていなかった。

 誰も真実を知らない。それは四月デストラクションからずっとだ。あの日以来、政府やマスコミはずっと何かを隠し続けているとまことしやかに噂されている。彼らの説明は確かに辻褄が合っているように思える、しかし巨大なテロ組織による攻撃だけでは説明がつかない程の現象がいくつも起きている。現場を実際に見たという数々のSNS上での証言から、それはやがて『能力者』という都市伝説を作り上げた。この日本を、特殊な能力を持った超能力者が襲っている、と。

 しかし、どれだけ事件が発生して目撃者がどんな証言をしても、そんな存在なんて信じられないというのも事実だった。公式の発表が全くない以上、それらの都市伝説はSNS上でしか流布していない信憑性に乏しい資料でしか語ることが出来ない、そのため話題性を面白がる人間達によるデマだと受け止める人々もいる。それらが都市伝説の域を超えられないのはそういった事情もあった。

 都市伝説で語られる超能力というものは未だに科学で説明できるものではない。感情論を抜きに論理的に説明するのも難しい。政府やマスコミを信じられないからという理由だけでその都市伝説を語るのなら、この情報化社会を生きるのは難しい。


 昴自身も、そんな世界の話を信じてはいなかった。興味はあったものの、それはあくまでオカルトとして語られるものだと割り切っていた。だが昴は現場をその目で実際に見たのだ。しかしあの二人は本当に鷹取穂高と立花斬治郎だったか。それさえも信じられなくなってしまう程に昴の頭は混乱していた。彼が本当に鷹取穂高なら、あの包帯やガーゼは飾り物か? 昨日のあの喧嘩で受けた傷がたった一日で回復できてしまうのか。


 『次のニュースです……』


 昴の世界は、あの日以来目まぐるしく移り変わっていった。五ヶ月前から、いいや五年前から。五年前の出来事がなければ、今もまだ福岡に住んでいたはずだ。もしも父親まで亡くなっていたら東京に来ることもなかっただろう。その時はきっと遠い親戚の家に預けられるか施設にでも入れられていたはずだ。

 色んな未来があったはずだった。しかし巡り巡って、昴は奇跡的な確率で東京で鷹取穂高と再会することが出来た。しかしもう、彼は昴の知る鷹取穂高ではなくなっていた。当たり前だ、小学生だった彼と高校生になった彼が同じであるわけがない。昴がそうであるように、穂高だってこの五年間で様々な世界を知り、自分の世界を広げ、大人になっていくのだから。


 「穂高君……」


 棚の上に立てられた写真立てに、五年前に撮った写真が入っていた。


 「椛ちゃんは、元気にしてるのかな」


 カメラ──昴の母親に笑顔を向ける少女、鷹取椛。その両隣にいるのは、サッカークラブのユニフォームを着た鷹取穂高と、彼を応援するために駆けつけた木取昴だった。


 幼い頃の昴は病弱だった。循環器系が弱く、長期間の入院生活こそ無かったものの経過観察のため定期的に通院する生活を送っていた。激しい運動をすると発作が起きかねないため、昴は外で遊ぶ子どもを眺めているだけだった。

 鷹取穂高との出会いは小学一年生の時、校庭のベンチに座っていた昴の顔面に穂高がサッカーボールをぶつけたことが始まりだった。あまりの痛さに大泣きした昴は保健室に運ばれたものの、鼻血が出ただけで済んだ。確かに痛かったが、ペコペコと謝る穂高をおかしく思って、昴は彼に興味を持つようになった。

 それからは校庭で穂高がサッカーをしている姿を、ボールが飛んでこないか気をつけながら昴は眺めるようになった。穂高は昴が病弱なのを理解して、軽いパス回しやリフティングを教えたり、図書室に入り浸る昴の元へやって来ることも増えた。穂高が所属するサッカークラブが家の近くで練習していることを知った昴は、暇な時にグラウンドを訪れるようにもなった。次第に昴は、自分の境遇もあってか穂高に憧れるようになっていた。


 穂高の妹である椛と知り合ったのは、練習が終わる頃にいつも彼女が穂高を迎えに来ていたからであった。椛が穂高をお兄ちゃんと呼んだことで昴は初めて彼が男だということを知り、そして穂高も初めて昴が男だったことを知った。三人は学校外でもサッカーの練習がない時も会うようになり、お互いの家に上がり込むぐらいの関係になっていった。

 五年前、確か冬に開催されるサッカーの全国大会に備えていたはずだ。前年度に続いて連覇がかかる大会だったが、あの事件が起きた。穂高が所属していたサッカークラブは現在活動しておらず、彼らの活躍は古いHP上に残るのみとなっている。

 穂高は相手が苛立つほどすばしっこい少年だった。華奢な体躯だったがセンターラインから一気に相手ゴールまで切り込む姿から『流星』という異名で呼ばれるようになり、彼の相方だった『彗星』とのコンビをフリーにさせてしまうと、上級生達でさえ手に負えない程暴れ回るものだった。

 彼らとの記憶はアルバムに残っていた。勿論昴自身の福岡での思い出と、穂高達との懐かしい思い出だ。昴はよく父親のカメラを借りて写真を撮っていた、特にサッカーの大会となるとフィルムなんて気にせずに撮りまくっていた。東京に来てからはアルバムを開くことなどなかったが、久々に見るとたった五年前だというのにとても懐かしく思えるのだった。


 ピンポーンと、家のインターホンが鳴った。思い出の中に浸っていた昴は驚いて立ち上がり、ドアホンを確認した。玄関のドアの前にはボサボサの黒髪の、三十代ぐらいの男が立っていた。黒のスーツ姿で、彼の雰囲気は威圧的に思えた。


 「どちら様ですか?」


 ドアホン越しに昴は彼に問う。妙に怪しい風貌の男は胸ポケットから何かを取り出し、それをカメラにかざした。男が取り出したのは警察手帳だった。


 『木取昴さんのお宅ですね?』

 「はい、そうです」

 『私、警視庁池袋署の者です』

 「け、警察ですか?」


 家に警察が訪ねてくることなんて初めてのことだ。勿論昴はやましいことをした覚えはないし父親が何か犯罪を犯したとも思えない。だが心当たりはある。友人である十川光輝の暴行事件、あるいは駅前でのテロ。どちらも昴は目撃した事件だったが、警察の男から発せられた言葉は意外なものだった。


 『鷹取穂高という少年について、貴方にお伺いしたいことがあります』


 警察から穂高の名前が発せられたことは、昴の背筋を凍らせた。

 何か彼の身に? いや、確かに穂高は栗原達不良グループから暴行を受けていた。しかしそれでわざわざ昴に聴取することがあるとは思えなかった。


 『お忙しいようなら日を改めますが』

 「い、いえ、今開けますね」


 ドアを開けると、男のその長身ぶりがさらに威圧感となって昴に襲いかかる。百八十センチ以上はありそうだ。男は昴に軽く会釈してから、改めて昴に警察手帳を見せた。


 「警視庁池袋警察署の春住(はるずみ)深山(しんざん)と申します。夜分遅くに突然訪ねてしまい申し訳ありません」

 「い、いえ……あの、玄関じゃ何なので上がりますか?」

 「いえ、結構です」


 どうしてわざわざ警察が彼のことを自分に聞きに来たのか。確かに思い当たる節はある。だがそれを全て話してしまうと──穂高にも自分にも危険が及んでしまいそうな予感がしていた。どうしてだろうか、昴自身は決してやましいことなんてしていないはずだった。だがもし、穂高が『能力者』であることを彼らが知っていたら?


 「実は、昨今のいくつかのテロ事件に鷹取穂高という少年が関与している可能性がありまして、彼の身辺調査をしているところです」


 男の言葉を聞いて、やはりそうかと昴は思った。その関与というものを警察がどう認知しているかは不明だが、確かに穂高は今日の事件に関わっていた。


 「木取昴……貴方は福岡市に住んでいた頃、彼と親しい仲だったようですね? その当時について、そして学校での彼についてお聞きしたいのですが」


 警察というものはよく調べているものだ。昴はそのまま、自分が知る鷹取穂高という少年について話そうとした。だがもしも警察が穂高を事件の容疑者として考えているのなら、昴の証言によって穂高は捕まってしまうかもしれない。

 悪は罰せられるべきだ。しかし昴は躊躇ってしまった。昴には穂高が悪い人間には見えなかったのだ。駅前の事件で穂高は確かにテロリストを倒した。だがもしもそれが超法規的な手段だとしたら、私刑だとしたら?

 どう説明しようにも、どうも穂高は怪しい人間になってしまう。どうしてただの高校生が、駅前に現れたテロリストを倒せるのだろうか。彼は一体どういう立場の人間なのか? 仮に本当に穂高が何らかの事件に加害者として関わっているのなら、ここで嘘をつけば昴もそれに加担したことになってしまう。


 「すいません、あまり覚えていないんです。彼のことは」


 それが昴の選択だった。我ながら愚かな選択をしたと思う。だが後悔はしていない。

 春住という警官は昴の答えを聞いて、目を閉じてフッと口角を上げる。まるで、昴がそう答えると最初からわかっていたかのように。


 「ならば仕方ありません。私も今日は帰るといたしましょう。急にお仕掛けてきて申し訳ありません」

 「い、いやそんなことは……」


 男は昴に会釈して玄関のドアを開ける。だが彼は立ち止まって、昴の方を振り向いた。


 「今のこと……」


 急に彼の声色が変わった。


 「そして夕方の事件は、全て忘れるように」

 「え?」

 「自分の命が惜しいなら」


 そして再び彼は笑った。


 「お前が、賢い人間であることを祈っている」


 そう吐き捨てて彼はドアを閉めた。昴は一時の間、玄関で呆然と立ち尽くしてしまっていた。



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