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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第三章『あるいは小鳥遊という名の雛鳥』

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3-1『一方的な再会』



 「先学期、何らかの形で一連の悲劇に巻き込まれてしまった生徒も多くいるでしょう。現に今も、この学校だけでなく東京都内、いいえこの日本全国で、心にも体にも深い傷を負った方々が大勢いるのです……」


 二学期は陰鬱とした雨模様で始まった。体育館の屋根に打ち付ける雨音で校長の声は聞こえにくいが、耳には入っていた。彼、木取(ことり)(すばる)は何せ列の一番前なのだから。

 メガネをかけた老齢の校長は、体育館に集まった生徒達を見ながら長ったらしい話を続ける。


 「最近は大きな事件が減りましたが、また何か起こるのではないかと不安に思うかもしれません。一学期の末には和光事件も起こりました。

 人生に一度しか無い高校生活がこういった不安に苛まれる時期になってしまうのは私達も良しとしません。私達は皆さんをあらゆる面で精一杯サポートし……」


 校長の話は聞こえていたが、昴の心には校長の言葉は半分も届いていなかった。もしもこの現場に彼らが現れたらどうなることだろう? 一体誰が奴らを止めることが出来るだろう?

 いや、彼ならもしかしたら────。


 出灰(いずりは)総合高等学校。東京都豊島区に位置する全校生徒一千人あまりの私立高校である。普通科のみの設置だが進学コースやスポーツコースなど様々なコースが設置されている。

 池袋駅に近いこともあって池袋や渋谷等の繁華街や郊外への交通アクセスも良く、近場には様々なショッピングセンターや娯楽施設も立地している。生徒達が活き活きと過ごす環境でもあったが、風紀が乱れがちな校風でもあった。


 「おーいピヨ助ー」


 面倒な行事を終えた昼休み、昴の元に坊主頭の男子が駆け寄ってきた。同級生のはずの彼の名前はまだ覚えていないが、友人の友人だったことは覚えている。


 「どうかしたの?」

 「光輝の奴知らないか?」


 十川(そがわ)光輝(こうき)、昴とは五年程の付き合いになる友人だ。昴と同じ一年二組である。


 「それが今日は来てないみたいなんだよ。学校にも連絡がないみたいで」

 「そうなのかぁ、ピヨ助は何か知らないのか?」

 「ううん、ごめん。僕からも後から光輝君に連絡してみるよ」

 「おう、あんがとよ。そんじゃ」


 光輝は昴と違って顔が広い人間だ。校内の同級生や先輩だけでなく、校外にもサッカー部関係の友人が大勢いる。出灰のサッカー部は決して強豪というわけではないが部員だけは多い。昴はスポーツが得意ではなく、光輝のようなスポーツ万能な男子に憧れを抱いていた。

 購買へ向かった昴は惣菜パンを購入して、併設されているカフェテリアでパパッと昼食を済ませる。その間に光輝と連絡を取ろうと試みたが、どんなツールを使っても彼からの応答はない。余程体調が悪いのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか──妙な胸騒ぎに昴は襲われたが、単なる偶然だろうと考えることにした。

 昴が教室へ戻ろうと席を立ち上がった時、丁度カフェテリアに二人組の男子が通りがかったところだった。


 「ほらよ、こっちが購買とカフェテリア。でけぇだろ? 昼は人が多くてむさ苦しいから、教室とか中庭で飯を済ませる奴も多い」


 一方の細身で筋肉質な、制服を着崩した強面の男子。一見近寄りがたい見た目で怖い雰囲気の男子だが、確か同じ進学コースで隣の一組だったと思いながら、昴はその側を通り過ぎようとした。


 「じゃあ早くご飯食べようよ斬治郎、昼休み終わっちゃうし」


 そういえばあの少年は立花(たちばな)斬治郎(ざんじろう)という人だったと思い出したと同時に、彼の隣にいる男子に見覚えがあった。カフェテリアの前で話し込む彼らの方を向いて、昴は立ち止まる。


 「一応あいつらもここは使うけど中庭でよく見かけるな。ま、さっさと飯食おうぜ穂高(・・)


 穂高という名前を聞いて昴はハッとした。今日から一組に転校生がやって来たという噂は昴も聞いていたが、自分には関係ないと気にしていなかった。大方、昨今の事件で色々とあって引っ越してきたのだろうと、それぐらいにしか考えていなかった。


 「ホント、いかにも私立っぽい学校だね」


 長いボブ気味のサラサラヘア、あどけなさを感じさせる瞳、一見女子と見紛うような中性的な少年──。

 まさか。

 まさか、また会えるなんて。

 いや、どうしてここに?


 「……穂高君?」


 穂高と呼ばれた少年は不思議そうな面持ちで昴の方を向いた。


 「今、僕を呼んだ?」


 彼の隣にいた斬治郎も昴の方を向く。


 「ん? お前こいつの知り合い?」

 「え、えっと、穂高君なんだよね……?」

 「そうだよ、鷹取穂高。今日からここに転校してきたんだ。よろしくね」

 「え? う、うん、よろしく……?」


 昴に笑顔を向ける穂高に対し、昴は顔を引きつらせていた。その笑顔を、まるで初めて出会った人間かのような対応に昴は驚き、そして悲しんだ。

 鷹取穂高という少年は、昴の小学校時代の親友だった。同姓同名の別人な訳がない、小学生の頃の面影も十分に残っている。五年前に二人は離れ離れになってしまいそれ以来音信不通だったが、まさか高校で、しかも東京という土地で再会できたことを昴は奇跡のように思っていた。しかし──穂高の反応は昴が期待していたものとはかけ離れていた。

 昴は穂高の元まで駆け寄ると、その手を取って訴える。


 「穂高君、僕だよ。木取昴だよ。ほら、ピーちゃんとかピヨちゃんとか呼ばれてた。小学校のクラスも一緒だったじゃん」


 昴が必死にそう訴えかけても、穂高は不思議そうに首を傾げていた。そんな昴に呆れたような表情をしながら、斬治郎は昴に言った。


 「あー……こいつも色々あってな。多分記憶がこんがらがってて思い出せないんだよ。悪く思わないでやってくれ」

 「ど、どういうこと?」

 「んー、若干の記憶喪失ってところなんじゃね?」

 「記憶、喪失……?」


 その事実に昴は衝撃を受ける。久しぶり、五年ぶりに再会できたかつての親友が記憶喪失となり、自分のことを覚えていないことに昴はショックを受けていた。穂高にとって昴がどうでもいい存在だったのなら仕方ない、だが色々とあったというのは昴でも察することが出来た。どのタイミングかはわからないが、彼の身に降り掛かったことは昴でも想像がつくことだった。

 動揺している昴に、穂高は申し訳無さそうな顔をしながら言う。


 「ごめん……君が僕の昔の友達なら、僕のことを覚えていてくれて嬉しいよ。木取君? 昴君?」

 「呼び方は何でもいいよ。ピヨ君でもピヨ助でも」

 「何それ自虐?」

 「ほら、響きが可愛らしい感じがしない?」

 「お前はそれで良いのかよ……」


 木取、もとい小鳥という昴の名字をいじって小学生の頃に名付けられたあだ名だったが、小学生の頃はあまり気に入っていなかった。だが中学に入ると女子達にチヤホヤされるようになり、高校に入ってもそれは変わらないため今は気に入ってもいる。

 昴は穂高とまだ言葉を交わしたかったが、まだ学校の案内が終わっていないらしく二人と別れた。様々な教室や部室があるこの高校は敷地も都心部では広い方で、説明して回るのには二日三日かかるかもしれない。

 かつてのように昴が穂高と言葉を交わすには、どれだけの時間を要するかわからない。一週間、一ヶ月、いや一年──本当に穂高は昴のことを忘れてしまったのか。その動揺を隠しきれない昴は、午後の授業の内容が全然頭に入らなかった。


 放課後、昴は穂高の姿を探したが彼は同級生達に囲まれていた。どうも転校生ということで珍しがられているらしい。昴は穂高と話したかったが、自分のことを覚えていないかつての友にどう接すればいいかわからず、自分がその輪の中に入るのもおこがましいと思って、今日は諦めて帰ることにしていた。

 雨の中、昴は傘を差して一人池袋の街を歩く。通りはいつもより人通りが少なく歩きやすい。赤信号に引っかかって、昴は交差点で足を止めた。携帯を開き、連絡先の中にある十川光輝という名前をジッと見ていた。

 担任に確認した所、十川光輝は家にすらいなかったらしい。両親とは連絡が取れたようだが彼の行方は掴めていない、と。十川光輝という男はまぁそれ程素行が良いとも断言出来なかったが、無断で学校をサボるようなことは今まで一度もなかった。

 しかし、彼が学校を突然サボった原因が昴にはわかるような気がしていた。彼もまた、例のテロによって被害に遭った人物だ。彼が明確に荒み始めたのもその頃……一学期が終わる直前の、まだ梅雨が明けない六月末のことだった。

 

 池袋から湘南新宿ラインに乗り、電車に揺られながら昴は考える。五年前から世界情勢は目まぐるしく移り変わり、そしてこの半年程の間でさらに大きな変革を強いられた。電車内に流れるニュースを見ていてもそれはわかる。とあるプロ野球選手が二千本安打を達成したというスポーツニュースを見るだけで、かつての日常を思い出すことが出来る。

 最寄りの駅に着き、昴は雨の中住宅街を歩いていた。一旦家に帰ってから光輝の家を訪ねようかと昴は考えていた。

 が、どこからか突然人の叫び声が聞こえた。丁度昴が通り過ぎようとした、鬱蒼と木々が生い茂る公園の中からだ。何事かと思って、昴は公園の中へと足を踏み入れてしまった。

 雨の中、傘も差さずに彼らは公園の真ん中にそびえ立つ大木の下にいた。数人の少年らの中には、バットや木刀を持っている者もいる。明らかにまともな人間じゃない、昴が毛嫌いする不良のグループだ。

 そんな彼らの視線の先には、友人の十川光輝の姿があった。ひどく殴られたのか、顔や体は痣だらけだった。


 「光輝君!」


 昴は光輝の元に慌てて駆け寄った。


 「す、昴……か?」


 光輝はゆっくりと昴の方に顔を向けたが、まぶたすらうまく開かず、もう喋ることも難しいほど衰弱しているようだった。


 「お前、そいつの知り合いか?」


 逃げれば良かったと後悔するのはもう遅い。現場を確認した直後、すぐに警察を呼ぶだけでも良かった。これは昴一人で解決できることではない。

 光輝がここでこの不良達から暴行を受けていたのは状況証拠からして明らかだ。このままでは昴もまた光輝と同じような目に遭うだけだろう。明らかに悪そうな風貌で、鈍器を持った不良達を見ながら昴は息を呑んだ。


 「あ、貴方達は一体……?」

 「そいつの先輩だよ、先輩。三年の栗原(くりはら)勇人(はやと)って知らねぇのか?

  そいつ、俺らに向かって生意気な口利いたから、ちょっと躾けてやっただけだよ」

 「し、しつけって……」

 「何ならお前も躾けてやっても良いんだぜ? 二度と口が利けねぇように──」


 栗原は何の躊躇いもなく、持っていたバットを大きく振りかぶって昴を殴ろうとする。昴は思わず頭を庇おうとしたが、バットを相手にそれは無駄かと思えた。だが、昴は運だけは良かった。

 


 「なあっ!?」


 栗原は驚いたような声を上げた。彼は昴と光輝から離れ、突然間に割って入った少年に、他の不良らもざわついていた。昴はおそるおそる顔を上げた。

 少年は出灰の制服を着ていたが、雨のせいかビショビショだ。辺りは薄暗かったが、その少年の出で立ちははっきりと確認することが出来た。


 「穂高君!?」


 今日、出灰に転校してきたばかりの鷹取穂高がそこにいた。もう昴のことも記憶から失ってしまったはずの彼がこんな場所に突然現れたのだ。穂高は栗原のバットを力強く握りしめていて、栗原は彼を睨みつけていた。


 「何だよお前、何しに来た?」

 「どうして僕がそれに答えないといけない?」


 穂高のその舐め腐ったような態度が栗原達の逆鱗に触れたのか、周囲の不良達もバットや木刀を構えて穂高に襲いかかった。

 思わず昴は目を瞑った。鈍器に殴られる鈍い音が聞こえる、明らかに骨が損傷を受けた音が耳に入る。目には見えなくても、目の前で穂高が暴行を受けている姿が目に浮かんだ。

 昴は動けなかった。光輝の側に屈んで目を瞑り怯えていることしか出来なかった。このままでは穂高の光輝のように重傷を負うことになる。その次はとうとう昴の番だ。


 乱闘の音が止み、雨音が耳に入る。昴がおそるおそる目を開けると、目の前に広がっていた光景は昴が想像していたものと百八十度違っていた。武器を持った集団を相手に一人で敵うわけがない、だが穂高は立っていた。他の不良達はもう武器を持てないほど痛めつけられたようで、戦う意思を削ぎ落とされたようだ。しかし栗原もまだ立っている。穂高も栗原もお互いに満身創痍という状況だ、顔の痣や血痕が見るからに痛々しい。


 「てめぇ、口だけじゃないみたいだな」


 ペッと口から唾を吐きながら栗原が言う。まだ二人は戦いを続けるようだったが、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。偶然か必然か、どこからか騒ぎを聞きつけた誰かが通報したようだ。


 「ちぃ、ずらかるぞ!」


 栗原がそう不良達に呼びかけると、腰を抜かしていた彼らも慌てて公園から走り去っていった。雨の中残されたのは昴と光輝、そして穂高だけだった。

 


 「あ、あの」


 黙って立ち去ろうとする穂高に昴は声をかけた。穂高は無表情でゆっくりと昴の方を振り返る。殴られた痕が無数の痣となって、それが不気味に思えた。


 「早く帰りなよ、雨は強くなる」


 忠告、か。警察の世話になるのは確かに面倒かもしれないが、救急車が必要だ。不良達は逃げていったが、光輝も穂高も受けた傷が多過ぎる。


 「穂高君も大怪我してるでしょ? 早く病院に行かないと」

 「大丈夫、慣れてるから」

 「な、慣れてるの……?」

 「うん」


 昴が知らない内に、五年という月日の間で穂高は大分荒んだ世界に足を踏み入れていたらしい。身近に暴力があった世界に生きてきたのか、もしかしたら前の学校で停学か、最悪退学という処分も受けたのではと昴は勘ぐってしまう。


 「い、痛くないの?」

 「いや痛いよ。見ればわかるでしょ?」


 その割には随分と平気そうに見えるが、それが慣れているという所以か。


 「な、なぁお前……」


 光輝がか細い声で穂高に問いかけた。だが穂高は公園の出口の方を振り返ると、雨の中傘も差さずにスタスタと立ち去ってしまった。


 「無理しちゃダメだよ光輝君。すぐに救急車呼ぶから」

 「すまない、昴……」


 昴は携帯を取り出し一一九番にかけた。ふと公園の出口の方を振り返ると、もう穂高の姿はなかった。お礼を言いそびれてしまったと昴は気づいたが、礼を言っても今の穂高は素っ気なく対応しそうだった。

 五年ぶりに再会した鷹取穂高は、昴が知っていた人物とはまるで別人のようだった。今の彼と仲良くなれるのか、昴は不安に思ったのだった。


 

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