2-16『彼は無慈悲な夜の太陽』
秘密能力者組織ツクヨミには、まず役職上の序列がある。
ボスである剣城牡丹。
彼女の補佐や情報収集を担当する副メイド。
受付嬢?の葛根華。
その他、詠一郎や渡瀬ら幹部級五人。
以上の八名が、不定期で開催されるツクヨミの会合に参加できる。だが、単純に強いという理由だけで幹部に上がれるわけではない。ある程度の素養、現場での対応力、リーダーシップ諸々の条件から、他の幹部らの推薦によって諮問され、幹部全員の了承を得ることで選出される。
そして、ツクヨミにはもう一つ、能力上の序列がある。
その強さに関しては、満場一致で牡丹が一位。彼女に次いで詠一郎もしくは渡瀬。単純な能力の出力において渡瀬は牡丹をも上回ると言われているが、実際の所彼らが本気で衝突することがないため線引きは曖昧だ。能力者狩り程の実力があれば、既にツクヨミの中で上位に食い込むことが出来るだろう。
そのトップ3があの能力者狩り、暴走した鷹取穂高と戦っている。それがどれ程の大事なのかを織衣はイマイチわかっていない。しかしたった彼一人の暴走で四月デストラクション程の事態を引き起こしている。民間人は治安部隊の誘導で安全とされる場所へ避難するか屋内に退避し、この騒動が終結するのを待つしかない。
「どうなるんだろうねー、これ」
織衣の隣で、緋彗は水筒に入った麦茶をゴクゴクと飲んでいた。ツクヨミの制服である黒地のコートは涼しい素材とはいえ夏場には辛い。しかし戦闘用の物品を揃えられるため重宝する。だが背中に携えた太刀は重く、長時間は持っていたくない。
織衣はタオルで銀色の髪を拭きながら空を眺めていた。サイレン音が鳴り響く東京の空に、再び流星群が降り注いでいた。
現在は中央線沿線を中心とした地域に避難指示が出され、特に能力者狩りと牡丹達が戦う中野駅周辺は避難が急がれた。ある程度安全が確保されたと確認すると、織衣と緋彗は練馬区にあった雨京高校という学校の跡地に来ていた。織衣と緋彗は鷹取穂高を迎えに来た時にこの場所に一度訪れたことがある。
元々、織衣や千代達は牡丹達の戦いの様子を見ながら民間人に被害が出ないよう観察する予定だった。暴走した鷹取穂高を抑え込むのは牡丹や詠一郎、渡瀬の仕事だ。
だが彼らはどうやら鷹取穂高を捉えるのに苦労しているらしい。中野から新井薬師、そして練馬方面へ移動しながら彼らは戦っているようだが、幸いにも民間人に被害が出ていないとはいえ建物への損害はあるらしい。今頃副メイドは政府を相手に無理な交渉をしているはずだ、彼のおかげか治安部隊は民間人の避難誘導に徹して牡丹達の戦いに茶々を入れはしないが、それがいつまで持つかはわからない。ツクヨミは警察や自衛隊と戦うつもりはないが、政府は国民と戦わなければならない。
今現在、織衣と緋彗はこの場所で待機しているよう牡丹から命を受けた。千代と北斗は牡丹達の支援へと向かい、途中まで同行していたエリーは本部の防衛のため帰ってしまったため、暗闇の高校に二人だけで待たされており、かれこれ一時間程が経とうとしていた。校庭にあった鉄棒の上に座る緋彗に対し、織衣は鉄棒にもたれかかっているだけだった。
「にしてもお化けとか出そうだね、この学校」
緋彗の感想にそりゃ夜だもの、と織衣は思う。こんな街灯ぐらいしか点いていないほぼ無人の街にある廃墟のような学校が怖くないわけがない。
ただ原因はそれだけではないはずだ。なんたってこの土地はかなり曰く付きなのだから。
「先月末に、ここで一万人が殺されたんだから」
織衣が小声でそう呟くと、緋彗は凄まじい勢いで織衣の方を向いた。
「それホントなの!?」
「ほら、例の事件の現場だから」
「……何だっけ、それ」
そういえばこいつは補習期間中で副メイドから地獄の勉強漬けを喰らっていたのだと思い出し、織衣は呆れたように溜息を吐いた。
「和光事件のこと。この学校が現場だってあの人は言ってた」
「あー、何か聞いたことはあるかも流石に」
「その事件で殺された一万人の中に、革新協会の能力者もいたんだって」
「ふーん……うん? それもあの人の仕業ってこと?」
「……さあね」
鷹取穂高は未だに謎が多い人物だ。和光事件という出来事もそうだが、やはりあの少年は何か重大なことを隠している。渡瀬がその謎を解き明かそうとしたら、こうして大変な事態になっているのだ。織衣は珍しく自分に生まれた好奇心に従っただけだが、それを後悔することになる。
「助かるのかなぁ、あの人」
リーナによる襲撃の一件があったからか、緋彗は鷹取穂高に好意的に見える。元々人見知りをするようなタイプでもないため、あの能力者狩りが相手でも自分から話しかけていく。
花咲病のこと、そして分裂した個体を助けに行ったことも織衣は緋彗に説明したが、やはり彼女はちんぷんかんぷんという様子だった。それを身を以て経験した織衣でさえ意味がわからないことなのだ。人格が分裂して自分と同じもう一人に人間が生まれるだなんて意味がわからない。
あの時、一瞬だけ地獄にいたように思えた。渡瀬やエリーの助けがなければ、その闇に引きずり込まれていたかもしれない。
「助かって、良いのかな」
「どゆこと?」
「戦ってて楽しいと思う?」
「どうなんだろうね。もし本当に罪のない人達を殺さないといけないってなったら、流石に病むと思うけどねー」
「そんなレベルの話じゃないと思うけど……」
和光事件の詳細は当事者である彼しか知り得ないため、織衣達は想像で物を語るしかない。例えどんな理由や事情があったとしても、罪なき人々を殺さずに済むように動くことが最善だと言われるだろうが、そう語ることが出来るのは事件が起きた後だからだ。
仮に、一万人もの人々を殺さなければならないという状況に陥ってしまった時、その状況から逃れられなくなった時。自分にその判断を問うた織衣は首を横に振った。考えるだけ無駄だ、自分にそんな事は出来ない。自分にとっての最善の方法は、その場で自ら命を絶つことだ。
そんなことを考える織衣の横で、緋彗は鉄棒に掴まってグルグルと回っていた。
「でもさー、ホントに一万人も殺せるもんかなぁ。流石に大変じゃないかな、作業量的に」
「現場の状況は能力者狩りのものとほぼ同じって聞いた」
「うーん、そんな人には見えないんだけどなー」
確かに一万人もの人々を一晩だけで殺してしまうのは恐ろしい惨劇、最早歴史上に刻まれかねない出来事だが、それにはかなりの労力がかかるのも事実。大体この敷地の狭い学校に一万人も入るとは思えない、入れるとしてもかなりすし詰めだ。やはり何か誇張されているのか裏があるのか……穂高がそんな人間ではないと信じたい織衣だったが、再び夜空を駆けてゆく無数の流星を見ると、それが些か全てが嘘だと思えなくなっていた。
「私も、そんな人には見えないよ」
能力者狩り、鷹取穂高があの事件を起こすのは可能だったのか。それが不可能だったと織衣は信じたかった。都市伝説として語られる能力者狩りによる事件は、その殆どが人の所業とは思えないほど残酷なものだが、ヒーローのような扱いをされることもあった。何せ能力者狩りが戦う相手は多くの人々を苦しめている革新協会なのだから。だが能力者狩りが罪なき人々を殺してしまったのなら、ヒーローとしての評判を全て失ってしまうだろう。
『ヒーローになりたかったからだよ』
以前、能力者狩りは織衣にそう答えた。どうして戦うのかという問いに対して。しかし能力者狩りはヒーローとは程遠い行いを繰り返しているように見える。ならば能力者狩りは、その光の欠片でしかなかった鷹取穂高は、ただ単にツクヨミの情報を得るという目的のためだけに織衣を何度も助けたのか?
「あの人は、そんなことしないから」
そう自分に言い聞かせるように、織衣は小声で呟いていた。
空を駆けてゆく流星群に混じって、何かが織衣達に向かって飛来していた。それは流星でも光線でもなく人影だった。織衣達が身構える間もなく校庭に大きな穴を開けて勢いよく着地したのは、鶴咲渡瀬だった。
「おわっ、わたちゃん先輩!?」
「お久。まだ無事みたいだね」
「渡瀬さん、その怪我……」
「あぁこれ? かすり傷だから大丈夫だよ」
渡瀬は右目に赤い光を灯し、その右目を中心に花の紋章が浮かんでいた。彼が着ている黒スーツの左腕に入った切り傷からは血が流れ出ている。渡瀬が負傷しているのは珍しいことだ、いや織衣は初めて見た。織衣はすぐに自分の能力で治療しようとするが、渡瀬は断った。
「それよりどうしてここにいるんだい? 牡丹さんの指示?」
「うん。ここで待っとけって」
「また無茶なことを……逃げた方が良いんじゃないかな。もうすぐ彼が来るよ」
「え」
「それとも戦ってみる? 彼にまだ衰えは見えないけど」
緋彗はブンブンと首を横に振っていた。織衣もまたその提案を拒絶する。わざわざあんな化物を相手に真正面から戦いたいとは思わない。
「渡瀬さん」
「何だい?」
「あの人を本当に捕まえられるの?」
ニコニコと笑っていた渡瀬は織衣の問いかけで表情を変え、深刻そうに答えた。
「今はまだ元気そうだけど、もういつ死ぬかわからないぐらいの状態だね。体に負荷がかかり過ぎてるから、そっちが先に壊れてしまうかもしれない」
渡瀬の壊れるという表現が、織衣にはとても恐ろしく感じられた。
「二人は“紋章共鳴”はわかる?」
織衣も緋彗も首を横に振った。そういえば、もう一方の穂高が捕らえられていた地下室で、穂高はそんな言葉を唱えていたような気がした。
「暴走状態っていうのは、能力が能力者の意思に関係なく限界以上に力を出してしまうことを言うんだ。火事場のクソ力ってやつだね。でもそれは自分の実力以上に力を出せるという意味でもあるんだ、その状態を自分の意思で制御することを“紋章共鳴”って言うんだよ。まともに使えるようになるにはかなり苦労するけどね」
「じゃああれは暴走してないの?」
「いや、彼は紋章共鳴を使っているつもりなんだろうけど、もう制御できなくなってるね。もう暴走状態と変わらないよ」
暴走した能力者は殆どが死に至るという。先に始末されるか、能力に体を破壊されるかだ。
「そんなの、おかしいよ」
緋彗が真面目な面持ちで渡瀬に言った。
「だって私達はあの人に助けられたのに、あの人が死んじゃうのはおかしいよ」
しかしいずれも織衣達を助けたのは、分裂した『光』の方の鷹取穂高だったのだ。革新協会に監禁されていたもう片方はどうしていたかわからない。
「彼を、本当に元通りにしてもいいと思うのかい?」
渡瀬は織衣と緋彗に問うた。仮に暴走から戻ったとしても、元々の能力者狩りがどんな人間だったかを織衣達は全く知らないということになるかもしれないのだ。
「今の彼はただの抜け殻なんだよ。鷹取穂高という表面上の皮しか残っていないんだ。
本物の彼が、僕達に好意的だとも限らないんだから」
今までの彼の所業を、善悪のどちらかで判断するのは難しい。
彼の行いのおかげで、どれだけの人々の命が救われただろう?
彼の行いのせいで、どれだけの人々の命が奪われただろう?
「あの人は、私達を助けてくれたから」
織衣は善悪で彼を判断するのをやめた。能力者狩りは織衣達を見捨てなかった、そんな彼を織衣達が見捨てる訳にはいかない。織衣の隣で緋彗もうんと頷いた。
「そう」
渡瀬は二人の答えを反故にしなかった。いや、彼はわざわざ聞かずともそれを知っていたのだろう。
「僕は、良い判断だと思うよ」
渡瀬がそう言った瞬間、織衣達の視界は暗黒に染まっていた。
彼が来た。直感で織衣はそう感じ、背中に携えていた太刀を構えた。
目を開いているはずなのに、辺り一面が真っ暗で視覚から何も情報を得ることが出来ない。煩わしかったサイレンの音さえも聞こえなくなり、吹いていた風すらも感じ取れなくなった。これはあの地下室で能力者狩りが能力を発動した時と同じだ、織衣は完全に闇の世界に呑み込まれた。目の前にいたはずの渡瀬も、隣にいたはずの緋彗の気配すら感じず、声も聞こえない。だが、能力者狩りがそこにいるのだけはわかった。
光が見えた。それは最初とてもぼやけていた。水面に映る漁火のような、揺れていた小さな光が段々とはっきり見えるようになる。
十五夜のような美しい月夜、ここが戦場とは思えない穏やかな景色が広がった。暗闇の中で彼だけが、月のように光り輝いていた。
彼が持つ光剣が目に入る。その刃は三日月のように光っていた。彼がその剣を軽く振っただけで、無数の光り輝く刃が織衣に迫ってくる。織衣は太刀で弾こうとしたが、その光り輝く刃は太刀をも斬り裂いてしまったため織衣は思わず避けて自分の手元を見た。太刀は完全に破壊されてしまっている。再び織衣が前を見ると、もう能力者狩りが目の前に迫ってきていた。ギロチンのように、彼が持つ光剣が織衣の首を狙っていた。
織衣は死を悟った。その攻撃を防ぐことも避けることも出来なかった、織衣にはその方法が残っていなかった。
闇の中から自分に迫る光り輝く一閃が、煌めく光を纏う彼の所作の一つ一つがとてもゆっくり見えていた。その恐怖を十分に感じ取れるほど死までの時間が長く感じられた。
織衣は能力者狩りと目が合った。
どうしてそんな瞳を向ける?
どうしてその瞳から、見えも聞こえもしない悲嘆を感じ取れる?
どうしてその瞳に、命を奪うことへの迷いがある?
どうして、斬らない。
どうして斬らない?
どうして、剣を振るうのをやめた。
能力者狩りの瞳には織衣の姿が映し出されていた。だが違う、彼の瞳が捉えていたのは織衣ではない誰かだった。
その時、能力者狩りの口が開く。
周囲のもの全てが激しく振動する程の、とても人間が出せるとは思えない程の凄まじい咆哮。織衣は慌てて耳を塞ぎながらも、その目は能力者狩りを捉えていた。視界は段々と晴れていき、渡瀬と緋彗の姿も見えるようになった。彼らもまた、突然の能力者狩りの雄叫びに驚いているようだった。
織衣には何が起きたのかわからない。どうしてこうなったのか、どうして自分がまだ生きているのかわからない。織衣は自分の首に触れた、確かに繋がっている。
「まさか、君が光だったとは」
渡瀬は能力者狩りの右腕を掴んだ。能力者狩りの体からは段々と花の紋章が散っていっている。彼の寿命はもう残り僅かだ。
「いや、僕らの知らない誰かなのかな」
腕を掴まれた能力者狩りは抵抗しようとしなかった。だが、まだ彼には殺意が残っているようだった。
「さあ戻ってきなよ、穂高君」
能力者狩りの体から、その内側から光が放たれようとしていた。それが何か、どうしてか織衣は気づいた。
能力者狩りは、自爆しようとしている────。
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能力者狩りはその場にパタリと倒れていた。彼の光は、その自爆という行為は突如発生した禍々しい黒い霧のようなものに打ち消されていた。その闇は一瞬で織衣の視界を奪うほど強力だったが、能力者狩りの動きを封じるとすぐに晴れていた。
能力者狩りの体から、段々と花の紋章が散っていく。それは彼の死を意味しているのではなく、能力の暴走状態が解けたことを意味していた。額に生えていた二本の黒い角も、体に纏われていた光も闇も消えた。そこにいるのは確かに鷹取穂高なのだろう。体中傷だらけだというのにすやすやと眠っている彼の表情は穏やかで、ついさっきまで暴れまわっていた人物とは思えなかった。
織衣の目の前には、長い黒髪の少女が笑顔で佇んでいた。もう夏だというのに彼女は冬服の黒いセーラー服を着ている。右の手首にはめている水晶が埋め込まれた黒い腕輪は能力者狩りのジュエリーと似ていたが、装飾が微妙に違うように見えた。
年齢は織衣と同じぐらいだろうか。辺りをキョロキョロと見回すと、また緋彗や渡瀬の姿がない。目の前に佇む少女は、織衣が知る人物ではなかった。
「……誰?」
最初に口を開いたのは織衣だった。少女の右目には、赤い光が灯っていた。
「誰だと思う?」
面倒くせぇと織衣は素直に思った。
「……能力者狩りのストーカー二号」
織衣はこれでも真剣に答えたつもりだったが、少女はその答えを聞いて大笑いしていた。無性に腹が立った織衣がムスッと頬を膨らませると、少女は笑いをこらえながら口を開いた。
「ま、近からずも遠からずって感じかな。背後霊みたいなもんだし」
ストーカーもいるわ背後霊もいるわと、能力者狩りはどうも面倒な人間に好かれることが多いようだ。
「これは貴方の仕業なの?」
キョロキョロと周囲を見回しながら織衣は言った。闇は晴れたものの、側にいたはずの緋彗や渡瀬は見当たらない。雨京高校の校庭には、織衣と黒髪の少女、そして眠る能力者狩りがいるだけだ。
「そうよ。貴方のおかげで穂高君は助かった。ひとまずね」
「私が? 私が何かした?」
「ううん、全然」
笑顔でそう答える彼女に、おちょくっとんのかと織衣は思う。
「このお馬鹿さんは、貴方を私達の代わりにしてるだけ。貴方を使って贖罪をしようとしてるだけ。
ずっと、ずっと前から……見えないはずの幻に囚われているの」
「貴方は穂高君の知り合いなの?」
「少しだけね」
いや、少しだけ知り合いだった人間が背後霊として取り憑くとは思えない。余程能力者狩りに対する怨念があったのか、そんな風にも感じ取れない。
「この人は助かるの?」
能力者狩りはまだ起き上がる様子はない。目覚めたら再び角を生やして暴れ出すのではないか、だが彼の表情はとても穏やかだった。
「さあ、もう大丈夫なんじゃない? 多少の後遺症はあるかもしんないけど」
それを聞いて織衣はホッとする。また暴れられて死にかけるのは御免被りたい。もう何度自分の首が狙われたかわからない。
少女は地面に倒れて眠る能力者狩りの方に目をやった。そのまましゃがむと、彼の頬に触れた。
「……ホント、バカな人」
ボソリと彼女はそう呟いて再び立ち上がると、織衣の方に視線を戻して口を開いた。
「最後に一つだけ聞きたいの」
「何?」
「貴方は、穂高君の側にいてくれる?」
織衣は首を横に振った。
「どうして?」
織衣の答えが意外だったのか、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「だって、うんと答えると私が代わりに背後霊にされそうだから」
「何それ、怪談話みたい」
こうして自らを背後霊と名乗るセーラー服姿のおかしな少女と話しているというだけで十分怪談話じみていることに彼女は気づいていないようだ。
「勿論そっちの世界での話だから。どう?」
「それでも嫌だ」
「どうして?」
「だって、怖いから」
理由はそれだけで十分だ。こう何度も面倒事に巻き込まれるのはもう勘弁して欲しいぐらいである。
「ま、当たり前よね。でも、貴方は穂高君から離れられない」
「……どういう意味?」
「だって貴方も、穂高君に囚われてるんだから」
段々と、周囲の景色が闇に呑み込まれようとしていた。その闇の中に少女は段々と消えていってしまう。
「それ、どういう意味なの?」
少女は織衣に背を向けて闇の中に消えようとする。織衣は彼女の腕を掴もうとしたが、織衣の手は彼女の腕をすり抜けてしまっていた。
「ねぇ、教えてよ!」
少女は織衣の問いに答えないまま、闇の中へ消えていってしまった。
再び闇が晴れると、景色は変わらず雨京高校の校庭だった。だが緋彗や渡瀬の姿がある。
「この人、もう大丈夫っぽい?」
緋彗が渡瀬にそう問うと、渡瀬はうんと頷いた。
「暴走は止まったみたいだね」
「止まるものなの?」
「彼が自分自身で能力を制御できるようになったんじゃないかな。何かがきっかけでね……」
黒髪の少女は織衣に言った。能力者狩りは織衣を、自分の代わりにしているだけだ、と。あの少女は能力者狩りと何らかの繋がりがあった、親しい人間に違いない。殺されたという妹には見えなかったため、昔の友人だろうか。
「織姫ちゃん?」
「え、何?」
考え事をしていた織衣は、緋彗に声をかけられただけで驚いてしまった。
「いや、何か考え込んでるみたいだったからどうしたのかなーって」
「ううん、大丈夫だよ」
どうやら緋彗や渡瀬には、あの黒髪の少女が見えていなかったようだ。口に出すにもあまりにも心霊的というか不思議な出来事だったため、織衣は彼らに言うのを躊躇っていた。
『貴方も、穂高君に囚われてるんだから』
そんな少女の言葉が、織衣の頭をこだましていた。
「……大丈夫だよ、きっと」
少女の言葉を忘れるように、そして自分に言い聞かせるように織衣は呟いた。




