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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第二章『彼は無慈悲な夜の太陽』

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2-14『光と闇』


 「つまり、これってただの罠ってことでしょ!?」


 千代は激怒した。再び、かの邪智暴虐の渡瀬を除かねばならぬと決意したことだろう。


 「そうだよ。だから呼んだんだ」

 「アンタふざけてんの?」

 「これでも大真面目だよ?」


 リーナから渡された鍵、それに記されていた住所に渡瀬は藤綱千代、海道北斗、姫野織衣の三人を呼び出した。仕事を手伝ってほしいと頼んだら彼女らは快く応じてやって来た。そして今に至る。辺りはすっかり暗くなり、街灯も殆どないため幽霊でも出そうな不気味さを醸し出していた。


 「待ち伏せに遭うってわかってるんだから、戦力は多いほうが一番でしょ?」

 「アンタねぇ……」

 「ほら千代姉、渡瀬さんもきっと千代姉の力を信頼して呼んだんだから」


 今にも噴火しそうな千代を織衣が宥めていた。もっとも、仕事の詳細も聞かずにルンルンでやって来た彼女らも問題だが、事の詳細も告げずに無理難題をふっかける渡瀬の方が問題なのは明白だろう。織衣とエリー、能力者狩りは呆れた様子で、北斗に関してはいつも通り一切口を利いてくれない。


 「大体、アンタ一人でもどうにかできるはずの仕事なのにどうして呼び出したのよ」

 「駒は多い方が良いと思ってね」

 「罠に突っ込ませるために?」

 「残念だけど、能力者狩り君の謎を解き明かすにはこれしかないんだよ」


 能力者狩りが重度の花咲病に陥っていて、もしかしたら行方不明の能力者狩りの人格がここにいるかもしれないことは説明済みだ。だがこれは明らかに革新協会が仕組んだ罠だ。リーナが取引と称して能力者狩りを救ってみせろとわざわざ持ちかけてきたのは、この試練を乗り越えてみせろということだろう。

 渡瀬は怒り狂う千代に対してニコニコと微笑んでいるだけだ。そんな態度の渡瀬を見て、千代もとうとう折れてしまう。


 「……アンタに付き従うしかない自分が情けないわ」

 「ありがとう、千代。先陣は僕が切るから」

 「当たり前でしょ、ほらさっさと行きなさい」


 渡瀬は千代に背中を力強く叩かれ、渡瀬はリーナから渡された鍵を持って建物へと向かう。

 この場所は、中央自動車道を相模原付近で降りて車で数十分程の山奥にある倉庫だ。それが鍵に記されていた住所で、副メイドの迅速な調査によりこの場所が表向きは木材加工業者の倉庫だということがわかった。確かに敷地内には巨大な丸太が積まれているがそれはカモフラージュだろう。もしここが革新協会の拠点なら何十人もの能力者達が中で待ち受けているかもしれない。しかし渡瀬達の戦力は十分だ。

 鍵を開け、渡瀬は倉庫のシャッターを開いた。ガラガラとシャッターが上がっていくと、月明かりが倉庫の中に差し込む。倉庫の中にあったのは大量のダンボールで、確かに倉庫らしいが木材加工業者の倉庫とは思えない。


 「何これ医薬品の箱? もしかして麻薬?」

 「こんな堂々と置いてないと思うよ」


 千代は物怖じもせずにズカズカと中に入って近くにあったダンボールを乱暴に開ける。封を切ると、突然ダンボールがゴソゴソと動いた。


 「え」


 ダンボールの中から飛び出てきたのは、人間──のような形をした生き物だった。それが人間だったと理解するには時間が必要で、手や足はあらぬ方向に曲がったり何本も生えていたりと変形し、その顔ははちきれんばかりに膨張していて何とも醜い貌をしていた。

 この生き物は確かに生きている。千代はすぐにダンボールから離れたが、他のダンボールも一人でに動き出して中から醜悪な化物達が這い出てきていた。


 「キッモ」

 「帰りたい」


 千代と織衣は率直な感想を述べながらも能力を発動していた。渡瀬達も能力を発動していたが、既に倉庫の中で化物達に包囲されていた。


 「ねぇ、千代。フラワーは知ってるよね」

 「あの改造人間? それがどしたの?」

 「改造人間っていうぐらいなんだから、失敗作ぐらいはあると思うんだよね。ほら、工場で不良品が出るのと一緒で。フラワーにも不良品はあると思うんだ」


 人為的、しかも人体を弄って能力者を生み出すことはその原理こそ渡瀬達も知らないが、そう簡単に上手くはいかないことはわかる。おそらくフラワーが実戦で使えるようになるまで多くの失敗があり、今も安定して作るのは難しいと思われた。


 「まさか、こいつらがその不良品だっての?」

 「そんな気がするよ、能力者みたいだしね。そこら辺はどうなの、能力者狩り君」

 「僕も見るのは初めてです」


 その割には能力者狩りは驚いているようには見えない。おそらく気味悪がっている千代や織衣達の反応が普通だ。しかし千代は最早クリーチャーのように変貌した造形の不良品を見て、拳をパンパンと叩く。


 「おけ、こいつら全員とっちめる」

 「ここは千代に北斗に任せるから先に行ってていいかい?」

 「ガッツリ肉を食べたいわ」

 「ありがとう、終わったら皆で食べに行こう」


 渡瀬が千代を扱いやす──いや話がわかる人間だと信頼しているのは、彼女が食事を取引条件として出せば快諾してくれるからだ。千代はどんな高級店に行っても食べる量が変わらない。


 「そ。じゃあ私を置いて先に行きなさい」

 「千代が言うと嫌味みたいだね」

 「だって嫌味だから」

 「じゃあ遠慮なく先に行かせてもらうよ。織姫ちゃん、君も」

 「え、私も?」

 「こいつらを相手に戦いたい?」

 「嫌だ」

 「うん、花咲病がどんなものか見てみるといいよ」


 渡瀬は千代と北斗に化物達の対処を任せて先へ進もうとする。だが地下へ続くらしい通路への入口の前には化物が立ちはだかっていた。が、能力者狩りが軽く光剣で薙ぎ払っただけで道は開く。

 純粋な能力者に劣る模造品、フラワーのさらに不良品がどれだけ数を揃えた所で彼らには敵わない。渡瀬とエリー、織衣、能力者狩りはこの場所にいるはずの分裂した鷹取穂高を探し出すために地下へ続く通路を進んでいた。



 「本当に、この先にいるの?」


 渡瀬の後ろをついてくる織衣が彼に聞いた。この倉庫は建てられてから相当な年月が建っているようで駆ける度にギシギシと耳障りな金属音が響く。通路は長いが部屋は見当たらず、照明は点けたがそれでも薄暗かった。


 「ほら、ラスボスってダンジョンの最奥にいるでしょ? そういうものだよ」

 「そういうもの……」

 「それに監禁するんだったら地下室とか密閉された空間の方が好都合だからね。ここがどこなのか目でも音でも一切の情報を手に入れられないように防音性も兼ね備えないといけないから」

 「そう……なの?」


 渡瀬の返答を聞いて戸惑う織衣をよそに通路を走っていると、一基の古びたエレベーターの前に辿り着いた。下へ続くエレベーターのようで、渡瀬がボタンを押すと不快な金属音を鳴らしながらエレベーターがゆっくりと動いていた。


 「こういうの、ホラー映画で見たことある」

 「まぁ、こんな山奥にある廃墟同然の建物の地下だからね、いかにも出そうな雰囲気だよ。エレベーターが開いた途端に何かが襲いかかってくるかも」


 これも革新協会の演出か。一応倉庫らしいがあまり使われているようには見えない。だがわざわざ鷹取穂高を監禁するために用意されたとは思えなかった。


 「わっ」


 この状況を怖がる織衣に、背後からエリーが彼女の背中を指で突いて驚かした。


 「ひぃああああああああああああっ!?」


 その光景を渡瀬は尚もニコニコしながら眺め、能力者狩りも悲鳴こそ上げなかったがビクッと驚いた様子だった。


 「ぶい」


 エリーはしてやったりとVサインを織衣に向けていたが、織衣はドヤ顔を見せるエリーの両肩を掴んだ。


 「エリー! 今はそういう時じゃないんだから!」

 「おりーんはお化けが苦手」


 余程怖かったのだろう、油断していたはずだから尚更だ。織衣もお化けが怖いというよりも、単純に怖がりなだけだろう。能力者狩りも少し驚いていた様子だったが口を開いた。


 「君を見ていると、人間ってものを思い出せるよ」

 「それって褒めてるの?」

 「滅茶苦茶褒めてるよ」


 その光景を見て能力者狩りは大切なことを思い出せたのかもしれない。確かに渡瀬やエリーはこれに動じるような人間らしさを持っていないし、もし千代に対してこんなことをしたら泣くぐらい驚いた後に五発ぐらいは喰らうことになる。

 そんな茶番を繰り広げている間に、ようやくエレベーターが辿り着いた。扉が開くと四人は中に入り、渡瀬がボタンを押すと再びゆっくりと動き始めていた。


 「何もいなさそうだけど、本当に罠なの?」

 「上にはいたけどね、確かに不気味な程何もないね。爆弾とか地雷でも仕掛けられてるかなと思ったんだけど」

 「あったらどうしたの?」

 「うーん、どうにかするよ」


 上で待ち構えていたフラワーの不良品達だけだとしたらナメられたものだと渡瀬は思う。おそらく生理的嫌悪感さえなければ織衣一人でも相手は出来る。あからさまな罠のように思えたが、それにしては面白い仕掛けがない。


 「能力者狩り君はどう? もう一人の自分が近づいてるような気がしない?」

 「どうやってそんな気配を感じ取れと」


 エレベーターはゆっくりと下っているが、それでもかなり地下の方へ進んでいるように思えた。


 「でも、変な感じがします」


 能力者狩りがそう言うように、渡瀬も違和感を感じていた。敵がいる、しかもかなりの量の軍勢が待ち構えているように思えるが、実際には見えないしどこにいるのかもわからない。それだけの気配を放つ存在が下にいるのか、だがそれは鷹取穂高のものではないはずだ。きっと協会の幹部でも待ち構えているのだろうと渡瀬が考えていると、ようやくエレベーターが目的地に辿り着いていた。


 エレベーターを降りると、狭い通路の先に金属製の扉があった。渡瀬が先陣を切って扉の鍵を開け、ゆっくりと扉を開いた。思いの外扉は分厚く、そして重かった。

 先程までの年季の入ったオンボロの建物とは違い、無機質な白いコンクリートに囲まれた十数メートル四方の部屋だ。部屋の真ん中には黒い鉄製の椅子が置かれている。それ以外には室内に何も置かれておらず、蛍光灯が部屋を照らしているだけだった。

 椅子に縛られていたのは、紙袋を頭に被せられ、手も足も完全に身動きがとれないようにされた、一人の学ラン姿の少年だった。


 「あれが、もう一人の穂高君……?」


 まだ齢十五の人間には少々ショッキングな光景だろう。この世の九割以上の人間が人生で一度も目にしない光景だと思われる。


 「フフ、まるで祟り神を封印してるみたいだね」


 渡瀬は手錠の鍵を能力者狩りに渡し、彼の背中を押した。


 「さあ、行ってきなよ」

 「解放したらどうなるんです?」

 「彼の中に取り込まれるんじゃないかな」


 能力者狩りはスタスタと縛られた少年の前まで進み、その光景を渡瀬と、彼の背後に隠れる織衣とエリーが見守った。

 能力者狩りは少年につけられていた手錠を外し、椅子と彼の体を固定していたロープを解いた。渡瀬達も彼の元へ近づこうとしたが、すぐにその足を止めた。


 「これは、一体……?」


 織衣も何かを感じ取り、そう呟いた。渡瀬達はその足を一歩、また一歩と彼から離れるように後退りさせていた。


 「うーん、これは失敗だったかな」


 紙袋を被せられた少年は拘束を解かれると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。そして光を体に纏う能力者狩りの肩を掴む。



 「ただいま、もう一人の僕」



 能力者狩りは微笑みながらそう言った。少年に掴まれた肩から、段々と体が黒ずんでいくのを目にしているはずなのに、体で感じているはずなのに。段々と光が闇に取り込まれていくというのに──。


 「渡瀬さん、これって……」

 「僕の見立てが甘かったね。成程、彼も“ツイン”だ」


 渡瀬は能力者狩りである鷹取穂高が『光』の能力だけを持っていて、彼が花咲病の発症に伴って能力と人格の個体に分裂したものだと考えていた。

 だが、実際に彼を目の前にして初めて気がついた。能力者狩りが持っていた能力は()()()()()()()()。極稀なケースだが、能力を二つ以上持っていた場合、花咲病に罹患した能力者は能力と人格ではなく、それぞれの能力に分裂してしまう。各々が能力と人格双方の意思を持ち、半身しか無いというのに双方がさも自分が本人であるように行動することが出来てしまう。


 「『光』と、あれは『闇』なのかな。彼は光と闇に分裂していたのか」


 渡瀬が失敗だと言ったのは、革新協会は能力者狩りの復活を恐れてただ単に彼を監禁しているだけだと思っていたからだ。

 だが違った、渡瀬の予測は外れた。能力者狩りが能力を二つ以上持っているという可能性が頭から抜けきっていた。渡瀬はリーナ達が言っていたことをようやく理解する。

 革新協会は能力者狩りの暴走状態を抑えることが出来なかった。しかし花咲病で都合よく分裂したことにより能力者狩りの暴走状態が止まったため、二つの人格が融合できないように離していたというわけだ。扱いやすい『光』の方を表に出して。


 やがて闇は能力者狩りを、光を完全に闇に取り込んだ。椅子の前に佇む学ランの少年は、頭に被せられていた紙袋を取る。すると、その額に生えていた二本の黒い角が顕になった。


 「つ、角!?」

 「角だね、まさしく鬼って感じ」

 「ど、どういうことなの?」


 その姿は鬼と形容する他ない。確かに能力者狩り、鷹取穂高らしい少年は体に黒い煙のような闇を纏い、両目に灯された青い光を中心に、その体には花の紋章が咲き乱れていた。


 「花咲病っていうのは、能力が暴走する前に出す警告。花が体全体に咲き乱れると暴走に陥るんだけど、大体は暴走する前に死んじゃうんだよ。体が耐えきれなくなってね。

  でもそれに耐えて暴走に陥る能力者も勿論いる。暴走するとやがて彼らの体から花の紋章が消えていく……まさしく散るって感じだね」


 口では持っている知識で説明できるが、実際にそれを見ることは滅多にない。そもそも能力者が暴走したと知って現場に駆けつけても既に死んでいることも多いのだ。能力は人格を崩壊させる、それ程恐ろしい力だ。部屋の中心に佇む鷹取穂高の人格は、もう残っているかもわからない。


 「能力者は暴走すると人の身を離れて鬼と化す。彼もすっかり鬼みたいだね」

 「ということは……」

 「もう末期みたいだね。僕も見るのは久々だよ」


 鷹取穂高はまさしく鬼だ。いいや、これは渡瀬達がイメージしていた通りの、本来の能力者狩りの姿だった。

 能力者狩りはその手に光剣と黒剣を生み出すと二本共床に突き刺し、口を開いた。


 「“紋章共鳴”」


 どうやら目に入ったもの全てが敵に見えているらしい。ああ、本物は偽物とやはり違うなと、周囲を包んでいく闇を見ながら渡瀬は思っていた。


 「“月光”」


 渡瀬も能力を発動し、右目に赤い光を灯していた。エリーも能力を発動しており、織衣は長い太刀を構えている。

 部屋は完全に闇に包まれた。辺りをキョロキョロと見回しても一面真っ暗で、耳には音すらも入らない。


 「“切り裂け”──」


 そんな闇の中でたった一つだけ光っていた。能力者狩りの光剣が振るわれる軌跡が渡瀬の目に見えた。


 「──“三日月”」

 その軌跡は渡瀬達の体を抉り取るような三日月のような形をした一太刀だった。


 「“ジャッジメント”」


 しかしその攻撃をエリーが止めた。目には見えないがおそらくその攻撃を受けに行ったのだ。


 「“リバース”」


 エリーは能力者狩りの攻撃を反転させた。その反転の威力は、受けた攻撃の強さと勢いに比例して強くなっていく。能力者狩りは攻撃を跳ね返された瞬間に轟音と共に壁に勢いよく体を打ちつけられたようだった。すると部屋を覆っていた闇が段々と晴れていき、エリーと織衣の姿が見えるようになる。

 が、壁に打ち付けられていたはずの能力者狩りは消えていた。


 「消えた……?」


 織衣は辺りをキョロキョロと見回していたが、確かにコンクリートの壁に能力者狩りが激しく打ち付けられたような跡が残っていたというのに、彼の姿は消えていた。


 「逃げられたかな」

 「どこに?」

 「さあね。でも早く捕まえないと」


 渡瀬はこの場所へ乗り込むための戦力は十分だと考えていた。能力者狩りが“ツイン”だと知るまでは。だがこうして暴走されると、それを抑えるためにはさらなる戦力が必要だった。


 「これは大事になりそうだよ」


 渡瀬は携帯を取り出して副メイドに電話をかけた。市民に対する避難指示の準備と、牡丹と詠一郎を呼び出すためだった。

 

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