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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第二章『彼は無慈悲な夜の太陽』

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2-13『一触即発』



 革新協会の拠点は、数十人が所属する大きな拠点を中心にいくつかの小さな支部を設置することで広範囲にネットワークを形成している。それらの拠点が持つ役割としては、物資の保管や取引所、構成員の住居などが殆どで、フラワーを生産するプラントの場所は限られた幹部しか知らされていない極秘情報だ。協力関係にある十字会はそれらの拠点の一部を共用しているという状態で、昔はよく能力者狩りに狙われていた。


 「この土地は気味が悪い」


 赤王善治は白いコートを羽織り、腰に刀を携えてとある倉庫の前に佇んでいた。この場所は神奈川県某所の山奥に建てられた物資保管用の拠点で、木材加工業者の倉庫にカモフラージュされている。周囲は背の高い木々に囲まれ、こんな山奥にわざわざ足を運ぶようなもの好きもおらず、闇を照らす街灯も殆どないため夕方でも薄気味悪い場所だ。


 「赤王君でもお化けが怖いわけ?」


 善治の隣にはもう一方の革新協会副統帥、ツバキが白コートを羽織って佇んでいた。心霊スポットのようなこんな場所でも、ツバキのように赤い軍服を着て右目にハート型の眼帯をつけているような奇妙な人間がいたら雰囲気がぶち壊されてしまう。


 「ここは霊気が多いというか、邪気を持ったものが集まるような場所だ。化物が出てきても驚きはしない」

 「これから出てくるかもしれないのに?」

 「俺達が困ることじゃない」


 先程リーナから連絡があり、もうじきツクヨミの人間が来る可能性が高い。善治は下見のためこの倉庫を訪れていたが、ツバキもどこからか噂を聞きつけてやって来たらしい。同じ組織に属しているとはいえ全く部署は違うのに自由な女だと善治は思う。ツバキも副統帥というナンバー2の立場にあるが、統帥は彼女に好きにやらせている。


 「どうする? 私らがここで迎え撃ってみる?」

 「やめておけ、何が来るかわからんぞ」

 「私らなら余裕でしょ?」

 「無駄なことだ。俺は協会への被害を最小限に留めるのが仕事だ。大体、お前は力を温存しておいた方がいい。無駄に力を使うと、また海外に飛ばされるぞ」


 「ちぇっ」とツバキは口を尖らせて、地面の石ころを蹴っていた。ツバキは善治と違い強力で危険な能力を持っているが、反動も大きいため戦闘にはあまり参加しないよう統帥に釘を刺されている。だがツバキもリーナに似て自分勝手で、いそいそと己の計画を推し進めているところだった。


 「でもさー、あの人も何を考えてるのかわからないよねー。何であの子に拘る必要があるのかなー?」

 「お前も人のことは言えないだろう」

 「私とあの人が能力者狩りに拘る理由は違うって。こう見えても私は能力者狩りの復活を待ち望んでるけど、赤王君はどう?」

 「昔ほど暴れはしないだろうから、その間にやることはやっておく」

 「鬼の居ぬ間に洗濯ってやつね」


 能力者狩りによって革新協会が被った損害は数字で見れば大きいものだが、割合で考えるとそこまで気にする程のものではない。フラワーの生産は順調だし、例え能力者狩りにフラワーが大勢やられたとしても、フラワーの原材料である人間達はそこら辺や海外で拾ってきた浮浪者やならず者ばかりだ。フラワーの損害だけで能力者狩りが満足するなら困るものではない。

 もっとも、能力者狩りによる十字会への攻撃は多大なダメージを与えているようだが。


 「でも見てるだけってのも何だかなーって感じじゃない? ちょっとぐらいちょっかい出しちゃダメかな?」

 「お前が痛い目に遭う未来が見える」

 「酷いなぁ。でもわざわざ不良品をここに運んできた理由は何なのさ? 赤王君もお祭り騒ぎがしたいんじゃないの?」

 「不良品は処分しなければらないだろう、当たり前のことだ。お前が自分の手で処分してくれるのなら話は別だが」

 「どうせならこんな所じゃなくて街中でやりたかったよ。良いお祭りになりそうじゃない?」

 「流石に統帥も呆れ果てるだろうな」

 「ふーん……」


 ツバキの右手にはめられたジュエリーが赤く光った。能力を発動したのだ。その気配をすぐに察知した善治は刀を抜き、斬りかかってきたツバキの剣を防いでいた。


 「統帥統帥ってさー、赤王君はいつもそればっかりだね」


 どうやら統帥の命令というのがツバキの癪に障ったらしい。ツバキが持つ剣は剣なのかも判別し難い歪な形をした棒状のもので、紙粘土をテキトーにこねて作ったような今にも壊れそうな剣だ。しかしそれに斬れ味の良い刀の刃を向けても切れない程の丈夫さはある。


 「お前は部下のくせに不忠が過ぎる」

 「納得出来ないんだからしょうがないじゃん。赤王君はそれで良いの? 人を殺したくてウズウズしたりしないの?」

 「言っただろう、俺は俺より弱い奴に興味はない。俺より強いのは統帥だけだ」

 「じゃあここで私とどっちが強いか決着つけてみる?」


 ツバキはやる気だ。善治が持つ刀へかかる圧でそれがわかる。もうすぐツクヨミの連中が来るかもしれないのにここで同士討ちなんて無駄な行為だ。だが善治は表情を変えないまま言う。


 「そんなに死にたいなら受けて立つ」


 善治はツバキの剣を力強く薙ぎ払うと、刀を鞘に納めた。


 「そうこなくっちゃ」


 ツバキは人間をいたぶるのが大好きだ。きっと善治も統帥もそのターゲットなのだろう。満足そうな笑みを浮かべながら彼女は右目の眼帯を外し、そして剣を構えた。善治は目を瞑り集中した。


 「一振りで終わるの?」


 赤王一振流という流派は、相手を一振りで仕留める奥義を極めた。刀を抜き、一振りで相手を仕留め、そして鞘に納める。それが今や一般的には芸術として鑑賞されるに過ぎないが、無駄な動きと力を限界まで削ぎ落とした一振りは、善治が持つ妖刀の力と相まって能力者が相手でも大きな威力を持っていた。


 「一振りで終わらせる」


 目を瞑っていた善治にはツバキが見えていない。目を開けたらツバキの術中にはまることになる。だがツバキが移動した音を耳で捉え、その体の動きが起こした僅かな風を肌で感じ取り、善治はツバキが自分の間合いに入ったと確信し──刀を抜いた。



 「そこにあるのは“無”だよ」


 善治は何が起きたのかわからず、思わず目を開けていた。善治は刀を抜いていたが、その刃先は何と指先一つで止められていた。


 「そう、虚無と無駄。つまり意味がない」


 善治とツバキの間に入ったのは統帥だった。白いコートを羽織った彼は、善治の刀の刃先を指先だけで、ツバキの歪な剣を握りしめて止めていた。


 「そう思わないかい、二人共」


 善治はハッとして刀を鞘に戻していた。ツバキも渋々能力を解除していた。


 「私はそう思わないもーんだ」

 「じゃあ私と戦うかい?」

 「嫌だもーん。ユキちゃんの能力つまらないから」


 ツバキは統帥からそっぽを向いて拗ねてしまっていた。何かと統帥に対して反抗的な彼女だが、一応統帥の方が格上だとは思っているらしい。ツバキと統帥は長い付き合いらしいが、善治から見て二人の仲が良いのか悪いのかわからない。


 「すまないね善治。君にはいつも面倒ばかり押し付けてしまっている」

 「いえ、私も少々気が立ってしまいました。すいません」

 「謝ることはないさ、時にはぶつかるのも良いものだよ」


 笑顔の統帥の背後で、ツバキが統帥と善治に向かって舌を出してあっかんべーしていた。統帥がバッと背後を振り向くとツバキはすぐにそっぽを向いて知らんぷりをしていた。


 「少しは仲良くしてほしいものだよ、君達二人は人の上に立つ存在なんだから」

 「でも少しは好きにさせてほしいなー」

 「はは、宜なるかな。じゃあツバキにも新しい仕事を与えてあげよう。近々十字会のトップが来日する予定なんだが、彼らとの取引は全てツバキに一任したい」

 「だっる」


 何ともわがままだ。協力関係にある巨大マフィアの十字会との取引を一任されるなんて大きな仕事だというのに……善治もあまりしたいと思わない仕事だが、全て一任するということは好き勝手やってもいいとツバキは解釈するかもしれない。統帥もそういう意味で言っているのだろう。


 「フラワーも不良品が出ないように改良してくれると嬉しいよ。そのためにも十字会は重要な取引相手なんだ。フラワーの生産を担当する君が十字会と交渉するのは当たり前だと思わないか?」

 「うーん納得いかないけど」

 「その一環として、まずは彼らが本拠地を置いているイタリアまで飛んでほしいんだ」

 「え、イタリア!?」


 あまり乗り気ではなかったツバキが突然目を輝かせていた。


 「今後の取引について調整が必要だと思ってね。一月ぐらいはかかるかもしれないが」

 「わかった。んじゃ準備してくる」


 いやっほーとウキウキでツバキは帰っていってしまった。海外旅行が好きらしいツバキはヨーロッパや中東をブラブラしていた時期もあったらしい。そんな彼女に大役を任せたのは統帥なりのアメなのだろう。


 「さて、赤王。彼らはここに来るのか?」

 「おそらく。どうされますか?」

 「我々は何もしなくていいさ、手助けも必要ないだろう。今宵は久々のお祭りだよ。我々はそれを見物させてもらうとしよう」

 「今後はどうされますか?」

 「様子見だね。彼らもすぐに事を起こせるほど戦力が充実しているとは思えない。我々にも来るべき時に備えて下準備が必要だ。夏の間は冷房が効いた屋内でゆっくりしているのも良いかもしれない」


 革新協会は再び着々と戦力を蓄えつつあった。四月デストラクションは協会の計画通りに進んだが、やはり協会の被害も大きいものだった。それで得られた収穫が能力者狩りだけというのもローリターンだ。


 「彼の復活は、良い起爆剤になるよ。まだ殺すのは惜しい」


 統帥はチラッと倉庫の方を向いて言った。すっかり辺りは暗くなり、風に揺られて木々が不気味な鳴き声を上げていた。


 「まだ奴は使えると?」

 「それは、彼が無事に生き残ったら考えよう」


 ハハハと笑いながら統帥は敷地の外へ出ていく。善治も統帥の後を追った。

 きっとツクヨミは自分達の新たな戦力として能力者狩りの復活を望んでいるだろう。だが能力者狩りの敵であるはずの革新協会も彼の復活を望んでいた。その目的は単なる己の趣味嗜好のためだったり想い人のためだったりと様々だが、善治もまた自分の良い好敵手として彼の復活を楽しみにしていた。

 


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