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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
プロローグ『彼女からの奇跡』
3/176

発現



 『こちらは陸上自衛隊東部方面総監部です。各テレビ局に代わりまして現在の状況をお伝えします。ラジオの方は周波数はそのままにしてください。

  全国各地で大規模なテロ攻撃が発生しています。地元自治体や警察・消防・自衛隊の指示に従い、直ちに安全な場所へ避難してください。避難が困難な場合は屋内に留まってください。

  各地で発令されたJアラートは訓練ではありません。これは、今現実に起きている出来事です。

  繰り返します。これは訓練ではありません。直ちに身を守る行動を取ってください。貴方が今いる場所が安全とは限りません。落ち着いて、冷静に行動してください。

  屋内にいる方はドアや窓を閉め、ガス、水道の……』


 『現在、避難指示が発令されている地域は以下の通りです。東京都全域六百六十九万二千八十九世帯、大阪府全域三百九十二万千九百二十三世帯、福岡市全域八十三万二千六百三十五世帯、札幌市全域……』


 ---

 --

 -


 「どこに逃げる?」


 ゼェゼェと息を切らしながら、穂高は汀と椛に問う。一目散に三人は大きな通りから離れ、狭い路地から建物の影に隠れていた。人気はないが、いつ何がやって来るかわからない不安感は残るままだ。


 「私の父さんが練馬にいるわ」

 「だけど走っていくには遠いよ。一旦、僕の父さん達と合流して──」


 鷹取荘二郎は元々自衛隊に勤務していた経験もある。それならこんな状況下においても自分達を上手く導いてくれるはずだと穂高は考えた。だがそんな時、耳をつんざくような爆発音が辺りに響いた。


 「な、何!?」

 「伏せるんだ!」

 「一体何なの!?」


 辺りを見回すと、無数の金属片が炎を纏いながら道路に散らばっていた。爆発音がした方を見ると、十階建てのマンションからモクモクと黒煙が上がっていた。そこにはヘリのような物体が突き刺さっているように見えた。


 「ここも危ないよ。食堂の方に行けば、父さん達と出会えるはず」


 汀は黙って頷いた。穂高は椛の腕を掴んだが、恐怖からか椛は体を静かに震わせていた。どうしてもあの時のことを思い出してしまう。思えばあの日も、こんな光景が広がっていたかもしれない。


 「大丈夫だよ椛。僕がいるから」


 今だけは、強くないといけない。そう自分に言い聞かせようとしても、現実からは逃げられない。それでも穂高は、椛のためなら何でも出来ると、そう思っていた。

 

 東京から郊外へと避難しようとする車や人々が側を通り過ぎていく中、穂高達は食堂へと向かった。食堂に近づけば近づくほど人気は無くなっていき、不気味なサイレンが薄暗い住宅街に鳴り響いているだけだった。

 『鷹取食堂』

 そんな看板が建てられた建物があった。荘二郎達と合流できるはずだった場所で、穂高達はその惨状を目の当たりにすることになる。


 「なっ、これは……!?」


 食堂の中はまるで強盗に荒らされたかのように、テーブルや椅子、コップや割り箸が散乱していた。足を踏み入れると、ビチャリ。液体でもなく固形物でもない、肉の塊が穂高の靴に当たった。それが人間だったと理解するのは困難で、そう理解してしまうと今にも発狂してしまいそうになる。それが元々荘二郎や恵、他の客の体だったものだと、無惨な姿に成り果てた彼らを穂高は認識した。


 「こんな、こんなことが……」


 真っ赤に染まった食堂を見て、汀もその場で立ち尽くしていた。穂高は口を押さえて、叫ぶことも逃げることもなかった。


 「椛、見ちゃいけない」


 膝から崩れ落ちようとした椛の体を、穂高は抱きしめていた。

 見てはいけない。こんなものは見るべきじゃない。椛を力強く抱きしめながら、不安から荒くなる息を落ち着かせながら、必死に現実と戦おうとした。


 「ここもダメだ。ここから逃げないと」


 だが今は、目の前で大切な人を失ったことを悲しむよりも、穂高の本能はこの場から今すぐ逃げた方が良いと伝えていた。



 「何の用だ」


 逃げようとして後ろを振り返った穂高の前には、食堂の入り口を塞ぐかのように、白いコートを羽織り、太陽が描かれた白い仮面を被った男が佇んでいた。右目の部分には青い光を灯している。

 この白い連中がこの惨事を引き起こしている一味なのだろうか。男の手には食堂の冷蔵庫に入れられていた棒付きアイスが握られていた。


 「誰、だ」


 椛を抱きしめながら、震える声で穂高は男に問いかけた。人の気配など全く感じなかったのに、物音もなしにこの男は穂高達の背後に存在していたのだ。


 「残念ながらこの店は閉店だ。飯を食いたいなら他を当たるんだな。死にたいなら別だが」


 その声からは、何の感情も感じ取れない。こんな惨状を目の前にしているのに、男は平然とアイスを頬張っているだけだ。それもそうだろう、彼は食堂に転がる肉塊が穂高達とどういう関係にあったかを知っているはずがない。


 「良くも穂高君の……!」


 その判断は正しかったか。どちらにせよ、この場を乗り切るにはこの男に対処しなければならない。汀は目の前の男を倒すという選択肢を選び、彼の右腕の袖を掴んだ。


 「汀!」


 が、汀は袖を掴みそこねた。いや、穂高の目にはその袖が不自然に伸びたように見えた。汀は袖を上手く掴めないまま体勢を崩しかけたが、持ち前の体幹ですぐに体勢を戻して顔を上げる。が、男はすぐさま拳銃を取り出し、汀の眉間に向けた。


 「こっちだこの野郎!」


 男の目が汀に向いている内に、穂高はレジの脇に置かれていた招き猫を、彼の背後から思いっきりぶん投げた。投擲された招き猫は男の背中にクリーンヒットした、ように見えた。男が怯むと思ったのか、タイミングを見計らって汀も男に蹴りを入れようとしていた。

 だが、男の背中はトランポリンのように弾んだのだ。


 「バカな!?」


 跳ね返った招き猫は、逆に穂高の方へ勢いよく飛んでくる。自分の額へ迫る招き猫を避けることが出来ずに、穂高はもろに頭に食らってしまった。当たった招き猫が粉々になる程の衝撃だ。男へ蹴りを入れようとしていた汀もあっさり殴られて床に倒れてしまう。


 「があああっ!」


 体勢を崩した穂高は、レジ台を破壊しながら倒れていた。レジ脇に置かれていた小物が穂高に向かって雪崩のようにガラガラと落ちていく。


 「お、お兄ちゃん!」


 穂高が気づいた時には、椛が穂高の前にしゃがみ込んでいた。その後ろには、椛に拳銃を向ける男の姿があった。

 そうはさせまいと、穂高は椛の体を掴み、クルッと回って椛を庇った。男に背中を向けた穂高は、椛が絶望の表情で穂高の背後を見ているのが見えていた。そして穂高の背中に、一発の銃弾が放たれてしまう。


 それが背中に、左の肩甲骨付近に着弾した時、鋭く、そして焼きごてのように熱い刃物で抉られたような激痛が穂高を襲った。あぁ、銃弾ってこんなに痛いのか。床に倒れて悶え苦しむ穂高の頭に、さらに銃口が向けられていた。


 「やめなさい!」


 汀は果敢にも無防備になった男の背後から掴みかかった。だが男はものともせずに、腕を後ろに回しただけで汀を食堂の入り口へと飛ばしていた。


 「な、ぎさ……!」


 入り口のガラスが割れ、汀の額から血が流れ出していた。汀は飛ばされた衝撃からか、意識が朦朧としているようだった。


 「やめて!」


 汀へ追い打ちをかけようとする男の前で、椛が両手を広げて庇おうとする。しかし男はただただ苛立ちを募らせているだけのようだった。


 「俺は腹が減っていただけなんだよ! 邪魔をするな!」


 待て──穂高は声すら出すことも出来なくなった。頭部を襲った衝撃、背中の銃槍と、人生で初めての苦痛に耐えることが出来ない。目の前で実の妹が、椛が殺されそうになっていても、最後の力を振り絞ろうにも、思うように体が動かない。

 穂高はただ、目の前で椛が撃たれるのを黙って見ていることしか出来なかった────。





 ────ふざけるな。

 声は出なかったが、穂高は口を大きく広げて、そして一気に歯を食いしばって踏ん張った。必死に藻掻いた。まだ、自分は戦わないといけない。まだここで死ぬわけにはいかない。

 椛は、今の穂高にとって唯一の肉親だった。椛は、穂高が生きる理由だった。こんな状況でも穂高や汀を守ろうとする、自らの身を挺して誰かを守ろうとする椛の姿が、穂高の生きる理由になった。

 目の前にあるのは絶望だ。事態が好転する材料は何一つ残っていない。精々穂高達が死ぬ順番を変えられるぐらいだ。しかしそれでも、穂高は奇跡を願ったのだ。極稀に引き起こされる超自然的な出来事を、二人を助けるための奇跡を穂高は願った。

 今すぐ警察や自衛隊が助けに来てくれたっていい。

 見知らぬヒーローが突然駆けつけてきてくれたっていい。

 何なら自分に特殊な力がみなぎってもいい。

 それが例え、例え自分が犠牲になるようなものだとしても、二人を助けるための力が欲しい──そんな奇跡の力を、穂高は願った。


 『──奇跡は起きる、君が望めば』


 穂高にとっては長く思えたその時間が、ほんの一瞬、この僅かな時間が、穂高の全てを狂わせた。


 穂高の右手に、赤い光が集まる。全身が痙攣するように震えると同時に、穂高の耳に誰かの声が聞こえた。


 『その世界は、貴方にとって残酷かもしれない』


 その少女の声は、この残酷な世界と違ってとても優しく、この世のものとは思えないほど美しかった。

 気づくと、穂高は真っ白な空間に倒れていた。床でうずくまる穂高の前には、長い白髪で、頭に青色の花飾りをつけた、和服姿の少女が微笑みながら佇んでいた。


 『だけどその奇跡が、貴方をきっと助けるはず』


 穂高の身体に、力がみなぎる──いや違う、何か、異形のものを無理やり体の中に注入された、注がれたという感覚だった。


 「き、気持ち悪い……!」


 同時に頭がかち割れそうなほどの頭痛が穂高を襲う。体内に入れられた異物が非常に激しい副作用を起こしている、穂高はそう理解しながら歯を食いしばり、頭を押さえながら頭痛に耐えていた。

 ただ、この感覚がどこか懐かしくも思えた。今まで出会った覚えのないのに、どこかで出会ったことがあったかもしれないと思わせる少女の姿。嫌に見覚えのある、右腕に纏われた赤い光と、買った覚えもない、水晶が埋め込まれた黒色の不気味な腕輪。何よりも穂高を奮わせたのは、その力を増幅させる、自分の中に潜む恐ろしいほどのエネルギーだった。


 『強く生きること、一人のヒーロー。

  私は、いつでも、いつまでも、貴方のことを待っているから──』


 突然放たれた眩い光を見て、穂高は思わず目を瞑った。光が収まって穂高が目を開くと、夢のような白い世界は消えてしまっていて現実に引き戻された。が、穂高の前から白コートの男は消えていた。


 「穂高君……?」

 「お、お兄ちゃん?」


 視線を下げると、大穴が空いた胸から大量の血を噴き出しながら男は倒れていた。その向こうでうずくまっていた汀も、穂高の体を掴んでいる椛も、驚いた様子で穂高のことを見ていた。


 「僕が、僕が倒したの……!?」


 奇跡は起きた。穂高が望んだ奇跡は、穂高自身に力となって舞い降りたのだ。

 

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