2-10『善治とツバキ』
「捕まっていた気分はどうだった?」
統帥の別荘の一室で、善治は部下から送られれてきた報告書を眺めながらリーナに問いかけた。リーナはふかふかのベッドの上に寝転びながらノートPCを立ち上げてネットサーフィンに勤しんでいる。
「あまり楽しくなかったですね~新鮮といえば新鮮でしたけど~」
「能力者狩りに捕まえられたことはなかったのか?」
「え~むしろ私が捕まえる側でしたし~むしろそういうのもアリですねぇ」
本当に不憫な奴だと善治は思う。果たして、能力者狩りがリーナに振り向く時は来るのか。そんな時が来たら、善治は全力で能力者狩りを軽蔑するだろう。
「向こうは気づいたと思うか?」
リーナはPC画面を見たまま答える。
「さぁ~どうなんでしょうかねぇ。私を捕まえたあの人も少しは頭が回りそうですし~色々と不思議に思ってらっしゃったみたいですし~」
彼らに罠と勘ぐられるのはまずい。面倒な手段を選んだことは確かだが協会はこうせざるを得なかったのだ。革新協会にとっては姫野織衣という少女は都合が良い存在だった。リーナは今も隙あらば彼女を始末しようとしているが。
「あこーさん」
「どうした?」
報告書を見終わって部屋を出ていこうとした善治にリーナが言う。
「あの人なら、出来ると思うんですよ」
善治がリーナの方を振り向くと、彼女はやはりPCの画面を眺めたままだった。
「奴はそれ程愚かそうに見えないが?」
「こっちの罠にかかるのと穂高君の謎を解くのとどっちが愚かだと思いますー?」
「連中がどれだけ能力者狩りを有用だと思っているか次第だな」
「まー私の能力にかかればそんなのちょちょいのちょいですしおすし~」
リーナの能力は、“素晴らしき哉我が人生”という『再生』の支配系能力をメインに使っている。それは半自動的に発動される強力な能力で、不死身たるリーナを形成している。
だがリーナはもう一つ能力を持っていた。“引き寄せの法則”というもので、対象と物理的・心理的距離を限定的に操る『引力』の操作系能力だ。この能力は一定の条件さえ整えば自分と対象を物理的・心理的に引き寄せることが出来るが、それが良い結果をもたらすかどうかは運次第だという。
「どうせならあの副産物共も駆り出すか?」
「あーそれもいいんじゃないですかねぇあの人達を試すって感じで~せっかくなら盛大にワーッといきましょうよ~」
どうもリーナはそれをお祭り感覚で捉えているようだが、全てを知る善治にとっては地獄のような光景に思えた。
「俺は奴の所に向かう。お前は……好きにやってるといい」
リーナが捕まってしまったことにより、念のためにとリーナに対する懲罰はなくなっていた。そのためリーナを邪魔する障害は無くなったのだ。
「わかってますよ~悲劇のヒロインぶってますから~」
永遠にリーナは自分がヒロインだと自称しているだろう。果たして、リーナがヒロインとなる日は来るだろうか。
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「あぢぃ~あっぢぃよ~夏の日差しが厳し過ぎんよ~」
ペットボトルの麦茶をゴクゴクと飲んでいる善治の隣で、校舎とテニスコートを分け隔てるネットにしがみつきながら村上という友人はテニスコートを眺めていた。
「じゃあ涼める場所に行ってこい。図書館は涼しいぞ」
「東棟からはここが見えないんだよなぁ。文系の俺が研究棟にいるのもおかしいだろ」
「お前がウジウジとテニスサークルに入るかどうか決めあぐねていたからだろう。どれが好みなんだ? あの巨乳か? それともあの安産型か?」
「俺はあのちょっとぽっちゃり系の……って何言わせんだ馬鹿野郎」
そうか、お前はそういうのが好きなのかと考えながら善治は額の汗をタオルで拭っていた。彼らの視線の先では夏の日差しの下、テニスコートでワイワイとテニスに励んでいる大学生達がいた。
善治は大学で程々な友人関係と成績を保ちながら、裏では革新協会の副統帥として活動している。勿論それを知る人物はここにいない。学内には協会の協力者すらいないのだ。
「俺はもうすぐインターンだけどよ、結局ヨシは家継ぐの?」
「あぁ、そういうものだ」
善治は周囲にそういう風に説明している。赤王一振流を代々伝えている赤王家の嫡子だが、実際に善治は家を継ぐ気はなく、両親とは長らく連絡すらとっていない。
「良いよなー立派な家業があって。俺の実家は地方でちっさな農園やってるぐらいだし。
就活もないんだったら随分と暇なんじゃねーの?」
「いや、今日は立野達とカラオケだ」
「え? 俺はそんな話聞いてないんだけど? 俺も行っちゃダメ?」
「立野に聞け。俺は知らん」
「てゆーかやっぱ立野ってヨシのこと好きなんじゃね? アイツいつもヨシを誘うし」
「だとしてもあんな浪費家はお断りだ」
友人との与太話に付き合っていた善治は、ふと何かの気配を感じた。思わず持ってもない刀に手をかけそうになる程の死の気配を感じたのだ。
そして、テニスコートに悲鳴が響いた。
村上は絶句していた。その隣で善治もまた言葉を失っていた。
テニスコートでテニスを楽しんでいた学生達の一人、村上のお目当てだったぽっちゃり系女子が、突然体を縦に真っ二つにされていた。
どうやら側にいたガタイの良い男子の仕業らしい。他の学生達が慌てて逃げ出す中、彼だけがテニスラケットを片手に奇怪な笑い声を出しながら佇んでいた。テニスラケットでどうやって人体を真っ二つにしたかはわからない。斬った、というよりは潰したという表現が正しいかもしれない。
「おい、これ……!」
「来い、逃げるぞ」
「ちょ、急に引っ張んなって!」
善治は村上の腕を掴んで、数十メートル離れた大学の東棟へ駆け出した。辺りは騒動の中で逃げ惑う学生達と、彼らに様々な武器で襲いかかろうとする学生達の二つのグループに分かれていた。
一方は襲い、もう一方は襲われるしかない。その光景は、今までに何度も見てきた光景だ。
「これ、一体何が起きてんだよ!?」
「知らん」
阿鼻叫喚の学内を走り抜け、命からがら二人は東棟に置かれていたロッカーに辿り着いていた。ゼェゼェと息を切らし、腕で顔の汗を拭う村上の横で善治は自分のロッカーを開け、中に入っていた黒く細長い布の包を取り出す。その包を開けると、一振りの刀が入っていた。
「よ、ヨシ!? これモノホンの刀じゃね!? お前そんなの置いてたの!?」
「もしもの時のためにな」
「法律的にダメなんじゃね」
「死にたいのか?」
「いや、俺は文句言わないけど」
善治は刀を握ると村上を先導しながら学内からの脱出を目指す。だが、二人がいる東棟は彼らに襲いかかろうとする学生達に包囲されていた。彼らは笑みを浮かべて暴れ回るが、その目は虚ろとしていた。
「おい、どうすんだよこれ──」
慌てる村上の前に善治はもういなかった。刀を抜いた善治は、傘や箒やハサミ等様々な武器を持って笑いながら襲いかかってくる学生達に何の躊躇いもなく斬りかかっていた。普通の人間にしては妙に動きが俊敏で力強く、操られているにしてはかなり意思がはっきりしているような、完全な傀儡だった。だが善治の敵ではない。首を叩き斬り、胸や腹部を貫いて次々に死体の山を作り出していく。腕や足だけでは彼らが叫んで五月蝿いためすぐに顔を潰した。
能力をすぐに使うことが出来れば、善治は鳥となって村上を連れて簡単に脱出することが出来た。だがそれでは能力者であることがバレてしまう。そのため善治は自分が刀術の流派を習得しているという事実を利用して戦っていた。
またも村上は絶句しているようだった。今度は、善治が作り出した惨状を見て。
命を救われたと実感しているというよりも、現実と思えぬこの酷い情景に怯えているようだった。
「やあやあ赤王君、慈悲の欠片もないねぇ」
シャツを真っ赤に染めた善治は、刀を鞘に納めて声がした方を向いた。見ると、大学創設者の立像の上に、赤い軍服の上に白いコートを羽織った女が仮面も被らずに笑顔で佇んでいた。彼女は長い金髪で、右目にハート型の眼帯を着け、右手にはラピスラズリの装飾が施された手袋をはめている。そんな無駄に特徴づいた女が何者かを善治は知っている。
「俺にまだ慈悲が残っているものだと勘違いしてくれていたようで何よりだ、ツバキ……いや、くそったれが」
ツバキ。
その名が本名なのかコードネームなのか、そもそも経歴すら謎の女だ。善治が知っているのは、ツバキが自分よりも統帥との付き合いが長く、そして協会のもう一方の副統帥でもあった。
「くそったれだなんて酷いなー赤王君は。私は手助けしてあげたつもりなんだけどなー」
「意味がわからんな。お前が俺に何の手助けをした?」
「生ぬるい平穏から抜け出すための手助けだよ~」
ふと、善治は忘れかけていた村上の方を見た。彼は腰を抜かし、ガタガタと震えて怯えたような表情で善治とツバキを見ていた。
「お、お前ら何なんだよ……!?」
またツバキの方に目を戻すと、彼女はニコニコと微笑んでいた。
「ねぇねぇ赤王君、私と一緒に楽しいことしない? そっちの方が向いてると思うよ?」
「興味がない」
「え~本当に~? 昔は夜な夜なか弱い人間を斬ってばかりいた赤王君がそんなこと言っちゃうの?」
「昔の話だ」
「さーてどうかなー」
するとツバキは突然手袋をはめた右手で眼帯を上に上げた。彼女の右目はただの黒い左目の瞳とは違って、赤い光を灯しながら宝石のように煌めき、なおかつ深海のように底の見えない闇が果てしなく続き、善治はその闇に引きずり込まれそうになる────。
「お~赤王君は肝が据わってるね~」
ツバキの攻撃を防ぐのは簡単だ。目を覆えばいいだけだ。善治は自分の刀の刀身で両目を覆っていた。一応同じ組織に所属する仲間であるため、ツバキの能力は知っている。彼女の狂った思想と相まって、それがとても凶悪であることも。
「だけど、彼はもうダメみたいだねー」
善治が再び村上の方を見ると、先程まで腰を抜かして震えていただけの彼が、虚ろな目でゆっくりと立ち上がって口を開いた。
「な、なぁヨシ……俺、訳がわからねぇよ」
尚も体をガタガタと震わせながら、引きつった笑みを浮かべていた。
「目の前のことも、勝手に動く俺の体も、お前を殺したくてたまらない衝動も……俺、どうなっちまうんだ?」
村上は善治が斬り殺した学生の手から素早くカッターを奪った。そしてカッターを持つ右手を大きく振りかぶった。
「俺は、お、れは──がああああああああああああっ!」
雄叫びを上げ、明確な殺気を持って村上は善治に襲いかかる。その姿は最早善治が知っていた友人ではない。ただ自分に対して敵意を持つ敵だ。
常人とは思えぬスピード、そして確実に急所を狙ってきていた。だがそれよりも善治は素早く刀を抜き、躊躇いなく村上の首を一振りで斬り落としていた。おぞましい形相のまま村上の首は地面にゴロンと転がり、その体は首から血を噴き出しながら力なく倒れていた。
「で、どう? 日常を失った気分は?」
血だらけの地面に降り立ったツバキは、満面の笑みで善治に問う。善治は刀を鞘に納めて、ハンカチで顔にかかった返り血を拭きながら答えた。
「良いギャップだった」
善治の答えが意外だったのか、ツバキは驚いたような様子だった。
「へぇ、どういう意味? 日常と混乱のギャップ?」
「そういうものだ。俺が未だに学生生活に身を置いていたのは、人間でありたかったからだ」
「……どーゆーMean?」
遠くからサイレンの音が響いてきた。どうやら学内の騒ぎを聞きつけて警察が駆けつけてくるようだ。きっと彼らは、既に収束した現場を見て困り果てるだろう。あの時のように。
善治は鞘からゆっくりと刀を抜いた。すると刀身から溢れ出るようにドバドバと大量の血が流れ出していた。
「お前が言うように、俺は確かに人を殺すという作業を繰り返してきた。だが俺はその作業に飽きた。きっと飽きてしまったのは、自分が人間ではなくなってしまったから、人間という生き物を簡単に殺せてしまうのだと知ったからだ。
俺は能力者という世界からかけ離れた現実を生きることで、一人の人間として生きている。その世界から、周囲の人間達が送る日常を日々観察してきた。この日常がいつ壊れるのか、俺が壊したら連中はどんな反応をするのか、どんな絶望を味わうのか──それを芸術として鑑賞するのが幸せだ」
彼は今、革新協会副統帥、赤王善治としてここにいる。
いつから? テニスコートで騒ぎが起きた時からだ。組織の幹部である自分が知らない事件が発生したことで、それが自分の命令によるものではないとすぐに気づいた。ツクヨミという組織が一般人を巻き込むような手荒な真似をするとは考えられなかったため、誰がここを狙ったのかと考えた結果、ツバキぐらいしかいないと気づいたのだった。
その瞬間、善治は人間ではない自分のもう一つの側面を引き出した。友人の村上への説明なんて後で構わない、友人といえど自分の手で殺めたところで悲しむようなこともない。
彼が人間として普段過ごしてきた日常、そして異常者として生きてきた能力者の世界、その相容れない二つの世界を生きることで善治は人間として、そして能力者としての自分の幸福を味わっていた。
「へぇ~大層なモットーだねぇ。
で、これから赤王君はどうするの? ガッコー無くなっちゃったけど?」
「新しい日常を探すだけだ。お前達と違って、俺は殺しを生業にしているわけじゃないからな」
特段、ツバキのこの所業に憤怒やら悲哀やら、特別な感情が生まれるわけではない。いつかは訪れる運命だと知っていた、ならばまた探すだけだと彼は考えていた。
「え~私達は私達のやりたいことをやるだけだよ~」
「そんな無計画な人間と組もうとは思わない。俺は統帥に従う」
「え~あの人は今も私達に何か隠してるからこうなっちゃうんじゃないの~?」
ツバキの指摘はもっともだ。統帥は、彼自身が推し進める計画の全貌を明らかにしない。腹心である善治やツバキ、リーナにでさえも。四月デストラクションは確かに彼の指示によるものだが、あれにどういった意味があったかもわからない。
だが、革新協会に所属する能力者は殆どがならず者だ。フラワーなんてそこら辺で拾ってきた犯罪者や浮浪者が殆どだ。それはリーナや善治達も含めて。人間を殺したくてたまらない、それでしか快楽を得られない連中にとっては、統帥の計画に従って自分達の行動が制限されるのが嫌で嫌でしょうがなかったのだろう。そのため内部でいざこざが起きるのである。
「未だにあの人に忠誠を誓ってる人間なんて、赤王君みたいなワンチャンだけでしょ~? そんな生活が楽しいの?」
「ああ、楽しいさ。俺は人間を殺したくてたまらないわけじゃないからな」
「よくもまー赤王君がそんなことを言えるねぇ。ま、非情な赤王君には関係ないのかもしれないけど」
ツバキが善治にちょっかいを出したのは単なる嫌がらせなのだろう。もしかしたらブチギレた善治がツバキに戦いを挑むという未来を予想していたのかもしれない。
「あぁ、俺は非情だろうさ。日常を一瞬でぶち壊されても何とも思わないからな。強いて言えば、屋内で涼みたかったのに外に駆り出されたことが少し腹立たしいぐらいだ」
「やっぱそんなもんだよね~赤王君はそうでなくっちゃ~」
「ただ」
善治は刀を鞘に納めた。今、この場所でツバキと戦うつもりはない。ここでツバキと刃を交えて騒動を起こしても、その後処理をさせられるだけだ。ツバキだって本当に暇潰しに来た程度だろう。善治を本気で相手にするのは面倒だと彼女も知っているはずだ。
「俺にとってはこんなこと、そこら辺の地面にいた害虫が踏み潰されたぐらいの感覚でしかない。お前だってそうだろう?
あと、俺を付き従えたいなら俺より強くなってから出直してこい。俺は自分より弱い奴に興味はない」
善治はツバキに背を向けて、ジュエリーである手袋を右手にはめて能力を発動する。その背中に大きな翼が生える。そして空へ飛び立つ前に、善治はボソリと呟いた。
「狙う相手は選ぶんだな、俺は奴とは違う」




