2-9『暴走という謎』
「テレポーターの類ね。久しぶりに見たわ。しかも結構荒いテレポーターみたいね」
壁を破壊された建物、そして外のなぎ倒された木々を眺めながら牡丹は呆れたように言う。テレポーター、もとい瞬間移動が可能な能力者は希少な存在だが、こうも荒い、移動先まで無理矢理地上を移動していくタイプを見るのは初めてだった。
「結局、彼女は手筈通り向こうに引き渡した……というか連れて行かれましたけど、良かったんですか?」
鷲花蒼雪がいなくなったことにより再び能力が発動できるようになったが、今頃追っても意味がない。追いかけた所で彼ら三人が束になっても勝ち目はない。
「別に良いのよ。私はあの正体を確かめたかっただけ……まさか、本当に鷲花君本人だと思わなかったけど。彼であってほしくなかったのに」
「あれから五年経ったとなると……アイツは今二十五ぐらいか」
そう物思いに耽る詠一郎は当時大学四年生、渡瀬は中学二年生だ。しかも当時の渡瀬はまだツクヨミにいなかった。
「渡瀬君、五年前の事件は知ってるよね?」
牡丹が渡瀬に話を振る。その意図を読みながらも、渡瀬はフッと笑う。
「はい」
「何人死んだか知ってる?」
「三万ぐらいでしたかね」
「違う、そっちじゃない」
おそらく『五年前』というワードで一般人と渡瀬達が思い浮かべる出来事には大きな差異がある。わざと最初に正解を答えなかった渡瀬は答えを言い直す。
「ツクヨミの能力者だけで五十八人、その内守護者が四人でしたね」
「そう、その死んだ四人の守護者の中の一人がアイツよ」
鷲花蒼雪、『鷲』の守護者の存在自体は同じ守護者という地位にある渡瀬も知っている。もっとも、現在守護者は八人中四人が空席という状態だったが。
「だけど、鷲花君は生きていた」
牡丹は物憂げな表情をしていた。いつもの彼女らしくない。やはり五年前の出来事を能力者として間近で見ていた彼女は、色々と思う所があるのだろう。
「あの事件から生き残れたと?」
丁度、渡瀬はその事件の直後にツクヨミに加入した。彼はツクヨミ側の被害も知っている。能力者総勢百人以上が参加した戦いで、数名しか生き残らなかったことを。
「だけど、私が自分の目で確かめたわけじゃない。あくまで信頼できる筋からそう聞いただけ……つまり、四人の死は確定していたわけじゃないの。五年前からずっと、私達の前に姿を現さなかっただけ」
「じゃあ、どうしてあの人が革新協会を率いているんです?」
「さぁ……ね。そういう子には見えなかったけど」
何も証言が無いのでは考えるだけ無駄だ。革新協会の今までの行動を見る限り、ただただ人を殺したくて殺したくてしょうがない連中が集まっているだけの組織ぐらいにしか渡瀬達も考えていない。
だが革新協会という存在がツクヨミにとって脅威なのは確かだ。ツクヨミは革新協会のような能力者組織と戦うために結成された組織ではない。能力という奇跡を隠すために、遥か昔から存在していたのだ。そんな彼らにとってこれだけ能力を使って暴れられたり、フラワーという改造人間まで作られると困るのである。
ツクヨミは、能力によって世界が滅びないように能力を秘匿していた。
だが今、世界は能力によって破滅しようとしている。
「話題を変えましょ、能力者狩り君の話。
二人は彼のことをどう思う?」
重苦しい雰囲気の中、牡丹が話を切り出した。
「死に急いでいる」
「生き急いでますね」
どちらも褒め言葉ではない。
「成程、私も同感よ。じゃあどれくらい強いと思う?」
「エリーや千代よりも強く、僕より弱い。織姫ちゃん達高校生組を相手にしても勝てますが、千代と北斗のコンビには勝てない」
「同じく」
「上物ね。だけど彼はもうじき死ぬ、と。そうよね、詠一郎?」
詠一郎は腕を組んでコクリと頷いた。詠一郎がそう判断したのは、彼のあの症状を目にしたからだ。渡瀬も詠一郎からその話を聞いていた。だから今日能力者狩りを暴れさせているのである。
「予測できないことではないですね、彼に花が咲いていることは。多分今頃とても満開で綺麗だと思いますよ」
「フフッ、もしかして今日殺す気だったの?」
「まさか。詠一郎さんがアテにならなかったので」
「だからってアイツを犠牲にしてやるな」
花が咲く、というのは見たままのことだが比喩にも近い。実際に花が咲いているわけではないが咲いているように見えるのだ。能力者は散る直前こそが最も美しいと言われるのはそういう所以である。
能力者は暴走状態が近くなると、体に花の紋章が浮かび上がり始める。その咲き具合によってタイムリミットがわかる。体中に花が咲き乱れてしまう、つまり満開という状態になると完全な暴走に陥る。
詠一郎が見る限り、能力者狩りは既に重症だった。短時間能力を発動しただけで能力が暴走しかけている。おそらく三ヶ月も能力を使い続けてきた蓄積疲労のためだろう。牡丹達が能力者狩りに勝手な行動を禁じたのは、確かに彼に禁断症状めいたものが出ないか確認する目的もあったが、ただ単純に体を休ませるという目的もあった。
「ねぇ、渡瀬君」
「何ですか?」
「彼はどっちだと思う?」
選択肢も与えられていないというのに二択というのは何たる狂気の沙汰か。だが話の流れで渡瀬にはわかる。おそらく詠一郎も牡丹から同じ質問をされたのだろう。
「さあ、僕にはわかりません」
渡瀬は答えをあえてはぐらかした。牡丹もそれ以上は追求しようとしない。
「あと、牡丹さん」
「どうかした?」
「さっきリーナちゃんから聞いたんですけど、革新協会は彼の暴走を止められていないそうです」
「え?」
「は?」
渡瀬の発言に牡丹も詠一郎も驚いていた。そんな状態はありえない、今の能力者狩りは暴走しているとは思えないほど理性的に暮らしているからだ。だがリーナの証言が本当だとすれば──能力者狩りの身に起きていることを、牡丹も詠一郎も理解したようで溜息を吐いていた。
「じゃあこれはつまり、アイツの計画ってことね。よーくわかったわ」
「どうする? あの死にたがりがもしかしたら連中の秘密兵器かもしれないぞ?」
「まーまー、せっかく私達の可愛い可愛い織姫ちゃんを助けてくれたんだから、彼も助けてあげないとね?」
これは革新協会が仕掛けた罠だ。まさか能力者狩りがツクヨミに加入することまで計画とは思えない、彼は傀儡には見えないからだ。だがもしかしたら革新協会にとって能力者狩りの行動は読みやすいのかもしれない。詠一郎はあまり乗り気ではないようだが、渡瀬がこのまま担当するということで決着がついた。
三人で話をしていると、渡瀬の携帯に着信が入る。牡丹と詠一郎に断りを入れて彼らから離れ、渡瀬は電話に出た。
「やあ千代、仕事はもう終わったのかい?」
時刻は夜の十二時を回ろうとしていた。陽動のため千葉で暴れていた彼女達は、予定ではもうとっくに任務が終わっているはずだった。
電話の向こうにいる千代は、どうも虫の居所が悪いようだった。
『何とか終わらせたわよ。ただ、色々とあったのよね』
「能力者狩り君が暴走でもしたのかい?」
渡瀬がそう言うと、千代は電話の向こうで黙ってしまった。呆れすぎて溜息も出ないようだった。
うんざりしていることだろう。何せ渡瀬はその可能性があることを知っていた上で、それを伝えずに千代に彼のお守りを任せたと気づいたのだから。
『アンタ、ホントいい趣味してるわね。今日の陽動はそれも目的だったわけね』
「そうだよ。で、どうだったんだい? 彼の暴走は」
今にも怒鳴りつけたいであろう昂ぶる感情を必死に抑えているのだろうとヒシヒシと感じられた。
『……まるでロボットね。目に見えたもの全部を壊すためにプログラミングされた兵器みたいだったわ。アタシが東京湾に沈めてやったけど何とか生きてるわ。久しぶりに手応えがある相手だったから燃えたけど』
「それはよかったね、千代」
『良かったぁ!?
アンタ今良かったねって言ったんかあ!?
そこら中からビーム出してくるような殺人ロボットを相手に二時間も戦わされたってのに!?』
千代は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の渡瀬を除かねばならぬと決意したことだろう。
「僕もすぐにそっちに行くよ。織姫ちゃんは大丈夫だった?」
『今は能力者狩りの治療をしてるわ。治療と言っても応急処置なんだから、アンタがさっさと治しなさい』
イライラした口調のままの千代に電話を切られ、渡瀬は携帯をポケットにしまう。牡丹と詠一郎はまだ話をしていたようだったが、渡瀬は二人と別れて本部へ帰ることにした。




