2-7『善治と能力者狩り』
彼は弱かった。
確かに成長はしている。初期の頃によく見られた戦闘中の迷いなんて殆ど無くなっている。だが、やはり動きに粗が多い。そもそも戦い方なんて教わることが無いのだからそれは仕方がない。能力の特性上、彼は短時間なら光の速さで動くことも可能らしいが、それを活かしきれていない。相手によっては瞬間移動じみたことを仕掛けても不意を突くことは出来ない。
所詮能力者狩りと言っても、彼が狩っていたのは殆どが格下だ。復讐のために、己の自己満足のために。あれ程酷い殺し方をするのはその現れだろう。
だが、革新協会において能力者狩りと対等に戦えるのは幹部クラスぐらいしかいないため、一応彼はそれなりの強さを持っていることになるだろう。おそらくリーナと本気で戦っても明確な決着はつかない。どちらが先にバテるかの勝負である。
彼の良さは、相手に対して情が無くなっていったことだ。だからこそ、相性の悪い能力者が相手でもすぐに奇襲を仕掛けて片付けることが出来た。長期戦を苦手とする彼にとっては良い戦法を見つけられたはずだ。
だが彼は強くなりきれなかった。
彼は多くのものを背負って戦い続けていた。しかし結局、彼は何も守ることが出来なかった。それ故に、姫野織衣という少女を助けたのだ。情報源というのを建前に、リーナの襲撃から彼女を助けてみせた。
守ったのか?
いいや、あれは彼の新たな心の拠り所だ。何かにすがっていなければ生きていけないのだ。
彼の、リーナに対する感情のように。
和光事件は不幸な出来事だと言わざるをえない。妹の死とその事件が彼の全てを狂わせてしまった。人間では無くなった彼を統帥でさえ助けることが出来なかったのだ。
それでも彼は生きている。いや、生かされている。今もずっと、狭い檻の中で。
「今は、楽しいか?」
ボソリと、善治はそう呟いた。目の前には、冷徹な視線を善治へ向ける能力者狩りが、光剣で善治が持つ刀を受け止めている。二人は千葉の港湾部にある駐車場で刃を交えていた。
「……いいえ」
彼はちゃんと返答してくれる。善治にとっては好印象だ、こちらから問いかけて黙っていられると困ってしまう。彼もツクヨミの証であろう月の紋章が描かれた黒いコートを羽織っているのを見るに、もう彼も組織の一員と認められているようだ。能力者狩りの衣装とは対照的に善治は太陽が刻まれた白いコートを羽織り、数少ないトレードマークである黒縁メガネをかけていた。
お互いにお互いの苦労を知っている。一方は統帥とリーナに苦しめられている不幸な少年、他方は統帥とリーナの板挟みにある中間管理職だ。苦労の度合いで言えば、能力者狩りの方が圧倒的に上のはずだ。
勿論革新協会の副統帥として善治も能力者狩りと何度も戦ってきたが、暇潰し感覚で戦っているリーナとは違って至って儀礼的なものだった。善治にとっては。
「能力者狩りは楽しくないのか?」
ニッと善治は笑って能力者狩りに問うた。能力者狩りの表情は変わらない。
「わかりません」
彼ならそう答えるだろうと善治は知っていた。この鷹取穂高は、能力者狩りの面白さを知らない、あの善治と価値観を共有していた人物とは違う。
能力者狩りは光剣で善治の刀を薙ぎ払うと、そのまま地面に光剣を突き刺した。
無数の光線が地面から夜空に向かって放たれる。それらの光は港湾部の海面に反射して色鮮やかに光っていた。彼の戦いは何ともど派手で、それでも美しく見える。
能力者狩りの戦法は基本的に奇襲だ。最初に言葉を交わす必要なんて無い、話なんて痛めつけてからでも聞くことは出来る。
だが、そんな彼でも相手によっては奇襲に失敗することもある。そうなれば普通に戦闘へ移行するのだが、彼の光を使った戦いは実に見事な美しさを持っていた。
それは、善治が最も嫌うものでもあった。
「いつも通りだな」
空へ駆け上り、やがて地面へ突き刺さるように降り注ぐ光線を、善治は刀で簡単に弾いて見せる。
「答えもないのに、どうして能力者狩りであり続けた?」
善治のその問いに能力者狩りは何も答えなかった。話は聞いているようだが動きが鈍くなってきている。やはり日頃の疲れが溜まっているのか、以前より機敏さが無く攻撃が力押しだ。だがそれでも油断ならない敵だ。気を抜けば一瞬で首を取られてしまう。
地上へ降り注いだ光線が消えると同時に、駐車場を照らしていた照明も消えてしまっていた。気づけば付近の街全体が停電したように暗くなったが、彼だけは光を放っている。
「能力者狩り」
黙って佇む能力者狩りに善治は問いかけた。
「お前はその答えを知っていたはずだ」
勿論能力者狩りは理由なく能力者狩りをしているわけではない。だがその原動力は正義感というわけでもない。
善治はあの日の出来事でその答えを知った。彼の信念が崩れた瞬間を見たのだ。善治は刀の刃先をカツンと地面に当てて話を続ける。
「それを自分で理解し、理解してくれる奴がいたら、お前の人生も多少は好転していただろうな。あれでもリーナは、お前のことをよく知っていた」
能力者狩りと出会ってからリーナは変わってしまった。悪い意味ではない。
それまで善治が知っていたリーナ・ヴァリアントという少女は、ただのマゾヒスティックな戦闘狂だった。人を殺し、そして自分も何度も死ぬことでしか生きる喜びを感じ得なかった、この世界の哀れな産物だった。
だがリーナは能力者狩りと出会ってからはというものの、それまで闇市場で出回るアングラ系のビデオを鑑賞するのが趣味だったというのに、最近は打って変わって世間で流行りの漫画やアニメ、音楽を入念にチェックしている。趣味が変わった理由をリーナに聞くと、「恋愛の研究」と彼女は答える。結果的にリーナは常人には考えられない歪んだ恋愛観を形成したが、一応彼女なりに能力者狩りのことを追い求めているつもりらしい。善治には理解できない。
思いを馳せていた善治の視線の先から、能力者狩りは消えてしまっていた。そして善治は自分の右側に刀の刃先を向けると、丁度善治に斬りかかろうと現れた能力者狩りの首元に向けられていた。こうして善治が予測して予め刀を向けられる程に、彼の瞬間移動はパターンがわかれば粗が多いように見える。
「リーナと一緒にいるのは楽しくないのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
「平常運転だな」
喉元に刀を突きつけられながらも能力者狩りは平然と答えてみせる。能力者狩りと善治の戦闘ではこれも平常運転だ。能力を仕える状況であれば、能力者狩りは眉間に銃口を突きつけられていても避けられる。
「僕が楽しいとでも言うと思ってるんですか?」
「傍目にはそう見えているが?」
「だとすればそれは、赤王さんの目が節穴なだけですよ」
いいや、そんなはずはない。能力者狩りはリーナを受け入れた。否、受け入れることしか出来なかった。リーナがいなければとっくのとうに統帥に始末されていた可能性もある。
ある意味リーナは能力者狩りにとって救世主かもしれないが、そもそもの話、彼のような存在を生み出したのもリーナなのである。
「じゃあ、今の組織にいるのは楽しいか?」
「昔よりかは」
「そうか」
能力者狩りの答えを聞くと善治は刀を鞘に納めた。そして目を瞑って考える。
今宵、能力者狩りは複数の能力者と共に千葉市の港湾部にある革新協会や十字会の拠点を襲撃した。おそらくそれはツクヨミという組織が能力者狩りの実力を見定めるためのテストのようなものだ。対応できる幹部がいないため善治が駆けつけた次第だが、またいつものように能力者狩りと鉢合わせて今に至る。
善治としては、あまりツクヨミの人間の前に現れたくはなかった。今回襲撃されている拠点はダミーで、警備している能力者もただのフラワーだ。協会としては大した損害ではないため、わざわざ善治が出向くような事態ではなかった。
しかし善治は事を急いだ。統帥の計画を進めるためには、早く能力者狩りの危険性を彼らに伝えなければならない。彼らはきっとこの鷹取穂高を怪物だと考えているだろう、だがまだ眠っているのだ、彼の恐ろしい本性は。
「頃合いか」
善治がそう呟いた時には、既に能力者狩りは動いていた。無数のレーザー光と共に、能力者狩りは善治の頭を切り落とそうとしていた。
「統帥に感謝するんだな、能力者狩り」
能力者狩りの光剣が善治の首に到達する前に、その刀は鞘から抜かれた。その一閃は、光の能力者である彼よりも早く、そして強力だった────。
善治の顔に血飛沫が飛び散った。勿論返り血だ。羽織っていたコートも赤く染まる。肩から腰にかけて大きく斬られた能力者狩りは駐車場にパタリと倒れていた。
善治の能力は『鳥』。背中から翼を生やして空を飛ぶことが出来る操作系。リーナにはダサいとよくバカにされる。
だがただそれだけの能力なのだ。善治が持っている能力はそれだけだ。それだけでは勿論能力者狩りと対等に戦える程の力は得られない。それでも善治が攻撃的な能力者と渡り合えるのは、赤王一振流という刀術の流派を極めていること、そして彼が愛用する妖刀のおかげでもあった。
「お前はつくづく不思議な奴だ」
駐車場にうつ伏せに倒れた能力者狩りを前にして善治は言う。
「お前が戦う姿は嫌いじゃない。確かにお前は俺達の敵で、俺達よりも残酷で冷酷で非道かもしれないが、あの姿は憧れる」
赤王は血を払うと刀を鞘に納めた。戦いは終わっていたわけではない。刀を納めたのは、次の攻撃に備えるためだ。
「お前がこちら側であれば、さぞ有能な人斬りになっていただろうな。だがお前は、こちら側に来るべきではない……そう統帥は言っていた」
善治は再び刀を抜こうとする──それは二回戦の始まりを告げようとしていたが、抜いた刀は何かに引っかかった。善治はすぐに刀を確認し、絡まった何かをすぐに振り払い、善治の前に現れた銀髪の少女と対峙した。
「……離れて」
少女は右目に青い光を灯し、ツクヨミの黒いコートと月の仮面を被っていた。何よりも目を引くのは、こんな夏の暑い時期に首に巻いている白いマフラー……ではなく、その手に持つ持つ長い大太刀だろう。その体躯よりも大きく見える。
「姫野織衣、か」
姫野織衣と呼ばれている少女は不思議な程目立つ人間で見分けるのが簡単だ。善治に向かって数十本もの蜘蛛糸が四方八方から放たれたが、それらを全て刀で斬った。しかし刀に糸が絡まってしまうのが厄介に思えた。
能力者狩りの方を見ると、彼の体の周りには無数の蜘蛛が集まっている。傷口でも塞いでいるのだろうか、便利な能力だと思いながら少女の方に視線を戻す。
「残念だが、俺と戦っている暇はないぞ」
「……どういうこと?」
「じきに分かる」
と、能力者狩りが倒れていた方を見ると、そこに彼の姿はなかった。善治は反射的に刀を前に向けた。
刀と光剣の刃同士が激しく衝突した時、眩い光が放たれた。能力者狩りの攻撃を何とか防いだ善治は、その衝撃で腕を痛めながらもすぐに振り向いて能力者狩りを確認する。織衣も能力者狩りの姿を見て、その姿に驚愕していた。
「何……これ……」
そこには、瀕死の重傷を負っていたはずの能力者狩りが再び体に光を纏って佇んでいた。青い光を灯した右目を中心に、花の紋章を体中に咲き乱れさせながら。そして彼の額から生えた二本の黒い角が、その異様さを際立たせる。
「相変わらず器用な奴だ。だから殺すには惜しい」
善治はチラッと織衣の方を向いた。彼女は戸惑いつつも臨戦体勢ではあった。今の状態の能力者狩りと戦えば、彼女はすぐに死んでしまうかもしれない。
「姫野織衣」
「何か?」
「丁度良い機会だ、共に奴と戦ってみないか?」
善治の提案に織衣は「はぁ?」と言わんばかりの表情だった。
「これは二回戦だ。なあに、いつものことさ──」
そんな善治の元に再び邪魔が入る。まさか真正面から正拳突きを放たれるとは善治も驚いたが、その拳を刀で受け止めて見せる。折れこそはしなかったが、ジンジンと体に響く程の強い衝撃だった。
気配を消していたか、いや幻覚の類の能力か。突然現れた赤髪の女は善治から離れて構えると口を開いた。
「アタシ、藤綱千代。十九歳。
アンタ誰? 革新協会の偉い奴?」
スラスラと自己紹介を終えると彼女は右手に光剣を持ち、余裕そうに善治のことを見ていた。黒ずくめでよく見えないが、その服はセーラー服だろうか? スケバンのようにスカートの丈はかなり長い。だが確かに、背中と仮面に月の紋章が刻まれていた。
能力者狩りと同じ光の能力者か。いや、そんな単純そうには見えない、能力者狩りとジュエリーが異なるようだ。善治は刀を鞘に納めて口上する。
「俺は赤王善治、二十一歳。協会の副統帥、所詮は中間管理職だ」
「特段強いってわけでもない感じ?」
「どうだかな」
この女は肝が据わっている。戦いに慣れている。ツクヨミという組織に長く所属しているのだろうか、織衣とは違って目の前に敵がいても佇まいが堂々としている。
藤綱千代という赤髪の女は光剣を善治に向けて言った。
「じゃ、さっさと帰ってくれる? アイツの後始末はこっちで何とかしとくから」
彼女の後方では暴走した能力者狩りを、氷剣のようなものを持ち、黒いバンダナを目に巻いた変な奴が対処していた。織衣もその戦闘を支援している。
「俺をこのまま帰すつもりか?」
「そっちがその気ならぶっ潰すけど、帰りたいなら帰ってよ。いられても面倒なだけだし」
ふと背後に気配を感じて後ろを振り返ると、今度はゴスロリのような衣装を着た不気味な少女が善治の背後に佇んでいた。
「かーえーれー」
どうやら早く帰って欲しくてたまらないらしい。
それは善治にとって予想外の提案だった。五対一。いや、四対一対一の三つ巴になる。彼女らが自分達で解決すると言うのなら、その力量を見定めようと善治は考えた。
「なら、俺は帰らせてもらうとしよう。そこまで暇じゃないものでな」
「どーも。じゃあさっさと帰った帰った、二度と来んな」
「来んなー」
藤綱千代と幼い少女は善治に背を向け、そのまま能力者狩りと戦いに向かった。遠目から戦いを観察して彼女らの能力を確認する、という考えもあった。
だが善治はふと違和感を覚えた。この対応の速さは、最初からこうなることを想定していたということか?
どこまでが?
自分が来ることもバレていた?
昼間の件を思い出した善治は、この一連の戦いが自分達をおびき寄せるための陽動の可能性に気づいた。能力者狩りの助言があれば革新協会の行動パターンは見透かされているようなものだ。善治はすぐに背中に翼を生やし、東京へと飛び立った。




