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ウォントビーアヒーロー  作者: 紐育静
第二章『彼は無慈悲な夜の太陽』

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2-5『疑念』


 ツクヨミの本部は池袋の外れにある。最寄り駅は東京メトロ有楽町線の東池袋駅だが、皆ターミナル駅である池袋駅を利用することが多い。

 織衣達のようなツクヨミに所属する高校生が通うのは、池袋の西口から西の方へ歩いて十分程の場所にある学校だ。表面上は至って普通の学校で、制服は紺色のブレザー、運動部の成績は都大会止まり。学食の日替わり定食は日によって当たり外れが激しい。

 そんな高校時代を思い出しながら、渡瀬はエリーとともに校門前に佇んでいた。校庭では炎天下で野球部やサッカー部が練習に励んでいる中、校舎のあちらこちらから吹奏楽部の演奏が聞こえる。


 「おりーん!」


 校舎玄関から校門に近づいてきた織衣の姿を見て、エリーがブンブンと彼女に手を振った。エリーにとっては数少ない『好き』の部類の人間だ。今のところ高校生組では唯一だろう。織衣は髪を銀色に染め、夏のこの暑い時期でも首にマフラーを巻いている異質な存在だが、この学校の生徒らも最早見慣れてしまったようだ。織衣が校門から出てくると、エリーは嬉しそうな様子で彼女の元に駆け寄った。


 「エリー、どうしたの?」

 「ゲームセンターに行こ。新しいぬいぐるみが欲しいの」

 「うん。今日もたくさん獲ってあげるから」


 すると織衣はチラッと渡瀬の方を見て、彼の様子を伺っていた。渡瀬はニコッと織衣に微笑み、そしてコクリと頷いた。こうして学校帰りの織衣の元を訪れたのは、ただ単にエリーのわがままを聞いてあげたからではない。


 「緋彗ちゃん達は?」

 「日直とか委員会の仕事。エリーと遊んでていいの?」

 「うん。いっぱい遊んで来るといいよ。最近は色々と大変だったんだしさ。

  何かあったら連絡頂戴ね。すぐ駆けつけるから。あ、千代も忙しいみたいだから」

 「うん、わかった」


 織衣はエリーと手を繋いで駅の方へ歩いていった。織衣は渡瀬の意図を少ない言葉数で察してくれた。自分は用があるから、その間エリーの世話を任せる。それを頼める、数少ない相手だ。

 側に停めていた車のドアロックを解除し、渡瀬は運転席に乗り込んだ。彼はそこから、織衣とエリーの後ろを姿を眺める。

 彼女ら二人が楽しそうに、何気ない日常を生きている。その光景を見ているだけで渡瀬は嬉しくなるのだった。渡瀬は車のエンジンをかけると、秋葉原方面へと車を走らせた。

 

 中央通りを外れて、秋葉原のとある雑居ビルの側に渡瀬は車を停めた。雑居ビルの駐車場には、作業服を着て赤いバイクを洗車する千代の姿があった。


 「あれ、渡瀬じゃん。何しに来たの?」


 千代は額の汗をタオルで拭いながら、彼の訪問に驚いているようだった。


 「ちょっとドライブにでも行かないかい?」

 「へぇ、こんな時間からどこ行くの?」


 千代はバッと作業服の上の方を脱いでタンクトップ姿を見せる。引き締まった筋肉質な体が太陽に映える。


 「豊島園とかどう?」

 「今はもう無いでしょ」

 「じゃあその近くかな。光が丘とか、和光とか」


 その行き先を聞いた千代は、露骨に嫌そうな顔をする。わざわざドライブで行くようなスポットでもないし、そこら一帯はつい最近、曰く付きの事件が起きたばかりだ。

 わざわざそんな場所へ向かう用事の内容を察してくれたのか、千代は深い溜息を吐いてから言う。


 「わかったわ。途中で美味い飯でも食わせてよ」

 「うん。ちなみに北斗は?」

 「アイツなら今頃関越道じゃないかしら。今日は赤城山に行ってんのよ。じゃ、準備してくるから待ってて」


 千代と北斗は高校時代からバイクが大好きだ。十八歳になってすぐに大型二輪の免許も取り、自慢のバイクであちこちを走り回っている。バイクに乗る彼女の姿はそれもまた勇ましいものだが、それはおいといて。

 雑居ビルの中から千代は赤い革ジャンを羽織りながら出てくると、渡瀬が乗る車の助手席に乗り込んだ。カーナビの行き先は、雨京高校という場所になっていた。


 黄昏時の首都高はいつもより空いていて、車はスイスイと池袋方面へ進む。


 「福岡ってどうだったの?」


 千代は助手席の窓に肘をついて、外の景色を眺めていた。車内に流れるのは千代が好きなロックバンドのバラード曲だ。


 「それは四月の話かい?」

 「そ。結局、どんだけ落ちてきたんだっけ」

 「十六機だよ。実際に墜落したのは六機だね」


 あの日──四月デストラクションと呼ばれた一日に起きた福岡の惨状は酷いものだった。アイランドシティで開催されていた科学万博の会場に最初の一機目が突入すると、福岡県庁や市役所などの重要な施設だけでなく天神や博多方面の繁華街目掛けて次々に乗客を乗せた旅客機が突入した。救助隊の対応が迅速だったため被害は最小限に食い止められたが、それでも甚大な被害をもたらした。


 「あの時は、何が起きているのかわからなかったよ。僕はエリーと二人で救助活動に当たっていただけさ。

  千代は大阪で大活躍だったんだって?」

 「違うわよ、アタシは北斗と暴れまわってただけ。お偉いさんにも怒鳴りつけたしね。京セラドームに立てこもられたのはきつかったけど、人質は皆助けられたし」

 「京セラドームはもうペナントが始まってたんでしょ? 好きな選手もいたんじゃない?」

 「そうね。何枚かサイン貰って帰ったわ」


 四月十三日、東京駅で爆破テロが起きたとほぼ同時に、阪急線高槻市駅、大阪環状線今宮駅付近で電車に仕掛けられた爆発物が爆発を起こしたのを皮切りに、武装集団が大阪市中心部へ一気に流れ込んだ。丁度大阪でツクヨミの任務に当たっていた千代と北斗は彼らを撃退し、その一部を京セラドームに追い込んでこれも壊滅させた。

 だが、だからといって千代や北斗が大阪の人々から英雄視されることはない。ツクヨミは陰に徹する組織、表舞台に立つことは許されない。

 千代は儚げに窓の外を眺めながら缶ジュースを飲んでいた。


 「あの日は……大変だった。そうとしか言いようが無いわね。現実とは思えなかった。

  五年前と比べるとどう?」

 「あの時は僕も若かったから」

 「今のアタシらも十分若いでしょーが」

 「フフ、そうだね」


 能力者達を相手に戦うツクヨミも、あの日の対応は全てが後手に回ってしまった。結果的に東京での混乱は牡丹や詠一郎が、大阪での混乱は千代と北斗が、福岡での混乱は渡瀬とエリーが鎮圧したが、多くの犠牲者を出してしまった。

 彼らは各地で、あの日の惨状を目にしてきたのだ。各々、能力者としてあの事件に思うことはあるだろう。ツクヨミは世界の陰として生きてきた組織だが、それが表に出なければならない程、能力者狩りの噂が広がっていく程、世界はヒーローを求めていた。


 車を走らせて三十分程、渡瀬達は練馬区にある都立光が丘公園の近くに来ていた。近くの駐車場に車を停め、人気のない光が丘の街を歩く。この街は戦時中に特別攻撃隊の基地が置かれ戦後は米軍の住宅になっていたが、それが全面返還されると巨大な光が丘団地としてニュータウンを形成した。今や、賑わいを見せていた街の姿は遠い過去のものとなってしまった。


 「まさにゴーストタウンって感じね。和光市の方が被害が酷いように聞いてたけど、ここも余っ程ね」

 「四月の時も被害が大きかった地区だからね。最早呪われているようなものだよ、この場所は」


 光が丘公園の脇を数分程歩いていると、渡瀬達はとある学校の跡地の前に辿り着いた。校門には『雨京高等学校』と刻まれている。


 「千代には、何か見えるかい?」


 目の前には規制線が張られた校門、不自然に土が盛り上がった校庭と、カーテンが閉められた無人の校舎があるだけだ。公園の方からセミの鳴き声が聞こえるぐらいで、人の気配はない。


 「さあ、何にも。ちょっと生臭い感じはするけど」

 「ここで一万人が死んだらしいよ」


 それを聞いた千代は校門から少し後退りしていた。


 「……何よそれ、ドライブって言われて心霊スポットに連れてこられた身にもなりなさいよ」

 「デートの定番の一つでしょ?」

 「アタシ、お化け無理だから」


 そんな桁の人数が死んだ場所なんて、日本では戦国時代の戦場か空襲を受けた都市ぐらいしかないだろう。もっとも、四月デストラクションで東京は十万人以上の犠牲者が出てしまったが。


 「ごめんごめん。ここは、能力者狩り君が通っていた学校なんだよ」


 雨京高校は、東京でもそれなりに名のしれた進学校だ。サッカー部も中々の強豪で関東大会でも優秀な成績を残していたという。渡瀬や千代の友人にもこの高校のOBやOGがいる。


 「ふうん、何だかきな臭いわね」

 「どうして?」

 「だって、和光事件にアイツが関わっていないわけがないじゃない」


 能力者狩りが住んでいたのもこの近辺だ。どんな形であれ、四月以降最大の凄惨な事件に関わっているのは確実だ。


 「でもあの子は、中々それについて話してくれないみたいなんだよね」

 「そりゃそうでしょ。話したくないことの一つや二つぐらい、誰にだってあるものよ。そんな事件なら尚更ね。

  アンタから見てどうなの?」


 西日の光が校舎の窓に反射していた。千代はパタパタと手を仰いで暑そうにしていたが、渡瀬の額には汗一つなかった。


 「僕には、彼が能力者狩りとは思えない」


 能力者狩りに実際出会い、言葉も交わした感想がそれだ。あのあどけない少年が、四肢をもぎ取ったり、鼻や耳を削いだり、爪を全部剥がしてみせたり、内蔵を全て取り出すような殺人鬼には見えない。ましてや、人を殺せるような人間にも見えない。

 千代は校舎の方に視線を向けたまま、腕を組んで口を開く。


 「アタシも同じく。あれが本当に能力者狩りなら余程のサイコよ。アイツの目は、そこまで堕ちているようには見えない」

 「彼が本当に割り切れているならありえない話ではないけどね。でも牡丹さん達が言う通り、何かがおかしいとは思うんだよ」

 「その何かって?」 

 「さあ、なんだろうね」

 「はっきりしなさいよ」


 千代が渡瀬の脇腹を肘で小突く。牡丹達も、能力者狩りと鷹取穂高のギャップには素直に驚いているようだ。牡丹達はそれで納得していないこともないようだが、渡瀬はそれに納得していなかった。


 「確かにアンタの勘って当たる時もあるけど、そこまで不思議なもん? ああいうものだと思えば、そういうものだと思うけど」


 あれが能力者狩りの正体でした、と言われたら都市伝説を知る世間の人々はどんな感想を抱くだろう。まさかこんな少年が本当にあんなことを、という風に驚くことだろう。だが見た目は至って真面目そうな人間が犯罪を犯すことは珍しいことでもない。

 渡瀬の勘は当たるかもしれない。いや、実際には千代の勘の方が当たることが多い。だが渡瀬の考えには確証があった。


 「実は、和光事件の前にもとある事件が起きてたんだ。和光事件の衝撃が強すぎて、すぐに流されちゃったみたいだけど」

 「何かあったっけ? お笑い芸人が劇場で事件に巻き込まれて死んだことぐらいしか覚えてないわ」

 「そんなことじゃないよ。事件が起きた翌日の新聞の一面には載っていたみたいなんだけど、すぐに和光事件が起きちゃったからね」

 「で、どんな事件だったの?」


 和光事件が起きたのが六月二十七日のこと。そのわずか二日前に起きた事件は、和光事件の陰にすっかり隠れてしまっていた。

 その事件は確かに、和光事件と繋がっているはずだった。


 「能力者狩り君の妹が、十字会に殺されたんだよ」


 

 

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