2-3『読心≠独身』
能力者狩りが特定される前から、渡瀬はその存在に興味を抱いていた。何せ、彼はツクヨミの長い歴史の中でも特殊な部類の能力者だからだ。今までに賞金稼ぎや殺し屋の真似事をしている者はツクヨミにもいたが、彼のように明確な復讐心を持って戦っている人物を、渡瀬は初めて見ることになるのだ。
もっとも、能力者狩りのような存在が今までにいなかったのは、過去に革新協会のように凶悪な能力者の敵対組織が存在しなかったからでもあるが。
今まで出会ってきた人間達とは一味違う、復讐に生きる能力者に出会えると渡瀬は思っていた。だが渡瀬の目には、能力者狩りはとても理性的な人間に見えた。
屋上の柵にもたれかかりながら、能力者狩りは東京の濁った夜空を眺めていた。
どんな瞳で、その霞んだ宇宙を見ている?
この場所でこの空を見て、君は一体何を思う?
「……何か御用ですか?」
渡瀬が声をかける前に、向こうが先に振り向いた。やはり瞳は澱んでいる、数度の絶望を味わったことがある人間のお手本のようなものだ。だが、そんな瞳を持つ人間はこの組織に何人もいる。
能力者狩りは渡瀬を警戒しているように見えた。しかしその雰囲気はどこかあどけなさも感じた。彼の心にも残っている純粋な少年の一部分が垣間見える。
「君が能力者狩り君かな」
「はい。今日からお世話になります」
能力者狩りは渡瀬にペコリと頭を下げる。見た目通り礼儀正しそうな人間だ、面白みがないと言えばない。初対面で殴りかかってくるような奴よりかはマシだが。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。僕は鶴咲渡瀬、十八歳。しがない大学生だよ」
「鷹取穂高です。九月から近くの高校に転入するらしいです」
能力者狩りが通っていた雨京高校は、つい先日発生した和光事件によって廃校に追い込まれていた。彼を除いた全生徒全教員が死亡したためだ。
もうすぐ夏休みが始まると考えれば、キリのいい九月の初めから新しい学校生活を、と副メイドは考えたのだろう。時期が時期であるため、何らかの事件に巻き込まれたのかな、と転入先の生徒らも自然と何かを察するかもしれない。もしあの和光事件の生き残りだということが知られたら有名人になるだろう。あの事件に巻き込まれて生存した人物は公表されていないが、四月から六月にかけて殆どの住民があの土地を去ったと言われている。
「それで、親睦会はどうだったかい?」
「尋問を受ける羽目になりました」
「はは、皆君に興味を持っているだろうからね。それより、これから暇?」
「疲れてるので」
「僕についてきてくれるだけで構わないんだけど」
「副メイドという人に、一ヶ月は体を休めろと言われたので」
自分の誘いを説明するまでもなくそれが任務の誘いだと察知されてしまい、渡瀬は断られてしまう。副メイド、いや牡丹から課せられた約束を能力者狩りはしっかり守る気らしい。今まで三ヶ月間、毎日のように人を殺し続けるだけの殺人マシーンが、その約束を忠実に守るとは思えなかった。
「へぇ、君は人を殺したくてしょうがない衝動に駆られて体がウズウズしないのかい?」
「何の禁断症状ですか、それ……」
能力者狩りは呆れた様子だ。少なくとも、首都圏で広まっている都市伝説上の能力者狩りはそんなイメージを持たれている。
「仇を討つことで得られる快感は無いのかい?」
「僕を何だと思ってるんですか」
「能力者狩り」
「いや、確かにそうですけど……」
革新協会への復讐や私怨が能力者狩りの原動力でないのなら、彼はただの正義の味方か。いいや、大っぴらに正義を語るには彼の殺し方は酷すぎる。彼が都市伝説上でもあまり英雄扱いされない理由はそこにある。
「三ヶ月もずっと戦ってたんでしょ? 休めと言われるのも無理ないよ。ま、この組織には独特な人が多いから、忙しない毎日を送れると思うよ」
「僕には貴方もそう見えるんですけど」
「それはお互い様だと思うよ」
渡瀬はニコッと能力者狩りに微笑んでみせた。経歴が独特、とは限らない。能力者というものはほぼほぼ人格が個性的だ。まともな精神を持っているのなら、能力者になることは出来ないのだから。
「……隣の、その子は妹さんですか?」
エリーはずっと、渡瀬の右隣で黙って佇んでいた。その存在感を消して、無表情で、ただ穂高のことを見つめていた。
「いいや、この天使は僕の相棒だよ」
「て、天使……?」
「そう。名前はエリー、今年で十四歳。中学二年生だよ」
困惑したような表情をしている能力者狩りをよそに、渡瀬はエリーを彼に紹介したが、彼女の機嫌はあまり良いようには見えなかった。
「ツクヨミはパートナーと組んで動く人も多いんだ。一人で何でもこなせる人は少ないから、その方が効率的でね。大体は能力の相性で決まることが多いんだけど、君はどうなるんだろうね」
渡瀬が話している最中に、エリーが渡瀬のスーツの袖をクイクイと引っ張った。渡瀬も気づいている。勢いよく階段を駆け上がってこの屋上に向かってくる、怒りを顕にした何者かの気配を──。
「このロォォォォリコォォン! 迎えに来いって言ったでしょーがああああっ!」
屋上への扉が勢いよく開かれると同時に、飛び出てきた赤い髪の女がそのまま渡瀬に向かって蹴りかかる。が、渡瀬はそれを涼しい顔でヒョイッと躱していた。
両耳にピアスをつけ、髪を赤く染めた勝ち気そうな女。バイカーが着るような赤い革ジャンを羽織っている彼女は、スタッと屋上に着地すると溜息を吐きながらバイクのキーをクルクルと回していた。
「あぁ、そんな話だったっけ? 千代は上野からお迎えがいるほどのお子様だったのかい?」
「そういうことじゃないわ。何が嫌で帰宅ラッシュの激混み電車に乗んないといけないのよ。アキバまで行って副メイドさんにわざわざバイクを寄越してもらったんだから。ま、久しぶり。
それで、そこのそいつがアレなの? あの能力者狩りなの?」
千代が能力者狩りの方を向くと、「そうです」と彼は頷いた。千代はズカズカと能力者狩りの元へ向かい、その黒髪の頭をワシャワシャと乱暴に撫で回す。
「へぇ、思ったより柔そうな男ね。なよなよしい優男って感じ」
「千代にはそう見える?」
「だって女々しい匂いがプンプンするもの。北斗はどう思う?」
千代は能力者狩りの左隣に目をやった。そちらを見ると、黒いバンダナを目隠しのように目に巻いた、黒スーツ姿で青い髪の人間が佇んでいた。
「うわああああいつからそこに!?」
大声を上げて驚く能力者狩りを見て、意外と人間らしい部分もあるんだなと渡瀬は思っていた。千代はその反応を見てゲラゲラと大笑いしている。
「千代が僕に蹴りかかってきた時、スタスタとそこに陣取ってたよ」
渡瀬達からすればそんな光景も見慣れた日常の一つだが、目隠しをしたまま平然とした態度で佇む北斗の存在は、確かに異様に見えるかもしれない。北斗はポケットからメモ帳とマジックを取り出すと、キュキュッとマジックを動かしてメモ帳を能力者狩りに見せた。
『好かない』
「わざわざそれを書き出して言いますか!?」
戸惑う彼をよそに、北斗は再びマジックを動かしてメモ帳を能力者狩りに見せる。
『嫌いというわけではない』
「何のフォローですか!」
「外角よりのボール球だろうね」
「一塁線にぶっ飛んでいくファールでしょ」
誰も能力者狩りをフォローしようとはしていない。戸惑いながら諦めた様子の能力者狩りを見て、渡瀬は千代の背中をポンと軽く叩いた。
「あ、アタシは藤綱千代。今年で十九よ。そっちの目隠しバンダナは海道北斗、アタシらと同い年。
アンタは年いくつ?」
「今年で十六です」
「意外と若いのね……で渡瀬、早速こいつを連れてく気?」
「いいや、今日はやめておくよ。副メイドさんの許可が必要だからね」
テキトーな理由を言っただけだ。副メイドはそれ相応の根拠に基づいた理由さえ説明すれば事情を理解してくれる人間だ。千代は昔から彼の扱いが下手だからしょうがない。
千代は能力者狩りと四方山話を続けていたが、渡瀬は自分の隣に佇む少女、エリーのことを気にかけていた。千代のことを気に入っているエリーなら、三ヶ月ぶりの再会だから喜ぶだろうと思っていたのに、人形のように静かに佇んでいた。
目の前にいる能力者狩りを、敵だと認識している。渡瀬にはそんな風に見えていた。
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千代達を屋上に残したまま、渡瀬は黒猫に変身したエリーを抱きかかえて事務所へ向かっていた。副メイド達もようやく支部から戻ってきたようで、寮の方はやけに騒がしい。昔なら毎日のようにどんちゃん騒ぎをしていたが、今はそんなご時世ではない。
「あら渡瀬君、どうかしたの?」
事務所にはいつものように輝く白色の髪をした受付嬢、葛根華がいる。華にはツクヨミに押し寄せてくる依頼の仕分け作業という重要な仕事があるが、大体は仕事ではなくネットサーフィンに勤しんでいることが多い。前に聞いた時は筆下ろしものにハマっていると言っていた。無駄過ぎる情報だ。
「遅くまでご苦労さまです、受付嬢さん」
「わざわざこんな時間にどうしたの? もしかしてデートのお誘い?」
「来週辺り湘南に遊びに行きませんか? 今年こそは華さんの水着姿を見てみたいですね」
「水着なんてわざわざ海に行かなくても、ここで着替えれば見られるでしょ?」
「そこは風流ってものですよ」
華は攻撃に特化した能力者が多いツクヨミにおいて、珍しい部類の能力者になる。
華の能力は『瞳』。本人は“独り身の選球眼”と言っていたりする。自分と目が合った人間なら相手の感情から経歴まで、相手が隠したい情報も全て丸見えで、ほぼ一瞬で相手から知りたい情報を得ることが出来る。その能力はツクヨミの中でも陰で恐れられているが、渡瀬はあまり気にしていない。彼女がたまに受付嬢と呼ばれることがあるのは、ツクヨミに加入したメンバーはまず最初に華と会うことになるからだ。面接は一応副メイドの担当だが、呼べる限りの幹部も同席し、そして華と目を合わさなければならない。おそらく能力者狩りも、華による恐ろしい面談を受けたはずだ。
「ねぇ、穂高君に会いに行ったんでしょう? どうだったの?」
「エリーは好いてないみたいですね」
「あぁそうなの? それは意外だったわね」
エリー、今は黒猫に変身して渡瀬に抱えられ寝息を立てて眠っているが、彼女はとにかく好き嫌いが激しい。それは食べ物に対しても、人間に対しても。嫌いな人間、例えば榊詠一郎が相手なら顔を合わせることすらない。
「渡瀬君にはどう見えた?」
「思っていたよりは大人しそうな子に見えましたね。もっと精神が荒んでいるか、復讐の炎に包まれているかなぁと思ってましたから。
受付嬢さんならわかるんじゃないですか? 見てみたんでしょう、その目で」
すると華は唇を尖らせて首を傾げてしまう。
「う~ん、なーんにも見えなかったの。お手上げ状態ってやつ」
「見えなかった? どういうことです?」
「見えなかったというよりか、わからなかったという感じね。普通は文字で情報が入ってくるんだけど、あの子の場合は文字列が文字化けしていたの。見たことのない文字が羅列されてたんだから、あれは怖かったわ」
怖いもの知らずのあの華が怖がるとは余っ程のことだと渡瀬は思う。もう彼女とは五年ほどの付き合いだが、今までそんな事例は聞いたことがなかった。目と目が合ってしまえば一瞬であらゆる情報を手に入れることが出来てしまうし、相手が無警戒なら相手をコントロールすることだって出来てしまうのに。さらに数ヵ国語を操る彼女なら、見たことのない文字なんてそうそう無いはずだ。
「もしかして彼、宇宙人だったりするんですかね」
「どうなのかしら。実際暗号のようにパターン化されているようにも見えなかったし、謎のままね。
キスとかすればどうにかなるかしら?」
能力というものは、自分の活動にある程度の制限を加えてその力を制御し増幅させることが出来る。華の場合は無意識下でも目を開けているだけで膨大な量の情報が入り込んでくるらしいが、もしかしたらその能力は『瞳』という枠に収まらず、耳や鼻、口で感じ取れたことでも情報を得ることが出来るかもしれない、という風に拡大解釈できる。これを華は能力を『瞳』に自分で制限をかけているため四六時中情報が頭に入り込んでくるような状態を防ぎ、瞳から、しかも目が合った相手に限定して情報を得るようにしている。
もしも華の能力が『瞳』という力を凌駕するものだったら、接吻によって操を破れば強大な力が放たれるかも、と彼女は考えたのかもしれない。
「嫌ですね、受付嬢さんがキス魔になるのは」
「やってみないとわからないでしょっ。全くわからないだなんて初めてだから、余計に気になっちゃうのよね、彼のこと」
その姿はさながら、片思いをする思春期の少女のようだ。確かに見た目は美しく、そして可憐さも兼ね備えた色白な彼女だが、そんな彼女の日課は毎日見かけたツクヨミのメンバーについて情報をまとめることだ。好奇心旺盛な彼女は能力者狩りを調べ尽くしたくてしょうがいないのだろう。
「一応私もあの子の話を直接聞いたけど、結局大雑把な経歴しか確かな情報は無いのよね。彼が嘘をついているようには見えないけれど、知りたいことを知ることが出来ないもどかしさが辛くてたまらないわね、まったく」
「誰か証人はいないんですか?」
「ご家族もお友達もみーんないなくなっちゃったのよ? 彼、昔は福岡に住んでいたみたいなんだけど、その時のお友達とはもう疎遠になっちゃってるみたいなのよね。
そういえば、渡瀬君はあの子のことを知ってたんでしょ?」
渡瀬は鷹取穂高を知っている。彼がツクヨミに加入するより前、能力者狩りとして暴れ始めるよりも遥か昔に、渡瀬は一度出会ったことがある。渡瀬の記憶が正しければだが、そこには華の『瞳』の能力による保証もある。五年も前の話だが、その時は彼の妹らしき少女とも出会った。
ただ、向こうは渡瀬のことを一切覚えていないらしい。渡瀬も五年前とさほど容姿は変わらないが、能力者狩りは彼を見ても何の反応も示さなかった。
「今は、僕が一方的に知っていたという状態ですね。彼は多分、覚えていないんでしょう。無理に思い出させるのも可哀想です」
「五年前の件に触れるのも難しいし、悩みものね……」
う~んと悩みながら華は天を仰いでいた。鷹取穂高という名前は政府が残した資料にときたま登場することがある。もっとも、そんな資料にわざわざ目を通すのは本当に彼と親しい人物ぐらいだろう。
渡瀬に抱えられていた黒猫エリーはいつの間にか起きたようで、渡瀬の腕を離れてソファの上に移動して再び眠り始めていた。華は手元に置いていたアイスココアを一口飲んでから口を開く。
「でも、牡丹ちゃんが一人だけ期待できる証人がいるって言ってたわ。噂のゾンビ乙女ちゃん。確か、名前はリーナ・ヴァリアントっていうハーフの女の子だったかしら。話は渡瀬君も聞いてるでしょ?」
「詠一郎さんが捕まえそこねた、能力者狩り君のストーカーですね」
「そうそう。穂高君の話によれば、あの日からずっとリーナちゃんはあの子に惚れてストーキングしているみたいだから、何でも知ってるんじゃないかしら。今や、この三ヶ月で彼の身に何があったのかを知っているのは彼女しかいないのかもしれないわね」
敵に惚れられて三ヶ月もストーキングされるなんて、能力者狩りは一体どんな生活を送っていたのかと渡瀬は思うが、彼もまた能力者としてリーナという革新協会の幹部に興味を持っていた。過去の文献を読めば確かに不死身の能力者は存在したこともあったが、実際にそんな能力者を見るのは初めてだからだ。
「だから、あの子を捕まえてきなさい」
突然、華とは違う女の声が渡瀬の耳に入る。ハッとして声がした方を見ると、そこにはサングラスをかけ黒いコートを羽織った銀髪の女……剣城牡丹が佇んでいた。
「あら牡丹ちゃーん。いつからそこにいたの?」
「今来たばっかりよ。違法カジノの帰りでね」
牡丹が“かくれんぼ”をしている時は、絶対に彼女の姿を見つけることは出来ない。だからこうして突然現れたように錯覚するだけで、彼女にとっては普通に移動しているだけらしい。
「牡丹さん。それは僕に、リーナを捕まえてこいとのお達しで?」
「そゆこと。ちょっと気になることもあるからね。頼まれても良い?」
「はい。明日でも良いですか?」
「ありがと、じゃあ捕まえ次第連絡頂戴。私はまだ遊び足りないから」
そしてすぐに牡丹の姿は消えてしまう。牡丹が遊びに行く、というのはそのままの意味なのか何かの隠語なのかは未だに渡瀬も知らないが、何もしていないわけではないことは知っていた。
明日にでも捕まえる、と渡瀬は言ったもののリーナというゾンビ乙女がどこにいるのかも、そもそもどんな容姿をしているのかも知らないのだ。金髪碧眼でいつも白いセーラー服と手袋を身に着けていることは知っているが、写真すら見たことがない。
だが能力者狩りを利用すれば簡単に出てきてくれるだろうと、渡瀬は楽観的に考えていたのだった。




